「けっ……こん……」
明良が口にした衝撃的な台詞。そして、それが当時の折神家――引いては明良の両親の目的だったと。舞衣は同様を通り越して呆然とした顔で呟いた。
「アキラリンが生かされていた理由がそれなんデスか?」
「ええ」
「分家との結婚ってことは、答えは一つだな」
「お察しの通りです」
エレン、薫の問いに静かに答える。
「え? 何? どういうこと?」
「……?」
可奈美、沙耶香は何のことやらと不思議そうにしている。
「説明します」
明良は佇まいを直して説明を再開した。
「折神家は次期当主が高校を卒業すると同時に代替えが為されます。当時の紫さんは高校三年生。残り一年足らずで卒業でした。つまり、それは当時の当主である折神秋穂の権力の喪失を意味します」
今までに明良を好き勝手に出来ていたのは一重に秋穂が折神家当主であったからだ。もし、順当に紫が当主となれば明良の解放と秋穂、健吾の更迭もあり得ただろう。
「彼女は切り札として私を使ったのです。正確に言えば『私の血筋』ですが」
私の血筋。言わずとも全員が察した。折神家本家の血だ。
「私は父親違いとはいえ、折神家本家の直系です。分家の女性との間に子を設ければ確実に女子が産まれます。その上、紫さんや朱音さんと違って私には婚姻の拒否権がない」
あるはずもない。明良は戸籍上存在しない人間だ。そもそも法的な入籍も不可能であり、正式な手続きも踏む必要はない。本人の意思に関しては言わずもがなだ。
「私は――いえ、彼女たちの計画もそうですが『分家の女性との間に可能な限り女子を設けて、折神秋穂、折神健吾の私兵の刀使として育成する』と約束しました。
簡単に言えば、私は刀使を作るために生かされていたんです」
本家の女性、ましてや刀使を蔑ろに扱うことなどできない。だが、本家は勿論、社会の中にさえ立場を持たない、しかも刀使になることもできない人間は淘汰され、利用されて当然という風潮が二十年前の折神家にはあった。
「そうすれば、たとえ当主を引退したとしても、多大な戦力に物を言わせて自分たちの影響力を保ち続けることは可能。ましてや、要である私を手中に収めているとなれば紫さんが強く出ることもできない」
どこまで行っても折神修は道具でしかなかった。産まれてから死ぬまで。いや、道具でしかないとわかっていたから、折神修は死んだのだ。死んで、黒木明良として生まれ変わってやると決意して、あの日行動に出たのだ。
※※※※※
「初めまして。折神修と申します」
生まれて初めて袖を通す黒スーツ。いつも白いTシャツしか着ていなかったため、こんなカジュアルな服は結構窮屈ではあった。とはいっても、このスーツも所々ほつれていたり、汚れがついていたりと使い古されたものを適当に引っ張ってきたもののようだ。
それよりも、修には注意すべきことがある。修の目の前に横並びに座る女性たち。合計で二十人だ。
「本日はお忙しいところをこうして集まっていただき、誠にありがとうございます」
慇懃に両手を床につけて頭を下げる。目の前の女性たち――折神家分家の女性はそれに合わせて礼をする。
今日この場にいるのは、修との見合い兼結婚式に呼ばれた者たちだ。既に秋穂が手を回して彼女たち
なぜならば、彼らは法的に入籍するわけではない。ただ、口約束の婚姻を結んで子供を作るだけだ。
「では、本題に入らせていただきます。まずは……」
それから延々と修の原稿通りの口上が続いた。聞いている彼女たちの雰囲気から嫌気が指していることはわかったが、やめるわけにもいかない。近くの部屋に監視役が何人もいるため、下手をすれば計画が失敗する可能性が高いのだ。
「では、明日もう一度ご対面となりますので、皆様はご準備の方へとお移りください」
ようやく話が終わり、女性たちが全員退室し、修一人になったところで乱暴に襖が開けられる。そこには得意気な顔で修を見下ろす秋穂の姿があった。
「終わったようね。悪くなかったわよ」
「ありがとうございます」
少し気が抜けていたが、修は即座に表情を笑顔に切り替えて感謝の言葉を述べた。
