刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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今回は結構長めなんですが物語的には全然進まないです。もっとポンポン進みたいんですが、あんまり長くしたくないので……どうしようヽ(д`ヽ)


第17話 本気

「………」

 

焦燥と罪悪感、困惑が糸見沙耶香の胸中に渦巻いていた。

高津学長に発した言葉は決して嘘ではない。高津学長の元から逃げ出したことも後悔していない。だが、そう簡単に割り切れるものでもない。

 

「どうしたら……」

 

商業地区の路地裏に身を潜め、地面に座り込んで頭を膝の間に埋める。高津学長の下にいたことは、空虚な自分に与えられた居場所のようなものだった。老朽化した家を捨てたようなものだ。朽ちて住めなくなった家に居続けることと、住む家を失うこと、どちらが正しい判断なのだろうか。家を建て直せばよいのだろうが、高津学長という人間が簡単に考えを改めてくれるとは思えない。

 

「寒い……」

 

まだ5月だ。夜風は肌に染みる。だがそれ以上に、今の沙耶香の心情が寒気を増長させている。

 

――やっぱり、なんか、変……

 

自分でも不思議と自然に手が動いていた。携帯端末を取り出し、電話の画面を表示させる。発信履歴の特別祭祀機動隊や高津学長の文字には目もくれず、電話帳から『柳瀬舞衣』の文字に触れ、電話を掛けた。

 

 

※※※※※

 

 

「……はぁ」

 

明良は高津学長のいた部屋を離れ、管理局の廊下を歩いていた。高津学長が裏で行っている研究の証拠を掴み、沙耶香を解放させたのはいいが、一つの問題が明良を悩ませていた。舞衣のことだ。

 

――明日の計画に支障が出てしまった……

 

本来ならば舞衣は明日の朝に美濃関に帰る予定だった。しかし、先程の研究施設への潜入と高津学長とのやり取りのせいで舞衣を無事に返すことができるのかが不確かとなってしまった。

研究施設の件はともかく、沙耶香の件は高津学長に顔が割れている。夜見にしたように暫く意識を失わせておけばよかったが、彼女に使った手はただの人間には負担が大きすぎる。当然、高津学長の生死を慮るつもりなど砂粒ほどもない。だが、動きの読みやすい相手が今後も指揮をしてくれる方が助かるということと、単純に死人が出れば警戒が強まると思った、というだけのこと。

 

「……仕方がありませんね」

 

明良は携帯端末で舞衣に電話を掛ける。既に深夜の十二時を過ぎているため寝入っている可能性が高いが、少しでも早く連絡できるに越したことはない。主の睡眠を害してしまうのでは、という罪悪感を感じながらも明良は電話の呼び出し音を鳴らし続ける。

そして、意外にも早く呼び出し音が途切れ、通話状態に移行した。

 

『はい、もしもし?』

 

「……! 舞衣様、黒木です。夜分遅くに申し訳ありません」

 

『ううん、大丈夫だよ。私も寝れなかったから』

 

電話口から聞こえてくる声からして、無理に起きて電話に出たわけではないことがわかる。少し安堵しつつ、要件を話すことにした。

 

「舞衣様、突然の事で申し訳ないのですが、実はご報告しなければならないことがございまして」

 

『報告……? 何を?』

 

「先程、管理局の一角で事件が発生しました。死者が出るような事態ではありませんが、高津学長や親衛隊の皐月さんが被害を受けています」

 

あたかも他人事のように言ってのける。まあ、他人事と周囲に認知させなくてはならないのだが。

明良の作戦はこうだ。

『管理局で事件が発生したため、管理局全体が警戒体制に入っている。余計な疑いをかけられ、長期間拘束されることになるので今すぐに美濃関に帰ってほしい』と提案する。

今は盗聴器のデータがあることで高津学長を抑えることができているが、共倒れを狙って真実を暴露することも考えられる。研究施設への潜入も時間が経って調査が進めば捜査線上に明良が現れるかもしれない。明日の朝に美濃関に帰るとはいえ、不安の種は取り除いておかねばならない。たとえ地面に埋まっている極小の種であっても、掘り起こして、潰す。そうしなければ舞衣を守れないかもしれないからだ。

 

「ですから、舞衣様には一刻も早く美濃関にもどってもらわねばなりません」

 

『う、うん……』

 

舞衣の落ち着きのない声。無理もない。可奈美たちの件がようやく落ち着いたというのに、さらなる事態に陥ったのだ。

だが次の瞬間、明良は舞衣の声色が別の理由によるものだと理解した。

 

