刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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ごめんなさい。2019年、初投稿です!
色々あって遅れました。こっから早いですよ!
今回は会話が多いです。バトルは……次回です、ではどうぞ。


第35話 奪い合い

舞衣と別れて数時間後、明良はフリードマンから受け取ったケースの中身――スーツ型の戦闘服に着替えて街道沿いの茂みの中を歩いていた。

元々着ていたスーツは所々破れて使い物にならなくなっていたので、細かく破って適当な可燃物用のゴミ箱に捨ててしまった。

普通に道を歩いていては折神家や自衛隊に見つかる可能性がある。なるべく姿を見られないように街道沿いを歩くことにした。

そして、ようやく折神家の敷地前。警備に気づかれないよう十分離れた物陰まで来ていた。

 

「さて……」

 

ここまで来れば、後は中に攻め入るのみ。かと言って、道場破りのように真正面から無策で突入するつもりは毛頭ない。ここからは作戦通りに行動しよう。

明良は携帯端末を取り出し、電話の発信用画面を表示させる。

 

「………」

 

そこで指が止まった。今からある人物へ電話をかければそこからは時間的にも体力的にも余裕はなくなる。言わば、今は最後のチャンスだと思えた。

 

「やはり……電話しておきましょうか」

 

明良は電話帳の画面に移動し、そこからある人物へと電話を掛けた。

2コールほど呼び出し音が鳴ったところで相手が応答する。

 

『もしもし?』

 

「黒木です。旦那様、お忙しいところ申し訳ありません。今はお時間はよろしいでしょうか?」

 

電話を掛けた相手は舞衣の父親にして柳瀬グループ代表、柳瀬孝則だ。定時連絡は何度かしていたが、最後にしたのは可奈美と姫和の捜索の時以来だ。

 

『構わないが……大丈夫なのか? 折神家がテロリストに対して大規模な摘発を行っていると、多くのメディアで報道されているが』

 

「大丈夫とは言い難いです。実際に我々――舞衣様やそのご学友の方々も先日襲撃に遭ってしまい、現在も逃走中です。幸い、逃走中の方々にはお怪我はありませんが」

 

『そうか……』

 

孝則は数秒考えた後、電話口から訴えるような声で明良の耳元に声を響かせる。

 

『我が社の所有している宿泊施設がある。舞衣たちを連れてそこに避難するんだ。そこなら、仮に見つかっても折神家が簡単に踏み込めないようにできるはずだ』

 

確かに、柳瀬グループは日本有数の大企業。避難したという証拠さえ掴ませなければ、企業側から強制捜査を拒否することも出来るはずだ。そこでじっくりと作戦を建て直すことも十分可能だろう。

しかし、明良は「いえ……」とそれを一蹴した。

 

「もしも、そんな行動をとったことが明るみになれば、柳瀬グループがテロリストに加担したと周囲から判断されます。そうなれば、信用問題どころか企業としての存続すら危うくなります」

 

『……かもしれん。だが、私にとっては舞衣たちの方が大事だ。君もそうだろう?』

 

孝則の搾り取るような声が聞こえてくる。彼とて、無鉄砲な思いつきでこんな提案をしたわけではなかろう。自分が大企業の代表で、多くの社員を管理する立場の人間であり、それと同時に一人の少女の父親である――それを理解した上で最善と思った策を言ったのだ。

明良は彼のことを純粋に立派だと感じたし、出来ることなら心配のないようにしたいと思った。だからこそ、彼の提案を受け入れるわけにはいかなかった。

 

「私もそう思っています。当然ですよ。ですが、旦那様、そうであれば、貴方の案では安全性という点で問題があるのです」

 

『どういうことだ?』

 

「敵はその気になればいくらでも無実の人間を殺すことができます。現に、彼らは自衛隊の携帯端末に細工を施して我々を荒魂と誤認させていました」

 

『なんだと!? それでは……』

 

