刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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私は舞衣が大好きですが、沙耶香も大好きです。あと、百合も大好きです、反省はしていません。


第12話 後継者

翌日。朝。明良は管理局のエントランスを訪れていた。今は壁に寄りかかりながら携帯端末で通話している。

 

「はい……はい、では失礼します」

 

通話を終えた。電話の相手は当然姫和だ。今はヒッチハイクを利用してトラックで移動中らしい。昨夜の件については、沙耶香を退けた後、途中までは累の車で移動、検問で別れ、その後にトラックに乗せてもらったらしい。因みに、沙耶香は途中で車から下ろして所轄に保護してもらったのだとか。とにかく、無事で良かったと思う。

 

「舞衣様……」

 

今は御手洗いに行っている舞衣を待っている状態だ。入口近くまで同行しようかとも思ったが、それは流石にデリカシーが欠けていると自分を諫めた。

 

――それにしても、これからどうするべきか……

 

これからどうやって事態を解決に導いていくかを考えなければならない。姫和の目的から考えて、このまま逃げ続ける選択肢などない。必ずもう一度折神紫を討ちに来るだろう。

それは正しい。このまま永遠に刀剣類管理局から逃げ続けられるわけがないし、折神紫の大荒魂を放っておけば災厄が振り撒かれることは間違いない。しかし、一度失敗した以上、警備はより強固なものになっている。暗殺を成功させるどころか折神紫に近づくことすら困難だ。

いざとなったら……

 

「……覚悟はしておいた方が良さそうですね」

 

両手を見つめ、固く握る。紫には気づかれているが、今は敵の懐に潜り込んでいるも同然なのだ。この手で彼女を殺すことも視野に入れて作戦を練ろう。

 

「……!」

 

人の気配がした。舞衣かと思ったが、違う。歩き方や息遣いが別人のものだ。

 

「……ああ」

 

エントランスの自動ドアが開き、一人の少女が踏み入ってくる。白い髪に華奢な体躯、身を包んでいる鎌府女学院の制服と腰に差した刀。

件の追手として話題に上がっていた刀使――糸見沙耶香だ。

 

「……」

 

沙耶香は明良を横目で一瞥したが、そのまま何も言わずに去っていく。

 

「……あの、ちょっといいですか?」

 

しまった、と思ったときには遅かった。沙耶香の姿、彼女から漂う雰囲気を感じ取った明良は引き止めざるを得なかった。理由はわからない。どういうわけか、引き止めたくなったのだ。そうしないと後悔すると感じたのだ。

 

「……なに?」

 

「ええと……」

 

足を止めて此方を向いてくれたが、何を話すべきだろうか。自己紹介からでいいか。

 

「初めまして。美濃関学院の柳瀬舞衣様に仕える執事、黒木明良と申します」

 

「……? 糸見、沙耶香」

 

沙耶香は突然何だろう、と目を丸くしながらも自分の名前を名乗っていた。いきなり知らない男に声をかけられれば彼女でなくともこのような反応はするのだろうが。

 

「お疲れのようですが、何かあったのですか? 見たところ、外出していたようですが」

 

「どうしてわかるの?」

 

沙耶香は不思議そうに首をかしげる。表情がほとんど変化していないのは違和感があった。

 

「目元に少々隈ができていますし、身体の重心もずれています。それに、制服の皺も寄っている。昨晩はあまり寝ておらず、ずっと制服を着ていたのではないですか?」

 

「……」

 

沙耶香は何も言わず、静かに首を縦に振った。今の言葉は推理というより、確証があってのものだ。単純に彼女から情報を引き出すための手段に過ぎない。

 

「……例の逃亡犯の二人を捕まえに行ってた」

 

「……その様子ですと、結果は芳しくなかったようですね」

 

また頷いた。

 

「私、失敗できないのに……」

 

「失敗できない、とは?」

 

沙耶香の呟きに引っ掛かりを感じた明良は掘り下げて聞いてみた。

 

「どんな任務でも遂行する……しなきゃいけない、から」

 

「……高津学長に言われたのですか?」

 

頷く。どうやら彼女は肯定と否定については言葉を使わないらしい。

答え方も、考え方も明良にとっては気がかりだった。余計なお節介をするつもりはないが、見ていられないものから目をそらすつもりもない。

 