『明良くん、実はね……』

 

「はい、何でしょう?」

 

『さっき、沙耶香ちゃんから電話があったの。これって、明良くんが言ってることと関係あるの?』

 

「え?」

 

予想外の言葉が返ってきた。明良の提案について何か反論でもされるのかと思っていたのに、舞衣の口から聞こえてきたのは先程逃がした沙耶香についての情報。

 

「糸見さんは……何と?」

 

『特には何も言ってなかったよ。でも、何処か落ち込んでるみたいで……普通じゃなかったと思う』

 

「そう、ですか……他には?」

 

『そうだね……あ、確か電話の向こう側からコンビニの店員さんの声と自動ドアの音がしてたよ』

 

思わぬところで一つ収穫があった。元より沙耶香とはすぐに合流するつもりだったのだ。舞衣の証言からして、沙耶香の位置はここからそう遠くないコンビニの近く。このまま舞衣の説得と同時に済ませてしまおう。そこまで考えを纏めた明良の耳に不安げな舞衣の声が届く。

 

『……ねえ、明良くん』

 

「はい」

 

『沙耶香ちゃん、何かあったのかな……私、気になってて』

 

「舞衣様はお部屋で待機していてください。糸見さんは私が何とか致します」

 

ここで舞衣が不用意に動けば何があるかわからない。沙耶香を一端何処かに匿わせて、その後で舞衣の元へ向かえば問題ない。

舞衣とて、今の状況で沙耶香の件に首を突っ込むことのリスクは理解しているはずだ。自ら沙耶香の元へ駆けつけるようなことはない。

そう、考えていた。

 

『明良くん、私、沙耶香ちゃんのところに行ってくる』

 

「な……え?」

 

今度の舞衣の声は決意の秘められたものだった。リスクを承知の上で……いや、リスクのことよりも沙耶香の心身を案じての行動を優先すると言っているのだ。

 

『沙耶香ちゃんが困ってるのに助けに行かないなんて、私には考えられないの。だから――』

 

「待ってください、舞衣様。今は糸見さんと接触することは危険です」

 

『ごめん、明良くん。わかってるけど、放っておけないから』

 

「……」

 

我儘を通したがっている子供でも、自分の立場を理解できていない愚か者でもない。舞衣は今の状況を正しく理解できている。刀剣類管理局に難癖をつけられるかもしれない、高津学長の目の敵にされるかもしれない、そういう可能性を知った上で言っているのだ。

だからこそ、明良は何も言い返せない。反対か賛成か、どちらが最良なのか決めあぐねてしまっている。

 

『今着替えて沙耶香ちゃんを捜しに行くから。明良くんは部屋に戻ってて。それじゃあ』

 

「待ってください、私は――」

 

強引に切られた。明良の反論を許さない、という意思表示でもあるのだろう。

怒らせてしまったかもしれない。だが、舞衣に『貴女が糸見さんを捜しに行ってください』などと言えるわけもない。どうすればよかったのだろうか。

 

「……ん?」

 

思案しながら歩いていると、明良から見て廊下の右側の扉から高津学長が出てきた。

 

「くそっ! 親衛隊の出来損ないどもが……!」

 

不機嫌そうに顔をしかめている。高津学長は明良の存在には気付かず、廊下の奥へと消えていった。確かこの部屋は作戦本部だ。大方、親衛隊や本部にいる刀使に沙耶香の捜索の命令を出したのだろうが、無下にされてしまったのだろう。

当然だ。今の管理局は可奈美たち、引いては舞草の捜索が最優先であって鎌府の内輪揉めに手を貸す権利も義務もないのだ。

 

「はえー、高津のおばちゃんおっかないねー」

 

「……! 燕さん」

 

高津学長が去ったところで廊下の影から一人の少女がひょこっと現れる。気の抜けた陽気な声、水色の髪の親衛隊の少女、燕結芽。

 

「高津学長は随分とご機嫌が優れないようでしたが、何かあったのですか?」

 

「知らないの? 高津のおばちゃんのとこの沙耶香ちゃんがいなくなっちゃったんだってさー。で、おばちゃんがカンカンになってるんだよ」

 

「そんなことが……大変ですね」

 

当たり障りのないコメントをしておく。というか、あそこまでされて親衛隊に威張り散らすだけの度胸があることには正直驚いた。

 

――いえ、単純に駒がなくなって怒っているだけですね。

 

「ね、おにーさん」

 

「何ですか?」

 

「おにーさんってどうやったら本気になるの?」

 

