刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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もしかしたらこれが2018年最後の投稿かもしれません。できるだけ頑張って年内に次のやつ上げたいですね。

あと、書いていて思いました。明良って面倒な性格なんだなぁ、と。良くも悪くも。


第33話 お優しい方ですね

山荘近くの波止場。電話から一時間後に明良は待ち合わせ時間を設定し、その場所で数十分前から待機していた。

 

「………?」

 

待ち合わせの数分前に近づいたが、一向に人が現れる気配はない。どういうことだと思ったが、その疑念はすぐに払拭された。

波止場近くの海水の界面が蠢き、巨大な金属の塊が浮上してきた。当然、見ず知らずのものではない。舞草の生き残ったメンバーが逃走に使っている潜水艦だ。

艦のハッチが開き、中から一人の初老の男性が現れる。

 

「やあ、待ったかい?」

 

「……こういうときは潜水艦は便利ですね」

 

確認するまでもない。フリードマンだ。左手には金属製のアタッシュケースがある。

 

「それで、例の物は?」

 

「ああ、君が言っていたのはこれだろう?」

 

フリードマンは左手に持っているアタッシュケースを開け、明良に中身を見せる。

 

「合っているかい?」

 

「ええ、確かに」

 

中身は外見上何の変哲もない黒いスーツと革靴。アタッシュケースごとそれを受け取った。

替えの仕事服を持ってきてもらったわけではない。これは戦闘服だ。

 

「それは一体何なのかな?」

 

「使うべき場合があると思いまして、用意しておいたんです。見てください」

 

明良はアタッシュケースから背広を取り出す。左手で背広を持ったまま、剣状の『右腕』を形成し袖を切断した。数センチほど切り離された袖は円筒状のまま地面に落ちる。

 

「これは……!」

 

フリードマンは切り落とされた袖に目を奪われた。袖は微細な粉末に変化し、空気中に立ち昇る。一方、左手に持っている背広の袖口の切断面からは新しく袖が生え、最初の長さに戻る。

損傷した服が自己修復したのだ。

 

「私の毛髪や皮膚を混ぜて作った衣類です。ですから、こうして再生能力が使用できる。勿論、用途はそれだけには留まりませんが」

 

「……なるほど」

 

フリードマンは納得した様子で頷く。明良は背広をしまい、アタッシュケースを閉じる。

そして、「話は変わりますが」と話題を切り替える。

 

「私はこれから――出来れば明日にでも折神家を襲撃します。そして、タギツヒメを討つ」

 

フリードマンたちに動かれては困る。こちらの計画の大まかな内容を伝えなければならない。

フリードマンは明良の計画を聞いた途端、興味深そうに呟く。

 

「タギツヒメ……か」

 

「何か?」

 

「折神紫とは呼ばないんだね?」

 

「『あれ』を紫さんだと言うのは酷でしょう? 今の紫さんはタギツヒメに半分以上支配されています。タギツヒメが運転席で車のハンドルを握っているのに対して、紫さんは助手席で小言を言っている、そんなところですよ」

 

殺すのは紫ではない。世界を乱し、人を殺めようとしている荒魂だ。同一人物ではない。

 

「君らしいね。人と荒魂の狭間にいるからこその考え方だ」

 

「……そうですか」

 

特に嬉しくもない。誉められたかどうかは知らないが。

 

「先程の電話からご理解していただいているとは思いますが、私は単独で行動します。今回はその通達と、貴方へのお願いがあります」

 

「何かな?」

 

「このまま舞衣様たちと一緒に安全な場所に隠れていてください」

 

フリードマンは微かに動揺を見せるが、冷静な表情は崩さない。重苦しい雰囲気の中で口が開かれる。

 

「それは、戦いを君に任せて我々は避難しておいてくれ、ということかい?」

 

「そうです。既にご存知とは思いますが、長船と美濃関には警察による強制捜査が入り、我々も世間にテロリストだと公表されています。それに、日本各地に潜伏中だった舞草のメンバーも折神家から監視されている。伍箇伝も舞草も戦闘力はゼロに近い状態です」

 

数も立場も相手が遥かに上。ゆえに情報漏洩や人員削減には細心の注意を払わなければならなかったのに、それも既に遅い。こちらの詰め手を封じられたも同然だ。

 

「相手はタギツヒメだけじゃない。親衛隊や刀剣類管理局の警備員、折神家お抱えの刀使も大勢いる。君一人で勝てるのかい?」

 

「……勝算はあります」

 