「高津学長は貴女のことを何と言っているのですか?」

 

「……? 何でそんなこと聞くの?」

 

「単なる興味です」

 

沙耶香は記憶の糸を辿るように数秒顔を伏せ、答えた。

 

「……私の後継者で、最強の刀使だって」

 

――後継者……後継者……

 

頭の中でその単語が木霊する。そうか、と納得もした。明良が彼女を引き止めた理由がわかった。

似ていると思ったからだ。烏滸がましくも同情したのだ。

 

――何様のつもりですか、私は。

 

「………そう、ですか」

 

数瞬遅れた生返事は空気へと霧散していく。沙耶香には一応聞こえているのだろうが、明良の脳内には別の台詞が何度も何度も叫びを上げていた。

 

 

 

『これは私たちからの愛の鞭なの。わかる? あなたを後継者として認めていて、立派に育ってほしいからやってるのよ!』

 

左目を強く握った拳で殴られ、視界の左半分が消える。鈍い痛みと平衡感覚の弛緩が感じられた。

 

『私だってしたくてしてるわけじゃない! 我慢してやってあげてるんだから、あなたも我慢して痛みに耐えるのよ、いい!?』

 

口角の吊り上がった、ギラギラした目の女性の顔が残った右半分の視界を占領する。やがて痛みは額や鼻、両の手足まで及んでいく。

嬉しそう、幸せそうだ。人の幸せは共有して心を穏やかにするものらしいが、何故だろう。

 

――この人の笑顔は、私にはよくわからない。

 

 

 

「……!?」

 

飛びかけていた意識が戻ってきた。いつの間にか額から汗が噴き出しており、身体も熱い。頭を抱えたくなった。何でいちいちこんな光景を思い返さなければならない。

 

「……えっと……どうし、たの?」

 

「い、いえ。何でもありません」

 

油断していたところに沙耶香が顔を覗きこんできて、慌てて顔を左右に振る。

こんなことでどうする。どうでもいい過去に足を掬われそうになりでもしたら、明良は舞衣に顔向けできない。

と、明良が頭を切り替えようとしている最中にその場を一変させる大声が飛び込んでくる。

 

「沙耶香!!」

 

怒鳴り声がエントランスに響く。ツカツカとヒールで床を鳴らしながら近づいてくる足音と、先程の声で誰なのか判別できた。

 

「……高津学長」

 

エントランス上の階段から降りてくる高津学長の姿がそこにあった。わざわざここまで出向いてくる辺り、沙耶香とは彼女の通う学院の学長とその生徒、などという関係ではあるまい。何より、先程の沙耶香との会話から普通の関係ではないことくらい察しはつく。

 

「所轄に保護されるとはどういうことだ!? 任務に失敗して、よくもおめおめと戻ってこれたな!」

 

「……申し訳、ありません」

 

詰め寄り、顔の近くで強烈な剣幕で怒鳴る高津学長に沙耶香はすっかり萎縮している。

 

「高津学長、少々言い過ぎではありませんか?」

 

「何……? 貴様、一昨日の……何故貴様がここにいる?」

 

「偶然ですよ」

 

高津学長は予期せぬ介入に苛立ち、視線を明良の方へ向ける。そこでもう一度怒りが上塗りされた。明良は淡々と、静かに言葉を述べる。

 

「手練れの刀使二人を相手に無傷で帰還できたのです。まずは、それを喜ぶべきではないですか?」

 

「喜ぶだと!? 寝言は寝て言え、愚か者が! 私の言い渡した任務は達成できて当然。失敗した者を叱責して何が悪い!!」

 

「たった一人に成功する見込みの少ない任務を与えた、貴女にも落ち度があるのではないですか?」

 

「貴様……!」

 

歯軋りして威圧しながら距離を詰めてくる高津学長。普通の人ならば多少なりとも恐れ慄いてしまうだろうが、明良の心にあるのは嫌悪感だけだった。

 

――自分の失敗も、他人の安否も認められない。何なんでしょう、この人は……

 

「貴女は局長に媚を売りたいだけでしょう?」

 

「何だと?」

 

