もう何か世界線の違いとか何とかと考えておいてください。正直物語に影響するようなものではないので。
「むぅー」
燕結芽は森の中を歩き始めて数十分、その時点で精神的に億劫になり、唸り声を上げる始末となっていた。
別れて明良の捜索に当たった真希からも音沙汰はないし、肝心の明良本人も見当たらない。もしかすると逃げられた可能性もある。
「こんなんじゃ、私のすごいとこ……みんなに見せらんないじゃん……」
無意識にそうぼやいていた。衛藤可奈美、糸見沙耶香、折神紫、自分の強さを証明できそうな刀使とは刃を交えた。が、あの青年――黒木明良はそのどれとも違った。前述の三人のような天性の素質や鍛練によって培われた実力とは違う。
勝つことに特化した悪意と執念の強さ、今まで戦ったことのない種類の相手だ。勝ちたい。勝って自分の方が上だと知らしめてやりたい。
改めて胸に思いを秘めたところで結芽のポケットの携帯端末が震え、着信を知らせる。
「……? 電話だ、真希おねーさんかな?」
結芽は携帯端末の画面を確認する。電話の発信者には『獅童真希』という表示が。結芽は応答のアイコンを押し、電話に出た。
「もしもし、真希おねーさん?」
『結芽、僕だ。今、黒木と交戦中で……すぐに来てくれないか』
真希の少し切迫したような声が通話口から耳に届く。その内容に結芽は眼を輝かせた。
「え、ホントに!? どこどこ、私も行く!」
『僕の端末の位置情報を探ってくれ。僕がしばらく時間を稼いでおくから、なるべく早く合流しよう』
「わかった、すぐ行くね!」
結芽は即座に通話を終了させると、真希の携帯端末の位置情報を確認する。ここから南東に数十メートルの場所だ。結芽は一目散に駆け出し、目的地を目指す。
「みっけ!」
視線の先、大木にもたれ掛かって半分だけ見える真希の後ろ姿があった。結芽は抜刀しつつ写シを貼り、真希の近くへ駆け寄って声をかけた。
「来たよ、真希おねーさんっ!」
結芽は真希の背中に左手を置く。凛とした声が返ってきた。
「ご苦労様、結芽」
「……え?」
だが、その声は明らかに目の前の真希から発せられたものではないとわかった。真希は木にもたれ掛かった状態で気を失っているからだ。
声の飛んできた方向は――上だ。黒い影が空から迫り、結芽を狙う。
「くっ、このっ!」
結芽は突き立てられる剣を御刀で防ぎ、軌道をそらそうとした。だが、反応が遅れたせいで相手の剣の刃が左腕に触れ、そのまま大きく引き裂かれた。
結芽は身体をひねって相手を後方に追いやる。相手は地面を二転三転しながら受け身を取り、立ち上がる。
「どーいうことかな……何でおにーさんが」
「そこまで不思議ですか? これが」
目の前の青年は不敵に笑いながら結芽に問う。結芽にはその光景が、今のこの状態が異常でならなかった。
「……何でおにーさんが
「ああ……」
青年は――明良は、音楽機材の調整でもするかのように自分の喉を何度か指で押す。
「ん……ごほっ、ごほっ……これは戻すのも大変ですね。それに、複製も容易くはないようですし」
明良は何度か咳払いをし、声を調整する。先程まで真希の凛々しく力強い女性の声を再現していたが、やはり少々疲れるものがあったようだ。段々と元の声に近づいていった。
「わけわかんない……びっくり人間みたい」
「元々、声真似は得意な方でして。何度か声を聞くことさえできれば、ある程度のものは再現可能です。肉体の形状変化の応用ですよ。ああ、獅童さんのことはご心配なく。あと数時間もすれば意識が戻りますので」
「じゃあ、もしかしてさっきの電話は……」
「ええ、私が獅童さんの携帯から掛けていました。思いの外、簡単に引っ掛ってくれたようで安心しました」
喉元に左手で触れ、声を完全に元に戻した。その確認をした後、『左腕』を纏う。
「でもさ、それも失敗しちゃったよね? おにーさんらしくないなぁ」
「私らしいというのが何なのかは知りませんが、失敗とは何のことです?」
明良は『左腕』の人差し指を結芽に向ける。
「成功、していますよ?」
「……? 何言って……」
結芽は思わず頭に疑問符が浮かんでしまう。先程の不意討ちは結芽にとってせいぜい手傷がいいところだ。戦闘続行には大した支障にはならない。
それなのに、彼は何故ここまで自信ありげに指差しをしているのか。結芽に向かって。
「え……」
結芽の視界の右端を光沢のある粉末状の何かがふわりとよぎる。反射的に目を向けると、信じられない光景があった。
「うそ……」
結芽の右手に握られる御刀が、その刀身から綻びが生じ、そこから粉々に散っていく。やがて大きな亀裂が走り、御刀の真ん中を横に割っていった。
「現実ですよ。貴女の命綱は、もう断ち切られています」
結芽は悟った。明良の指の指し示した場所は結芽本人ではない。結芽の握る御刀――ニッカリ青江。
パキィン。
刀身に走った亀裂が広がり、硝子が割れるような音と共に御刀が真っ二つに折れた。
「……っ!」
御刀が折れた。にわかには信じられないことだが、それが実際に起こったのだ。
そして、刀使にとってそれがどれだけ大きな問題かなど言うまでもない。結芽の身体に貼られていた写シは御刀からの神力が消失したことで解除される。
