刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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第32話 死ねばいいのに

「生きたい……ですか」

 

明良は結芽の願いを反芻すると、彼女の身体を拘束していた『左腕』を解除する。

 

「こんな風に、素直になれたらよかったんでしょうか……私も」

 

どうしても自分と重ねてしまった。幸い、結芽はもう気を失っているため明良の独り言を聞かれることはなかった。

先程の真希との話でもそうだったが、どうにも親衛隊の面々は自分と良い部分も悪い部分も似ている。だからこそ、明良は結芽に生きるチャンスを提示したのだ。

今はこんな不毛な考えはやめよう。自分がやるべきことは別にある。

 

「何とか頑張ってくださいね」

 

明良は結芽の左腕の服を捲り上げ、前腕部を露出させる。そして、自分の右手の人差し指、その爪の部分にノロを集め、肉食獣のそれのように鋭利に尖らせる。尖った爪を先程露にした結芽の左腕に突き刺す。そこから少しずつ、身体が強いショックを受けないように調整しながらノロと融合した明良の細胞を注入していく。

 

「ぐっ……ごはっ……」

 

血が喉を通って汲み上げられ、口から勢いよく吐き出される。明良は苦しくなった呼吸を何とかしようと何度か咳払いをして気道を確保した。

これは予想以上に過酷だ。命が削られているとはこのことかと実感できる。自分の回復能力を他人に分け与えるのはそう簡単にはしてはいけないと悟った。

 

「あと……少し……まだ、耐えないと……」

 

額から汗が滝のように流れ、滴り落ちる。視界が何度も明滅し、意識を保っていられそうにない。気絶しないよう口の中に犬歯を刺す。大した痛みがないため、何度も何度も繰り返した。そうしている間にも細胞の投与は怠らない。

施術――と言うと、いささか雑かもしれないが、その最中の結芽の表情を見る。

 

「全く……安らかな顔を……」

 

子守唄を聞きながら眠る赤子とでも形容すべきか。施術中の結芽は安心しきった顔で眠っていた。仮にもさっきまで敵対していた人物に自分の命を握られているというのに。

 

――なら尚更、失敗は……できない、ですね。

 

「………よし」

 

結芽の左腕から爪を引き抜く。

 

「………っ! はぁ……はぁ……はぁ……」

 

施術を終え、集中力を切った瞬間に全身から吹き飛ぶように力が抜けた。さっきまで膝立ちだったが、それすらもできない。勢いよく地面に仰向けに倒れてしまう。

瞼が重く、全身が汗や血でベタベタして気持ち悪い。正直歩けるかどうかも怪しい。だが、

 

「………」

 

首を回して木にもたれかかったままの結芽の姿を確認する。もし施術に失敗していれば結芽の肉体は荒魂化、最悪の場合は死亡していてもおかしくない。

 

――これは……

 

結芽の失血と疲労で青白く染まった顔には僅かに血色が戻り、明良がつけた左腕の傷も塞がっていく。骨格や部位変形などの身体的特徴の変化は見られない。成功したのだ。

 

「何とか……施術……完了……」

 

明良は一息吐くと、全身の重さに抗い、その場から立ち上がる。

刀剣類管理局も、真希と結芽からいつまでも連絡が途絶したままでは応援くらいは寄越すだろう。今の明良には機動隊どころかただの刀使でも脅威だ。御刀で斬られることだけは避けなければ。本当に殺されるかもしれない。

 

「まだ……死ぬわけには……せめて、あと数日は……」

 

明良は動きの鈍った身体に鞭を打ち、可能な限りの全速力で駆けて行った。

 

 

※※※※※

 

 

『明良くん……』

 

声が聞こえる。振り返ると姿があった。

そうだ。敬愛する主の声。命を賭して守り抜くと誓った女性の、どこか不安と悲痛の入り交じった声。

 

「舞衣様、大丈夫です。タギツヒメは私が何とかします。今までも、これからも、私は――」

 

安心させようと、精一杯強気で話す。そうは言っても普段とはさして変わらない。舞衣を守ることに手を抜くことなどありえない。そんな明良に心配しつつも困ったような顔で舞衣は感謝してくれていた。

だから、今回も思ってしまったのだろう。安易に、間抜けに。また同じように反応してくれる、と。

 

『なんで……』

 

「え?」

 

『これからも、って……何でそんなこと言ってるの?』

 

