刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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この話が何で出来ていると思います?

5パーセントのシリアス、15パーセントの伏線、30パーセントのキャラ紹介、残りの50パーセントはおふざけですよ(^◇^)


第10話 想うだけ

「舞衣様……なぜ……どうしてこのようなことになってしまったのですか」

 

「ごめん、明良くん」

 

明良は心底嘆き悲しみながら正面の舞衣に問い掛ける。舞衣も、申し訳なさそうに悲痛な声を返した。

 

「私の存在意義が、お傍に置いていただいている意味が……ありません。私、全身が引き裂かれるような思いです」

 

「それでも、だよ」

 

この世の終わり、人生の目的の消失。生きていることが無価値で、今の状況と比べれば地獄の釜の湯がぬるま湯に思えてしまうほどだ。

自分の申し出を舞衣に拒絶され、考えうる限りの最悪の事態を招いた。完全に自分の失態が引き起こした結果だ。明良はホロリと溢れてしまいそうな涙を無理矢理にでも押し戻す。

 

「私は……もうこの世にいる意味を失ってしまいます……」

 

「うん……うん。明良くん、確かに申し訳ないと思ってるよ。でもね――」

 

舞衣は諭すように告げる。明良への、今自分がかけるべき言葉を。

 

 

「朝ご飯くらいは自分でたべられるからー!!」

 

 

舞衣は悲痛な表情から一転、明良に強く反論した。というか、ここまで大仰にしている彼に呆れてしまっただけだが。

 

「ですが、ここ最近は舞衣様はお疲れのご様子。先程もお着替えはご自分でなされていたようですし、せめてこれくらいはと」

 

何があったのかというと、宿舎に備え付けられている食堂に朝食を摂りに向かったことから明良の『ご奉仕』なるものが始まったのだ。

注文から配膳、食べやすいように魚の骨を取り除く、挙げ句には「あーん」と舞衣に口を開けさせて食べさせるという行為にまでなった。

 

「大体、私そんなに子供じゃないから! それに、あーんとか恥ずかしいし……」

 

「恥ずかしがらなくても結構ですよ。舞衣様はお手を使うことなく優雅にお食事を楽しんでいただければ」

 

これはもはや、過保護というより介護の域ではなかろうか。中学二年生にもなった舞衣にとってここまでされるのはちょっといただけない。

 

「しかし、私が貴女の所有物だと申し上げた際、舞衣様は了承してくださいましたよね?」

 

こちらも一転。明良は黒い雰囲気(オーラ)を纏った笑顔で聞いてくる。

 

「そ、そうだけど……」

 

「私は舞衣様の手足や食器と同じ。つまり、舞衣様は今ご自分で普通に食事をなさっているのと同義です。さあ、ではどうぞ」

 

「どうぞ、じゃなくて!」

 

――一体どういう理屈なんだろう……

 

悪意は……多分あると思うが基本的には善意での行動だろう。とは言ってもここで受け入れれば完全に明良のペースに持っていかれるのは必至。もはやどっちが主従関係なのか。

 

「そんなことしなくても食べられるから、ほら」

 

明良の手から箸を奪おうとするが、ひらりひらりと空中の木の葉のように舞衣の手をかわしてくる。そこまで渡したくないらしい。

舞衣は仕方ないと伸ばしていた手を引っ込める。

 

「……ひとくち」

 

「!」

 

「一口だけなら、いいから」

 

「本当ですか……嬉しいです!」

 

キラッキラしてる。目の中にダイヤモンドでも入ってるのだろうかと疑ってしてまうほどに。

 

――そんなに、嬉しいんだ……

 

明良は時々、年齢にそぐわないほど子供のようになることがある。口調や知能ではなく、表情が。歳は舞衣よりいくらか年上のはずなのに、こういうときは弟のように見えなくもない。

 

「けど、それだけだから。二口目からは私が自分で食べる。いい?」

 

「かしこまりました。では。はい、あーん」

 

明良はだし巻き玉子を箸で一口大に割り、舞衣の口元へ運ぶ。待ち構えていた口に入れられ、何度か咀嚼する。

おいしい、と思う。舞衣としては明良が作ってくれたものの方が好みだが。

 

「……!?」

 

尤も、それ以上味を楽しんでいる余裕などなかった。周囲にちらほら座っている他校の生徒からは多種多様な目で見られているからだ。

嫉妬、羨望、微笑み、などなど。総じて言えるのは『すごい見られてる』ということだ。

舞衣は羞恥で顔を真っ赤に染め、視線を隣の明良へと移す。

 

「舞衣様、よろしければ二口目もどうぞ。はい、あーん」

 

箸は奪った。このときの舞衣の手の動きは音を置き去りにしていた、と明良は後に語っている。

 

 

※※※※※

 

 

食堂での『音を置き去り事件』の後、舞衣と明良は刀剣類管理局のバス用駐車場まで足を運んでいた。

 

