刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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今回は……ヒスおばファンの方は閲覧注意……カナー
いや、こういうのも含めてヒスおばファンなのか……わかんねえ(困惑)


第16話 意思

寒く、暗い部屋に二人の人物がいた。一人の少女は寝台に横たわり、視線を天井に向けたまま動かない。もう一人の女性はその傍らに立ち、鋭い眼光で少女を睨む。

 

「沙耶香」

 

「はい」

 

傍らに立つ女性――高津学長は自分の直属の部下であり、生徒でもある少女――沙耶香に諭すように語りかける。

 

「お前は我が妙法村正を受け継ぎ、そして私が見出だした最強の刀使。親衛隊のような欠陥品とは一線を画する力を持つ、私の最高傑作よ」

 

「……はい」

 

沙耶香は目元に逡巡と憂いを乗せた表情で了承の意を示す。

高津学長は近くのテーブルに置かれたケースの中から一つの注射器を取り出す。中は赤黒い液体で満たされており、沙耶香は一目にそれがノロだと理解した。

 

「これは紫様が直々に鎌府――いや、私が賜った研究の成果。これを受け入れれば、お前は名実ともに何者をも上回る最強の刀使へと生まれ変わる」

 

「………」

 

沙耶香は何も声を発さない。胡乱な瞳で高津学長の持つ注射器を見つめている。

 

「紫様のためだけに動く、私の下僕になることができる。喜ぶといいわ」

 

「……は、い」

 

思考が回らない頭で、渇いた口で言葉を紡いだ。

 

「……? 何だ、これは」

 

「……あ」

 

高津学長は沙耶香の左頬を、正確にはそこに貼られた絆創膏に目をつける。高津学長は、昨日自分がにつけた傷を外気から遮断するために貼られたそれに苛立ちを覚え、乱暴な手つきで剥ぎ取った。

 

「邪魔だっ」

 

「いっ……」

 

勢いよく頬から剥がされたせいで傷口にピリッと痛みが走る。沙耶香にとっては大した痛みではなかったが、物理的な痛みとは別の感覚が彼女の胸に波紋のように広がる。

 

――舞衣の、絆創膏……

 

ほぼ初対面の自分に姉のように接してくれた少女。舞衣の穏やかな顔が脳裏に浮かぶ。高津学長に可愛がられ、贔屓にされてきたためか、学院における居場所は少なかった。沙耶香が刀使になり、妙法村正を手にしてからはそれが顕著になっていた。

事情を知らなかったとはいえ、何の打算も偏見もなく優しくしてくれた初めての相手。楽しそうに話してくれたときも、傷を絆創膏の上から優しく撫でてくれたときも、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

「沙耶香、お前は少々勝手になり始めているわ」

 

「……え」

 

「あの黒木とかいう男に会って以来、妙に調子が狂ってるのよ。どういうつもり?」

 

「そ、れは……」

 

沙耶香の頭にもう一人の顔が浮かぶ。いつも舞衣の後ろに立っている銀髪の青年、明良の顔だ。

可奈美と姫和の捕縛に失敗し、高津学長に注意された際には正面から高津学長に食ってかかり、庇ってくれた。舞衣とは違い、純粋な善意とは言い難かったが決してその行為は嫌ではなかった。

 

「まあいい。それもこれも、どうでもよくなることなのだから」

 

「………」

 

高津学長は有無を言わせず沙耶香の左の首筋に注射針を近づける。体内に差し込んだ針の先からノロを注入するつもりだ。

 

「………う」

 

よくわからない、声にならない声が口から漏れる。どうにかしたい。今、目の前の人物の言う通り、これを受け入れることを考えると胸がズキッとする。

言葉にできない、嫌なのかどうか表現しづらい。ただ確実なのは、これが入ってくれば自分が自分ではなくなるということ――

 

「……っ!」

 

バチンッ

 

乾いた音が暗い部屋に響く。直前まで首筋に迫っていた注射針は注射器ごと床に転がっている。

 

「沙耶香……なにを」

 

「………」

 

沙耶香は自分の伸びきった左手と高津学長の顔を見て、ようやく状況を理解した。注射器を自分の左手で払いのけたのだ。

今まで高津学長の言動、行動に対して常に同意してきた沙耶香のことを考えると、高津学長は勿論、沙耶香本人にとっても意味不明な出来事だった。

 