舞衣は怒っていた。今まで叱責の中で怒ることはあったが、これは明かに種類が違うと確信できた。

嫌悪と唾棄。憎むべき相手に向ける敵意と殺意の表情だった。

 

「そ、その、私は……一生をかけて貴女をお守りする覚悟で……」

 

『私に――私や可奈美ちゃんたちに一生付き纏うつもり? 明良くんは荒魂だよね?』

 

明良は慌てて弁明しようとするが、それも舞衣の怒りの火に薪をくべる行為にしか繋がらない。

 

『明良くんは何の権利があってそんなこと言うの? 私のこと騙して、利用して……可奈美ちゃんや姫和ちゃんのお母さんたちまで殺して』

 

「そ、それは……」

 

反論できない。舞衣の言葉が正論だから、というだけではない。普段ならば明良が口論で完全に負けることなどありえない。どんな相手だろうと、少なからず相手に噛みつく程度のことはやってのける自信がある。何をどうやってもだ。

だが、舞衣の言葉の重みと衝撃は他の者のそれとは違う。何百、何千倍も増幅され、明良の心にのしかかる。

 

『クズだよ、明良くんは』

 

「……!?」

 

たった二文字。今までどれだけ蔑まれようが平気だと思っていたのに。前言撤回だ。大切な人からの侮蔑の言葉とはこれほど心を抉るものなのか。

 

『……優しい演技なんてしないで。私たちは、あなたの身勝手な正義のために戦いたくなんかないから』

 

「違うんです、舞衣様! 私はずっと貴女のことが大切で、貴女のために戦っていて……それは本当なんです! ですから――」

 

『私のため……?』

 

舞衣の眼が細められ、明良を睨む。そして、吐き捨てるように、害虫を踏み潰すように、肉親の仇に報復するように、彼女は言った。

 

『明良くんのことなんか、誰も必要としてないよ。死ねばいいのに』

 

 

※※※※※

 

 

「………」

 

嫌な汗が全身に回っていた。明良は暫く放心状態で動けなかった。時計を見るとまだ就寝してから三十分ほどだが、もはや眠気など消え失せている。

現在地は交戦していた森林から遠く離れた山荘。一応人の気配には常に注意を払っていたため、追っ手には問題ない。

 

「嫌な夢、ですね……」

 

額の汗を手の甲で拭う。二、三度拭うが、いくらやっても汗が吹き出てくるのでもう諦めた。

口も乾いて、喉が枯れている。かすれた声しか出ない。

 

「本当に……嫌な夢……」

 

――いや、夢と片付けていいわけでは……

 

さっきの夢の中の舞衣の言葉。明良はそれに反論できなかった。心には強い傷を負ったが、彼女の言葉は全て正しい。むしろ、自分の今までの行動を省みると優しい方だろう。蔑まれるだけで済むのだから。あれは、未来。あるいは彼女の胸中の言葉か。

 

――わかっては、いたんですがね……

 

そもそも、柳瀬家に執事として務めるようになってから、いや、荒金人となったときからこういう事態は予想していたのだ。荒金人――人ならざる者が人と生きていけるわけがない。ましてや、自分の正体を明かしてしまったのだ。

舞衣が明良のことを忌み嫌い、唾を吐くような行為に及んでも、それは当然の事。受けなければならない罰だ。

 

「そういえば……」

 

明良は念のために、自分の右手の爪にノロを集め、尖らせて左手に刺した。

 

――痛い、が、ほんの少し。

 

結芽の施術の際に僅かに痛覚が戻っていたことを思い出し、確認してみた。爪の立てられた左腕からはジワリジワリと痛みが走る。しかし、大したものではない。血が流れるほど深く刺しているにもかかわらず、痛みの程度は爪楊枝で軽くつつかれているくらいのものだ。

次に、自分の靴の裏の溝に右手の人差し指を走らせる。森や山の中を走り回ったため、指には茶色い泥が付着する。明良は躊躇することなく、泥のついた指を口に含み、舌で味わった。

 

――味は……しますね、苦い……

 

嫌な味だ。泥が美味しいなどと言う人は少数派なのは当然だが、明良にとっては味がすることに不安を感じた。

今までは全身に意識を張り巡らせているときは、痛覚、味覚が極めて鈍化する代わりに視覚、聴覚、嗅覚が鋭敏になっていた。

だが、それが崩れているということは、答えは一つ。

 