ハッタリだ。正確に言えば、成功確率は三割が関の山だ。しかし、それくらいで泣き寝入りするほど臆病であるつもりはない。

 

「逐一外部の情報を精査し、私が事を済ませたことを確認できたら地上に戻っていただいて構いません。どうかそれまではご辛抱を」

 

「何故そんなことを? とは聞いていいのかな?」

 

「……詳しく言わずともわかるでしょう? 舞衣様とその周囲の方々の身の安全のため。以上です」

 

話は終わりだ。そう明良は自分の中で結論付け、踵を返す。

 

「最後に一つだけ、聞いていいかな?」

 

フリードマンからの声が背中に浴びせられ、明良は立ち止まる。無視しようかと思ったが、寝覚めが悪くなると考え、振り向いて話を聞くことにした。

 

「何でしょうか?」

 

「二十年前の相模湾岸大災厄のことだ」

 

「……?」

 

――何故今更そんなことを?

 

「僕は当時、大荒魂出現の際にノロの輸送タンカーに乗船していた。君もそうだろう?」

 

「……そうですね。そして、私がノロと融合したことが原因で大災厄が起こった」

 

「果たしてそうかな?」

 

「? 事実でしょう? 私が荒金人となったのはそのときです」

 

本当に、今更何を立証しようと言うのか。

 

「君は知っていたんじゃないのかい? たとえ君があの場に現れずとも、大荒魂が出現するはずだったとことを」

 

――……違う。

 

「………どういう意味ですか?」

 

動揺を悟られるな。そう自分に言い聞かせて当たり障りのない返事をする。

 

「あのタンカーに積載されていたノロの量は極めて膨大だった。当時はノロのスペクトラム化について詳しい研究が進んでいなかったからね。ましてや、『大量のノロを一ヶ所に集めるとどうなるか』なんて考えたくもない。でないと、あんな悲劇は起こらなかったはずだからね」

 

「……その点、私は荒金人となるためにノロに関する文献を読み漁り、知識を徹底的に研究し、独自の仮説に辿り着いていた。大荒魂出現を予期していてもおかしくはない。そう言いたいのですか?」

 

「僕の推測ではね」

 

――違う……違う。

 

「君があのタンカーに乗船し、ノロを奪った最大の目的は折神家への復讐だ。それは確定的だろうね。しかし、僕は君が無意識にこう考えたのではと解釈している。『大荒魂出現の際の被害を抑えるためにノロを奪いに来た』」

 

「……随分と興味深い……いえ、私情の入った推測(、、)ですね」

 

「けれど、十分現実味はある」

 

――今更何を……!!

 

「仮に」

 

「?」

 

「仮に貴方の推測が正しかったとして、それが何になるのですか?」

 

明良が善意でやったことだとして、それに何の意味があるのだろうか。あの災厄で大勢の人々が死んだ。美奈都と篝の死の原因となっただけではない。紫はタギツヒメに憑依され、今こうして新たな悲劇が切迫しているのだ。

 

「タギツヒメによって大勢の人々が殺害された。私が殺した――私のせいで生まれた彼女が殺したからです」

 

明良がどういう人物なのかなど被害者たちには関係のないことだ。実は善人だから許してください、など通るものか。

 

「事実として既に起こったことは覆らないんです。その推測は誰にとっても何の慰めにもなりませんよ」

 

「誰にとっても……か。僕はそうは思わないな」

 

「何を……」

 

「ここから先は彼女にバトンタッチだ。僕からの話は終わりだよ」

 

フリードマンは穏やかに笑うと潜水艦の出入口に向かって帰っていく。去り際に彼が放った言葉の意味はわかりかねたが、すぐに答えが出た。

フリードマンと入れ替わるように誰かが潜水艦から現れる。

 

「舞衣様……」

 

美濃関の制服に身を包み、御刀を携えた舞衣がゆっくりとした足取りでこちらに歩いてくる。

 

「………」

 

何か言おう。そう思ったが、ギリギリで押し止める。不用意に口を開けば今の自分が何を言うかわかったものではない。舞衣を相手に駆け引きをするのは胸が痛んだが、これも彼女のためだ。

 

「明良くん……その……無事、だったんだね。よかった」

 

「ええ、当然のことです。私はまだ死ぬわけにはいきませんから」

 

「『まだ』……なんだ。それって……」

 

舞衣の表情が激しく曇る。察してはいたのだろうが、口にされると動揺して当然だ。

 