「沙耶香……お前、何のつもりだ?」

 

「これは………」

 

高津学長が困惑と怒りを含んだ表情で問い詰めてくる。

説明できない。何故こんな行動に走ったのか、納得できるような理由を話すことができない。

直感か、反射か、モヤモヤした感覚が渦巻いている。

 

 

「それが糸見さんの意思ですよ、高津学長」

 

 

二人だけの空間に全く別の声が割って入る。高津学長は弾かれたように部屋の出入口の方へと身体を向けた。

 

「だ、誰だっ!?」

 

出入口の横の壁に寄り掛かる一人の青年が目に入ってきた。暗がりのせいで顔はよく見えないが、一歩ずつ歩み寄ってくるたびに顔の輪郭や髪の色が露わになっていく。

 

「大きな声を出さないでください……と申し上げても無駄なのでしょうね。貴女は大声を出していないときの方が珍しいようですし」

 

薄暗い部屋の照明の光を目映く反射する銀髪、黒いスーツとネクタイ、その端正な顔に浮かべているのは諦めや憐憫とも取れる表情。

何かと沙耶香に関わってくる二人の人物のうちの一人――

 

「夜分遅くに申し訳ありません。今回は舞衣様の執事として、あの方のご友人に協力させていただくために馳せ参じいたしました」

 

黒木明良が、そこにいた。

 

 

※※※※※

 

 

「………」

 

その場にいた誰もが沈黙していた。沙耶香と高津学長の視線は、一度空気を一変させた明良の方へと注がれており、当の明良も部屋中を見渡しながら一言も発さない。一通り見渡した後、床に転がった注射器で目の動きが止まった。

 

「少し、寄り道をしてきました」

 

「?」

 

呟かれた明良の声に高津学長が反応する。

 

「貴女たちが進めている研究の内容は確信していましたから、貴女が身の危険を察知すれば行動に出ることくらいは簡単に予測できます」

 

「何を言って……」

 

「ご理解いただけないならば構いません。とはいえ……」

 

明良はツカツカと高津学長と沙耶香の横を通り過ぎ、床に落ちた注射器に手を伸ばす。

 

「貴様……待て!! それは――」

 

「お断りします」

 

高津学長が慌てて止めようと掴みかかってくるが、明良は左手で逆に彼女の手を掴んで空いた右手で注射器を拾い上げた。

 

「……とはいえ、貴女は本当に動きが掴みやすい。感謝したいほどですよ」

 

「ぐ……き、さまぁ!!」

 

「ノロの新しい被験者にするつもりだったのでしょう? いえ、以前のものより改良してあるのでしょうか……」

 

「は……なせっ!!」

 

高津学長は歯噛みしながら明良の手を振りほどき、距離をとる。

 

「何故……」

 

「はい?」

 

「何故お前はここまで沙耶香に固執する!? 何故ことあるごとに私に横槍を入れてくるんだ!?」

 

「………」

 

激昂された。明良は意外にも何の感慨も抱かなかった。彼女の剣幕が大したものではない、というわけではない。あまりにも単純で、理屈を予測しやすい相手であるせいで興醒めしたからだ。

 

「私がお前の主人に怒鳴ったからか!?」

 

「…」

 

「沙耶香に入れ込んでいるからか!?」

 

「……」

 

「それとも、私に何か恨みでもあったか!? 答えろ! さっきから黙っているだけか!!」

 

「………」

 

明良の心情など露知らず、高津学長はどんどん声を荒げる。明良は肩を竦めて重たい口を開いた。

 

「違います……とは完全には言えませんね。当たらずとも遠からず、です」

 

「……何?」

 

舞衣に暴言を吐いたから、沙耶香の立場に思うところがあったから、高津学長の人格や行動に物申したいことがあったから、どれも間違いではない。だが、これだけの理由でこんな大それたことはしない。

明良が動く最大の理由は常に一つ。

 

「私の行動理由は、舞衣様とその大切な方々を助けることです」

 

可奈美と姫和の捜索に向かったのも、高津学長の言動に反抗したのも、舞草との協力を決めたのも、管理局の研究施設に潜入したのも。全ての動機はこれに繋がっている。

疑問も違和感も生じることはない。いつも明良の行動理由は一つの軸となって折れることはない。

 