「はい。極端な話、その施設の上空から爆弾やミサイルを見舞って中の人間を鏖殺したとしても、『新種の荒魂を討伐した』とでも言えば強引に世間を黙らせることができます」

 

荒魂を関知するスペクトラムファインダー。その開発や改造を一手に担っているのが折神家だ。つまり、スペクトラムファインダーの信頼性を相手が握っている以上、たとえ百万の人の目が『白』だと見ても、折神家が『黒』だと言えば『黒』になる。

荒魂かどうかなどもはや問題ではない。

 

「相手は無から証拠を創ることができます。証拠を掴ませないよう努力しても、意味がないんですよ」

 

『………くそっ』

 

電話口の向こうで孝則が唇を噛み締めている光景が見えた。

 

「旦那様、ご協力する意志を見せていただいただけで私は満足です。感謝いたします。後のことは、私にお任せください」

 

『あ、ああ……すまない。力になれなくて』

 

「……滅相もありません」

 

自然と頭を下げている自分がいた。無意識にそんな行動をしていた自分を不思議に思ってしまう。

 

「それから、旦那様。お話ししたいことがあります」

 

『何かな?』

 

「私は、本日を以て執事の任を降りさせていただきます。本日まで、大変お世話になりました」

 

『……! それは……』

 

「……辞職願いをお渡しできないこと、当日に電話でお伝えすること、どちらも……大変申し訳なく思っています」

 

胸がズキリと痛む。舞衣のときとは違う痛みだ。ひたすらに感謝している人物に対して申し訳ないという感情だ。

 

『待つんだ。それよりも……いきなり辞めるとはどういうことなんだ!?』

 

「それは……」

 

言うべきか迷ったが、言わないことにした。ここで荒金人のことなどを話せば確実に長い話になるし、話が余計にややこしくなる。

 

「今はまだ申せません。申し訳ないのですが、後日、舞衣様にご確認をしていただければ理解できるかと」

 

『舞衣は……納得しているのか?』

 

「どういうことでしょうか? 旦那様にとって重要なこととは然程思えないのですが……」

 

『いいから、答えなさい』

 

有無を言わせぬ言い方だった。彼らしくもない。余程気になることなのだろう。明良は動揺を欠片も見せずに即答した。

 

「はい。既に舞衣様にもお話を通しております」

 

『………そう、なのか』

 

「個人的な事情によってこのような結果となってしまったことは百も承知です。ご恩を返し切れないこと、私も大変残念に思っています」

 

彼だけではない。明良を執事として迎え入れることに彼の妻も舞衣の妹二人も快く賛成してくれた。二年という短い間とはいえ、浮浪者だった自分に居場所を与えてくれた恩人にこの程度のことしか出来ないのは恩知らずもいいところだ。

だが、今は時間はない。今晩で片をつけなければ最悪の結果に分岐してしまう。

 

『……黒木くん』

 

「はい」

 

『たとえ、執事でなくなるとしても、これだけは約束してくれ』

 

「……何でしょうか?」

 

やけに神妙な雰囲気を含んだ声だ。警戒と言うより、純粋な疑問として聞き返した。

 

『絶対に、舞衣を悲しませるな』

 

「………」

 

――………?

 

どういう意味なのかわかりかねた。何故自分が執事をやめることと舞衣が悲しむことに繋がりがあるのか。

喜んでくれるはずだ。邪魔物だった自分が消えて、尚且つテロリストとしての容疑も晴らすことができる。

自分のような奴が彼女の傍を離れたところで、彼女の精神に害をもたらすような状態が想像できない。

 

――ああ、なるほど。

 

自分の責務を果たせ。執事でなくなるとしても、舞衣と彼女の大切な人々を守れ。それ以外にはあり得ない。

今さら言われずとも、何度も心に誓ったことだ。

ならば、答えは決まっている。

 

「はい。私の命を賭けて、舞衣様とそのご友人を絶対にお守り致します」

 

