刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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下準備みたいな回です。久々の本編でそれかよ! と私も思いますが、次回からなんです! お願いします! 次回はなるべく早くやりますから(必死)


第38話 仮面

「……どういうことだ」

 

十条姫和は困惑していた。タギツヒメとの決着をつけるため、可奈美、舞衣、沙耶香、薫、エレンの五人と共に折神家に突入した。ここまではいい。突入を妨害されないよう策は練ったのだ。

だが、突入後に強烈な違和感を感じた。

 

「誰もいないね……」

 

「親衛隊どころか、警備の刀使まで……」

 

可奈美、舞衣は困惑の思いを声にする。

場所は御前試合の決勝戦が行われた白州。本来なら刀使だけでなく一般の警備員も常駐しているはずのこの場所だが、今はこの六人以外の影も形もない。

 

「隠れている……わけでもないみたい」

 

「デスね。あれだけ大仰に飛んできたのデスから、気づいてないとは思えまセン」

 

「怠慢で職務放棄……んなわけねーか」

 

沙耶香、エレン、薫も口々に言うが、それに反応する敵もいない。

彼女らは上空からミサイルに搭載された状態でこの場所へ飛来してきたのだ。全身にストームアーマー――通称S装備を纏い、マスコミを利用して戦力を分散させ、考え得る最善の手段を採った。

それでも、作戦の性質上戦いは避けられないはずだったのだ。

 

「まるで、誰かが敵を片付けた後のようだな。だが、そんな奴がいるはずが……」

 

こんなタイミングで偶然第三勢力が攻め込んでくるとは思えない。

 

「まさか、黒木じゃないだろうな?」

 

明良が先行したことは知っている。明良がここの警備をしている者たちを全滅させたとでも言うのだろうか。彼の実力は未知数だが、果たしてそんなことが可能なのか。

 

「皆、何か来るよ!」

 

隣の舞衣が叫ぶ。月明かりに照らされた白州。その奥の建物の影から月明かりを背に何かが飛び、ぐんぐんと姫和たちのもとへと迫る。隕石のごとき速度で落下してきたその物体により、砂利や粉塵が舞い散る。

 

「敵か!?」

 

こんな芸当をやってのける以上、ただの人間という線はない。何者かの投擲物かとも思ったが、粉塵の奥の影はゆらりと不気味な動作で立ち上がった。間違いなく、何らかの生物だ。

 

――荒魂……まさか、タギツヒメか?

 

有り得ない話ではない。総大将たる自分が出刃るなら、事情を知らない刀使や警備員を同伴させるわけにはいかないからだ。

 

「皆、構えて! 写シ!」

 

舞衣の号令で六人が抜刀、そして写シを貼る。まずは相手の出方を見ようとその場の全員が御刀を構えたまま待機する。

やがて粉塵が晴れて奥の何か――その生物の正体が映し出されていった。

足首に届きそうな黒装束。フードで隠された頭部の端からは鈍色の髪。袖口から覗く指先は鋭利な鉤爪。恐怖を漂わせる身体から伸びる首、その先の顔は――

 

「仮面……?」

 

純白の面に眼と口を表す紅色の模様。人相と本性を隠す仮面が嵌められている。

 

「ねね、どうだ?」

 

「ねー……ねねーっ!!」

 

薫がねねに尋ねる。薫の頭に立つねねは、その人の形をした何者かに目を凝らし、威嚇するように全身の毛を逆立たせる。スペクトラムファインダーならまだしも、ねねの反応を見るにあれが荒魂なのは確かだ。

 

「これが……タギツヒメ?」

 

沙耶香が訝しそうに呟く。

 

「ああ、この禍禍しい瘴気も、風貌も……何より、こんな所にいる大荒魂など奴以外にありえない」

 

姫和は忌々しそうに舌打ちをする。小烏丸を握る両手が微かに震えているのがわかる。恐怖か、歓喜か、寒気か、えも言われぬ情動が渦巻いている。

 

――お前を斬る!!

