刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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まさか二週間以上空くとは……ごめんなさい!

もうそろそろ胎動篇終わりますから! そっから波瀾篇もやるので……やること一杯だあ……


第44話 私が奪う

「ふぅ……」

 

寿々花の頭から右手を離し、一息つく明良。寿々花も苦しむ様子はなく、穏やかな表情で眠っている。

 

「……ご馳走様です」

 

寿々花の身体からノロを奪い取り、体力も回復し、使用可能なノロも補充できた。

 

「後は……」

 

夜見と交戦中の舞衣と沙耶香に加勢しなくては。そう思い、彼女たちの方へと視線を向ける。

舞衣と沙耶香は迫り来る小型の荒魂の群れを御刀で次々と切り払っているが、全く減らない。夜見が減った端から補充しているからだ。淡々と作業をこなすように自らの左腕に御刀の刃を突き立てる夜見に、舞衣は目を細めて言う。

 

「そんなに血を流したら、流石に死にますよ」

 

「あなた達が果てる方が先です」

 

舞衣の忠告も聞く耳持たずで夜見はいくつも左腕に傷をつける。

 

「……」

 

明良はそのやり取りを三人の横から黙って見ていた。確かに夜見の言う通り、数の勝負では夜見には勝てない。このまま静観しているよりも、自分も参戦して早期決着を図るべきではないか。

 

――皐月さんの注意がお二人に集中している今なら……

 

「明良くん」

 

「!」

 

明良が夜見に奇襲を仕掛けようとしたまさにその瞬間、舞衣は明良を横目に見つめながら呼び止めた。

 

「明良くんは休んでて。この人は私と沙耶香ちゃんが倒すから」

 

「ですが――」

 

「大丈夫だから」

 

有無を言わせぬ堂々とした声。舞衣は今度は明良を正面から見て、言う。

 

「今の私は、誰にも負けない」

 

「………はい」

 

根拠はわからない。ただの妄執と取られてもおかしくないかもしれないが、明良は舞衣の言葉を信じることができた。

いや、この程度のことが信じられなくて、どうして彼女のパートナーなどと言えようか。

 

「おい、早く終わらせろ」

 

「仰せのままに」

 

高津学長は苛立ちを露わにしながら夜見に命令する。次の攻撃を察知した舞衣は沙耶香に告げる。

 

「沙耶香ちゃん。少しだけ荒魂を抑えてて」

 

「……舞衣?」

 

「私が……あの人を斬る」

 

「……うん」

 

沙耶香は二秒ほど瞼を閉ざし、再び開く。その瞳は普段の薄紫色とは違う、赤銅の色に変わっていた。

 

「……!」

 

沙耶香が夜見の荒魂の群れに迅移を用いて加速し、突進。御刀で荒魂を切り払う。

本来ならそのまま接近戦が続く、そのはずなのだが。

 

「あれは……」

 

沙耶香は迅移の後の斬撃から、再び迅移で加速。後方から迫る荒魂を迎撃する。それからまた迅移で加速、といった具合に絶え間なく迅移を続けている。

 

「まさか、あれが『無念無想(むねんむそう)』……」

 

迅移とは瞬間的に加速して敵に接近、あるいは離脱を行う、という刀使の能力の一つだ。

本来なら一瞬で間合いを詰めるだけのものだが、沙耶香は持続的に迅移を行うことで超高速戦闘を可能としている。その技こそが『無念無想』だ。

 

「割れる……!」

 

夜見を庇うかのように舞っていた荒魂の群れが沙耶香の御刀によって散らされ、ほんの一瞬だが人間が一人通ることのできる穴が開いた。

その一瞬を見逃す舞衣ではない。舞衣は即座にその穴に飛び込み、その先に立つ夜見に向けて上段に御刀を振りかぶる。

 

「はっ!」

 

「………」

 

だが、夜見とてそれに気づかないわけがない。正面から迫り来る舞衣の御刀を同じく上段からの斬撃で迎え撃つ。

 

――いや、あれは……

 

夜見は上段からそのまま切り下ろし。だが、舞衣の御刀を持つ両手が彼女から見て左側にずれる。

 

「舞衣様……」

 

舞衣は夜見の左手側にすれ違い、お互いに御刀を振り抜いたまま停止した。

夜見は切り下ろし。そして、舞衣は――

 

「……お見事です」

 

舞衣は右薙ぎに御刀を振るっていた。

舞衣の剣を受けた夜見は称賛の言葉を簡潔に述べ、写シが剥がれて倒れ伏した。その直後、舞衣の髪を結んでいたリボンが解けて彼女の長い黒髪が重力に従って下ろされる。

舞衣は、あの一瞬の交錯の内に夜見の斬撃を回避しつつ一太刀浴びせたのだ。夜見の言ったように、明良も純粋に見事なものだと感じられた。やはり、先程は彼女を信じて正解だった。

明良は直ぐ様舞衣の元へと駆け寄った。

 

「舞衣様、お怪我は……」

 

「大丈夫。リボンが解けただけだから」

 

「……そのようですね。沙耶香さんも、お怪我の方は――」

 