「皆、それぞれの学校に帰っちゃうんだね……」

 

「皆さんの容疑は晴れたようですし、拘束されている理由はありませんからね」

 

荷物を抱えてバスに向かっていく刀使たちを遠目からぼんやりと舞衣は見ていたが、明良はそれとは別の視点で観察していた。

 

――綾小路は全員、長船は代表二人以外、平城、美濃関も長船と同様に、ですか。

 

冷静にバスに乗る各校の刀使たちの顔を確認していた。見たところ鎌府の者は一人もいない。刀剣類管理局としては折神紫の警護に当たっている親衛隊の代わりに鎌府女学院の刀使に捜索をさせている。というか、鎌府の高津学長が出しゃばったと言った方が正しい。

 

「あれ、あの子……」

 

ふと、舞衣が左のスペースに駐車してある白塗りの車の方へ目を向ける。正確には、その車に乗り込んでいる少女に。

 

「鎌府の……」

 

糸見(いとみ)沙耶香(さやか)さん、だったかと」

 

色素の薄い、白に近い髪に表情のない顔。しかし、整った顔立ちと華奢な体格はさながら人形のようでもあった。

確か彼女は御前試合の出場者だ。つまり、鎌府女学院の刀使の中でも上位に位置する実力の持ち主。そんな彼女が一人だけ別行動をする意味とは――

 

「ヘイ、レディ柳瀬!」

 

背後から声をかけられた。明るい少女のそれだ。振り返ると、二人の少女が目に入った。一人は長身で長い金髪の少女。目鼻立ちや髪の色からすると外国人の混血だろう、話しかけてきたのは彼女のようだ。もう一方は対称的に背丈の低い、小学生と言って差し支えないほど小柄な少女だ。

二人の顔には見覚えがあった。長船の代表二人だ。バスに乗る姿が見えなかったが、ここにいたのか。

 

「あなたたちは確か、長船の……」

 

古波蔵(こはぐら)エレンデース!」

 

益子(ましこ)(かおる)だ」

 

長身の少女はエレン、小柄な少女は薫というらしい。どういうわけか、二人とも御刀を差しておらず、どころか着ているものは制服ではない。つばの広い帽子、薄手の半袖シャツ、円輪状の浮輪など、まるでこれから海かプールにでも向かうような格好だ。

 

「ワタシの両親とアナタのパパは仕事のパートナーなんデスよ」

 

「えっ……? 父と、ですか?」

 

驚いた様子の舞衣だが、明良は既に知っている。古波蔵という苗字から察するに両親というのは古波蔵公威(きみたけ)とジャクリーン夫妻のことだ。その二人は特別希少金属研究開発機構に勤めている科学者であり、舞衣の父親はそこの出資者にあたるらしい。

 

「お友達のことで大変でしょうけど、落ち込まないでクダサイね!」

 

「おーい、エレン。そろそろ行こうぜ」

 

舞衣の手を取っているエレンを横目に、薫は後方の車を親指で差す。

 

「お二人はこれから休暇ですか?」

 

「イエス! 真夏のバケーションデース!」

 

「絶好の海日和だからな」

 

明良が尋ねると、得意気に返された。しかし、次の瞬間に意外な介入があった。

 

「ねねー!」

 

「?」

 

「え……」

 

薫の頭部の影に隠れていた何かが姿を現した。大きさは子犬程度、茶色い体毛と鉄色の尻尾、大きく生えた耳は兎のようだ。

舞衣も明良も直感的に感じた。これは――

 

「それ、荒魂じゃ……!」

 

「………」

 

警戒する二人に対して、エレンと薫は慣れた様子で説明してきた。

 

「こいつはオレのペットだ。安心しろ、荒魂だが襲ったりしない」

 

「そうデスよ、ねねは友達みたいなものデスから」

 

――確かに、穢れが感じられない。何でしょうか、この匂い。

 

明良にとっては不思議でならなかったが、荒魂が大人しく人間の身体に隠れて行動を共にするなど考えられない。それに、こんな近距離で明良の嗅覚に引っ掛からないとなれば、仮に荒魂であっても本来持っているはずの『穢れ』という特性がなくなっていることの証明になる。

 

「舞衣様、ご安心ください。こちらへの敵意は感じられません」

 

「……そう?」

 

改めてねねの方を見て、そこで気づいた。その生物の――彼か彼女かは不明だが、とにかく『奴』の視線の先に存在するものを。

 

「……!!」

 

まだ女性陣は気づいていないが、明良にはわかった。以前からもそうだが、ここに来てからは特に舞衣の動向や彼女に向けられている視線には敏感になっている。

 

ねねが目を輝かせながら釘付けになっているもの、それは――舞衣の胸だ。

 

中学二年生にしては大きい、いや、大人でもこのサイズは中々いないだろうと思えるほど豊かな胸。男ならば誰もが弄ぶ妄想をしたことがあるだろう。同級生の女子からも羨ましがられるらしく、本人は剣術の邪魔になるからと良く思っていないと聞く。