 

「はあああっ!!」

 

迅移を用いた高速移動。そして刺突の勢いを利用した突進力と貫通力。目の前の荒魂の心臓部へと一直線に小烏丸の刀身が沈み、息の根を止める――はずだった。

 

「なん……だと……」

 

姫和の腕力と体重をかけた刺突。迅移による高速移動とそれに伴って伝わる運動エネルギー。それらを加味すれば、これはまず防げない攻撃だ。

しかし、目の前の荒魂は左手一本で小烏丸の切っ先を掴み、刺突を受け止めた。

刺突を受け流したわけでも、かわしたわけでもない。本来ならばその二つさえ困難なはずなのに、受け止めたのだ。

 

「っ! このっ!!」

 

姫和は御刀を荒魂の手から引き抜こうとするが、溶接でもされたかのように微動だにしない。

 

「ハヤイ、デスガ、オソイ」

 

低くこもった声。それでいて、無機質で無感情な雰囲気を振り撒いている。

 

「姫和ちゃん!」

 

可奈美が叫び、荒魂の右側から斬り込む。姫和と対峙している左側とは逆となれば反応が遅れるはずだ。だが、荒魂は可奈美に見向きもせず、右手の甲で彼女の刃を防ぐ。

 

「うそっ!!」

 

「可奈美、姫和、そのまま抑えてろ」

 

「油断大敵デス!」

 

薫が右斜め後方から大太刀を上段に振り上げ、エレンが左斜め後方から右切り上げ。姫和と可奈美に両手を使っている以上、もう防御の手段はない。たとえ察知されていようと関係ない。今度こそ一太刀、いや二太刀浴びせる!

 

「ツマラ、ナイ」

 

そんな確信を鼻で笑うかのように予想外の反撃が起こった。

 

「がっ!」

 

「うわあっ!」

 

荒魂の左右の肩甲骨辺りから赤黒い粘液が滲み出し、しなやかな鞭が形成される。鞭は薫とエレンの胴体と両手を拘束し、攻撃を無効化する。そうして体勢の崩れた二人を地面に仰向けに倒し、上から押し付ける。

 

「薫ちゃん、エレンちゃん!」

 

「……!」

 

舞衣が叫ぶと同時に彼女の隣に立つ沙耶香が跳躍する。狙いは荒魂の頭。前後左右からではなく、上空から刺すような突撃。

 

「ムダ」

 

吐き捨てるような台詞がまたもや仮面越しに荒魂から放たれる。その言葉通り、荒魂の右肩部から溢れた粘液が独りでに束ねられ、巨大な一本の手となる。巨大な手は沙耶香の身体を両腕ごと覆うように掴む。

 

「う……あっ……!」

 

「沙耶香ちゃん!」

 

「動け……ない」

 

沙耶香は抜け出そうともがいているが、腕力では敵わない。巨大な手は掴んだままの沙耶香を屋敷の塀の内壁に貼り付けた。

 

「そんな……」

 

舞衣は驚愕に染まった表情で立ち尽くしてしまう。タギツヒメの力がここまで圧倒的だとは思わなかったからだ。自分達六人を相手にして、姫和と可奈美の剣を防御し、薫、エレン、沙耶香の三人を無力化してしまうとは。

 

「このままじゃ……!」

 

 

※※※※※

 

 

「………」

 

彼は暗い場所にいた。光が差し込まないわけではない。目を黒い塗料で潰されたような感覚だ。目も、耳も、鼻も、舌も、肌も、あらゆる感覚神経が自分のものではなくなったように感じた。

 

――寒い

 

周囲の温度の低下など感じ取れはしない。が、彼は寂しく、暗く、満たされない思いに胸を焦がされている。

それらが集約され、全身が冷えた金属のように冷たく、寒くなってしまった。

 

――誰か、誰か……

 

