刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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第39話 どうしてそこまで頑張るんですか?

「………」

 

薄暗い部屋だ。小型の白熱電球のみが天井の中心に備え付けられているだけで、四隅には光が行き届いていない部屋だ。

四方の壁と、人が一人ギリギリ通れるくらいの間隔で配置されている本棚の列。窓はなく、外からの光は一切閉め切られ、部屋の壁や床のあちこちには埃や黴が蔓延っている。

部屋の中央には小さな円形の天板付きテーブルと木製の椅子。存在する扉は二つ。

舞衣はそんな部屋にポツンと立っていた。

 

「ここって……」

 

さっきまでいた折神邸の白州ではない。屋内の、しかも窓が存在しないことから地下室と思われる。

 

「ここが、明良くんの心の中……」

 

「正解です」

 

どこからか声が聞こえた。本棚の列の間に目を凝らすと、そこに誰かが立っていることに気づく。

ボサボサの黒髪に青い瞳、中肉中背の青年だ。身に纏っているのは所々ほつれたスーツ。歳は舞衣よりも三つ四つは上だろう。

舞衣はそれよりも、その人物の顔に確かな見覚えがあった。

 

「明良くん……!?」

 

明良と同じ顔だ。髪の色や服装は違うが、間違いない。

だが、目の前の青年は静かに首を左右に振った。

 

「違いますよ。私は彼の記憶です」

 

「記憶……?」

 

「彼が十七歳までに培った経験と育んだ人格によって形成され、残留している意識――つまり私は、折神修の心です」

 

舞衣は少々戸惑ってしまう。

以前明良から聞いた登場したかつての彼。精神と肉体に暴虐の限りを尽くされ、彼は一時とはいえ復讐の亡霊へと変貌したのだ。

目の前の彼は舞衣の知る黒木明良とは姿形が酷似していても、心の有り様は違うのだ。

 

「貴女は確か……柳瀬舞衣さんですね」

 

「知ってるの?」

 

「ええ。明良の記憶を見ましたから。貴女も、貴女の家族や友人のことも」

 

「さっきの戦いのときも見てたってこと?」

 

「見ていました。貴女たちがあまりにも必死でしたし、このまま長引かせて無用な傷を負いたくはなかったので」

 

修は舞衣と向かい合い、話を続ける。

 

「ここに呼んだのは、貴女と問答をするためではありません。貴女に理解してもらうためです」

 

「理解って、何をなの?」

 

「私が――黒木明良と折神修(わたしたち)がどういう人物なのかを、ですよ」

 

修は近くの本棚から一冊の本を取り、テーブルに置く。表紙には文字も絵もない。真っ黒なものだ。

修が本を開くと本棚がスクリーン代わりとなり、様々な映像が投影されていく。

 

「私たちはこの書斎で十七年の時を過ごしました。日の光の届かない、冷たく暗い牢獄のような世界で」

 

「うっ………」

 

舞衣は思わず口元を両手で覆う。本棚に映るのは何もかもまともな映像ではないからだ。

修が彼の両親から木刀で滅多打ちにされている映像。腐敗して蠅がたかった食事を生きるために無理矢理口にする映像。食事も睡眠もろくに取らず、人相が変わるくらい目に隈を作りながら勉強と鍛練に励む映像。

 

「人としての権利も尊厳もなかった。いえ、両親から人間扱いされなかった、の方が正しいですね」

 

舞衣は何も言えなかった。かけるべき言葉は見つからず、返すべき答えも思い当たらない。

 

「これらの日々の蓄積によって私の心に憎しみと恨みが果てしないほど募った。彼女らに己の罪科を胸に刻ませ、身も心も死に至らしめる――そうすれば私はようやく自分の人生を取り戻せる」

 

映像が途切れ、数秒ほど間をおいて別のものが映し出される。巨大なタンカーからノロが噴き出し、集結していく様があった。

 

「そのために私は、刀使に対抗する力を手に入れようと考えた。そして二十年前の災厄が起こった……」

 

修は本を閉じる。映像は完全に消え、また白熱電球のぼんやりとした光だけが部屋に広がる。

 

「ここまでの話は明良から聞いていますね。今の映像を見て、何か言いたいことはありますか?」

 

