刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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第7話 目的

姫和は何度も身をよじらせるが、明良の赤黒い手はビクともしない。どころか、姫和の動きを制するように少し力が増した。

 

「動かないでください。写シを張っているとはいえ、無用な戦いはしたくありませんから」

 

姫和は力ずくの抵抗が無駄だと理解し、動きを止めた。御刀を握る腕ごと掴んでいるのだ。攻撃の手段はない。

 

「可奈美さん、十条さんと一緒に戻りましょう。舞衣様がお待ちしています」

 

「明良さん……私は……」

 

立ち尽くしていた可奈美に呼び掛ける。可奈美は明良と戦う理由は特にない。よほどのことがない限り、生身の明良に斬りかかることなどないだろう。

 

「ごめん。私はまだ帰れない」

 

「……何故です? 理由を教えていただけますか」

 

可奈美は首を左右に振る。明良は静かに可奈美の目的を探ることにした。

 

「私たち、御当主様をどうにかしなきゃいけないの。だから……その……」

 

可奈美の口から出た言葉に明良は引っ掛かりを感じた。さらに深く掘り下げる。

 

「それは……御当主が何かしらの脅威に成り得るから、敵対する必要があるということですか?」

 

「うん、そう! だから……」

 

話が通じたことが嬉しかったのか、可奈美の顔が綻ぶ。が、すぐに疑いのものへと変わる。

 

「何で、明良さんも知ってるの? 見えたの? あの『よくないもの』が」

 

「………」

 

答えられない。しかし、これで可奈美と姫和の目的に察しはついた。

適当に誤魔化して舞衣の元に帰ることにした。

 

「それも、お答えできませ――」

 

明良はその瞬間、冷静さを完全に失った。顔は驚愕の色に染まり、全身が硬直した。

最も居合わせてほしくない人物(、、、、、、、、、、、、、、)の気配を察知したからだ。彼女がこの場に来るならば、絶対にこれ以上の戦闘は続けられない。

 

「くっ!!」

 

明良は姫和の拘束を解き、変身させていた左腕を元に戻す。困惑している可奈美と姫和を横目に見ながら、明良は両手にいつも着けている白手袋を嵌めた。

 

「可奈美ちゃん!」

 

短い間隔で地面を靴が擦る音。誰かがここに向かって走ってきている。そして、この声は明良と可奈美にとっては幾度も耳にしたものだ。

 

「舞衣ちゃん……」

 

「………」

 

携帯端末に備えられているスペクトラムファインダーを使って、この場所に荒魂が出現したことを知ったのだろうか。しかし、他の刀使よりも早く到着したということは偶然近くにいたのか。舞衣はこの場所を突き止めて、可奈美の存在を確認したようだ。息を切らせて走ってくる。

 

「舞衣様、どうして……」

 

「昨日の可奈美ちゃんとの電話、その音声データを柴田さんに解析してもらったの。そして、スペクトラムファインダーでここに荒魂がいるのがわかったから」

 

――柴田さん、余計なことをしないでください……

 

明良は心の中で先輩執事に軽い悪態をついた。舞衣にこの場を見られてしまう危険性と、舞衣を巻き込むことは明良にとって本意ではないからだ。

 

「可奈美ちゃん、聞いて。私、羽島学長と約束したの。今戻れば罪が少しでも軽くなるように計らってくれるって。だから――」

 

舞衣は説得を試みるが、可奈美は先程と同様に首を左右に振る。

 

「舞衣ちゃん、私見たの。あのとき……姫和ちゃんが御当主様に斬りかかったとき。何もないところから二本の御刀を取り出して……そのときに、御当主様の背後に……荒魂の目が!」

 

「え……」

 

舞衣はその『荒魂』という単語に疑問と、驚愕、そして半信半疑といった風の表情に染められる。

裏腹に、明良と姫和は得心いったという様子で「やはり」と呟く。

 

「お前には見えていたんだな」

 

「可奈美さん……」

 

