刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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今回注意すべきことはたった一つです。

特に何もない、ということです。


第21話 私を殺してもいいですよ

一日の鍛練を終え、可奈美たち六人は広めの寝室に集まって就寝の準備をしていた。

 

「沙耶香ちゃん、そっち引っ張って」

 

「こう……?」

 

舞衣と沙耶香は敷き布団にシーツを被せ、その上に掛け布団と枕を置いていく。

 

「よっこらせっと」

 

「あっ、薫、駄目デスよ。まだ横になっては」

 

「いーだろ、別に。ほっといても準備してくれんだから」

 

用意された寝具に大の字になる薫に、それを諌めるエレン。

 

「姫和ちゃん、枕投げしない?」

 

「馬鹿か。修学旅行じゃないんだぞ」

 

「えー、大勢で寝るんだったら定番だと思うんだけどな」

 

枕を握る可奈美の手からそれを奪う姫和。

 

「もう、二人とも早く寝ないと駄目だよ」

 

「明日も頼んでもないのに舞草の刀使が稽古つけてくれるんだからな」

 

「はーい」

 

昨日は色々なことがあったせいで全員泥のように眠っていたが、今日は良くも悪くも昨日より刺激の少ない日だったので、比較的目が冴えていた。

 

「ちょっとくらい起きてても大丈夫だよ、まだ時間あるし。何かお話でもしない?」

 

可奈美に言われ、時計を確認する五人。確かに明日の起床時間を考えるといくらか時間に余裕がある。

 

「ふっ……夜に話すことなんざお決まりだろ。恋バナだ!」

 

「何でそんなに得意気なんだ、お前は」

 

薫が布団に潜った姿勢のままやたらとドヤ顔で言う。姫和からのツッコミが飛ぶが、それも何処吹く風といった様子だ。

それはさておき、恋バナという話題に一同は自分の恋愛歴を振り返り始めた。

 

「うーん、私はあんまりそういう経験ないかなあ。興味ない訳じゃないけど、剣術のことばっかりしてたと思う」

 

「私もそうだな。元々、そういった類のことに気を回す余裕もなかったが」

 

可奈美、姫和は全くの空振り。

 

「ワタシと薫もそんな感じデスね。長船は女子校デスから出会いもほぼナッシングなんデス」

 

「おい、さりげなくオレを同じ扱いにするな」

 

「違うのデスか?」

 

「……いや、違わないけど」

 

薫、エレンも同じく。前者の二人ほど淡白ではないが、生活環境なども関係しているのだろう。

 

「……私は、よくわからない。考えたこともないから」

 

「ああ、確か沙耶香ちゃんは鎌府で、女子校だよね?」

 

「そう、だけど……」

 

沙耶香が言葉を詰まらせる。舞衣は彼女が高津学長とのことを話そうとしているのを察し、咄嗟に遮るように間に入った。

 

「私も、まだそういう経験はないかな。告白されたこともないし」

 

何の気なしに放った一言だったが、それが波紋を呼んだ。

五人の視線が舞衣に集中し、その顔には一様に疑問符を浮かべている。恋愛に対して興味の無さそうな姫和や沙耶香ですら気になっているようだ。

 

「ど、どうしたの、皆」

 

「いや、舞衣ちゃん、告白されたことないの?」

 

「? うん、そうだけど……」

 

可奈美からの問いに当然とばかりに答えるが、次に続いた問いは舞衣を大きく困惑させるものだった。

 

「明良さんにも?」

 

「………え? って、えええええっ!?」

 

明良の名前と今の話題との関連性を瞬時に理解した舞衣は、間の抜けた声が口から漏れると同時に羞恥と動揺で顔を赤く染めて絶叫した。

 

「か、可奈美ちゃん!? 何でそんな話になってるの!?」

 

「いや、何でって……」

 

「普通、マイマイとアキラリンの様子を近くで見ていればそう思うのも仕方ないと思いマスが」

 

「というか、あんだけのことやってて告白の一回や二回もしてない方が不自然じゃねーか?」

 

思い返して見れば、着替え、食事、送迎、捜索活動など、明良は非常に積極的に舞衣のためにと尽くしている。それも嫌な顔一つせずに。むしろ、そういう時の方が生き生きとしていたくらいだ。

 

「誰が見ても、明良は舞衣のことが大好き」

 