「……修くんや明良くんはまだ、復讐がしたいって思ってる?」

 

明良から話を聞いたときに疑問に思ったことだ。彼が十八年の眠りから目覚める前に両親は事故死した。結局、自分の目的を果たせなかった。彼の口からはそんな言葉は出なかったが、内心ではどう思っていたのか知りたい。

 

「舞衣さんは奇特なことを聞くのですね。まあ、教えてどうなるわけでもありませんが……私はともかく、彼は大して引き摺っていないようですね」

 

「じゃあ、修くんは?」

 

「私は眠る前の彼ですよ? 執着していないわけがない」

 

修は左手をテーブルにつき、力みながら握り拳を作る。木に爪が引っ掛りガリガリ音を立て、テーブルに五本の細長い傷ができる。

 

「だから、私は彼が嫌いです。私の目的を成し遂げずに悠長に眠っていた彼が」

 

「明良くんの方は納得してるの? 修くんと明良くんは何が違うの?」

 

修は大きくため息を吐く。

 

「……そういえば、彼は貴女には話していませんでしたね」

 

「……え?」

 

「こちらの話です。話を戻しますが、私と彼の違いは舞衣さんがいるかどうかです。私から言えるのはそれだけですよ。残りは貴女自身で考えてください」

 

含みのある言い方だが、舞衣はそれ以上追求しないことにした。

 

「荒金人は人間とは違います。人間と荒魂の共生体と言えば聞こえはいいかもしれませんが、その実態は欲に溺れた人間の傲慢の象徴。半永久的な寿命、強靭な再生能力と戦闘力。人ならざる者の力を手に入れた代償として、その者の心を確実に蝕んでいく。その結果が今の彼です。生命として無視できる存在じゃない」

 

今の彼、というのは大荒魂に近い存在へと変貌した明良のことを指しているのだろう。

だが、舞衣はそれに簡単に納得するわけにはいかない。納得したくない。

 

「あれはタギツヒメとの戦いで何かあったんじゃあ――」

 

「タギツヒメが彼を操ったとでも? 彼女は明良を追いつめはしましたが、精神を支配したわけではありません」

 

修は胸の真ん中をトントンと指先で小突く。

 

「彼は復讐を遂げられなかった無念を必死に押さえ込み、別の感情で塗り固めて誤魔化し続けていました。ゆえに、内側の感情を炙り出されれば自我が崩壊し、暴走する。暴走すれば、荒魂に成り下がる」

 

「不安定な存在だから、生きてちゃいけないって言うの? そんなのおかしいよ!」

 

声を荒げてしまう。普段は誰かにこんなことをすることはないが、明良のこととなるとどうしても平静を保てなくなる。

 

「彼は爆弾なんですよ。いつ起爆するかわからない、一度爆ぜれば盛大に周囲を巻き込んで災いを振り撒く。こんなことが許されると思いますか?」

 

きっと、今回爆弾のスイッチを押したのがタギツヒメだった、というだけのことだ。可能か不可能かはともかく、彼の心理状態の不安定さが周囲の人々の危険に直結していることは確かだ。

 

「それでも、私は明良くんに死んでほしくない。何とかする方法は私がどうやってでも見つけるから」

 

「……予想通り、しつこく食い下がる人ですね」

 

修はテーブルに置かれた本を手に取り、そのまま舞衣の正面に歩み寄る。

 

「もう、彼のことを解放してくれませんか?」

 

「……ど、どういうこと?」

 

どこか申し訳なさそうな、それでいて微かな微笑みが垣間見える表情で修は話を続ける。

 

「別に貴女が悪いわけではないですが、貴女という存在は良くも悪くも彼の行動理由となっている。今の彼は貴女と貴女の周りの人たちのために戦っています。しかしこれは、言い方を変えれば彼は貴女に縛られているのと同義」

 

「私が……明良くんを……」

 

「彼は必死です。生まれて初めて大切な人ができて、その人に対する想いは途方もなく強いものになってしまった。もはや、彼に貴女への想いを諦めろと言っても無駄でしょう。ですから、貴女から引導を渡してあげてください」

 

修は右手の指をパチンと鳴らす。それによって舞衣から見て左側の扉のノブが回り、開け放たれる。

 

