「それで、衛藤可奈美、十条姫和の両名の犯行の動機はわからないと?」
「はい」
可奈美と姫和の逃亡の後、会場の喧騒は折神紫と親衛隊によって鎮められ、生徒たちは宿舎で待機となった。が、明良は別室に設けられた椅子に向かい合って座った状態で、親衛隊の一人である寿々花から取り調べを受けていた。
理由は明白。舞衣は可奈美と同じく今大会の出場者であり、親友でもある。舞衣は当然、彼女の執事でもある明良も関係者だと考えるものだろう。
「では、あの二人が紫様に恨みを抱いていたということは?」
「存じ上げませんね。そもそも、衛藤さんはともかく十条さんとはほぼ初対面です。知る由もありません」
明良の知らぬ存ぜぬの姿勢にほんの少し苛立ったのか、寿々花の手元の調書に走らせているペンの筆圧が強まる。
「……ですが、あの二人の連携。あれはどう説明しますの? 我々から逃げおおせたほどの手際のよさ、初対面とは思えませんわ」
「お二人が示し合わせていたとでも?」
「そう考えるのが自然でしょう?」
「そうですね……」
二人の関係については本当に知らない。明良は姫和とは初対面だし、舞衣の親友だからといって可奈美の交遊関係を綿密に把握しているわけでもない。裏で二人が繋がっていたというのも完全に否定できないが、不正確なことを言うわけにもいかない。
「仮にそうだとしても、私にはそれを立証できるだけの情報はありません」
寿々花は目を細めて明良を睨む。明良の態度が胡散臭いのか、ここまで何も知らないことを訝しく思っているのか。
「私からもいくつか質問をしても構いませんか?」
明良は寿々花が無言になったところで、取り調べ中に生じた疑問について尋ねることにした。
「何ですの?」
「舞衣様……美濃関学院の柳瀬舞衣様にも、このような取り調べが行われているのですか?」
「ええ、今は真希さんが彼女からも情報提供をしていただいている最中で――」
そこで明良は寿々花の言葉を遮り、最も明らかにしたい問題について問い詰める。
「それはつまり、舞衣様を本件の協力者として疑っているということですか?」
「………」
押し黙られた。呆れられるでもなく、鼻で笑われるでもない。
――正解ですか、張り合いのない……
「舞衣様を疑われる理屈はわかります。が、不確かな状況にも関わらずあの方に尋問をしているのでしたら黙っているわけにはいきませんので」
「……なぜそう思うんですの?」
「ただの情報提供ならば、貴女のような方が行う必要はない。専門の職員の方を手配すればいいだけのことです。私と舞衣様の取り調べを親衛隊の方々が行っているのは、暴力を振るわれた際に対応できるからではないですか?」
「考えすぎですわね」
寿々花はウェーブのかかった髪を人差し指で弄ぶ。隠そうとしているが、動揺が漏れ出ている。
「加えて、扉の外の刀使の方々。お引き取りいただいた方がよろしいのではないですか? 私も舞衣様も危害を加えることなどありませんよ」
「……どうやら、隠せそうにないですわね」
寿々花は観念したのか、携帯端末で誰かと連絡を取る。二、三言話したところで通話を終え、直後に締め切られた扉の向こう側から複数の気配が消える。
「いつから気づいたんですの? それなりの手練れの刀使を用意しておいたのですけれど」
「取り調べを始めたところからですよ。表情の変化から見られる緊張、そして何度か私の手元や奥の扉に視線が泳いでいましたから。私を警戒するあまり、無意識に視線が注視すべき部分に誘われていたのでしょう?」
寿々花は悔しそうな顔で肯定する。刀使としても、要人警護の人間としても十分だが、それでも明良とは経験で劣っている。
「ですが、ここまで見抜くだなんて。何者ですの?」
だが、まだ噛みつく牙はあったらしい。別の疑念を植えつけてしまったか。
「職業柄、観察力に優れているだけですよ。間違っても、今回の件に私達が加担しているなどということはありません」
「ただの執事、その一言で済むと思って?」
「思いませんよ。私は……」
そこで一拍おき、寿々花と目を合わせてはっきりと