こんな場所にいたくない。こんな思いを感じ続けていたくない。だが、自分ではどうしようもない。

誰かがこんな牢獄のような場所を壊してくれる。そう願うしかない。

 

――誰か、私を殺してください

 

彼の願いは口から発せられることはない。だが、誰かが彼の心を汲み取ってくれると信じ、彼は流れ込んでくる感覚に身を任せた。

 

 

※※※※※

 

 

「可奈美ちゃん、姫和ちゃん! 一旦離れて!」

 

舞衣はいまだに荒魂と膠着状態にある可奈美と姫和を呼ぶ。

 

「………!」

 

「今だ!」

 

舞衣の声に気を取られ、荒魂の左手の力が抜ける。その瞬間を狙い澄まし、姫和は御刀を引き抜く。可奈美も荒魂の右手の甲に御刀を押し込むのを止める。

二人は迅移で舞衣の両脇に移動した。可奈美も姫和も荒魂を真っ直ぐ見据えているが、二人の表情は全く違う。姫和が恨めしく睨んでいるのに対して、可奈美は真剣に何かを考え込んでいる様子だ。

舞衣はその可奈美の様子から一つの懸念について口にする。

 

「ねえ、可奈美ちゃん、姫和ちゃん……もしかしてなんだけど、あの荒魂――」

 

「うん、私も多分同じこと考えてる。やっぱり、舞衣ちゃんは気づいてるんだね」

 

「……どういうことだ」

 

舞衣、可奈美は唇を引き結んで閉ざす。姫和は荒魂を睨みながら横目で二人を見た。

 

「あの荒魂……タギツヒメじゃないかもしれない」

 

舞衣の言葉に姫和は「なっ……」と思わずこぼす。

 

「明らかに御当主様と体格が違うし、何より御刀を差してないどころか、使う素振りも見せてない」

 

「だが、奴は何もない場所から御刀を抜いているんだ。だから持っていないだけでは……」

 

「それでも、この人数相手に全く使わないのは不自然じゃない?」

 

確かにそうだ。紫に憑依しているタギツヒメは、姫和の『一つの太刀』を捌くほどの剣技を誇る。この六人を本気で制圧するつもりなら、わざわざ手加減する必要はない。倒せる倒せないはともかく、御刀を抜くことくらいはするはずだ。

それをしないのは、できないからか?

 

「だが、それならあいつは一体誰なんだ? こんなところにあんな強力な荒魂がいるわけがないだろう?」

 

「………」

 

舞衣はしばらく押し黙り、決心して目を見開く。可奈美は何かを察したのか、舞衣の背中を軽く押した。

それに呼応し、舞衣は一歩ずつゆっくりと足を進め、荒魂との距離を縮める。舞衣が歩く姿を見て、荒魂は防御や迎撃の構えを見せることすらなく、困惑したようにわずかに後退る。

 

「明良くん?」

 

「………!」

 

ほんの一瞬、確かに荒魂が仮面の下で息を呑んだのがわかった。

 

「ウ……ウア……アア……」

 

声にもならない声。苦痛か不快感か、荒魂は両耳を手で塞ぐ。そんなことでは脳裏に木霊する声を遮れはしない。

 

「アキ……ラ……? アキラ……アキラ、アキラ――」

 

繰り返し舞衣の言った名前を反芻する荒魂。

 

「アキラ……コロス、コロシタ……シンダ!」

 

悲痛で、悲哀な叫び。荒魂は両手を広げ、武器を展開した。左腕は肘から指先までを覆う鉤爪状の手。右腕は分厚い幅広の片刃剣。

 

「あれって、明良くんの……!」

 

「『左腕』に――」

 

「『右腕』か!!」

 

ほぼ間違いない。理由や経緯は不明だが、彼は人並外れた存在へと成り変わってしまった。

舞衣だけでなく、可奈美と姫和も御刀を握る手がぶれる。

 

「可奈美ちゃん、姫和ちゃん……私はあの人のこと……」

 

「わかってる、舞衣。あいつには用があるんだ」

 