「あの扉をくぐれば元の世界に戻れます。戻る頃には全ての問題は片付いているでしょう」

 

「そうしたら、明良くんはどうなるの?」

 

「死にます」

 

無表情、無感情、そんな形容詞が似合う顔だ。修は虚ろな眼で淡々と説明する。

 

「彼の心は内なる荒魂に敗北し、直ぐ様自壊する。さっきのように暴れる余力があったことの方が不自然なくらいです」

 

「だったら、そんなことできないよ! 明良くんともう一度話せばきっと――」

 

「中途半端な幻想を抱かせるくらいなら、いっそのことただの偶像のままにしておいた方がいい」

 

有無を言わせぬ声で修が遮る。

 

「貴女は彼にとっての偶像です。本気で愛していても、決して手を届かせてはいけない。どんなに尽くしても心を通わせてはいけない。彼は、自分が貴女と必要以上に近づけば、貴女が自分にとっての偶像ではなくなるとわかっていたんですよ」

 

悪人と善人、天涯孤独と家族円満、荒金人と刀使、観客とその偶像。全てにおいて黒木明良と柳瀬舞衣は違いすぎる。

 

「彼はもう疲れすぎています。限界に達して……いえ、限界なんてものはとうの昔に越えている。彼は憐れで、惨めで、そして頑張りすぎた」

 

修は恭しい所作で舞衣を開け放たれた扉へと誘う。

 

「もう、ここで終わりにしましょう。二十年前から続く悲劇も、彼の苦痛も。彼が安らかな想いを少しでも抱いている内に」

 

「………」

 

舞衣には多少なりとも迷いがあった。本当に彼を大切に思っているなら、安らかな眠りを与えることも優しさという修の意見も一理ある。

生まれてからずっと人間として生きられなかった彼。もしここで生き延びても、彼はこれからも自分を責め、生きることに喜びなど見出だせない。十七年の地獄の虐待の日々と十八年の眠りの日々。それらの年月を過ごしてようやく縋りついた手、それが舞衣だ。それなのに、すげなく手を振りほどくようなことをすればどうなる。筆舌に尽くしがたいほどの負の感情が沸き上がるはずだ。そんなことをするくらいなら、手が触れるか触れないかの距離で永遠に留まっていればいい。手を取るわけでも、振りほどくわけでもない。答えのわからない、希望を抱かせたままでいい。

 

――ううん、だけど、そうじゃない。

 

今の考えを否定はしない。だが、舞衣と明良は違う。近づいてはいけないわけでも、心を通わせてはいけないわけでもない。そんなことを誰かに命じられ、従う道理などありはしない。

 

「私は明良くんに会いたい。会って、ちゃんと話したい」

 

「………? 彼を苦しめることになるかもしれない、それがわからないわけではありませんよね?」

 

「わかってるよ。明良くんに会いたいっていうのは私のわがままで、それが明良くんにとっては迷惑かもしれないってことは」

 

「それなら――」

 

「あの人にとっての偶像じゃなくなるのはわかってる。だけど私は、明良くんとなら偶像でも幻想でもない、本当に傍にいたいって思ってる」

 

「そのせいで彼がどれだけ自分を責めると思いますか? 結ばれるべきではない間柄の二人を結ばせた、貴女の優しさに甘えることを彼は許さない」

 

明良が別れ際に語った己の心の内。舞衣に恋慕の情を抱いていることをさらされたこと。

だが、彼はそれを舞衣に伝えた上でも二人の関係を全く認めようとはしなかった。離れ離れで、自分の一方的な片想いでいいと、そう言ったのだ。

 

「甘えることがそんなに駄目なの? 明良くんが誰かに甘えたらいけないなんて、誰が決めたの?」

 

「……彼が、明良本人が思っているだけです」

 

やや悔しそうに修は答える。初めて見せる彼の表情だ。

 

「誰かに助けられることも、誰かに甘えることも、誰かと心を通わせることも駄目だなんて、そんなことする必要ないよ。少なくとも私は、明良くんが助けてほしいって少しでも思ったら、隣に立ってあの人の力になりたい」

 

「彼が人間でなくとも?」

 

「私には関係ないよ。少し人と違う力が使えて、特別な過去を持ってるだけで、明良くんは私たちと同じ」

 