「あなたが自分からこの話を提案してきたときは驚いたけど、まあよく考えたら当たり前よね。今まで私たちの手を散々煩わせてきたんだから、ささやかな恩返しだわ」
「はい」
「むしろ、あんな器量よしの女を二十人もはべらせるなんて分不相応な幸せよ。その分、兵隊の育成には全力を注ぎなさい」
秋穂は修の頭を掴み、爪を立てる。頭皮に爪が食い込み、血が出るが、痛みはない。
「あなたは本来産まれるわけがなかったんだから。こうして生きて、私たちの庇護下にいられることを感謝しないとね」
「はい。ここまで育てていただき、感謝しています、御当主様」
正直、この頃の修は秋穂の言葉など大して聞いていなかった。激しく怒っている人物に対する対応と同じだ。聞いている素振りをすればそれでいい。内容など知ったことか。
――計画を最終段階に移したその日、私は深夜に行動に出た。
◆◆◆◆◆
「……」
――一人、ですね。
修は自分の寝室の外に出た。部屋から続く縁側、さらに続く庭を念入りに確認し、近くの塀を見上げる。
明日の式のために屋敷には警備員が巡回している。当然、修の部屋の前にも一人いる。背の高い男性だ。腰には拳銃を携帯している。修が逃げないようにと配備されているのだ。
だが、一人では修を止められるはずもない。それが彼女たちにはわかっていなかった。修は昼間のうちに厨房から拝借しておいた出刃包丁を懐から取り出して、警備員の背中――心臓の背面側に突き刺さらない程度に力を加減して押し付けた。
「動かないでください」
「……!」
背中に押し付けられているものの感触から、何なのかを瞬時に理解する警備員。振り向こうとするが、修はそれを黙らせた。
「振り向いたり、大声を出そうとすれば、その瞬間に刺します。どちらが速いかはわかるでしょう? わかったら頷いてください」
「……」
冷や汗を流しながら無言で頷く警備員。それを確認した修は相手の腰のホルスターから拳銃を奪う。
そして、正面に回って眉間に銃口を突き付けたまま詰問した。
「関係者用出入口の鍵。警備員なら持っているでしょう? 渡してください」
「……」
口を引き結んで目をそらす警備員。苛立ちを覚え、銃口をさらに強く押し付けて引き金をカチカチと耳元で鳴らす。
「……う……」
「別に構いませんよ、言いたくないのなら
「……ぐ……」
「こんなことで目と耳を失ってまで残りの人生を過ごしたくないでしょう? お互いのためにも」
「……わ、わかり……ました」
警備員はズボンの左側ポケットを指差す。修は銃口を向けたまま警備員のポケットに手を突っ込み、鍵を引っ張り出す。
「ご苦労様でした。これは頂いていきますね」
修は拳銃と包丁を懐にしまい、関係者用出入口へと歩いていく。
これで、ようやくここから足を洗うことができる。いや、十七年を奪われた復讐への第一歩だ。もう少しで、過去と決別できる。この窮屈で空気の淀んだ鳥籠から旅立つ日だ。
正面玄関から見て反対側。路地へと続く扉、関係者用出入口の正面まで辿り着く。鍵を差し込んで開錠する。その瞬間だった。
「……っ!!」
「ちっ!」
空気を薙ぐ音、月明かりによって映し出される影、そして何よりも何度も感じてきた濃密な殺気。
修は右に跳んで切り下ろしを回避する。体勢を立て直して、背後からの襲撃者の顔を確認した。案の定と言うべきか、この場所に到達することができたのかという意外性があった。
「来たんですね、折神秋穂」
煌めく鋼の刃。だが、使い手のせいで酷く曇って見えてしまうその刀を、彼女は握っていた。折神家当主、折神秋穂だ。
「……何のつもり?」
「ちょっと散歩に行くだけですよ。二度と帰りませんが」
「ふざけるな!」
接近して左凪ぎを繰り出してくる。以前なら大人しく斬られてやっていたが、もうその必要はない。後ろに跳んで紙一重でかわす。そこから突き、逆袈裟と連続して剣戟が続くが、全て見えてしまった。全く当たらない。
「誰がっ! ここまで! 育ててやったと、思ってるっ! クソがッ!!」
「貴女でしょうね、貴女のせいでこんな風になってしまったんですから」
