刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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やっと過去話終わりです。長かった。二話位で終わるかと思っていたら、予想より長かったです。

では、どうぞ。


第26話 片想い

「………」

 

暗い、そして寒い。

 

目が覚めた私が最初に覚えた感覚はそれだった。次に感じたのは、たゆたう木の葉のような浮遊感。前後左右、上下も認識できない、宙に浮いているような感覚。試しに左右と後ろに首を回すが、モヤモヤした暗闇が何処までも続いていて、景色は変わらない。

 

何故、こんなことになった。

 

――確か、ノロの輸送用タンカーに乗船して、そこでノロを奪おうとして……

 

「……!」

 

そうだった。ノロが突然甲板に染み出してきて、それに呑まれて……意識がなくなったんだ。

となれば、ここは海の中で、自分はタンカーから投げ出されたということか?

まさかとは思ったが、あんなタイミングでノロがスペクトラム化するとは。利用していると思っていた相手を出し抜いた自分が、今度は別のものに出し抜かれたというのは客観的に見れば滑稽に思えた。

 

――こうなってしまっては、荒金人になるどころか、ノロを奪うこともできませんね。

 

今の自分に荒魂と戦う術はない。近づいただけで殺されるのは必至。このまま諦めて、海の藻屑へと消えるのか。

 

消え……るのか?

 

――何故、私は生きている?

 

船から投げ出された人間が海中で意識を取り戻すわけがない。岸に打ち上げられたのならともかく、こんな海の底では確実に溺死する。こんなのは、おかしい。

 

――ヒトなら、とっくに死んでいる……

 

「……! ……!?」

 

今の自分の状況を確認しようと、両手を手元に持ってくる。いや、実際は持ってこようとしただけだった。

 

なにせ、両手の肘から先が無くなっているからだ。

 

痛みはない。それはいい。だが、さらに信じられない出来事が自分の身に起きている。

よく見ると、両手の断面から何かが生えてきている。二色の何かだった。一つは肌色の部分。これは皮膚の色だろう。もう一つは、腐った苺のような赤黒い色だった。

 

――ああ、そう、なんですね。私は本当に……

 

人ならざる者の力を奪い、我が身へ取り込んだ者。

人に仇なす悪霊と混じり、穢れた者。

人を憎み、恨み、償わせようと決意し、狂い果てた者。

 

荒金人、黒木明良がそこにいた。

 

 

※※※※※

 

 

「……私は、大荒魂出現と同時にその中身の半分と融合。その結果、荒金人となりました」

 

「でも、本当に荒魂と人が混ざるなんて……何で明良さんは成功したんだろ」

 

「それは、私が折神家の人間だから、というのが大きな要因です」

 

可奈美からの疑問に対して苦笑いしながら説明する明良。

 

「折神家は荒魂を鎮める力を持つ家系……つまり、荒魂との親和性が高いんです。紫さんがタギツヒメに憑依され、定着に成功しているのも同じ理由でしょう」

 

今に至るまでの身の上話。明良はその締め括りを行っていた。

 

「私は長い時間をかけ……半分眠っていたようなものですが、荒魂の力をある程度制御できるようになり、陸に上がりました。それまでに十八年かかったと気づいたときは驚きましたが。その後に、舞衣様と出会ったのです」

 

明良が舞衣に視線をやる。舞衣は心ここにあらずといった様子で聞いている。

 

「特別稀少金属研究開発機構。それに関わっており、尚且つ強い影響力を持っている舞衣様のお父様と関係を持てば、荒魂の力の制御や強化に役立つと踏んで……それと、単純に生活するための職として私は柳瀬家の執事となったのです」

 

「……明良さん、それが、そんなことが……」

 

可奈美が複雑そうな表情で明良に何か言おうとするが、上手く言えないようだ。

 

「十条さん、それから可奈美さんも」

 

「えっ? な、何?」

 

「……何だ」

 

可奈美は慌てて答えているが、姫和は低くこもった声だ。明良が言わんとしていることを既に知っているからだ。

 

「どうでした? 私の話を聞いて」

 

「どうって……そりゃあ大変だったんだなあって」

 

「可奈美、もういい」

 

姫和は可奈美の肩に手を置いて行動を制し、立ち上がる。

そして――

 

「ッ!!」

 