「あの方を命に換えても御守りしなければなりません。ですから、舞衣様に手荒な真似をしないでいただきたいのです。お互いの安全のためにも」
「……手荒な真似をするかどうか、それを判断するのは我々ですわよ」
「私が本当に協力者で、情報を持っているならばこんな場面で出し惜しみすると思いますか?」
「それは……」
ない。絶対に。
明良は舞衣が容疑者として疑われ、尋問を受けているのならば自分が罪を被ることなど厭わない。そんなカードを持っているならば、舞衣の解放と引き替えに情報を提供している。
「それに、舞衣様は
「……わかりましたわ、もう結構です」
寿々花は調書を閉じて、呆れ顔で話を切り上げた。
「少なくとも貴方については、関係なしとしておきますわ。柳瀬さんについても、私から真希さんに話を通して――」
ここで、寿々花の携帯端末が震える。寿々花は「失礼」と一言挟んで電話に応答する。
「ええ、ええ……わかりましたわ。こちらも収穫なし、ですわね。黒木明良もシロのようです。はい、ではまた後で」
寿々花は通話を終え、再び明良に向き直る。
「今、真希さんの方も終わったようですわ。柳瀬さんは今回の件には無関係と、結論が出たようでして」
「そうですか」
――よかった。
明良は無表情を貫いていたが、心の中では安堵していた。舞衣が一人で怯えながら質問に答えていたなどと聞かされては、明良としては居ても立ってもいられない。一秒でも早く向かいたいところだ。
「とりあえず今日のところはお二人に宿泊用の部屋を用意いたしますから、そこで休んでください。何かあれば、またお話を聞かせていただきますわ」
「わかりました。では、失礼します」
明良は椅子から立ち上がり、扉に手をかけ、開ける。そのまま退室しようとしたが、一歩踏み出して止まった。
「そういえば、此花さんと言いましたか。最後に一言お聞きしたいことが」
「はい、何ですの?」
不意に声をかけられキョトンとした顔で返事をした寿々花に、明良は尋ねる。
「貴女と獅童さんの近くにいて感じたのですが、妙にお二人から独特の香りがしまして。同じ香水でもお使いになられているのですか?」
「あら、女性の香水の香りが気になりますの? 殿方ならば仕方ありませんが、積極的に聞くのはあまり感心しませんわね」
「不快に感じられたのならば謝罪しましょう。ですが、少々疑問でして。失礼かもしれませんが、獅童さんは香水を嗜まれる方なのですか? それも貴女と同じものを」
「ええ、真希さんに頼まれまして。彼女、男勝りに見えて意外と年相応の女の子ですのよ?」
不自然な会話ではない。しかし、お互いに相手の腹づもりに僅かに気づいている。
「そうですか。不躾な質問にお答えいただき、ありがとうございます。では、改めて失礼しますね」
明良は丁寧に一礼してから両手でゆっくりと扉を閉め、舞衣の元へ向かった。
――あの鼻につく妙な匂い……折神紫といい、親衛隊といい、どうなっているのですか。
このとき、廊下には誰もいなかった。もし誰かがいて、彼とすれ違ったならば驚愕していただろう。一瞬だけ苛立ちに顔を歪ませた彼の姿に。
※※※※※
「どうだった、寿々花?」
取り調べを終え、先程まで明良と一緒にいた部屋には今度は真希と二人っきりになっている。
寿々花は静かに首を左右に振った。
「駄目ですわね。あの黒木という方、とてもあの二人の協力者とは思えませんわ」
「何故だ?」
「彼は常に知らぬ存ぜぬの一点張り。協力者なら、私達の操作を撹乱するために偽の情報を話す可能性が高いはずですのに、わざわざ疑いが強まる方を選ぶとは思えません」
「なるほど……柳瀬舞衣も同じだ。衛藤可奈美と十条姫和に関する情報はないと言っていたし、あの様子だと演技とは思えない」
「今し方あった連絡によると、平城の
寿々花は腕を組んで壁に寄りかかる。軽く息を吸い込んで、真希に本題を切り出す。
「ところで、話は変わりますが」
「?」
「黒木さんのこと、どう思います?」
寿々花からの突拍子もない問いに真希は首をかしげながら聞き返した。
