刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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少し遅れてすいません。手間取った分は中身でカバー! です!


第31話 選択肢

「……けほっ……けほ……」

 

寝返りを打つのも疲れるほどだった。結芽はもう何ヶ月も病院のベッドの上での生活を続けている。

両腕はまともに上がらない。両足は自分の体重を支えられない。御刀を握って振り回すなどもっての他だ。

頭は真っ白で複雑なことは考えられない。肌は触れている物の感覚を教えてくれない。意識が朦朧として寝ているのか起きているのかさえわからなくなった。

 

「パパ……ママ……たすけて」

 

うわ言のように口から漏れた救いを求める声。無情にも、切に願われたその言葉に答えるものはいなかった。

 

「……いない」

 

もう諦めたことだ。病室には結芽以外誰もいない。

強いて言えば、綾小路の相楽学長が花瓶の花を替えに来たり、定期的に看護師が医療器具や部屋の掃除などの手入れに来るくらいだ。ノックが二回鳴らされ、見飽きた顔の看護師が入室してきた。テキパキと手慣れた動作で仕事をこなしていく。

ふと、片方の看護師が病床の結芽を見ながら言った。

 

「この子……ご家族は来てないの?」

 

「ええ……入院してすぐの頃は二、三回来てたんだけど。もう全然ね」

 

その通りだ。結芽の両親は入院が決まり、結芽が病院のベッドでの生活が始まって三日目から一度も来ていない。

三日目とは、結芽の病を治療することが不可能だと医師から説明を受けた日だ。つまり、理由は明白。あの二人は結芽を見限ったのだ。

両親は結芽が綾小路武芸学舎に飛び級で入学が決まったとき、誰よりも喜んでいた。結芽よりもだ。結芽は両親の喜びように疑問を抱かなかったわけではないが、自分を祝福してくれることへの感謝で気にすることなどなかった。

今なら説明がつく。あの二人は結芽が好きだったわけではない。『天才の刀使という肩書きを持つ我が子』が好きだっただけだ。肩書きを失った今の結芽に用などあろうはずもない。

 

 

――そうだ。誰も今の私なんて必要としてない。

 

「選ぶがいい」

 

声が聞こえた。

もう数えるのも億劫になるほどの月日を同じ体勢で過ごしていたときだった。それは夢か、現か。

伏した結芽を見下ろしながら問い掛けてくる女性の姿がった。腰まで伸びる黒い長髪に鋭い眼、腰に差した二振りの刀。

一目で誰なのかは見当がついた。だが、今の結芽は声も出せない。

 

「このまま朽ち果て、誰の記憶からも消え失せるか」

 

彼女は握った左手を結芽に差し出す。ゆっくりと開かれたその掌中には赤黒い液体で満たされたアンプルがあった。直感的にわかった。

これは荒魂だ、と。

 

「刹那でも光り輝き、その煌めきをお前を見捨てた者達に焼きつけるか」

 

酷く甘美で、魅力的な、結芽の切望に対する最大限の提案だったと言えるだろう。

ここで終わりじゃない。これからを切り開いていける。たとえ一瞬であっても、自分の生きた証をこの世界に刻みつけ、誰かの記憶の中で行き続けられる。

 

――私のすごいとこ……見せられるんだ……

 

結芽は力なく笑うと、震える手で彼女の――折神紫の手に自分の手を重ねた。

 

 

※※※※※

 

 

「貴女は荒魂の力を取り込み、回復に成功した」

 

明良は一通りの説明を終える。結芽の身体を掴んでいる『左腕』の力を緩めることなく、問い質すように彼女に言う。

 

「しかし、その回復も一時的なもの。ノロとの不完全な融合では貴女の病は完治には至らず、さらに事態を悪化させてしまった」

 

結芽自身も気づいていたことだ。だが、それでも認められなかったのだ。日に日に衰えていく身体も、持続しない体力も、気のせいだと目をそらしていた。

 

「獅童さんたちのような健康な刀使ならば、ノロによる浸食の影響はある程度は無視できるかもしれません。ですが、貴女のような病弱な方の肉体への負担は計り知れない」

 

結芽はまた血を吐いた。もう息をするのさえ辛い。

 

「今の貴女はノロが無くては生きていけない。そして、そのノロが貴女を殺そうとしている」

 

――なに、それ……

 

もう何も考えられない。死刑執行人の斧が振り上げられ、今か今かと結芽の死を待望している。そんな状態でどうやって正気を保てと言うのか。

 

「仮に貴女が私と戦うことがなくとも、貴女の命は残り数日ほどしかありませんでした。そして、御刀を破壊されたことで抑えられていたノロの浸食が加速した。今の貴女に残されている時間は……一時間もないでしょう」

 

「……あ」

 