三人の話に舞衣はついていけない。無理もない。あの英雄、折神紫が荒魂だといきなり信じられるほど舞衣は愚かではない。

 

「何を……言ってるの? 御当主様が荒魂だなんて……あの人は大荒魂討伐の大英雄で――」

 

「違う!」

 

姫和が困惑する舞衣の言葉を遮って叫ぶ。

 

「奴は二十年前の、その討伐されたはずの大荒魂だ!」

 

姫和は憤りと悔しさが綯交(ないま)ぜになったような表情で訴えかける。可奈美も真剣な表情でそれに同意する。

 

「じゃあ……刀剣類管理局も、伍箇伝も……」

 

「ああ、荒魂に支配されている状態だ」

 

舞衣は未だ半信半疑の状態は解けていない。しかし、自分の中で筋が通ってしまったのだ。姫和が全身全霊で紫を討とうとした理由も、可奈美がここまで必死になって姫和と一緒に逃げている理由も、折神紫の強さの理由も。

 

「明良くんは……知ってたの? このこと……」

 

舞衣は助けを求めるかのように明良に尋ねる。明良は数秒黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「ええ。とは言っても、御当主には何かあると、薄々勘づいていた程度ですが」

 

御前試合の会場で紫とすれ違った際、妙な匂いがした。親衛隊の面々とは比べ物にならないほど、極めて強烈な、鼻が取れるのではないかと思うほどの悪臭が。間違いなく、荒魂の匂いだった。正直、そのせいで怪しまれないかとヒヤヒヤしていたのだ。

 

なにせ、以前の彼女(、、、、、)からはそんな匂いは一切していなかったのだから。本気で一瞬他人の空似かと勘違いしてしまうほどに。

 

「私も、彼女たちの話を聞くまでは確信を持ってはいなかったのですが……今の証言は本物と考えるべきかと。

彼女たちが私たちを謀ろうとしているのでしたら、もっと信憑性の高い理由を話すはずです。私たちならば信じると考えた上で、可奈美さんは話してくれたのでしょう」

 

「えっと……そこまでは考えてなかったんだけど……うん、そんな感じ!」

 

明良の推測に対し、可奈美はオロオロと慌てて肯定した。この反応に、舞衣も明良も納得させられてしまう。いつもの彼女だ、と。

 

「そっか……本気なんだね。わかった、行って。後のことは私がなんとかするから」

 

「うん。ありがと、舞衣ちゃん!」

 

舞衣を諌めたところで、遠くからサイレンの音が響いてくる。刀使とノロの回収班がこの場に近づいているのだ。ならば、可奈美と姫和が今この場にいるのは危険すぎる。

 

「舞衣様、じきに折神家に勘づかれます」

 

「う、うん。可奈美ちゃん、これ。持っていって」

 

舞衣はポケットからクッキーの入った袋を取り出し、可奈美に手渡す。

 

「これ、舞衣ちゃんのクッキー!? ありがと、後で姫和ちゃんと食べるね!」

 

お気に入りの舞衣の手作りクッキーにはしゃいでいる可奈美。それに対して、姫和は放り捨てていたパーカーやギターケースを拾い、逃走の準備をしていた。

 

「早く行くぞ。長居はまずい」

 

「待って、十条さん」

 

立ち去ろうとする姫和を舞衣は呼び止める。姫和は渋々といった様子で振り向いた。

 

「可奈美ちゃんのこと、よろしくお願いします」

 

「………」

 

姫和は何も答えず、ただ頭を下げる舞衣を見つめていたが、続けて明良の方へ視線を移す。

 

「お前は、知ってるのか。その男――黒木とやらのことを」

 

「え? それって……どういうこと、明良くん?」

 

舞衣は質問の意味をわかりかねて、明良の方を向く。だが、明良は何のことだかわからないという風に首をかしげた。

 

「どういうこと、と仰られましても……十条さんの質問は漠然としているので何とも。十条さん、もう少し具体的に聞いていただけますか?」

 

「聞いてもいいのか? さっきのことについて」

 