「聞いたよ。これから折神家に行くって。明良くん、もしかして、そこで……」

 

舞衣の唇が震える。何度も口の中の空気を交換し、乾いた声で彼女は言う。

 

「死ぬつもり……なの?」

 

「……はい」

 

舞衣に顔を背けられた。明良も言うべきか迷ったが、言っても言わなくても結果は同じなのだ。ならば、言ってもいいだろう。

 

「何で……何で!? 何で明良くんがそんなこと……わかんないよ」

 

「全部、貴女のものだからです」

 

「……え?」

 

舞衣は困惑しながら目にうっすらと涙を浮かべている。それを止めようと明良は真摯に説明した。

 

「私の肉体も、能力も、財産も、尊厳も、時間も、命も、ずっと前から全部貴女に捧げているんです。私は貴女の安全のためならば喜んで命を差し上げますよ」

 

――貴女には私を殺す権利があります。

 

「タギツヒメの目的は人類の抹殺。今の折神家に戦いを挑み、敗北することは死に直結します。そんなことに貴女や貴女の大切な方々を巻き込むわけにはいかないのです」

 

「巻き込むだなんて……私たちは自分達で考えて……それで……」

 

「私が全ての元凶なんです。だから、私には一人でこの事態を収拾する義務があります。貴女方がそんなリスクを背負う必要はないんですよ」

 

姫和はタギツヒメ復讐するために今回の戦いに参加している。だが、それも義務ではない。本人の意思というだけだ。強制していいことじゃない。

死の危険性があるのに戦わせるなど理不尽もいいところだろう。

 

「ご安心ください。貴女方の身の安全はフリードマン博士に保障してもらっています。全てが終わった後で『よかった』と言えるように――」

 

「よくない」

 

「……? 舞衣様?」

 

絞り出すように口から吐き出される舞衣の言葉。明良はそれに引っ掛かりを感じた。

 

「明良くんが死んだら、もう『よかった』じゃないんだよ」

 

「いえ、そんなことは……」

 

「ないわけないよ。私は……ううん、私も、可奈美ちゃんも姫和ちゃんも沙耶香ちゃんも薫ちゃんもエレンちゃんも、他にもたくさんの人が明良くんのことを大切に思ってる。明良くんが死んで、それで喜んだりなんかするわけない!」

 

「………」

 

「私たちと一緒に来て。皆で協力して戦えばきっと別の方法が見つかるから。だから……!」

 

見たことがない彼女の姿だった。

涙目で必死に訴える子供のような舞衣。普段の物腰柔らかな雰囲気とは打って変わって、今は中学生相応の幼さを残したものになっている。それだけ真剣に明良を説得しようとしているのか。

 

『……優しい演技なんてしないで。私たちは、あなたの身勝手な正義のために戦いたくなんかないから』

 

脳裏に別の言葉が木霊する。

 

「………」

 

そうだ。勘違いするな。これは彼女の優しさだ。気を遣ってありもしない考えを言わされているだけ。そうでなければ、こんな化物みたいな男を誰が大切に思う? 誰がこんな奴に死んでほしくないと思う?

 

――期待しないでくださいよ。私にそんな権利などないんですから。

 

「舞衣様はお優しい方ですね。そのお気持ちは本当に嬉しいです」

 

嬉しいのは本当だ。舞衣が優しい人であることも。だからこそ、ここで舞衣に無理をさせるわけにはいかない。苦しみから解放しなければ。

 

「ですが、貴女にはご家族やご友人の方々……その優しさを向けるべき方々が大勢いらっしゃいます。本当に大切な方々を見失ってはなりません」

 

「な、何……言って……」

 

「一時の気の迷いとはいえ、私のような下劣な者に気を遣っていただいたことは本当に感謝しています。私はそれで満足ですから。もう無理をなさらなくていいのですよ」

 

笑顔で頭を下げる。角度もタイミングも完璧だ。

 

「すぐに忘れることができるはずです。貴女を騙し、大勢の人々を殺した悪党のことなど。たとえ今の段階では辛い思いをされても、いずれは納得していただけます」

 

「ち、違う。ちがうよ……そんな……わたしは……」

 

再び声が頭に木霊する。

 

『明良くんは何の権利があってそんなこと言うの? 私のこと騙して、利用して……可奈美ちゃんや姫和ちゃんのお母さんたちまで殺して』

 

その通りだ。タギツヒメという災厄を作った元凶である大罪人、黒木明良はタギツヒメと共に滅び、人類に平穏が訪れる。この上ないハッピーエンドだ。

 