やはり、話ができてよかった。ここまで来れば、もう不安な要素などない。より強い決意を胸に秘め、明良は「失礼します」と通話を終了させた。

 

「さあ、始めましょう」

 

もう後戻りはできない。話すべき人に別れを告げた。言うべきことを言った。後は今夜の作戦を成功させることに全力を尽くせ。

でなければ、今まで生きてきた意味も理由も失うことになる。

 

黒木明良()タギツヒメ(貴女)の奪い合いを」

 

 

※※※※※

 

 

「………」

 

此花寿々花は苛立っていた。刀剣類管理局の作戦指令本部に仁王立ちし、眉間に皺を寄せながらモニターを睨んでいる。

時刻は日を跨いで数時間といったところだ。本来隣に立っているはずの自分の同僚である獅童真希はここにはいない。別の任務に出刃っているとか、作戦開始まで待機とかそういう状態ではない。

彼女は一時的に戦闘不能にされたのだ。ある一人の男によって。

 

「許すわけにはいきませんわよ」

 

脳裏に銀髪の青年のしたり顔が浮かぶ。未だ彼の行方はわかっていない。それどころか、舞草の残党も依然として逃走を続けているのだ。寿々花にはこのまま漫然と彼らを片して我々の勝利というビジョンが想像できなかった。

 

「……!?」

 

周囲からの気遣いの視線から逃げるように頭を悩ませていると、本部の固定電話に着信が入る。発信者は非通知だ。

 

「私が出ます。皆さんは居場所の特定を」

 

テキパキと指示をすると、職員たちが逆探知用の機器の前で準備をする。

準備ができた、というサインを確認してから寿々花は電話に出る。

 

「もしもし?」

 

『夜分遅くに申し訳ありません。此花寿々花さんですね?』

 

「……ええ」

 

たった二文で悟った。この声は黒木明良だ。声もそうだが、この爽やかな好青年のような雰囲気の話し方がそう確信させる。尤も、寿々花の胸に広がったのは爽快感ではなく不快感だが。

 

「黒木さん、ですわね? 一体何のご用ですの? そもそも、どうやってこの番号を……」

 

『貴女の親愛なる同志の方が親切にも教えてくださいました』

 

「何を白々しいことを……」

 

大方、真希か結芽の携帯端末を見て番号を手に入れたのだ。いよいよ、彼が実行犯という裏も取れた。

当の明良はくすっ、と微笑みの声をちらつかせながら弁明する。

 

『勿論、冗談ですよ。恐らく、貴女方の想像している方法で正解です』

 

「………っ!」

 

相手を見下すでも嘲るでもない。離れた位置から見物するような穏やかな声色で彼は言う。

寿々花は思わず声を荒げそうになるが、逆探知をしている職員の様子を見て我に返る。ここで相手を刺激してはいけない。なるべく相手に対話の意思を失わせないように注意しつつ、会話を引き延ばさなくては。

 

『とはいえ、貴女が応対してくださるとは少し意外です。こんな夜遅くに……夜更かしは美容の大敵ですよ?』

 

「あら、心配してくださるんですの? 女性に対する気遣いがお上手ですわね」

 

『そうでもありませんよ。なにしろ、貴女方の重要な戦力であるお二方を潰してしまったのですから』

 

言うまでもない。真希と結芽のことだ。真希は目立った外傷はないものの、戦闘によるダメージで未だ意識不明。結芽は……

 

「……結芽を救ったのは、貴方ですの?」

 

『……いえ』

 

躊躇いながら尋ねたことだったが、思い通りとはいかず、否定された。寿々花は一瞬不審がるが、すぐに明良が言葉を連ねる。

 

『生きたいと願ったのは彼女の本心ですよ。私の指示ではありません。私は未来に向けて彼女の背中を押しただけです』

 

「………」

 