「まあ、あの様子を見るに、少なくとも並大抵の感情ではないだろうな」

 

「……うう」

 

正直、全くそんな気持ちを感じなかったわけではない。彼が舞衣のことを大切に思っているという台詞も度々聞いた。自惚れるわけではないが、明良にとって自分が特別な存在だという自覚はあった。ただ、それが正確にはどういう認識によるものかというだけで。

 

「舞衣ちゃんは? 明良さんのこと、好きなの?」

 

「え? んと……まあ、優しいし、ドキドキもする、かな」

 

舞衣は途切れ途切れに返答する。言葉を選んでいるというより、不透明な感情を整理して答える。

 

「じゃあいっそのこと、舞衣ちゃんから告白してみたら? 二つ返事でOK貰えるよ、きっと!」

 

「でも、アキラリンってそういう所は意外と真面目デスから、多分断りマスよ? 『そんなこと畏れ多いです』みたいになると思いマス」

 

「甘いな。ああいう真面目キャラの方が案外あっさり落ちるもんだろ。『舞衣様のご命令でしたら何なりと』みたいな」

 

可奈美、エレン、薫の推察が飛び交う中、姫和が神妙な面持ちで一言放った。

 

「そもそも、黒木、あいつは何者なんだ?」

 

姫和の漠然とした疑問に要領を得ない一同だったが、彼女の真意を察した可奈美は顔を曇らせた。

 

「私と可奈美が逃亡中、荒魂と交戦した際に見せたあいつの力……」

 

「姫和ちゃん、それって……」

 

「あの『左腕』だ。あれはどう考えても人間の為せる技じゃない。それこそ――」

 

荒魂を素手で屠る腕力。消耗していたとはいえ、迅移によって加速した姫和の一撃を防ぐほどの反応速度。そして、赤黒い粘液によって形成された異形の腕。

あれではまるで――

 

「荒魂のようだった」

 

可奈美と姫和以外の四人は塗り固められたかのように動かない。自分たちが使命を懸けて斬り伏せている怪物とあの物腰柔らかな青年が同質の存在であるなど、理解したくもないだろう。

 

「姫和ちゃん、何を言って……」

 

「舞衣、お前もわかっていたんじゃないのか? あいつがただの人間ではないことは」

 

姫和は畳み掛けるように舞衣に問い詰める。

 

「それにあいつはこうも言っていた。自分は折神家の敵だと」

 

姫和は知っている。凍りつくような冷えた声で告げた彼の言葉、その内に秘められた何らかの悲痛な思いを。

黒木明良と折神紫には我々の知り得ない因縁がある。

 

「あいつはまだ何か隠している。お前の執事としてだけじゃなく、一個人としての理由があるはずなんだ。荒魂に憑依された折神紫と荒魂の力を操る黒木、両者が無関係だとは思えない」

 

「でも、明良くんに荒魂の反応は……」

 

「ああ、私のスペクトラム計も、スペクトラムファインダーも、そんな反応はない」

 

そう。刀剣類管理局から支給された携帯端末のスペクトラムファインダーならともかく、ノロの引き合う性質を利用したスペクトラム計も明良に対して何の反応も示さない。

だが、それでは彼の力に説明がつかない。

 

「それでも、あのとき明良さんが使っていた力……姫和ちゃんの言う通り、荒魂だと思った。御当主様のときみたいに、直感的にだけど」

 

「可奈美ちゃんたちは……それを見たっていうこと?」

 

「……うん、間違いないよ」

 

可奈美と姫和は否応にも理解してしまったのだ。眼前の青年が人から外れた存在であることを。

 

「それに、舞衣と沙耶香から聞いた話にしてもそうだ。お前達はここに来る途中で親衛隊の燕結芽と遭遇して、黒木が殿(しんがり)を努めたと聞いたが」

 

舞衣と沙耶香が頷く。

 

「黒木は服が破れてはいたものの、身体に傷は負っていなかった。ありえると思うか? 親衛隊最強の刀使を一般人が相手にしてほぼ無傷だぞ」

 

舞衣は目をそらして黙り込んでしまう。舞衣とて考えなかったわけではない。明良が台東区に可奈美と姫和を捜しに向かった際も、彼は一人で行動していたのだ。彼が一般人ならば手練れの刀使相手に単身挑むなどという愚かな思考には至らないはずだ。