「わけのわからないことをっ!」
元刀使だったため、剣術の腕は高い。筋力も技術もその辺りの成人男性よりも上だろう。だが、その程度では修の執念による強さには遠く及ばない。
「ぐぁっ……!!」
焦れて大振りになった刀を持つ秋穂の右手を蹴り飛ばし、刀を弾き落とす。逃げ出そうとする秋穂の手を掴み、床に引き倒す。怯えた表情の彼女の顔の前に包丁の刃先を向ける。
「ひっ……」
「どんな気分ですか? 飼い犬に……いや、奴隷に牙を抜かれて命を握られているというのは」
こんなことをしている場合ではないかもしれない。だが、想定外とはいえ夢にまで見た瞬間を味わっているせいか理性が弱まっているようだ。
「まあ、今は殺さないでおきますよ。貴女は後で思いつく限りの拷問を重ね、廃人にしてから息の根を止めてあげますから」
「お……まえは……」
「……?」
獲物を奪われ、組み伏せられて凶器を向けられている状態でもまだ喋れるらしい。
「狂ってる……頭がおかしいんだ……」
「……何を言うかと思えば」
そんなことか、と修は笑い飛ばす。
「私がほんの少しでも正常だと思っていたんですか?」
産まれてからずっと、虐待と罵声の日々。味方は一人もいない、頼れるのは自分の力だけ。限界を何度も乗り越えて、足を引き摺ってでも未来へと歩き続けてきた自分の心からは正常な思考や感覚は削ぎ落とされている。
今更、わかりきったことを言われてどうこうなることなどあるか。
「こうしていないと、私は命を保っていられなかった。生きるために心が死んだんです」
生命活動を続けていても、何かを感じたり刺激を受けたわけではない。ただひたすら勉学と鍛練の積み重ね。全ては生きて、復讐するためだ。辛いとか苦しいとか、そんなことを感じなくなったのだ。感情が、心が壊れたのと同義だ。
「別に貴女方が気に病む必要はありませんよ。こうなることを選んだのは私自身。大人しく貴女方に殺されたくはないと選んだ私の結果です」
修は秋穂の顔の横――床に包丁を突き立てて、彼女が固まっている隙を狙って扉を開けて脱出した。
――十七歳の春の私は、産まれて初めて屋敷の外へと踏み出した。
◆◆◆◆◆
「これが……」
折神家から脱走して一ヶ月。折神修は黒木明良と名乗り、日々を過ごしていた。仮住まいと偽の履歴書、偽の経歴を使いながらなんとか食いつないでいたが、つい一週間前に転機があった。
探していたノロの軍事利用組織。米軍と日本政府の共同チームの末端の従業員募集。その資格をもぎ取った修は現在、ノロを大量に積載した輸送用タンカーに乗船している。
その甲板で修は黒い夜空を仰ぎ見ていた。
「これでようやく……」
あとは都合のいいタイミングでノロと接触すれば、融合の機会が巡ってくるはずだ。
今のままでは折神家お抱えの刀使には勝てないが、荒魂の力を取り込むことができれば話は別だ。以前読んだ論文の――荒金人となることができれば。
「あと少し……あと少しで……」
自然と笑みがこぼれる。笑みといっても、ニコニコとした穏やかなものではない。残虐性を秘めた醜悪なものだ。
自然と心に不安はなかった。荒魂に呑まれて死ぬかもしれない、荒金人となったところで目的を達成できないかもしれない、そんな可能性を考えはしたが、あくまでも可能性だ。失敗が恐くて挑戦せずにいられるか。修はそう考えていた。
「ん?」
未来へと思いを馳せていた修だったが、とある異変に気づいた。
床から何かが染み出している。赤黒い液体が。
「……は?」
見るのは初めてだが、知っている。これはノロだ。
だが、何故だ。タンカー内に保管されているはずなのに。どうやって甲板に現れるんだ。
「まさか……」
別の可能性、予期していたはずなのに誰もが考えていなかった。考えようとしなかった可能性。ノロが一ヶ所に大量に集まればどうなるか。
「不味い……!!」
――ノロを奪おうとした私は、大荒魂の出現に巻き込まれることになった。
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