「どう、というのは?」
「実は先程、私達が二人を協力者として疑っていることを見抜かれましたの」
「何?」
「幸い、彼は事を荒立てるつもりはなかったようなので穏便に済んだのですが……正直、あの目敏さは驚きましたわ」
「それで、僕に聞いてるのか。だが、僕はあの男は遠目に見た程度で……あまり詳しいことはわからないな」
真希は考えながら唸っていたが、不意に「そういえば……」と何かに気づく。
「何か気づきまして?」
「ああ、その遠目に見たときなんだが……どこかで見たことがあるような気がしたんだ。昔会った誰かか……」
「あら、ロマンチックなこと。初恋の相手でも思い出しまして?」
「か、からかうな! そうじゃなくて……何というか、顔立ちに覚えがあったというだけだ! 寿々花こそ、何か他にはないのか!?」
珍しく赤面しながら否定する真希に寿々花はクスクスと笑いがこぼれてしまう。
「私は……確か、あの方が妙なことを言っていましたわね。私と真希さんから同じような独特の香りがする、と」
「!」
真希の目が見開かれる。
「まさか……」
「ええ、薄々感づいているようでしたわ。私達の秘密に」
「だとしたら厄介だな……どうする?」
「今のところは証拠もないのですし、大きな問題ではありません。しかし、監視くらいはしておくべきかもしれませんわね」
真剣な表情で窓から覗く夕日を眺める寿々花。彼女の青いはずの瞳は、そのときだけは紅色に発光していた。
※※※※※
「舞衣様!」
「あ……明良くん」
迷惑にならない程度の早足で明良は舞衣の元へ辿り着く。舞衣の表情は酷く沈んでいた。
「私は、大丈夫だったよ。明良くんは?」
「私も。今回の件には無関係だと」
「そう……よかった」
よかったと、本気で思っているわけがない。恐らく明良でなくとも今の舞衣を見ればそれを見抜けると思う。彼女の無理に作った笑顔と渇いた声は明らかに無理をしている。まだ気持ちの整理がついていないのだろう。
当然だ。折神紫への襲撃というだけでも驚くべきことなのに、その犯人の逃走を親友が手助けしたのだ。舞衣からすれば意味不明だろう。
「どうか、気を落とさないでください。可奈美さんにも何か事情があってのことと思います」
明良は舞衣を元気づけようと彼女の左手を両手で優しく包み込む。
「私が事態を収拾させます。貴女のためにも」
「……うん、そうだよね。ありがとう、でも私も頑張るから」
曇っていた舞衣の顔に僅かだが光が差す。
――この人を、絶対に悲しませてはいけない。なら、私の切れる手札は全て使う。
「……もう夕暮れですね。今日はお部屋でお休みになられて、明日から捜索に加わりましょう」
「じゃあ……行こっか」
時間を空ける必要があると踏んだ明良は、舞衣に先行して折神家の敷地内に設けられた宿舎へと向かう。その途中だった。
「舞衣様、お電話が……」
「え? うん、誰だろ――」
刀剣類管理局から支給された舞衣の携帯端末がポケットの中から電話の呼び出し音を鳴らす。舞衣は少し上の空だったのか、明良に言われて数秒遅れて携帯端末を取り出し、画面の発信者を確認する。
「これって……」
舞衣の携帯端末に表示されている名前は『公衆電話』。発信者が誰なのか明らかではないが、二人の頭には共通の人物が浮かんだ。
「舞衣様、まさか……」
「可奈美ちゃん……かな」
可奈美の性格から考えて、親友である舞衣に何の連絡もなしというのは考えにくい。かといって、逃走の際に可奈美は荷物を宿舎に預けていた。その荷物には彼女の携帯端末もある。となれば、潜伏している場所から公衆電話で一報入れるというのが妥当だ。
「舞衣様、近くには誰もいません。スピーカーを」
明良は周囲の人影と気配を探る。盗み聞きされるような位置には誰もいない。音量に気をつければ大丈夫だろう。
舞衣は頷いて応答の後にスピーカーのアイコンもタップする。
「もしもし……?」
『舞衣ちゃん? 私。可奈美だよ』
――来た。
電話口から聞こえてきたのは間違いなく可奈美の声だった。
「可奈美ちゃん、今どこ?」