「では、私はこれで失礼いたします。舞衣様……さようなら」

 

明良はアタッシュケースをしっかりと握ったまま、潜水艦とは逆の方向へと歩き出す。

背を向けた明良に舞衣は数秒ほど呆然としていたようだが、直後に鋭い抜刀の音が耳に届く。

 

「待って!」

 

「………何でしょう?」

 

「……止まって」

 

明良は首だけを回して背後を見る。舞衣が御刀を抜き、正眼に構えている。舞衣の顔には悔しさと怒りが見られた。涙を流しながらもその目からは気迫が消えていない。

 

「一緒に来て。じゃないと……」

 

「私を斬る、ですか?」

 

「……! そうだよ。だから早くこっちに来て」

 

明良は舞衣の表情だけでなく御刀の鋒から彼女の足元までを目で追って確認する。

御刀を握る手も、大地を踏み締めて体重をかける足も小刻みに震えている。彼女は刀使として荒魂と戦った経験はいくらかあるはずだ。今更御刀を握るのが怖いわけではない。荒魂を斬ることに躊躇しているはずもない。だとすれば、何故こうなっているのかは自ずとわかることだ。

 

「……舞衣様、何故怯えているのですか? 貴女は荒魂を斬ったことがないのですか?」

 

「……あるよ。でも、あなたは……」

 

黙ってしまった。そんな彼女の気遣いに思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「まだ、私のことを人だと認識してくださっているのですね。ありがとうございます」

 

「まだ、って……」

 

「人々に危害を加える荒魂を滅することはできても、人に近い外見を持った荒魂に対しては簡単に割り切れない。貴女はそういう方です。身近な者への愛情が強く、包み込む優しさがある」

 

やはり、この人に仕えて、この人のために死ぬことができてよかった。他の誰かならこんなに嬉しくは思わなかっただろう。

明良はアタッシュケースを地面に置き、両手を上げる。

 

「斬っていただいても構いませんよ。その結末も悪くないと思います」

 

「な、何……何を言ってるの?」

 

「私が死ねば、私と結びついているタギツヒメの力も大幅に弱まります。私と彼女は分身のようなものですからね。そうすれば彼女はもはや脅威にはなりえません」

 

「でも……だからって、そんなの……」

 

「貴女に殺されるのなら本望です」

 

清々しいくらいの晴れやかな笑顔で明良は言う。そのまま、舞衣の御刀の鋒に向かって一歩進む。

 

「好きな人に最後の瞬間を奪われるだなんて、幸せなことだと思いませんか?」

 

「好き……って……」

 

「本心ですよ」

 

もしも舞衣に刺されて死ねるのなら幸せだ。最後を大好きな人に捧げられる喜びなど人類の内のどれだけの人が体験できることだろう。簡単に立てる場所ではない。

 

「貴女が私を殺したところで、それは咎められるものではありませんよ。人斬りでも、犯罪者でもない。刀使として、可奈美さんたちの友人として当然の正義です」

 

「でも、私は……」

 

「どうなさいます?」

 

どちらでもいい。舞衣に斬られて死んでも、舞衣を守って戦って死んでも、どちらにしても舞衣のためになるのだ。

 

「……ない」

 

「?」

 

「斬れないよっ!」

 

舞衣の御刀を握る手から力が抜け、御刀が地面に音を立てて落ちる。

 

「こんなの……ないよ。斬りたくなんかないのに……明良くん……」

 

舞衣はそのまま泣き崩れて地面に膝をついて両手で何度も涙を拭う。

 

「………」

 

思わず手を差し出してしまいそうになるが、慌てて戻した。そんなことをする権利はない。これ以上舞衣に手を出していいはずがないのだ。

 

「本当にお優しい……お優しい方ですね、貴女は」

 

――だから、私は貴女を好きになってしまったんですよ。

 

もう悔いはない。これでいい。これが最善で、正義だ。

 

「どうか、良きお相手と出会って、その方と幸せになってください。私は貴女を忘れはしません。貴女の優しさと、正しさを」

 

明良は地面に置いたアタッシュケースを再び拾うと、今度こそ舞衣に背を向けて歩き出した。振り向かないよう、過去を見ないように。

 

「今までありがとうございました。さようなら」

 

「……待って……待ってよ明良くん!! 私はあなたのことが――」

 

明良は逃げるように早足でその場から去っていった。

少女の悲痛な慟哭を必死に耳から追い払いながら。




これから二人はどうなるのか。

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