彼は舞衣とその周囲の人々のために努力し、全力を以て守ろうとしてきた。仮に彼が人間でなくとも、舞衣が受けた恩も、舞衣が彼に対して抱いた感情も一片たりとも変わりはしない。

 

「私は明良くんに直接会って、ありのままの心を伝えたい。そして、明良くんからもありのままの心を聞きたいの」

 

「……」

 

修は数秒黙ったまま舞衣の瞳を、その裏まで見通さんばかりに凝視する。やがて、半開きになっていた彼の唇が言葉を紡ぐ。

 

「……どうしてそこまで頑張るんですか?」

 

漠然とした、テレビのインタビューでもやっていそうなありきたりな質問だった。

 

「彼は貴女の肉親でも、友人でもない。何が貴女をそうさせるんですか?」

 

答えは決まっている。ここで言ってしまっても構わない。だが――

 

「……いや、ああ……なるほど。やはり答えなくても構いません。これは、誰にでもわかる答えだ」

 

修は舞衣が答えるよりも早く顔を綻ばせ、クスクスと笑う。

 

「ですが、きっと明良はわからないでしょうね。むしろ、『察したとしても決して認めようとはしない』と言うべきでしょうか」

 

「……わかってるんだ」

 

顔が熱くなるのがわかる。きっと鏡でも見れば、自分の恥ずかしそうに慌てている姿が映ることだろう。

 

「やはり私は明良のことが嫌いです」

 

修は先程と同じ言葉を述べる。だが、今度は先程のような苦々しい顔ではない。穏やかで、優しい笑みの浮かんだ顔だ。

 

「こんなに優しい方に想われているだなんて、一人の人間として嫉妬してしまいますから」

 

もう、彼の突き放すような雰囲気はすっかり消え失せていた。

舞衣は感じていた。性格や所作には多少の違いはあるものの、本質的な部分は変わらないことに。目の前の彼の未来にも、こんな風に心から笑う可能性が残っているはずだ。

 

「合格です、舞衣さん。貴女にはこの扉はもう必要ありませんね」

 

修はもう一度指を鳴らす。開け放たれていた左の扉が閉じる。同時に、右の扉が開いた。

 

「こちらの扉の向こうに明良がいます。早く会いに行ってあげてください」

 

「うん!」

 

舞衣は扉に向かって走る。そこまで離れた距離ではないが、早く会いたいという気持ちがそうさせる。そこで、舞衣は扉の前で足を止めて後ろに振り返った。

 

「修くん」

 

「何でしょうか?」

 

「……ごめん」

 

「何がですか? 私は何もされていませんが」

 

頭上に疑問符でも浮かべそうなほど怪訝な顔つきになられた。舞衣は胸元に手を置き、握り締める。

 

「あなたが生まれてからずっと、助けられなくてごめん」

 

「…………」

 

修は眼を丸くして口がポカンと開きっぱなしになったまま固まる。しばらくしてその硬直が解け、彼は困ったように首をかしげる。

 

「私が荒金人になったのは貴女が生まれる以前のことです。そもそも助けられないのですから、謝る必要はないでしょう?」

 

「それでも、少しでも早く明良くんに会うことができてたら、力になれたんじゃないかなって思って」

 

現実としてはまずありえない。だけど、何らかの運命の悪戯によって彼と関わることができればよかった。彼の痛みを、孤独を、癒すことができたかもしれない。

 

「……本当に、貴女なら」

 

「?」

 

「いえ、何でもありません。それより、早く行くのではなかったのですか?」

 

「そうだね。じゃあね、修くん。扉の向こうで(、、、、、、)会おう」

 

舞衣は扉に手をかけ、くぐった。その奥に待ち構える彼に会いに、明良の心を聞きに。

 

「貴方が彼女に惹かれた理由、今なら少しだけわかる気がします」

 

扉を閉める直前、誰かの声が聞こえたような気がした。残念ながら聞き取れなかったが、穏やかな声色だったことはわかる。

 

「頑張ってください、舞衣様」




地味に修と明良の二人だと明良の方が精神的にこじらせちゃってるっていうね……なまじ片想い(本当は違いますが)をしてるからでしょうけど。愛情ってときには悪い方にも働くんですね……

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