――精神状態の不安定……まさかさっきの……

 

細胞移植と先程の夢の内容のせいで心身ともにズタズタに壊れてしまったのか。

これでは、舞衣の役に立てない可能性が少なからずあるのではないか。そんなことはないと思いつつも、不安を払拭し切れない。

 

「それなら、せめて……」

 

やらなければならないことをしてから、何もかもの罪を償おう。そう明良は心に決めた。もうこの命は舞衣のため、彼女の安全のために使うと決めていたのだ。

その役割を全うした上で、その任を降りる。それだけだ。

明良は山荘を後にすると、懐から携帯電話を取り出し、番号を入力しながら下山していった。

 

――全ては、あの方(舞衣様)のためだ。

 

 

※※※※※

 

 

「! ……電話か」

 

舞草の里の襲撃から一晩明けた日。可奈美、姫和、舞衣、沙耶香、薫、エレン、朱音、フリードマン、累の九人は何とか逃げ延び、潜水艦内に身を潜めていた。

大部分の戦力を失い、活動拠点まで潰されてしまった以上、堂々と折神家と対峙できるはずがない。一旦は各々休息を取り、作戦を練ることとなった。

そんな折、自室のフリードマンの携帯電話に着信が入った。知らない番号からだった。

 

「……もしもし」

 

恐る恐るフリードマンは応答のアイコンを押し、電話に応えた。

 

『リチャード・フリードマンさんですね? 今は一人ですか?』

 

若い男性の声だ。酷く聞き覚えがある。だが、他人行儀な話し方に訝しさを感じながら冷静に返答をする。

 

「ああ、そうだが」

 

『でしたら、周囲に注意しながら聞いてください。黒木です』

 

「!」

 

声には出さなかったが、内心驚いてしまった。だが、明良とは電話番号の交換をしたはずなのに今は別の番号になっている。それが引っ掛かった。

 

「この番号、君のものと違うようだが」

 

『緊急時ですので、今は別の携帯を使っています。普段の携帯は盗聴の危険性があるので。私である証明でしたら、私の両親の名前でも言いましょうか?』

 

「いや、いい。そんな提案をしている時点で証明しているようなものだろう?」

 

『理解していただけて何よりです。では、本題に移っても構いませんか?』

 

「いいよ」

 

軽口を叩きながら電話の向こうの明良はテキパキと今までの経緯を説明した。獅童真希や燕結芽と交戦したこと、その結果、燕結芽の無力化に成功した、と。

当初は信じられなかったが、彼の論理立てた説明には確かな信憑性があった。

 

「では、君もすぐに我々と合流しよう。都合の良い合流地点のデータをこちらに送ってくれ」

 

『それについてですが』

 

「ん?」

 

明良が話の腰を折るように一言挟む。

 

『以前頼んでいた物、完成していますね? その潜水艦にあると思うのですが』

 

何の事を言っているのか見当がついた。

 

「……ああ。だが、どうして?」

 

『貴方が置いていくはずがない、そう考えるのは自然なことではないですか?』

 

「そうかな?」

 

『そうですよ』

 

明良はため息混じりに答える。

 

『指定する場所と時間にそれを持って来てください。置いたまま放置すると危険なので手渡しでお願いします』

 

「構わないが……合流するなら別にそんなことをしなくても――」

 

一瞬疑問に思ったが、明良の言わんとすることを察したため口をつぐんだ。

 

「いや、する必要がある、ということかい?」

 

『……ええ』

 

「……そうか」

 

少し重い空気が流れる。どちらともなく会話が途切れたままの時間が過ぎていき、フリードマンが先に締めに入った。

 

「では、後で時間と場所について連絡してくれ」

 

『ありがとうございます。よろしくお願いしますね』

 

それだけ言って通話を終えた。そして、首を後ろに回して後方へと視界を変える。

 

「………さて」

 

言うべきかどうか迷ったが、結局彼女については明良には言わなかった。その彼女にフリードマンは問う。

 

「それで、君はどうしたいんだい?」

 

彼女は、自分の着ている美濃関学院の制服の胸元に手を置き、結んだ黒髪を揺らしながら答えた。




明良、ネガティブ過ぎる……でも、彼の生い立ちを考えると仕方ないんですよね。報われてほしい……

当然、夢の中の舞衣は明良のネガティブな妄想です。こんなこと言う娘じゃないですから!

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