「……ふん、だからと言って沙耶香を助けていい理由になるか? この子は私の学校の生徒だ。友人だか何だか知らんが、部外者にどうこう言われる筋合いはないな!」

 

高津学長の顔に余裕が戻る。突破口を見つけたとでも思っているのだろう。

 

「ええ、確かに私にどうこう言う筋合いはありませんね」

 

「そうだろう! だったら――」

 

「ですが、それは糸見さんが『自分の意思で貴女に付き従っている』場合です」

 

高津学長の顔が固まる。やがてゆっくりと、潤滑油の切れた機械人形の如く首を沙耶香の方へと回す。

 

「彼女がご自身の意思で貴女の指示に従っているのならば私は干渉するつもりはございません。しかし、彼女の反対を無視して、あるいは意思の確認をしていないのならば……私は『舞衣様のご友人に対する不当な扱い』に何らかの対処をする所存です」

 

「……れ」

 

「?」

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ! 黙れッ!!」

 

高津学長の声がこれでもかと張り、隣で横たわったまま上体を起こしている沙耶香がビクッと震える。

無表情だった明良も眉をひそめる。

 

「私は紫様をお守りする使命がある! 全ての刀使と伍箇伝はあの方のために存在しているのだ! ならば私の生徒である沙耶香を戦わせることの何が悪い!?」

 

「糸見さんは刀使である前に一人の人間です。いくら折神紫のためとはいえ、本人の意思の確認をしなくても良い理由にはならないでしょう?」

 

明良が返すと、高津学長は鼻で笑うように嘲る。

 

「意思の確認だと? 貴様がそれを言うか?」

 

「……? どういう意味です?」

 

「貴様の主だとか言うあの生徒! 柳瀬だったか? 貴様も仕事で従っているだけだろう!」

 

「…………は?」

 

思ったよりも低い、怒りの込められた声が口から出た。会話の内容と高津学長の意図を正しく理解できてしまったから、余計に感情が先行してしまった結果だろう。

高津学長は明良の声がよく聞こえていなかったのか、止まらず捲し立てる。

 

「あんな半人前の小娘に従えるわけがないだろう? 刀使としての腕も、状況判断の能力もない! ロクに逃亡者を捕らえられなかったのだからな!」

 

「……あの」

 

「大方、あの小娘の家の金目当てだろう!? 意思に反しているのはお前も同じではないか!」

 

「……ですから」

 

「そんな貴様が何様のつもりでここにいる!? 恥を知れ、俗物が!!」

 

「……はぁ」

 

溜め息を漏らしてしまったのは、呆れたからだろう。こんな人が学長の一人、いや、そもそもこんな大人が存在することにほとほと呆れてしまったからだ。

だからこそ、何とか理性が効いたのだろう。溜め息の後の一瞬で明良が高津学長の首を左手で掴んで持ち上げただけ(、、)で済んだのは。

 

「口を慎んでいただけますか……下衆が」

 

「あ……ぐっ……ご………」

 

目を細め、静かに、冷徹な顔で高津学長と目を合わせる。高津学長の身体は足が地面から浮き、明良の掴んだ首により強い負荷がかかる。

 

「さ……やか、はやく……たすけ……ろ」

 

絞り出すように高津学長は沙耶香に助けを請う。隣の沙耶香は驚いて口を開けたままだったが、流石に見過ごせなくなったのか寝台から降りて止めに入ろうとする。

 

「糸見さん、少々お待ちください。ご心配には及びませんよ、命に関わるようなことは致しませんので」

 

「………」

 

沙耶香は黙ったまま、元の体勢に戻って静かに二人の様子を傍観し始めた。

明良はそれを確認しながら話を戻す。

 

「さて、撤回してもらいますよ、先程の言葉」

 

首の骨を折らないよう、力を調整する。流石に殺すつもりはない。苦しんでもらうのは決定だが。

 

「私に対してはいくらでも、どのようなことを言ってくださっても構いません。金目当て、点数稼ぎとでも言ってくださって結構です。慣れていますから。ですが――」

 

明良は普段ならば絶対に見せないような憎しみに満ちた表情になっていると、自分でもわかった。

高津学長は今、明良に向かって堂々と禁句を言ったのだ。こんなことをされて笑っているような精神は持ち合わせていない。

 