「……唐突にどうしたんですか?」

 

いきなり変なことを聞かれた。そういえば結芽は戦闘狂に分類される人種だ。昨日の明良とのやりとりで何かしらの興味を持たれたのか。

 

「燕さんは争い事がお好きなのですか?」

 

「うん、好き! だって、強い人に勝ったら色んな人にすっごいとこ見せられるんだよ? すごいとこを見てもらえるのって嬉しくない?」

 

何か彼女の琴線に触れたようだ。年相応に無邪気な顔で饒舌に話してくる。

 

「おにーさんだって、あの美濃関のおねーさんにいいとこ見せたいでしょ? だったらさ、本気で戦ったら見せてあげられるよ?」

 

「そうですね……」

 

否定はしない。別に舞衣に自分をアピールするために傍にいるわけではないが、そういうところを見てもらえるのは純粋に嬉しい。だが……

 

「それでも私は、不必要に戦うつもりはありませんね。まずは戦いを回避し、あの方の安全を確保することが最も重要ですから」

 

「なんか、つまんなーい」

 

「……それに関しては申し訳ありません」

 

というか、そもそも結芽と私闘を繰り広げることなど明良にはデメリットしかない。こんな話を真剣に続ける意味もない。

 

「それでも、強いて言うならば……」

 

明良は結芽とすれ違い様に小声で呟いた。

 

「守らなければならない方のためならば、私は本気で戦います」

 

 

※※※※※

 

 

ほどなくして沙耶香は見つかった。コンビニの近くという情報だけでの捜索は少々骨が折れたが、人目につかない路地や建造物のあるコンビニに絞って探せば、さほど時間はかからなかった。

案の定、沙耶香は数百メートルほど離れたコンビニの横の路地に座り込んでいた。

 

「糸見さん」

 

「あ……」

 

沙耶香は身構えて腰の御刀に手を伸ばす。しかし、相手が明良だと気づいて手を引っ込めた。

 

「……どうしたの? 何で……ここに?」

 

「頭が切れないと執事は務まりませんので」

 

適当に誤魔化し、明良は沙耶香の元へ歩み寄る。

 

「隣、いいですか?」

 

「……うん」

 

明良は路地に入り込み、沙耶香の隣に立つ。沙耶香は焦点の合わない目で明良に尋ねてきた。

 

「何で」

 

「?」

 

「何で、助けてくれたの? さっきも、この前も。私、何もしてないのに……」

 

恐らく、何となく気になったことを聞いただけだろう。沙耶香は困惑している自分を保とうとしているように見えた。

 

「先程申し上げた通りです。貴女は舞衣様のご友人ですから。お力添えするのは当然ですよ」

 

「そう……」

 

消え入るような声で相づちを打つ沙耶香。納得はしていないようだ。明良はさっきと同じことしか言っていないのだから当然か。

 

――それだけではない、と言ってもいいのでしょうか。

 

明良は少し迷いながら、もう一つの理由を口にした。今ここで沙耶香に知られたところで明良にデメリットはないからだ。

 

「実は、別の理由があります」

 

「え?」

 

「貴女に、少しだけ自分を重ねていたんです」

 

沙耶香の顔が上がり、明良を見上げる形になる。明良は視線を一瞬だけ沙耶香に移し、すぐにそらした。

 

「貴女が高津学長の言いなりにされているところを見て、見ていられなかったんです。昔の自分を見ているような気分になってしまって……」

 

「黒木さんも、同じようなことがあったの?」

 

「ええ」

 

脳裏に垢のようにこびりついているのは、一組の男女の表情。嫌悪と侮蔑に満ちた両親に当たる二人の表情。嫌というほど観察してきたから覚えている。いつしか、それが日課になっているほどだったくらいだ。

 

「ですから、私は貴女に同情し、憐れんでいたのかもしれません。つまり、舞衣様のご友人の方を利用して、自分の憂さ晴らしのようなことを……」

 

沙耶香を救うことで自己満足に浸っていたのかもしれない。くだらない。そんなことをしたところで、失った自分の時間が戻るわけでも、何かが変えられるわけでもないのに。自分でも珍しく感情的になっていたようだ。

そう考えると、心に靄がかかったような感覚に襲われた。

 

「……別に怒ってない。優しくしてもらって、嬉しかった」

 

ゆっくりと沙耶香は言う。哀しみや苦々しさはない。微かに笑みも感じられる表情で。

 

「それでも、申し訳ないと思っています。糸見さん」

 

「……沙耶香」

 