「尊敬する人に貢ぎ物をしたい、それが自分の功績であると認めてもらいたい。だから糸見さん一人に任せたのではないですか?」

 

「……黙れ」

 

高津学長は唇を引き結びながら反論するが、明良は淀みなく言葉を連ねていく。

 

「自分のために戦ってくれた糸見さんを、引いては彼女を育てた自分を称賛してほしい、局長の側近の座を手に入れるための点数稼ぎに糸見さんを利用した。違いますか?」

 

「黙れ……黙れ、黙れッ!!」

 

「……!」

 

高津学長に右手で胸ぐらを掴まれた。元刀使のせいか、女性にしては中々腕力がある。

隣の沙耶香は息を呑んで固まっているが、明良は眉一つ動かさずにその右手首を左手で掴み返す。

 

「もはや反論もできませんか?」

 

明良はギリギリと音を立てそうなほど手首を圧迫する。高津学長は一瞬だけ痛みで顔を歪ませるが、何とか持ち直して怒りの表情を作る。

 

「違うなら違うと言えばいいでしょう。『私は紫様のためではなく伍箇伝の学長の一人としてこの件に携わっている』と、普段の尊大な口調で仰ればよろしいではありませんか?」

 

少し力を強めた。高津学長もこれ以上やればこちらが負けると踏んで、自ら手を離した。懸命な判断と言えよう。

 

「ぐっ……い、行くぞ、沙耶香」

 

「……はい」

 

高津学長は悔しそうに目を細め、エントランスの出口へと向かう。沙耶香は軽く頷き、その後を追ってゆっくり歩いていく。が、二、三歩のところで明良の方に振り返った。

 

「ねえ」

 

「何でしょう?」

 

「何で……あんなこと言ったの? 学長に」

 

「気分を害してしまいましたか?」

 

沙耶香と高津学長は曲がりなりにも直属の部下とその上司のようなものだ。自分の上司に突っ掛かった明良に対して憤りを覚えているのかもしれない。その可能性を危惧したが、沙耶香は首を左右に振る。

 

「ううん……よくわからないけど、嫌な気分じゃなかった」

 

「そうですか」

 

――ならよかった。

 

「私が言いたいのは……えっと……」

 

中々言い出せない。いや、言葉にしづらいのだろう。何度も試行錯誤して口にしようか迷っているのが目に見えてわかった。

 

「ゆっくりでいいですよ、落ち着いて」

 

優しく、ちゃんと聞いていることを伝えた。急かして言葉にさせるよりも、整理がつくまで待ってあげることの方が大切だ。

 

「……何で学長を敵に回すようなこと、言ったの? あの人、嫌い?」

 

「……嫌いですね」

 

この距離でこの声量なら高津学長には聞きとれないはずだ。聞き取られたところで特に問題があるわけではないが。

 

「彼女、私の嫌いな人に似ているんです。まあ、人からの体面を気にしない辺り高津学長の方がまだ好感が持てますがね」

 

――そうだ。あの人(、、、)は結局……最後まで大義に縋りついていましたね。

 

感傷に浸る明良とは裏腹に沙耶香は胸元を掻き抱きながら、こちらと目を合わせてくる。

 

「えっと……くろき、さん?」

 

「はい」

 

沙耶香は恥ずかしそうに、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。精一杯の努力を振り絞っている。

 

「さっきの……ありがとう」

 

「そんな、私は――」

 

――ただ、気に入らなかったから。感情を発散させたようなものなのに……

 

沙耶香を庇いたいという気持ちもあった。だが、所詮は傲慢な人間に気持ちをぶつけたかっただけではないのか、という考えもある。自分が真に彼女のために戦ったとでも言えるのか?

忠義を尽くす相手ではない、言ってしまえば単なる他人同士の喧騒を好き勝手に荒らしただけだろう。

 

「……?」

 

「いえ、その……気にしないでください。見過ごせなかったもので」

 

結局、曖昧な返事しかできなかった。どういたしまして、とでも言えば良かったのだろうか。

いや、違う。自分の欲望を善意にすり替えてはいけない。それは明良が最も嫌う行為の一つだ。

 

「私はこれで失礼します」

 

「……うん」

 

一礼した沙耶香はトテトテと高津学長の方へ早足で歩いていった。




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