安心して沙耶香の方へと首を回して見る。だが、荒魂の群れがいた位置に沙耶香の姿はない。

代わりに、夜見の後ろに立っていた高津学長は夜見が敗れるやいなや踵を返し、早足でその場から去ろうとしていた。

 

「くそっ! 出来損ないの親衛隊どもに任せたのが間違いだったか……! 今度はこうは――」

 

立ち去る高津学長の鼻先に何者かの御刀の鋒が向けられる。沙耶香だ。彼女は高津学長の行く手を阻むように立ち、両手に握り締めた御刀を向けている。

 

「さ、沙耶香っ……!?」

 

「………」

 

沙耶香は何も言わず、ただ静かに高津学長に御刀を突きつけている。当の高津学長も自信に降りかかるであろう危害に怯え、冷や汗を垂らしている。

 

「沙耶香ちゃん!」

 

「沙耶香さん……」

 

舞衣と明良は端からその様子を見ていた。どう見ても、沙耶香は高津学長を斬ろうとしている。

 

――ここで、彼女を斬ったら……

 

果たして沙耶香は大丈夫なのか。荒魂ではない、写シを貼った刀使でもない。生身の人間を斬ることの業を沙耶香に受け止められるのか。

無論、明良は高津学長の身を案じているわけではない。彼女のような小悪党だろうと、斬れば自らが人斬りと化すことは必至。

沙耶香が受けてきた仕打ち、これから受けるかもしれなかった仕打ちを考えると止めに入ることが正解とも断言できない。そんな葛藤に苛まれていた中、沙耶香はポツリと呟いた。

 

「熱い……」

 

「?」

 

突然の沙耶香の要領を得ない言葉に高津学長は思わず困惑する。

沙耶香は辛そうに、瞼を伏せて言葉を連ねる。

 

「可奈美の剣を受けた手が熱い。舞衣に抱き締められた肩が熱い。でも、あなたに御刀を向けると……胸が苦しい」

 

沙耶香の心の内、それを少しずつさらけ出す言葉だった。

しかし、高津学長は最後の一文に活路でも見出だしたのか、尊大な態度を取り戻して沙耶香に諭すように言う。

 

「ふ、ふふ……そう、ただの人形のお前にそんな感情があったのね。いえ、芽生えたのかしら? まあどちらでもいいけれど」

 

「………」

 

高津学長の言葉に沙耶香の御刀を握る手が微かに震える。

 

「いい、沙耶香? お前が今抱いているのは罪悪感よ。お前は本当は私を斬りたくないのだから。さあ、沙耶香、私に泣いて許しを乞いなさい。そうすれば、私がお前を最強の刀使に――」

 

「ちがう」

 

静かな、しかし強い声だった。沙耶香は真っ直ぐに高津学長の目を見て続ける。

 

「私は、あなたの望む刀使にはなれない――なりたくない」

 

「なっ、何を言って……」

 

沙耶香からの拒絶に、高津学長は先程までの尊大な態度を再び崩されてしまう。

 

「明良が背中を押してくれた、舞衣が私を抱き止めてくれた。空っぽで、人形だった私に心を育ませてくれた――私はこの熱をなくしたくない」

 

沙耶香は高津学長に向けていた御刀を下ろす。高津学長は未だに目を白黒させて沙耶香の一挙手一投足に怯えている。

 

「私はあなたを斬らない。あなたは……かわいそうな人だから」

 

かわいそう、たった一言ではあるが、明良から見て高津学長にはその一言が深く突き刺さっているように思えた。

自分が使役し、支配していた相手に憐れまれている。尊敬や畏怖の対象ではなく、憐憫で見逃されたのだ。自尊心の高い高津学長にとっては屈辱でしかない。

 

「沙耶香ちゃん……」

 

舞衣は沙耶香の傍らに立ち、そっと彼女の左手の指を自分の指と絡ませる。

沙耶香もそれに応えるように指に力を入れる。

 

「……行こう」

 

「……うん」

 

沙耶香は舞衣の手を引き、高津学長に背を向けて走っていった。数秒もしない内に二人の姿は広間から消えていく。

 

「ま、待って……沙耶香」

 

高津学長は縋るように去り行く沙耶香に手を伸ばす。残っていた明良は高津学長のその手を横から叩き落とした。

 

「いい加減にしてください」

 

「おまえは……」

 

もはや恨めしく睨む気力もないのか、高津学長は呆然と明良を見つめる。

 

「沙耶香さんはもう貴女の所有物でも、道具でも、人形でもありません。彼女は一人の人間で、舞衣様のご友人です」

 

もうこれ以上、この人と沙耶香を関わらせてはならない。誰のためにもならない、最低の結末にしかならないからだ。

 

「もう私たちに関わらないでください。もし破るようなら、今度こそ貴女を殺します。どれだけ、どんな場所に逃げようと必ず殺します」

 

明良はそれだけ言って、高津学長に背を向けて舞衣と沙耶香を追った。

うわ言のように沙耶香、沙耶香と呟く彼女に憐れみを覚えながら。

 

 

※※※※※

 

 

「おかしい……」

 