「はい?」

 

「沙耶香で……いい、から。『さん』はいい」

 

「……沙耶香、さん」

 

流石に『さん』は外せなかった。敬語も敬称も明良にとっては癖になっている、簡単には外せない。

 

「でしたら、私のことは呼び捨てにしてください。私の方も『黒木さん』というのはあまり慣れていなくて」

 

「じゃあ……明良?」

 

「ええ、それでお願いします」

 

少し距離が縮まった。明良が下の名前で呼ぶ人物となると柳瀬家の人間以外では可奈美くらいだ。まさかこんな短期間に二人目ができるとは。

 

「では、沙耶香さん。ここにいては危険ですから、移動しましょう」

 

「どこに?」

 

「私の部屋です。数時間ほど身を隠すことができれば問題ありませんから。ただ、出入りは窓からになります。人目につくわけにはいきませんからね」

 

「……数時間?」

 

「ああ、それにつきましては――」

 

明良の計画では沙耶香を一端明良の部屋に匿い、舞衣を美濃関に送り届けた後、沙耶香と供に舞草へと向かう手筈になっている。これならば舞衣の安全を確保しつつ沙耶香を救い、明良の当初の目的も果たせる。

そう説明しようとしたところで、二人の目の前にとある人物が駆け付けてきた。

 

「いたっ! 沙耶香ちゃん……明良くんも!」

 

「舞衣様……」

 

「舞衣……」

 

舞衣は息を切らせて路地に佇む二人の前に顔を出した。美濃関の制服に着替え、腰には御刀を差している。額に汗をかき、頬も少し赤くなっている。沙耶香を必死に捜して走り回っていた証拠だ。

 

「舞衣様…どうして」

 

「言ったでしょ、沙耶香ちゃんを放っておけないって」

 

「ですが――」

 

「ですが、じゃないよ」

 

舞衣は明良の目の前に立ち、上目遣いになりながら明良の言葉を一蹴する。説教などさせない、という無言の圧力がひしひしと伝わってきた。

 

「……わかりました。ですが、私の部屋まで移動しながらにしましょう。この場に留まっていては危険ですので」

 

「ありがとう、明良くん」

 

「……はい」

 

ちょっと怖い。舞衣のような、普段から人当たりがよく優しい人物であるほど怒ったときは怖いのだ。精神的、かつ直感的に思うのだ。怒らせるとタダでは済まされない、と。

三人は路地から徒歩で移動し、宿舎を目指すことにした。舞衣と沙耶香は横並びに、明良は二人の後ろを歩く形となる。徒歩から二分ほど経ち、舞衣が沙耶香に話を切り出す。

 

「私ね、沙耶香ちゃんと同い年の妹がいるの。前に言った、上の妹なんだけど」

 

「うん……覚えてる」

 

舞衣には現在中学一年生の妹、美結がいる。舞衣が実家に帰った折には彼女に頻繁に注意されている姿があり、明良がフォローを入れるのが日常的だ。

 

「普段はすっごくワガママで自分勝手なんだけど、本当に大変なときに限って助けてって言わないの。私はお見通しなのに、変だよね?」

 

「お見通し……何でわかるの?」

 

「だって、私はお姉ちゃんだから」

 

舞衣は沙耶香の白い髪をすくように優しく撫でる。沙耶香はくすぐったそうにしながらもそれを受け入れていた。さっきまで陰っていた顔も僅かに笑みが覗いている。

 

「………」

 

後ろでその光景を見ていた明良も自然と頬が緩んでいた。微笑ましい、愛おしいとでも表現すべきか。舞衣とその友人が笑顔で接している様を見て、数分前まで荒んでいた心が洗われるような気がした。

 

 

「沙耶香ちゃん、みーっけ!」

 

 

「!?」

 

何処からともなく、陽気な声が響いた。一瞬前までの穏やかな気分が一変。明良の脳は反射的に警戒心を強め、感覚を研ぎ澄ませる。

 

「こっちこっちー!」

 

月明かりに照らされ、頭上に揺らめく少女の姿がそこにあった。左に見える高層ビルの屋上に彼女がいた。そう、燕結芽だ。

 

「やっと見つけたー、捜したんだよっと!」

 

結芽は屋上の手すりに足を乗せ、跳躍。明良たちの目の前に華麗に降り立った。

 

「二度ならず三度まで、貴女はどうやら隠れた位置から挨拶するのがお好きなようですね」

 

「そーだねー、だって、何かそっちの方が格好良いじゃん」

 

「……そうですか」

 

