刀使ノ巫女 -ただの柳瀬家の執事-   作:ソード.

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去年と同じく舞衣の誕生日にちなんだ回です。

まあ、何というか、シリアスですね。てか、明良が自問自答してるのがメインです。バレンタインには……ちょっと関係しますね。

時系列的には、前回のバレンタインの一年前です。


番外編⑤ 誕生日と彼の本心

「……何でしょうか、あれ」

 

ある日の商店街。道行く人々の視線の先、その行方を追って見つけたのは洋菓子店の店先の品だ。

黒木明良は怪訝な目つきで人々と件の品を交互に見比べ、思わず呟いてしまった。

 

「バレンタイン……フェア?」

 

本日は二月十日。このバレンタインフェアなるものは十四日まで続くらしい。

だが、明良にはバレンタインという単語に全く耳馴染みがなかった。

 

「チョコレートを売っているのはわかりますが……なぜこの時期に?」

 

横文字が使われていることから、海外の祭事を元にしているのだろうか。

 

「………」

 

考えていても答えは出ない。明良は道の端に寄って、懐からスマートフォンを取り出して、インターネットを開く。『バレンタイン』と検索してみた。

何でも、ローマの聖ウァレンティヌスに由来する記念日であり、女性が意中の男性にチョコレートを送るのだとか。

 

「……おめでたいことですね」

 

明良はスーツのネクタイを締め直しながら言う。勿論、この台詞は賛辞や感嘆などではない。ただの嘲笑だ。

一年前に海から地上に投げ出され、人間社会に溶け込んで半年。明良は日本有数の企業、柳瀬グループの使用人となっていた。いや、正確には使用人見習いといったところだ。現在の明良は使用人としての研修期間中で、本格的な採用には至っていない。

ゆくゆくは、自分に虐待の限りを尽くしてきた折神夫妻に復讐する。そのたの金策としてこの食を選んだに過ぎない。

 

「早く戻らなくては」

 

無駄なものに足を止め、無駄なものののとを調べて損をした。バレンタインだのクリスマスだの、この国には恋愛にまつわる記念日が多すぎる。

明良に恋人など必要ないし、作るつもりもない。

誰かを好きになるなど、ありえない。あってはならない。

 

「恋だの愛だの、そんなものがあるから、私は……」

 

――私は産まれてしまったんじゃないですか。

 

 

 

※※※※※

 

 

 

「旦那様、ご夕食の準備が整いました」

 

「ああ、ご苦労」

 

明良は夕食を乗せたカートを部屋の前に停め、ドアをノックする。部屋の中から男性の声が返ってくる。明良はドアを開け、一礼しカートを室内に入れ、ダイニングテーブルに夕食を並べる。

その横の仕事机に座る男性は柳瀬グループの代表、柳瀬孝則。明良の雇い主であり、恩人でもある人物だ。

 

「黒木くん」

 

「はい、何でしょう」

 

「柴田から聞いたよ。君はとても呑み込みが早く、もうほとんど自分と自分と同等だ、と」

 

「……恐れ入ります」

 

急にどうしたのだろう。あくまでも研修生の立場にある自分にここまで話し掛けるとは。

 

「こうなると、あと数ヶ月で本邸に入れるだろう。この調子で頑張ってくれ」

 

「畏まりました。粗相のないよう、訓練に励みます」

 

「……そのこと、なんだが」

 

「?」

 

急に孝則の声色がぎこちないものになる。話しにくいことか。

 

「君は少々、というか、かなり無理をしていないか?」

 

「………はい?」

 

思わず素頓狂な声色で返事をしてしまう。彼の質問があまりにも普通すぎるからだ。

 

「ろくに休憩もとらず、睡眠時間は一時間もない。さらに、休日も一日も取っていない。これでは体を壊してしまうだろう」

 

「ご心配には及びません。私は人よりも頑丈ですので」

 

「いや、正直に話してくれ。そんなに無理な訓練を続けていれば、必ず近い内に仕事に支障が出てしまうぞ」

 

――鬱陶しい。

 

孝則は何も悪意の元にこんな事を言っているのではない。それはわかる。

だが、明良にとって『休み』とは『怠け』と同義だ。荒金人となった自分には睡眠も食事も必要ない。一ヶ月程度なら二十四時間活動していても問題ないほどなのだ。

わざわざ目の前の雇い主のために怠ける道理など、今の明良にはありはしない。

 

「……そう、ですね。申し訳ありません。時間のある内に休息をとっておくことにいたします」

 

「ああ、無理は禁物だからな」

 

だが、しつこく食い下がるのも不自然だ。ここは適当に了承の意思を示すのが無難だろう。

 