抜刀、俊足の足運び、斬撃。その三連動作が瞬時に起こり、姫和の御刀は明良の首を切り落とす――その寸前、首の一歩手前で止められていた。

明良は何もしていない。姫和が自分の意思で止めたのだ。その場にいる明良と姫和以外の七人は唖然としたまま動かない。

 

「…………」

 

明良は何も言わず、座したまま姫和と目を合わせる。場違いにも、感心してしまった。

鋭い眼、歪められた口、カタカタと震える刀、それを握る右手。そして何よりも明良に注いでいるこの威圧感。姫和の怒りが全身に浴びせられている。

 

「本当……なんだな? お前が言っていたことは」

 

「何がですか?」

 

「とぼけるな!! お前のせいで、大荒魂が出現した! お前のせいで、二十年前の大災厄が起こった! お前のせいで……」

 

姫和は捲し立てる言葉を一旦区切り、悲痛な声で訴える。

 

「……私と、可奈美の母が死んだんだ」

 

「……そうですね。その通りです」

 

「……お前は言っていたな。全てを話した後で、それでも自分を荒魂だと思うなら殺してくれて構わないと!」

 

「はい、言いました」

 

「私にとってお前は、ただの荒魂だ。人々に災いを振り撒いている、荒魂だ」

 

「……そうですね」

 

「だから、だから、私は――」

 

姫和が御刀を振りかぶり、斬りかかろうとする。明良も甘んじてそれを受けようとした。だが、

 

「ダメっ!」

 

金属同士の衝突する、甲高い音。姫和の御刀と明良の首の音ではない。姫和の御刀は全く別のものによって明良への攻撃を妨げられていた。

 

「舞衣……」

 

「姫和ちゃん」

 

舞衣が二人の間に割り込み、抜いた御刀で姫和の攻撃を防いでいた。

 

「どけ、舞衣! そいつを……私はそいつを斬らなければならないんだ!」

 

「絶対にダメ。そんなこと、いくら姫和ちゃんでも認められない!」

 

舞衣は鍔迫り合いになっている姫和を押し返す。

 

「そいつは私と可奈美の敵だ。母を殺した元凶、わかってるだろう!? それに、そいつ自身も認めたことだ!」

 

「だからって、明良くんが悪いわけじゃない! 明良くんはずっと大変な思いをしてて、姫和ちゃんや可奈美ちゃんにも申し訳ないって思ってて。それで――」

 

「そいつに、黒木に騙されているとしてもか?」

 

「……え?」

 

舞衣の表情が、姿勢が、揺らいだ。姫和の一言によって。

 

「まだわからないのか!? そいつの目的は折神家への復讐だ、それ以外にはない。お前の側にいたのも、お前に優しくしていたのも演技だ。お前はずっと騙されていたんだぞ!」

 

「ち、違うよ。そんな……こと……」

 

舞衣がたじろぐ。振り向いて明良の方を向く舞衣の顔には動揺が溢れていた。

 

「舞衣様、私は……」

 

言おうとして。本当の気持ちを暴露しようとして、躊躇った。今までの話は事実をそのまま伝えた。必要なことだったからだ。だが、これ以上はいいのか。彼女たちが知る必要のない、知るべきではないことをわざわざ言わなければならないのか?

 

「姫和ちゃん、待って」

 

「可奈美……」

 

可奈美が立ち上がり、姫和の背後から彼女の御刀を握る手を包む。止めているのだ。

 

「可奈美、お前までもが……」

 

「姫和ちゃん、こんなことするのは……」

 

「お前は憎くないのか、こいつが。お前の母親を殺した男だぞ」

 

姫和は明良と可奈美を交互に見ながら言う。だが、可奈美はあくまでも冷静に首を左右に振った。

 

「姫和ちゃんの気持ちはわからなくもないよ。明良さんがそんなことをしなかったらって、そう思った」

 

「だったら――」

 

「でも、明良さんが悪いわけじゃないよ」

 

可奈美は姫和の訴えを穏やかに鎮める。

 

「明良さんをそんな道に走らせた人たち……明良さんを追い詰めた人たちがいたから、姫和ちゃんもわかってるんじゃないの?」

 

「それは……」

 

可奈美の言葉に姫和は押し黙る。表面に出ていなかっただけで、彼女の中には同じ考えがあったのだ。

 

「そんなことはわかっている! わかっているが、それでも――」

 