先程までの声色とは違う。やや低い真剣身を含んだ声だった。

報告書に上がっている通り、間違いなく彼は荒魂の力を使っている。下手をすれば我々親衛隊どころか、折神紫よりも荒魂に関する知識や技術は上かもしれない。彼の主観か、あるいは表現上の違いでしかないのかもしれないが、彼が結芽の救命に関係しているのは確実だろう。

寿々花は感謝と怨恨が綯交ぜになったまま明良に言う。

 

「結芽を救うことに一役買ってくださったことは感謝します。ですが――」

 

それとこれとは話が別だ。彼が結芽の命の恩人であったとしても、寿々花のすることは変わらない。彼は敵だ。倒すべき相手だ。ほだされるわけにはいかない。

 

「貴方を捕らえることには変わりありませんわ。そこは勘違いしないでほしいのですけれど」

 

『ご安心ください。私もそんなつもりは毛頭ございませんので』

 

また先程の穏やかな声色に戻る。

 

「逃げ切れると思わないことですわね。貴方や舞草のお仲間と、我々。戦力の差は見えているでしょう?」

 

軽いジャブのつもりで少し挑発をかける。これで相手の反応から何か何か情報を掴もうということだ。

だが、彼は一笑に付してこう続けた。

 

『あまり慣れない挑発をするものではありませんよ。いくらお二方を無力化されたとはいえ、焦りすぎです』

 

「……どういう意味ですの? 焦ってなど……」

 

『ああ、申し訳ありません。『お二方が』ではなく、『獅童さんが』ですよね?』

 

突如として一気に複数の感情が沸き上がってきた。

笑われたことに対する怒り。相手に弄ばれたという悔しさ。自分の感情を見透かされたという恥ずかしさ。

何故知っているのか、という気持ちはあったが、ここで動揺を悟られるわけにはいかない。

 

「そ、それは……何のことですの?」

 

取り繕おうとしたが、言葉に詰まり、声も震えてしまった。しまった、と思うがそれも遅い。

 

『隠さなくて良いんですよ。大切な方がいて、その方の不遇に憤るのは美しいことですから』

 

「かっ、勝手に何を……!」

 

『惚けなくても結構です。仮に我々が勝ったとしても、貴女も獅童さんも悪いようにはならないでしょうから。安心して負けてください』

 

「……!」

 

安心して、の下りで少し頭が冷えた。これは罠だ。こちらのペースを乱し、口車に乗せて戦意を失うように誘導しようというのだ。危ない。早い段階で察知できてよかった。

 

「その手には乗りませんわよ。貴方は我々が倒します」

 

『まあ、今の会話をどう捉えるかは貴女の自由ですが』

 

「つくづく食えない方ですわね……!」

 

もういい。もうすぐ逆探知が終わる。これで舞草の残党の現在位置が判明する可能性が高い。そうでなくとも、少なくとも明良の現在位置はわかるのだ。それだけでも大きな進歩だ。

 

『ああ、そういえば本題を話していませんでした。世間話に花を咲かせてしまい申し訳ありません』

 

「……それで、話とは何ですの?」

 

今更になって余裕の姿勢が崩れていない声色だが、それもここまでだ。寿々花は溢れ出る僅かな笑みと共に尋ねる。

 

 

 

『間もなくそちらを襲撃します。もう、逆探知はできたでしょう?』

 

 

 

「………!?」

 

言葉を失った。寿々花は狼狽して悲鳴を上げそうになるが、必死にこらえた。数秒ほど混乱していると、誰が言うでもなく通信が切られた。

周りの職員の顔を見渡すが、全員が大なり小なりオロオロと狼狽えている。

 

「と、とにかく準備を……」

 

こうはしていられない。現場の指揮をしなければ。寿々花は大声で職員たちの喧騒を収めようと大きく息を吸った。

そして、吐き出す――ことはできなかった。

 

ドォォォン…………!!

 

声を上げるより早く、何処からか重厚な破壊音が響いてくる。皆が言うまでもなく、間違いない。

今の彼が、本当に来たのだ。




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