「舞衣様とそのご友人の方々に対する誹謗中傷を見逃すつもりは決してありません。たとえ伍箇伝の学長であろうとも、です」

 

「……く、くそ……」

 

高津学長は自分の首と明良の手の間に指を入れて、拘束を解こうとするが、力が違いすぎて全く敵わない。明良は歯牙にもかけず話を続ける。

 

「舞衣様はご自身の大切なご家族やご友人、市民の方々をお守りするために日々鍛練を積み、荒魂と戦っておられます。そして、人の思いを包み、正しく導く力を持っていらっしゃる。とても優しく、努力家で、思いやりのある御方です」

 

明良は連ねる。自身の経験、周囲から抱かれているであろう印象。自分が忠義を尽くすと誓った主の魅力を懸命に目の前の相手に言い聞かせる。

 

「貴女が舞衣様の何を知っていらっしゃるのですか? あの方のことを欠片程度しか知らない、理解しようともしていないのに勝手なことを言わないでいただきたい。私は自分の意思であの方に仕えています。誰に言われたからでもない。この程度ならばご理解いただけますね?」

 

「……は………はっ………」

 

高津学長の呼吸が怪しくなってきた。そろそろ話してあげないと、死にはしないが意識が危うい。

 

「撤回していただけますか? さもないと……」

 

明良は空いた右手の人差し指と親指で、高津学長の左手の人差し指の爪の先を摘まむ。爪を剥がすぞ、という意味だ。察したのか、高津学長は必死に抵抗して両足を明良の胴体に叩きつけるようにして蹴りを入れる。だが、元は刀使とはいえ呼吸困難の状態で全力など出せるわけがない。高津学長の蹴りは弱々しく、枕を投げられた程度の衝撃しかない。

 

「さて、まずは一枚……」

 

「わ……わか……た」

 

微かに聞き取れた。だが、はっきり聞くためにほんの少しだけ首を掴む力を緩めて気道を広げさせる。

 

「聞こえませんが」

 

「わかっ……た……てっかい……する……から……」

 

「……わかりました」

 

少々不本意たが、今は優先するべきことではない。目的は沙耶香だ。明良は爪を摘まむのをやめ、首を掴む手の指を一気に広げ、拘束を解く。支えを失った高津学長の身体は重力に従って自由落下し、膝から床に激突する。だが、膝の痛みよりも呼吸困難だったことの方が大変なのだろう。必死に咳き込んで気道を確保し、十分な量の空気を体内に取り込んでいる。

明良はそんな高津学長を見下ろしながら告げる。

 

「高津学長、私の要求はただ一つです」

 

「ごほっ……げほぁ……あ……ああ?」

 

高津学長は咳き込みながら上方の声の向きを見上げる。

 

「糸見さんがご自身の意思で貴女に付き従っているか否か、その確認。そして、従わされているだけならば、私は貴女を糸見さんから引き剥がすつもりです」

 

「馬鹿が……ふざけるな……」

 

「別にふざけていませんよ、私も貴女も。ゆえに、こうして足を運んだのですから」

 

明良は改めて沙耶香に向き直る。

聞きたいのだ。彼女の意思を、本音を、本心を。高津学長の傀儡でも、伍箇伝の刀使でもない、糸見沙耶香という一人の少女の思いを。

 

「糸見さん、私は何も強制は致しません。どのような言葉であっても私は不満を申し上げるつもりはありませんので」

 

「………黒木さん」

 

「ですが、ご自身の心に嘘はつかないでください。本心からの言葉でしか、人は前に進むことはできません」

 

「わたし、は……」

 

沙耶香は困惑し、頭を抱えて押し黙る。高津学長の顔に笑みか戻りかけるが、明良は全く慌てずに沙耶香の言葉を待った。

 

「ここに、いたくない」

 

「なっ……」

 

高津学長の顔が一変。一気に余裕がなくなる。沙耶香は制服の胸元に手を当てながら滔々と呟き続ける。

 

「舞衣や、黒木さんと一緒の方が……あったかくて、全然嫌な感じしない、から」

 

沙耶香は今度こそ寝台から降り、正面を見据えながら言う。目をそらさない、自分の胸に抱いた感覚を吐露する。

 

「私は、そっちの方がいい」

 

「……そうですか」

 

明良は穏やかに微笑むと、近くに立て掛けてあった沙耶香の御刀を取り、彼女に渡す。

 