 

「私は……信じるよ。たとえ明良くんに隠し事があるとしても、何か事情があるんだって」

 

舞衣は信じたかった。二年前から未だに献身的に尽くしてくれている彼が。彼の舞衣に対する言葉や思いに嘘偽りが含まれているなど、考えたくもない。

改めて、一年も自分の傍で支えてもらっていたにも関わらず自分が明良のことをほぼ知らないことを思い知らされた。

 

 

※※※※※

 

 

「私と話したいこと、ですか?」

 

翌日、昼食をいつもの六人で摂った後、姫和は明良と直接話すために一人食堂に残った。

明良は泡まみれの手で食器や鍋を洗いながら振り向く。訝しんでいるというより、意外そうな様子だ。

 

「ああ、午後の鍛練までは時間がある。皿洗いを手伝う間の片手間でいい」

 

「でしたら、椅子に腰掛けてくつろいでいただきながらで構いませんよ? これは私の仕事ですので」

 

姫和は話し合いを続けるのも面倒そうに眉をひそめ、無理矢理明良の横に割って入り、明良が左手に持っている洗剤の付着した皿を奪う。皿を手ですすぎながら水洗いし、泡をしっかり落として水切りバットに入れる。

 

「いいから手伝わせろ。私とて、世話になっているのに何もしないわけにはいかない。皿洗いの手伝いくらいなら大して労力もかからないからな」

 

「……では、お言葉に甘えさせていただいて、水洗いをお願いします」

 

そうして、明良がスポンジで汚れ落とし、姫和が水洗いという分担で作業が始まった。最初の一分程度はお互いに一言も発さなかったが、やがて明良が口を開いた。

 

「ところで、お話というのはどういったものなのですか?」

 

「お前についてだ」

 

「私の?」

 

二人は作業する手を休めずに会話を始めた。

 

「先日、相模湾岸大災厄についての話を全員でしただろう? あのときのお前が言っていた話について聞きたいことがある」

 

明良のスポンジを持つ手が一瞬だけ止まる。偶然だが、姫和はそれを見過ごさなかった。明良は何でもなさそうに手の動きを再開させる。

 

「私の話、ということは……私が可奈美さんのお母様、美奈都さんと面識があったことですね」

 

「ああ。お前はその時の会話の内容のせいで可奈美と私の母を死に追いやったと言っていたな」

 

生前の美奈都と会ったことがある、その真偽のほどは不明だが、姫和には引っ掛かっていると思う所がある。

明良の電話口での言葉と先日告げた言葉との辻褄の合わない感覚、自分なりに彼の性格を分析した上での妥当性。納得がいなかい部分がある。

 

「本当にそれだけか?」

 

「……どういうことです?」

 

明良は家庭教師に質問する学生のような顔で首をかしげている。姫和はその横顔に怪しさを通り越して不気味さを感じていた。彼の言っていることが嘘だと思っているから、というのもあるが、それを差し引いても不気味だった。かなり深刻な話をしているにも関わらず、日常の一部かのように振る舞っている彼のことが。

 

「これは私の想像だが、二十年前に折神紫とお前の間に何らかの関係があったんじゃないのか? だから、お前は荒魂になり、その結果折神家を敵視している。違うか?」

 

「私が……荒魂……」

 

明良はまたも手を止める。それだけでなく、首を曲げて姫和と目を合わせる。

 

「私を斬るおつもりですか? タギツヒメのように」

 

「否定しないのか」

 

「肯定もしませんが……貴女と可奈美さんには私の『左腕』を見られてしまいましたからね。私が荒魂と考えても不自然ではありません」

 

含みのある物言いだ。まるで、教師に諭されているかのような。

 

「私はこういう問答は苦手なんだ。はっきり言え。荒魂ではないのか?」

 

「そうですね……」

 

明良は哀しげに笑いながら言った。何処か遠い場所を見据え、流し目のまま頬笑んでいた。

 

「私の正体が明らかになった時、それでも荒魂と認識されるのでしたら、私を殺してもいいですよ」

 

「………」

 

明良はそれだけ言うと、再び無言で食器を洗い始めた。

姫和にはわからなかった。覚悟を決めたわけでも、恐怖に怯えているわけでもない。何のために、彼はこんな台詞を残したのか。真相を知ることにほんの少しだけ抵抗を覚えてしまった。




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