断崖絶壁。絶望的としか言えない余命宣告だ。

結芽は徹底的に戦意を奪われ、人形のように瞳から魂が抜けていく。

 

「ですから、燕さん」

 

だが、天へと浮かび上がっていくその輝きを引き止める声があった。

 

「私が貴女に新しい選択肢を与えます」

 

「………」

 

結芽は何も言葉を発することなく視線だけで応じる。彼の言う『選択肢』とやらが何なのか、縋るような気持ちで続きの言葉に耳を傾けた。

 

「私の細胞を取り込めば、ノロの穢れを無効化できます。そして、再生能力によって病を回復させ、命を繋ぎ止められる」

 

明良はそう言って右手を結芽の力なく垂れ下がった左手に置く。

 

「とは言っても、必ず成功するとは限りません。貴女の生きる意思が折れれば、ノロの浸食が全身に回って貴女の命は蝋燭の火のように吹き消される」

 

結芽はようやく開くことのできた唇でたどたどしくも言葉を紡ぐ。

 

「いき……られる?」

 

「ええ。貴女がそれを諦めなければ、ですが」

 

「な……んで?」

 

「はい?」

 

「たすけて……くれる、の?」

 

「…………ああ」

 

結芽は思考の巡らない頭に浮かび続けている疑問がどうしても腑に落ちず、思わず質問していた。

明良は思い出したように、そしてバツが悪そうに答える。

 

「獅童さんには少しだけ話しましたが……私は親衛隊の方々と戦うのは精神的に疲れるんです。まるで………」

 

明良は小さくため息を吐き、結芽を哀しげに見つめる。

 

「自分を見ているようで、嫌気が差してしまいますから」

 

よくわからなかった。結芽はモヤモヤと曇った考えを晴らしたくなり、質問を重ねる。

 

「じぶん……って……?」

 

「そのままの意味ですよ」

 

素っ気なく答える明良。

 

「自分の目的のために強さを求める獅童さんも」

 

明良の眼が細められる。

 

「慕っている方の傍に立って支えたいと願う此花さんも」

 

明良が強く歯軋りをする。

 

「自らの恩人のために忠を尽くす皐月さんも」

 

明良の唇が震える。

 

「家族や周囲の人々から切り離されて孤独と不安に苛まれていた貴女も」

 

明良が、結芽を見る。

 

「見ていたくないんですよ、私は」

 

今までは飄々と笑っていたり、淡々と相手を詰問するような態度だった彼が見せた表情。嫌悪感、悲壮感の入り交じった、はっきり言って人間らしい表情だった。

 

「親切心でも、同情でもありません。気に入らないだけです。貴女は舞衣様の敵ですから」

 

「あは、は……」

 

結芽は不覚にも苦しげに笑う。今まで幾重もの仮面に隠れていたこの青年の素顔――その一片かもしれないが、見ることができた。

 

「ですが、あの方は敵であろうと人が死ぬことを善しとはしません。今から私が言う言葉は、あの方に免じてのものです。尤も、どちらを選ぼうと貴女の意見を尊重します」

 

明良は結芽の左手に乗せている右手の力を強め、固く握る。そして、毅然とした態度で結芽に問い掛けた。

 

「選んでください」

 

それは、結芽にとっては確実に初めてのことだ。結芽はこの青年からこんな問い掛けをされた経験などない。

しかし、結芽を見つめる彼の表情や仕草、言葉遣いは何者かを彷彿とさせるものだった。

 

「不満と後悔を残したまま歩みを止め、残された人々の心に悲しみを焼きつけるか」

 

かつて地獄の淵に佇んで生贄の順番を待っていた自分の前に現れた彼女。そのお陰で死から離れ、栄光と力を取り戻した自分。

再び死に足を掴まれ、藻掻き苦しむ自分に示されたのは全く違う選択肢だった。

 

「苦しくともこれから立ち上がり、誰かと共に人生を歩んでいくか」

 

折神紫(過去の選択肢)黒木明良(現在の選択肢)と重なって見えた。

 

――紫さま……

 

違う。紫の作った道を明良は完膚なきまでに破壊し、別の道を作った。

紫が手を差し伸べたとするならば、明良は強引に手を取ってきたのだ。

有無を言わせない強引で狡猾な手口。決して優しさではない。詐欺や奸計と言っても良いほどだ。

 

――でも、嫌じゃないなぁ……

 

騙されたとしても、結芽には関係なかった。結芽は一瞬の煌めきでも、後世に残る輝かしい栄光でもない。

 

 

「私……生きたい……」

 

 

結芽は微笑んで明良の右手を握り返した。

 

――これなら、私のすごいとこ……もっと見せられるじゃん……




やっぱり、結芽には死んでほしくない……
彼女が生きられる世界線があってもいいんじゃないでしょうか。

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