「……! ぐっ……げほっ、ごふっ……」
だが、結芽にとってはそれだけではなかった。御刀を握る手から力が抜け、近くの木に背中を預けた。
それでも収まらずに、喉からせり上がってくる液体を耐え切れずに口から吐いてしまう。真っ赤な鮮血だ。思わず口元を押さえていた手も血に塗れ、溢れた分が地面に染み込んでいく。
「はぁ……はぁ……っ」
立っていられない。ずるずると手を引かれるように地面に身体が落ちて木を背にして座り込む。
「………」
明良は何も言わずに結芽に歩み寄り、『左腕』で身体を木ごと掴み、『右腕』で結芽の顔の右側の木の面に突き刺してきた。
「なんで……こんな、こと」
「やはり、知らないようですね」
明良は無表情で淡々と言う。
「御刀は破壊できるんですよ」
御刀はいくら乱暴に扱っても壊れることなどなかった。せいぜい簡単な手入れ程度で、こんな風に真っ二つに折れるなど聞いたこともない。
「ノロを体内に投与した刀使は、肉体だけでなく使用する御刀にもノロの影響が出ます。人体と融合させるように改良した弊害でしょうね。そして、その影響は荒魂の力を使わずとも起こり得るものです」
放り出してしまったニッカリ青江を見る。見た目ではなんともないが、明良の言っていることが嘘とも思えなかった。
「ノロの纏わりついた御刀は、言い換えれば別々の薬品を混ぜた試験管の様なものです。その非常に不安定な状態の物質に外部から刺激を加え、均衡を崩せば、たちまち自壊する」
「じ……かい……」
「とは言っても……私も無事では済みませんが」
明良の『右腕』の刀身がボロボロと溢れ、ノロに戻って地面に滴り落ちる。明良は気に食わなそうに元に戻った自分の右の掌を見つめる。
「条件が揃ってもこれほどの負担がかかるとは……一日に一回が限度でしょうね」
結芽は大人しく話を聞いていたが、何か口を出そうと息を吸い込む。しかし、丁度血が喉に溜まっていたせいか激しくむせてしまい、血を何度も吐き出した。
「ごほっ……ごほっ……あ、あぁ……」
頭がボーッとする。未だに明良の『左腕』に掴まれているが、その感覚も薄くなっていた。
正面を向くと明良が相変わらず無表情で聞いてきた。彼の頬にも結芽の血が飛んでいたが、気にしていないようだ。
「……聞いてはいましたが、予想より重いようですね。貴女の病は」
「しっ……てるの?」
「ええ、調べましたから」
あっけらかんとした態度で言い放つ明良。真希や寿々花からも自分達の正体について気取られているかもしれないと通達はあったが、こんなことまで知られているとは思わなかった。
「刀剣類管理局の極秘研究について調査していた際に、並行して親衛隊の方々の調査も進めていたんです。獅童さん、此花さん、皐月さん、そして、貴女について。ですから、私は貴女方四人の経歴や性格を知った上で対策を立てることが出来たんです」
これも恐らくハッタリではない。現に彼はこうして真希や結芽の手の内を読んで制圧することに成功しているし、結芽の病についても驚きなど微塵も見せなかった。最初から知っていたのだ。
「燕さん、貴女が荒魂を受け入れた理由もわかっています」
そうして、彼は語り始めた。結芽の始まりと、その歴史を。
「貴女は今から三年前、九歳という若さで御刀に認められた。そして僅かな期間で天然理心流を修得し、剣腕を振るった。その実力は他の追随を許さないほど卓越しており、神童と謳われるほど」
――なつかしい……
結芽は明良の言葉を心の中で繰り返し、そのときの光景を、音を、昂揚感と達成感を思い出していた。
楽しかった日々だ。周囲から認められ、期待され、これから待つ数多くの未来を謳歌できる。
「その話を聞きつけた相楽学長によって、綾小路武芸学舎中等部に飛び級で入学。後には御前試合優勝、親衛隊入りもほぼ確定していたとか」
――うん、そうだったなぁ……
正式に刀使の学校に通えると決まったときは本当に嬉しかった。もっと強くなってたくさんの人達に知ってもらいたい、輝かしい姿を見てもらいたい。
そう
「しかし、その入学式の日に状況が一変した」
――やだ。
聞きたくなくなった。怪談から逃げる子供のように結芽は弱々しく首を曲げて顔をそらした。
だが、明良は構わず続ける。
「突然、原因不明の病に発症した貴女は入院生活を余儀なくされた。病によって内臓の機能が低下、筋肉が硬直して日常生活もままならなくなった。治療方法も見つからず、貴女はベッドの上で余命一年を宣告された」
――言わないで。
結芽は声も出さずに心の中で抵抗する。明良はそれを知ってか知らずか躊躇なく核心へと近付いていく。
「当然、貴女は御刀を振るうことができなくなり、それを知った周囲の人々は手の平を返すように貴女に関心を無くしていった。そして、病床で死を待つだけだった貴女の元に現れたのが、折神紫だった」
今でも鮮明に思い出せる。あの日からもう一度、燕結芽という少女の終わりかけていた人生に光明が見えたのだ。
折神紫に出会った、あの日から。
ちょっと長くなりそうなので一旦ここで切ります。次回は一気にバトル終了まで行きますね!
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