「それに、舞衣ちゃんは騙されてたわけじゃないと思うよ」

 

「……どういうことだ?」

 

可奈美の考えに対して、姫和だけでなくその場の全員が疑問を感じた。

 

「もし、明良さんが折神家に復讐しようとしてたなら、ずっと舞衣ちゃんの家にいるわけないよ。すぐにでも行動に移すと思う」

 

「……あ」

 

姫和がハッと気づいたところで可奈美は立て続けに言う。

 

「明良さんは復讐のためじゃなくて、何か別の理由があったんじゃないのかな?」

 

「……どうなんだ?」

 

その場の視線が明良に集まる。明良は自嘲気味に笑った。

 

「相変わらず、こういうことには目敏いんですね、可奈美さんは」

 

明良は大きくため息をついて、ポツポツと静かに語る。

 

「先程私が申し上げた理由は、嘘ではないんです。執事となった切っ掛けというところまでは。いずれは頃合いを見て執事を辞職するつもりだったんです」

 

そこまで言って、明良は朱音の方を見やる。

 

「十七年前、折神秋穂と折神健吾が事故死していたと知るまでは」

 

「……」

 

朱音はバツが悪そうに俯く。明良、朱音、フリードマン以外の六人は目を丸くして言葉を失っている。

 

「皆さんがお産まれになるより前の出来事ですから、ご存じでないのは仕方ありません。私は独自に調査し、彼女たちが完全に亡くなったことを知りました」

 

「復讐の相手がいなくなった……というのか? だったら、お前はどうしてわざわざ……」

 

姫和が困惑しながら明良に問うが、明良は静かに目を閉じたまま無言で立ち上がる。

舞衣――自分を庇ってくれた少女を横目で見つめながら部屋の襖に移動する。

 

「お、おい、黒木!」

 

姫和に呼ばれるが、明良は意にも介さず廊下へと続く襖に手をかける。

 

「……朱音さん」

 

「……え? な、何ですか?」

 

「先代の当主と、当主の夫。彼女たちは何と言っていましたか、私のことを」

 

朱音は哀しげな表情になりながらも、必至に言葉を選ぼうと四苦八苦している。

 

「正直に、脚色なく答えてくれませんか? お願いします」

 

明良は待った。彼女がどう答えるのかを。

 

「……憎んで……いました。ずっと、死んでせいせいした……と」

 

「……そうですか」

 

明良は不気味なほど機械的な動きで襖を開け、廊下へと歩いていった。

 

 

※※※※※

 

 

明良は無表情で廊下を歩く。今の彼は少しでも舞衣の側にいたくない、いられないという感情でいっぱいだった。舞衣の側にいれば、思わず話してしまいそうだったからだ。それはできない、してはならないとわかっているのに、自分でも制御できない唯一の感情。それを口にしてしまいそうだったからだ。

 

「待て」

 

「……何です?」

 

背後からの声、足音と気配は一人ではない。二人だ。

 

「……明良さん、私も、まだ話があるから」

 

「可奈美さんに……十条さん」

 

いるのは可奈美と姫和だけだ。明良はまた斬られるのではないかと思ったが、二人からは殺気が感じられない。どういうことだ、と違和感を感じた。本当にただ話に来ただけなのか。

 

「明良さん、復讐なんてもうどうでもいいんでしょ?」

 

「?」

 

明良は眉をひそめて返答した。

 

「何故そう思うのですか?」

 

「明良さんはずっと舞衣ちゃんのために動いてる。それこそ、やりすぎなくらい。あれって、演技とかじゃないよね?」

 

「………」

 

明良は何も答えない。さらに深く追求してくる。

 

「もしかしたら、明良さんは舞衣ちゃんのことが好きなんじゃないの? だから、ずっと舞衣ちゃんの側に居続けてる」

 

「……なるほど」

 

「明良さんの今まで行動と、先代の人たちがいなくなっても舞衣ちゃんの家の執事を続けてたこと、二つともに説明がつくことだよ。どうなの……?」

 

明良は今度は迷わなかった。この二人ならば明良の思いを知る権利くらいはあるだろう。

そう判断して、告げた。自分でも似つかわしくないと思えるほどの恥ずかしい感情を。初めて他人に伝えた。

 

 

「はい、私は……舞衣様のことが好きです」

 

 