「貴女は自由です。拙くとも、自分の言葉で人に伝えられたのですから、意思のない人形ではありません」

 

「……うん」

 

「ここは私が何とかしておきますので、貴女は早くここから離れてください」

 

今、この状況で沙耶香と高津学長を同じ空間に置くのは不味い。沙耶香を一旦別の場所に移動させておかねば。

 

「………」

 

沙耶香は高津学長を一瞥するも、特に何か言うこともなく部屋の窓から外へと飛び出した。

高津学長は恨めしげな視線を明良に向けながら立ち上がる。

 

「……何か仰りたいことでも?」

 

「あるに決まっている! 貴様ァ、沙耶香に何をした!!」

 

高津学長が明良を鋭く指差して怒鳴る。もはやこの人は怒鳴っていないときを探す方が難しそうだ。

 

「言ったでしょう? 彼女の意思だ、と。糸見さんはご自身で判断して言葉を発し、行動に移した。貴女が刷り込んだ『道具』としての彼女ではなく、意思を持った個人としてのものです。他人が無下にしていいものではない」

 

「うるさい! 元はと言えば貴様が――」

 

高津学長はポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、構える。そしてそのまま突進し、明良の胸目掛けて刃を突き立てようとしてきた。

 

「――貴様が全て仕組んだせいだろうがぁぁ!!」

 

薄暗い照明を反射する白刃が明良のシャツを切り裂き、肉を断つ寸前。高津学長のナイフを握る右手が手首の部分で捻り上げられる。

 

「危ないですね」

 

明良は捻る角度を大きくして、高津学長の右手の力を奪う。案の定、握る力の弱まったナイフは彼女の手から滑り落ちる。明良は床に落下したそれを足で遠くに弾き飛ばす。

 

「服に血が付いたら汚れるでしよう」

 

「ぐっ……ああ……」

 

「そうだ、丁度良いですね」

 

明良は思い出したように高津学長の上着の右袖の裾の内側に手を伸ばす。

 

「回収しようと思っていたんですよ、これ」

 

裾の内側から極小のシール上の物体を剥がし取る。

 

「隙だらけで助かりましたよ、お陰で情報が筒抜けになってくれましたからね」

 

衣服に貼り付けるタイプの盗聴器。しかも、質量は非常に小さく、薄いシール状であるため存在に気付かれることはほとんどない。

明良は掴んだ腕ごと高津学長を突き飛ばし、手を離した。

 

「この盗聴器、隠密性能は高いんですが、使用できる距離が短いのが難点でして。流石に何キロメートルも離れた位置では機能しなくなってしまうんですよ。ですから、いい機会ですし回収しておきますね」

 

「いつの間に……!」

 

「初めて会った際に、すれ違い様に貼らせていただきました。生憎とこういう工作には慣れていまして」

 

舞衣と一緒に作戦本部へと報告に向かった際に、こっそりと高津学長の上着に仕込んでおいたのだ。可奈美たちへと情報提供の吸収源も、沙耶香の軟禁場所の特定も、ノロの研究施設についても、大部分は高津学長の会話の盗聴によるものだ。

 

「貴様……こんなことをしてタダで済むとでも――」

 

「思っていませんよ。貴女が告げ口をすれば私はお尋ね者扱いになるでしょうね。ですが、私にはこれがあります」

 

明良は掌のシール型盗聴器を見せながら言う。

 

「盗聴器の音声は全て録音済みです。貴女が何を言おうと、この音声データがあればお互いに破滅です」

 

「くそ……!」

 

「貴女が今取れる最善の策は、何もしないことです。爆弾の起爆スイッチを押さなければ何も起きないのと同じですよ。貴女は事の終わりまで傍観していればいい」

 

高津学長は地面に両手をついて項垂れる。部下であり、自分の人形だと思っていた沙耶香が離れ、力でも捩じ伏せられた。落ち込むのは普通だろう。

かといって、明良は全く同情するつもりはないが。

 

「では、失礼致します、高津学長。ご苦労様でした」

 

部屋の扉を閉める重苦しい音が高津学長の耳に届いたが、彼女の視線は暫く床から離れなかった。




アニメではものの数分で終わったやり取りをここまで引き延ばしてしまうとは自分でも思わなかったですよ、トホホ(´ω`)

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