『どこって……えっと、どこなんだろ……ここ』
困ったような声。計画的に移動しているわけではないらしい。
『舞衣ちゃん、その……どうしても言っておきたかったんだ。迷惑かけてごめんって。それから、私は大丈夫だから』
「………」
いつもの可奈美だ。間違っても、彼女が舞衣たちを騙していたなどということはなかった。その事実に明良は吐息を抑えながら安堵する。
そして、同時に冷静に可奈美の声に混ざって聞こえてくる電話口の向こう側の音を拾い、分析していた。
――僅かな人の喧騒、車の通る音……屋外のそれなりに人が通る場所……人の目と逃走資金、休息のことを考えれば、小規模のホテルでしょうか。
『あっ、ごめん! 小銭ないからもう切れちゃう』
可奈美が慌てて電話を切ろうとするが、彼女とは違う声が混じって聞こえてきた。
『こちらは防災台東です。子供たちの見守りを第一に……』
「「!」」
遠くまで響く拡声器越しの声。これは可奈美の近くの人の声ではない。放送の声だ。
――今の放送は台東区近く。その中から絞りこめば……
『それじゃあね、舞衣ちゃん!』
「ちょっ……可奈美ちゃん!」
舞衣が呼びかけるが、一方的に通話が切れる。可奈美が切ったのか、小銭を追加で入れなかったのかはわからないが、それは関係ない。
今の電話だけで明良には十分だった。
「……舞衣様。申し訳ありませんが、お一人で宿舎へと向かえますか?」
「行けるけど……どうしたの?」
「可奈美さんの大体の居場所がわかりました。恐らく十条さんも一緒でしょう。今から向かいます」
明良は両手にはめた白手袋を外し、ポケットに突っ込む。手首を軽く振るが特に異常はない。
明良が本気で言っているとわかり、舞衣は彼を引き止める。
「待って、それなら私も行く!」
「舞衣様は宿舎でお休みになってください。御前試合と取り調べでお疲れになっているのでしょう?」
「そう、だけど……」
舞衣は俯いて押し黙る。だが、まだ引き下がる様子はない。
「私は貴女を命に換えても御守りすると、旦那様と奥様に誓っているのです。このような危険に関わらせるわけにはいきません」
「………」
「ご安心ください。私が何とかします。舞衣様は、可奈美さんをお迎えする準備を整えておいてください」
「わかったよ……お願い」
明良の懇願にようやく折れた舞衣は一言述べて宿舎の方へと向かった。明良はその背中が見えなくなるまで眺め、踵を返して歩き出す。
管理局の施設を後にしたところで、ポケットから携帯端末を取り出し、とある人物に電話を掛ける。
『私だ』
「旦那様、黒木です」
電話口から聞こえてくるのは年配の男性の声。舞衣の父親にして柳瀬グループの代表、柳瀬
『そっちはどうなっているんだ? 折神家で騒動があったのは知っているが……』
「容疑者は未だ逃走中です。その容疑者の一人が舞衣様のご学友の方でしたので、舞衣様と私にも嫌疑がかけられました」
『それで、どうなったんだ?』
「無関係と断定されました。嫌疑といっても、形式的なものだったようなので」
『そうか……』
孝則が静かに胸を撫で下ろす声が聞こえる。無理もない。自分の娘に何かあったとあれば、心配するものだろう。
――舞衣様を本当に心配されているのですね。
『すまないが、私は表立って事を起こすわけには行かない。その分、最大限サポートはする。必要なものがあれば言ってくれ』
「申し訳ありませんが、お気持ちだけもらっておきます。旦那様のお手を煩わせるわけにはいきませんから」
『だが……』
「私にお任せください。
『全力』という言葉に孝則は意図を汲んだようで、「わかった」とだけ返した。
「では、失礼します」
通話を終了させ、GPSを切る。明良の携帯端末は刀剣類管理局のものではないが、万が一にも居場所を特定されるわけにはいかない。
そうして、目的の場所へと足を進めた。
――よりにもよってあの二人とは……何の因果ですか。
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