明良は舞衣、沙耶香の二人と祭殿へ走っている最中にふと足を緩める。

 

「どうしたの?」

 

「おかしいって……タギツヒメに何かあったの?」

 

舞衣と沙耶香も足を止めて明良に尋ねる。

明良が感じた違和感。祭殿に近づくにつれて顕著になっていたその感覚はたった今確信に変わった。

 

「祭殿にいたはずのタギツヒメの反応が無くなっています。何処か別の場所に……」

 

「逃げられたってこと?」

 

「いえ、彼女にとっては我々を始末する絶好の機会です。逃げ出すとは思えません」

 

時間的に考えてタギツヒメは可奈美と姫和の二人と衝突したはず。戦いの最中に移動したと考えると……

 

「少し待ってください。今から『探って』みます」

 

明良は目を閉じて意識を張り巡らせる。自身を中心として球形にレーダーを広げ、荒魂を探し始めた。

 

――白州……北門……いえ、こちらはただの荒魂……もっと別の……

 

レーダーが地下の深部に至った瞬間、焼きつくような刺激が目と鼻に走る。

 

「うぐっ……」

 

突然呻いた明良に舞衣と沙耶香が駆け寄るが、左手でそれを制した。

これではっきりした。タギツヒメが何処に向かったのか。

 

「地下にあるノロの大容量貯蔵庫……そこに彼女がいます」

 

「それって……」

 

「ええ。お二人とも、早く向かいましょう。もう手遅れかもしれませんが」

 

舞衣も明良も一つの可能性に行き着いた。一刻も早く可奈美たちに加勢しなくては。

 

 

※※※※※

 

 

全速力でノロの大容量貯蔵庫まで走り、辿り着いた三人。そこには件の人物――いや、もはや人と呼べる外見ですらなくなった者が待っていた。

 

「……ようやく来たか」

 

膝まで届く長い黒髪。上下に纏った軍服のような白い制服。左右の手に握られる二振りの御刀。紛れもなく折神紫――だが、彼女の髪から伸びる物体が明らかな異常性を隠しきれていない。

 

「タギツヒメ……」

 

紫の髪は彼女の頭上に伸びて、そこに形成された赤黒い塊から四本の腕が生え、それぞれの手が御刀を握っている。紫の腕も合わせて、合計六振り。赤黒い塊には、いくつもの眼が禍禍しく貼り付いている。

これが彼女――タギツヒメ。

 

「舞衣ちゃん、沙耶香ちゃんに明良さんも!」

 

「遅いぞ、お前たち!」

 

タギツヒメと対峙しているのは可奈美と姫和。そして、タギツヒメを挟むように可奈美たちとは反対側に立っているのは薫とエレンだ。

 

「ヒーローは遅れてー、とか言うけどな、早めに来たっていいんだぞ」

 

「薫、人のコト言えまセンよ?」

 

軽口を叩いている間に舞衣たち三人もタギツヒメを取り囲むように立ち、御刀を抜く。

 

「しかし、つくづくお前たちは奇特なことだな」

 

「はい?」

 

嘲笑混じりのタギツヒメの言葉。明良だけでなくその場のタギツヒメ以外の全員が疑問を抱いた。

 

「先程の黒木明良の蛮行――お前たちを手にかけようとしたにもかかわらず、お前たちは変わらず仲間としてその男と接している」

 

明良の蛮行……明良がタギツヒメに暴走させられ、六人と戦ったことを言っているのだろう。あの事態は明良が決定的に人間とは違うという事実を知らしめるものだった。

 

「我も、その男も、人に仇なす存在であることに違いはない。お前たちにとっては等しく斬る相手であるはずだ」

 

違う、と明良は言いそうになるが、否定できなかった。否定できる材料が圧倒的に足りないからだ。それに、当事者たる彼が否定したところで説得力などない。

唇を震わせ、悔しそうにタギツヒメを睨む明良だったが、そんなものは無用だと直後に思い知らされた。

 

「そんなことはありません」

 

凛とした声で舞衣が否定する。タギツヒメと明良は思わず彼女に視線を向け、続く言葉を待った。

 

「明良くんは、私たちを手にかけようとなんかしていなかった」

 

「可笑しなことを言うな。お前たちが剣を交えたことは事実だ」

 

タギツヒメから訂正が入るが、舞衣は左右にゆっくりと首を振る。

 

「いいえ。もし明良くんが私たちと本気で戦っていたなら、全員が無事で済むはずがなかった。あれは、明良くんの意識が私たちを傷つけないように手加減をしてくれていた証です」

 

「都合の良い解釈だな」

 

「たとえそうでも、私は――私たちは明良くんを信じてる。私たちはあなたを斬って、明良くんと一緒に帰る」

 

――舞衣様……

 

明良は自身の胸がじんわりと暖かくなっていくのを感じた。自分に突きつけられた罪状への恐怖、そしてそこから救い出してくれた愛する人への感謝の念。そして何より、信じたいと願っている人から信じてもらえたことの喜びがそこにあった。

明良は大きく息を吸って最後にタギツヒメに向けて忠告する。

 

「タギツヒメ……貴女は、私が奪う」




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