可奈美、姫和は黙って、無表情でその言葉を嚥下し、明良の続きの言葉を待った。

 

「私は、あの日、舞衣様への思いが芽吹いたときからどうでもよくなっていたんです」

 

不思議に、スラスラと話すことができた。こんな時だからだろう。

 

「私の中の怨嗟の思いは、先代が死んだと知っても消えませんでした。むしろ、産まれてから燻っていた思いをぶつける相手がいなくなってしまったせいで、余計に火に油を注いでしまった」

 

「折神家そのものに復讐するつもりだったのか?」

 

「いえ、それは違いますよ、十条さん。誰でもよかったんです。八つ当たりをさせてくれる相手を探していたと言った方が正しいでしょう。それぐらい、二年前の私は狂い切っていた」

 

それだけで終わればまだ良い方だ。恐らく、本当に誰かに八つ当たりをすれば明良の心には破壊衝動しか残らなかっただろう。

延々と出口の見えない暗闇を無闇矢鱈に突き進む愚者。周囲の人々に害をもたらす本物の災いのように。

 

「ですが、あの方に仕えていて気がついたんです。私が本当にやりたいことが何なのか」

 

先の見えない未来。振り返りたくない過去。地下の書斎に閉じ込められていた時に芽生えた怒りと恨み。報いを受けさせてやるという渇望。

それら全てが、平凡な人間である折神修を復讐の亡霊、黒木明良へと作り変えた。

修はそういう場にいただけなのだ。本人が最後に選んだことは事実だが、その選択肢しか与えなかったのは折神家だ。

そして、明良は自分の意思で選択肢を手に入れたのだ。誰から与えられたものでもない。自分で見つけた、ありふれた選択を。

 

「ただ、光の当たる場所で、自分の好きな人と一緒に過ごす。私にとってはそんな平凡な思いが、とても幸せで、何物にも替えがたい願いなんです」

 

そう、平凡でありふれている願いだ。町を歩いている一般人でもこんな風に答える人はいるだろう。

 

「復讐が叶わなくとも、自分のしてきたことが無駄になるとしても、私は舞衣様の傍にいられればそれでいい」

 

「だったら、何故舞衣にそう言わないんだ!?」

 

今まで静かにしていた姫和が突然声を荒げる。

 

「舞衣にはお前の本当の気持ちを伝えるべきじゃないのか? そうしないと、あいつはずっと理解してくれないままだぞ」

 

「そうでしょうね。理解していただけないでしょう」

 

「それなら、どうして言わないんだ……」

 

明良は首を左右に振った。諦めのついた、物憂げな表情で否定する。

 

「言って、どうなるのですか?」

 

「どうなるって……明良さんは舞衣ちゃんのこと好きなんじゃ……」

 

「好きですよ……だからこそ、言うわけにはいかないんです」

 

悲痛な声で言う明良に姫和が訝しげに問う。

 

「どうしてだ……」

 

「……舞衣様のためです」

 

およそ予想していたのか、可奈美と姫和の表情に驚きはない。

明良は珍しく言い聞かせるように説明した。

 

「あの方に私の素性を話して、受け入れてくれるわけがありません。こんな亡霊のような者を誰が愛してくれますか?」

 

明良は自分の胸に手を当てて渇いた笑いを浮かべる。

そうだ、そうに決まっている。舞衣の傍に居続けるために明良は嘘を吐き続けた。自分を偽り、彼女の空想の愛を貪り続けていた卑しい小物だ。

過去を切り離すことも、未来を切り開くこともできない亡霊。哀れで、惨めでしょうがない。

 

「でも、それじゃあ明良さんの気持ちが……」

 

「私は、一方通行でいいんです。仮初めであっても、あの方に信頼していただければそれで十分過ぎたんです」

 

相手に愛されなくてもいい。生きるための糧をあの方から一方的に奪うことができればいい。そうしないと、飢え、干からび、渇いてしまうからだ。

 

「あの方が他の男性と結ばれたとしても、構いません。私は今まで通り、惨めに卑しく片想いを続けるだけですから」

 

明良にはもう話すことはない。さっさと切り上げようと玄関へと向かう。だが、それよりも早く大地を揺るがすほどの轟音が響いた。

 

「……来ましたか」

 

――敵が。

 

折神家に勘づかれた、そう悟った明良は大急ぎで走り出した。




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