結芽は不敵に笑っているが、明良は対称的に細目で睨み付けている。警戒を怠らないよう、結芽の一挙手一投足に注意を配る。

 

「んじゃ、帰ろっか沙耶香ちゃん。高津のおばちゃんが待ってるよ?」

 

「……う」

 

沙耶香はたじろぎ、後ずさりする。それを見た結芽は不思議そうに目を丸くした。

 

「あれ? 帰りたくないの? うーん、でもこのままっていうのもなぁー」

 

「……沙耶香ちゃん」

 

舞衣は横目で沙耶香を見つめる。沙耶香の目にはまだ迷いが見える。自分一人ならともかく、舞衣と明良を巻き込むことを考慮すると踏ん切りがつかないのかもしれない。

 

「わ、私は……」

 

「沙耶香ちゃん」

 

舞衣は沙耶香の両肩に手を乗せ、正面から向き合う形で問う。

 

「沙耶香ちゃんはどうしたいの? 私たちのこととかは抜きにして、教えてほしいの。本当の沙耶香ちゃんの気持ちを」

 

「舞衣……」

 

沙耶香の目線が明良へと移動する。明良にも確認したいのだろう。簡単なことだ。今更拒んだりなどしない。

 

「私には許可を得る必要はありませんよ。沙耶香さんの思いを貫いてください」

 

「……うん」

 

舞衣はゆっくりと手を戻し、沙耶香は結芽に向き直る。つまらなさそうに聞いていた結芽だったが、沙耶香の決意の込められた表情に引き寄せられる。

 

「私は……帰らない。舞衣や、明良と……一緒がいい、から。だから……嫌」

 

「……うん、わかった!」

 

舞衣は沙耶香の手を握り、同じく決意を固める。一方、沙耶香の口から出た言葉に結芽は面白そうに口を歪めていた。

 

「へー、そういうこと言っちゃうんだー」

 

醜悪な笑みを浮かべた後、結芽は何かを思いついたように人差し指を立てる。

 

「じゃあこうしよっか! 今から十数えるから、その間に私から逃げ切れたらここでのこと、見なかったことにしてあげるよ」

 

結芽は腰の御刀を抜き、正眼に構えた。口で足りぬなら実力行使というわけだ。舞衣と沙耶香の表情が強張り抜刀しようとするが、明良が二人の前に立ち、結芽との間に割って入った。

 

「お二人は目的の場所……いえ、この場所まで逃げてください。逃走用の車を置いています」

 

明良は懐から地図の記された紙片を取り出し、舞衣に手渡す。

 

「そんな……明良くんは!?」

 

「私は燕さんを食い止めます」

 

「無茶だよ! 一人でなんて……私も一緒に――」

 

「なりません」

 

今度は明良が一蹴する。いくら舞衣の頼みとはいえ、こんなことを許容するわけにはいかない。

 

「ご安心ください。適当な所で切り上げて合流します」

 

「でも……」

 

「早く、してください……!」

 

明良は必死に懇願する。舞衣も切迫した状況と結芽の脅威を理解し、渋々と首を縦に振る。

 

「……死なないで、絶対に」

 

「……はい」

 

舞衣は沙耶香の手を取り、迅移の高速移動を駆使して姿をくらました。

意外にも、結芽はぼんやりとその行動を見ていただけで引き止めることも、後を追うこともない。

 

「追わないのですか?」

 

「いーよ、別に。確かに沙耶香ちゃんが天才って言われてるのにも興味があったけど……おにーさんも気になってたから」

 

「それは結構。お二人の逃走の時間稼ぎになります」

 

互いに不敵な笑みを浮かべながら対峙する。姫和や夜見との戦いでは、相手が本調子ではなかったというのもあり、さほど問題なく片がついたが、今回はそうはいかない。

親衛隊最強の刀使と本気の真剣勝負。一筋縄ではいかなさそうだ。

 

「……燕さん、確か貴女、仰っていましたよね? どういう場合に私が本気になるのか、と」

 

「言ったよ? それがどーかした?」

 

「いい機会だと思いましてね」

 

明良は両方(、、)の手袋を外す。赤黒い粘液が明良の両の掌から流れ、前腕に絡みついていく。

 

「私は、今なら少し本気になれそうです」




最近の話題

・刀使ノ巫女の7話の感想まとめサイトを見ていたら舞衣が沙耶香を見つけるシーンで『レズは鋭い』『レズ特有のサーチ能力』『電話の背景音から居場所を特定する女』とか呼ばれていて吹いた。


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