「聞いて、私が簡単に答えると思っているのならどうぞ」

 

「そうか……」

 

姫和も察したようだ。さっきの姫和に対するあの行動、いや、あの力(、、、)が何を意味しているのか。そして、今そのことについての話をさせれば明良がどういう反応をするか。姫和は追求を止め、口をつぐんだ。

 

「私からも構いませんか、十条さん」

 

「何だ?」

 

「貴女のおおよその目的は理解しました。しかし、それを志した理由を今一度考えてみてください」

 

「……今の私は、目的を果たすことが最優先だ」

 

明良からの忠告を姫和は冷静に突っぱねる。が、少しだけ表情を緩め

 

「だが、一応覚えておく」

 

「ええ、それで十分です」

 

そうして、可奈美と姫和は二人で宵闇の向こう側へと消えていった。

 

残された舞衣と明良の間には言い知れぬ気まずい雰囲気があった。折神紫が荒魂だと聞いたから、だけではない。姫和が去り際に放った質問から生じた疑問が舞衣の心中に留まっているのだ。

 

「明良くん、さっきの……」

 

「十条さんのことですか?」

 

舞衣からの問いを読んでいた明良は、用意しておいた(、、、、、、、)返答を口から出す。

 

「私が御当主の正体に気づいていたことについてでしょう? 先程も申し上げた通り、単なる推測ですよ。何の根拠もありません」

 

「そう……」

 

舞衣はある程度納得してくれたようだ。一応、明良の考えが推測だったことは確かだ。

とは言っても、姫和の聞きたかったことはこの話題についてではないし、明良の推測には明確な根拠があるのだが。

 

「それよりも、舞衣様」

 

「何?」

 

「何故ここに来たのですか。私は折神邸で待機していてほしいとお願いしたはずなのですが」

 

僅かだが、責めるような声色で舞衣に問い詰める。明良としては本当に来てほしくなかった。

『あの力』を見られる心配があったことと、何よりも彼女の心身を案じてのことだ。

 

「約束を破ったのは、ごめん。でもやっぱり、私が可奈美ちゃんを助けないといけないって……そう思ったから!」

 

「ですが、それでは下手をすれば折神家から舞衣様に対する余計な疑いの目がかかる可能性があります。仮に十条さんが攻撃的で危険な人物だったとしたら、貴女が怪我を負うこともあり得ました」

 

明良にとっては、舞衣が戦いの場に赴くという時点で反対の姿勢を貫くことは決定している。本来、刀使の仕事についても戦闘を生業としているという部分においては賛成しかねているのだ。

 

「……申し訳ありません、言葉が過ぎました。私はただ、貴女を失いたくないのです。そんなことになれば、私は……」

 

明良は拳を握り、掻き毟るように自分の胸元に指を立てた。

 

「罪悪感と自責の念に駆られて命を断つに違いない、と。そう思っているんです」

 

自分の意思が本物だと、舞衣に言い聞かせるように告げた。彼女もそれを理解できたのか、静かに頷いた。

 

「でも……私、どうしたらいいんだろう……可奈美ちゃんを引き止めることもできなくて、十条さんに任せることになっちゃったから……」

 

「舞衣様……」

 

「何かしてあげたいのに、私の力じゃ何も……」

 

沈んだ表情の舞衣。可奈美を助けるために自ら剣を握ったにも関わらず、結果的には逃亡を許してしまったのだ。二人が逃げ切れない可能性も決して低くないことはわかっているはずなのに。

明良は穏やかにその哀しみを包み込んだ。

 

「それを考えるために私がいます。ですから、お任せください」

 

「明良くん……」

 

「貴女の悩みも、憂いも、哀しみも、私が全て取り払い、お守りします。私は身も心も、骨肉の一片ですら貴女の所有物ですよ?」

 

――全て私がやればいい。舞衣様も、彼女たちの願いも全て。

 

「ご安心ください。私が既に手を打っています」

 

――可奈美さんと十条さんが逃走している内に、こちらでできるだけのことをしておきましょうか。




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