「うん。明良さんを止めよう!」

 

あの外見や言動は普段の彼とはかけ離れている。自らの意思で敵対しているとは思えない。

何とかして彼を正気に戻してみせる。

 

「明良くんは両手だけじゃなく、多分その気になれば全身で攻撃と防御ができる。だけど、きっと無限にできるわけじゃない」

 

「作戦はどうする?」

 

「二人は身体から飛び出てくる触手を切り落としながら接近して。その間に私が懐に入るから」

 

舞衣は可奈美と姫和に目配せし、二人は静かに首肯する。

 

「「………!」」

 

可奈美は右、姫和は左にばらけて、同時に明良に向かって御刀を構えたまま駆ける。荒魂は『左腕』の掌を正面に向け、そこから四本の触手を生やす。触手は二人に二本ずつ迫り、拘束しようとする。

だが、二人は御刀で触手を切り飛ばす。

 

「グアッ……ガガッ……!」

 

触手を可奈美と姫和に斬られる度、荒魂は痛みに怯む。そのせいで触手の勢いも鈍った。劣勢を覆そうとさらに何本も触手を繰り出すが、それも次々に二人の斬撃の餌食となる。

 

「……シバリ……アゲロォッ!!」

 

自棄になったように叫び、姫和の身体に向かって何十もの触手が伸びる。しかも、速度は先程のものをはるかに上回っている。

 

「なっ……しまった!!」

 

姫和は触手を捌ききれず両手両足に巻きつかれ、御刀を取り落とす。

 

「姫和ちゃん!」

 

見かねた可奈美が迅移で駆け寄り、素早く姫和を縛っている触手を斬る。

 

「可奈美っ、無理だ! お前でもこの数は――」

 

「大丈夫」

 

有無を言わせず可奈美は姫和の前に立ち、御刀を正眼に構える。

 

「こんな明良さんになら、負ける方が難しいくらいだよ」

 

普段の可奈美の快活な声とは違う。冷めていて、相手を突き放すような雰囲気。

 

「………っ!」

 

可奈美は迫り来る数十本の触手を瞬きする間もなく全て切り払う。切り払いながら荒魂との距離を詰め、『左腕』の正面に届いた瞬間に大きく屈む。『左腕』の下に滑り込み、下方から切り上げる形で『左腕』の手首から先を切り落とした。

 

「ギニャァァアッ!!」

 

荒魂は激痛に叫ぶ。その行為は更なる隙を生んだ。可奈美は返す刃で荒魂の胴体を袈裟斬り、さらに右薙、左切り上――可奈美の刻む刀傷は荒魂に苦痛を与える。

そうなれば、次の反応もまた遅れる。

 

「舞衣ちゃん、今!」

 

「わかった!」

 

可奈美が後方に控えている舞衣に声を届ける。機を見計らっていた舞衣は可奈美と入れ替わるように荒魂の正面に立つ。

 

「ア………ア………ウウ……」

 

荒魂は舞衣が正面に立った途端、両腕を引っ込めて少しずつ後退る。可奈美に斬られた身体や『左腕』は再生したが、武器を向ける素振りすら見せない。

舞衣は御刀を下げ、鞘に納め、写シを解く。

 

「明良くん」

 

「………ッ!? チガ……ウ……」

 

荒魂は子供のように首を横に振りながら否定するが、舞衣はそれを優しく諭す。

 

「違わないよ。明良くんなんでしょ? お願い、声を……ううん」

 

舞衣は荒魂の左手の両方の面に手を乗せる。優しく包み、敵意も作為も一切存在しない、真っ直ぐな言葉を囁く。

 

「心を聞かせて」

 

その瞬間、舞衣の見ている景色も聞いている音も浮遊感とともに切り替わる。

彼の思いを、願いを、心を知りたい。聞きたいのだ。

 

――今から行くから……ちゃんとお話しよう、明良くん

 

舞衣はそのまま意識の変遷に身を任せた。




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