そんな恥じらいと清純さと背徳感を併せ持つ、この世全ての神秘の象徴に目を奪われることは仕方がない。だが、しかし。ねねはそれを踏み越えた。

 

「ねねーっ!」

 

薫の頭部から跳躍し、ねねは視線の先、舞衣の胸目掛けて空中で手を伸ばしてしがみつこうとする。舞衣と薫はそれを察知してねねを止めようとするが、遅い。刹那の遅れがねねの侵略を許してしまう。

 

「ねーっ!」

 

朗らかな鳴き声を発しながら無邪気、無垢ともいえる荒魂は舞衣の白い布地に包まれた双丘へと辿り着く。

 

「ねっ!?」

 

いや、辿り着いたのはその手前に突如として出現した別の白い物体――明良の手袋。つまりは明良の手に阻まれたのだ。

 

「ふふふ」

 

ねねの頭を掴み、穏やかな笑みを口元に浮かべる明良。尤も、笑っているのは口元だけで目は野獣の如き眼光を放っていたが。

 

「ねねさん、と言いましたか。いけませんねぇ、偶然にも転げ落ちてしまうなんて。危ないですよ」

 

「いや、思いっきり飛び込もうとしてマシタよね?」

 

エレンの言葉は明良の耳には届いていない。鼓膜に届いても心には届いていないのだ。

前言を撤回しよう。これには穢れがある。ケダモノのごとき穢れが。

 

「あ、明良くん、放してあげないと……」

 

「そーだぞ、ねね。ほら」

 

頭部からメリメリと音がしそうなほどに掴まれているねねを心配したのか、舞衣と薫が止めに入った。明良も大人しく手を放し、ねねは薫に尻尾を引っ張られて回収された。

 

「ったく、ねね。巨乳と見るなり飛び付くのはやめろって言ったろ」

 

「ねね……」

 

回収したねねに説教をしている薫。

 

「あと、流石に彼氏持ちはマズい。一番話がややこしくなる」

 

「ねっ!」

 

ピシッと敬礼するねね。了承したのだろう。

それはそれとして、舞衣は薫の発言によって顔を赤くしていた。

 

「か、彼氏……って」

 

「違うのデスか?」

 

「ち、違います!」

 

明良の方を横目でチラチラ見ながら否定する舞衣。対して明良は表情をいつもの会釈に戻して応対する。

 

「私はそのような立場の者ではありませんよ。私は黒木明良、柳瀬家の執事を勤めさせていただいております」

 

「ワーオ、執事さんデスか」

 

「はい。ですので、舞衣様の恋人など私のような者には畏れ多いことです」

 

――勘違いされたことが嬉しくないと言えば嘘ですがね。

 

「でもな、そんなにベッタリだったら勘違いするぞ。男連れだーって」

 

薫が両手の人差し指と親指で四角を作り舞衣と明良を視界の中で切り取る。カメラのフレームに入れているような動作だ。

 

「ベッタリですか。そこまで多くの方々に見られてしまっているのですね」

 

「明良くん、何でそんなに嬉しそうなの……?」

 

「いえいえ、しっかり舞衣様にご奉仕できているのだと実感できまして」

 

明良にとっては四六時中傍にいたいくらいなのだ。傍にいることが周囲にとっても当たり前でいてくれれば嬉しい。舞衣も照れたような顔で俯きがちになっている。

 

――嬉しいんでしょうね、ふふ。

 

「おっと、話しこんじまったな。じゃあな」

 

「シィーユー、マイマイ、アキラリン!」

 

薫とエレンは手を振りながら車に向かい、去っていった。エレンが去り際に放った呼び名に若干の疑問は浮かんだが。

 

「舞衣様、そろそろ戻りましょう。お部屋まで同行します」

 

「う、うん。ありがとう」

 

見送りは終わったので、二人で宿舎に帰ることにした。明良も可奈美と姫和に連絡を入れなければならない。時間の隙間を見つけて二人のサポートをしなければ。

 

「私たち……やっぱりそういう風に見えるのかなぁ……」

 

斜め前を歩く舞衣が小声で呟く。本人でさえ聞こえたかどうかわからないほどの声量だが、明良の耳ははっきりとその言葉を捉えていた。

 

「………」

 

何も言えない。聞こえていないふりをした。

舞衣の隣に恋人として立つという想像が頭に浮かびはしたが、即座にその光景を黒く塗り潰した。ありえない、あってはならない。

だが、頭の中で――(こいねが)うのではなく、空想や可能性の一つとしての存在を考えるだけならば許されるような気がした。

なぜなら――

 

――想うだけ(、、)ならば、罪ではないでしょう?




次回はシリアス回です。90パーセントはシリアスです、フンスッ

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それから、お気に入りが三桁に到達しまして、誠にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ

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