「………」

 

「旦那様?」

 

ふと、孝則が机上の写真立てを黙って見つめ続けるのが目に入る。明良からは中身の写真が見えないため、孝則に尋ねてみた。

 

「あ、ああ、以前家族で撮ったものでね、つい」

 

「確か、お嬢様方もご一緒だったものですか」

 

孝則の左後ろに立ち、写真を覗き見る。写真に写るのは、孝則とその妻、そして三人の娘だ。

皆、笑顔を浮かべており、ありふれた家族写真という風だ。

 

「実は、もうすぐ一番上の娘の誕生日でね」

 

「一番上の……舞衣様の、ですか?」

 

「そうだ。もう残り四日しかない」

 

残り四日。つまり、二月十四日が誕生日ということだ。

話題に上がっている舞衣とは、柳瀬家の長女だ。今年美濃関学院の初等部を卒業し、四月からは中等部の一年生になる。明良は遠目から二、三回見た程度で、プロフィール以上の情報は知らない。誕生日も下調べの段階で既に知っていたのだが、話を膨らませられると困るのでとぼけておいた。

 

「楽しみにされているのですね、旦那様?」

 

「当然だ。仕事で家を空けている以上、こういう日は家族と過ごさなければな」

 

孝則が真剣そうな顔で考えを述べている最中、明良は別のことに思考を割いていた。

 

――舞衣様……柳瀬舞衣……ですか。

 

写真に写る舞衣、そして自分がかつて遠目から眺めたことのある舞衣。それらから、明良の胸中には複雑な思いが渦巻いていた。

 

――私とは、まるで違う。

 

舞衣は両親や姉妹とも仲が良く、友人関係も豊富。学業の成績は優秀、刀使としての実力も期待されている。周囲の人々を支え、また自身も周囲の人々から慕われている、そんな少女だ。

その整った容姿と包容力のある笑顔も拍車をかけている。

 

――住む世界が違う、いや、産まれてきた世界が違う、と言うべきですか。

 

「私も何かお誕生日のお手伝いをいたしましょうか?」

 

「ありがとう。その気持ちだけで十分だ。君は自分の仕事に専念してくれ」

 

――当然です。元々乗り気ではないんですから。

 

孝則がただの使用人見習いを娘の誕生日のために使うはずがない。それも織り込み済みでこんなことを言ったのだ。

こんなものは孝則の心証を良くするために言った社交辞令に過ぎない。

まあ、本当に手伝うことになってもそれはそれで娘との関係性を作る機会になるため、そこまで悪い結果ではない。

 

「それでは旦那様、ご夕食をお楽しみください」

 

孝則との話が終わると同時にテーブルのセッティングも終わる。

明良は席に座る孝則の背後に立ち、彼が食事をする後ろ姿を眺めていた。

 

「………」

 

明良は孝則の目を盗んで先程の写真を眺める。正確にはそこに写る舞衣を。

 

――何故……

 

彼女が妬ましい。羨ましい。憎らしいと思えるほどに。

それなのに、何故か目で追ってしまう。嫌いというほどではないが、少なくとも好意的感情は抱いていない。

 

――馬鹿馬鹿しい。

 

こんな一時の感情が何だ。

 

――この人もどうせ、私を……私が何なのかを知れば、きっと……

 

そこまで考えて思考を切り替えた。そうしなければ、普段の自分でいられなくなる。そんな気がしてしまったからだ。

 

 

 

※※※※※

 

 

 

「……まあ、これくらいは」

 

二月十四日。明良は紙袋を持ったまま柳瀬グループ本社の孝則のオフィスへと向かっていた。

袋の中身は今朝作ったチョコレートマフィンだ。調べたところによるとバレンタインデーというのは感謝の印として恩人や友人にチョコレートを渡すという風習もあるらしい。ならば、明良が孝則とその家族に渡す、というのも別に問題ないだろう。多少変に思われるかもしれないが、心証が悪くなることはなさそうだ。

ちなみに、マフィンの味見などは一切していない。食べても味がわからないからだ。だが、分量や調理手順はレシピに忠実にして作ったので、とてつもなく不味くはないはずだ。

 

「今の時間は、丁度空いているはずですし……」

 

そう呟いて、フロントの横を通りすぎようとしたところで明良は視界の右側の人物を目に留める。

学生服を着た小柄な少女だ。明良には一目でわかった。孝則の娘の舞衣だ。

 

「あっ……」

 

舞衣もこちらに気づいたのか、小さく声を上げる。単に目が合っただけかと思ったが、彼女はこちらに歩いてくる。

もしや、と思い明良は毎晩よりも先に深々と頭を下げる。

 

「これはこれは。お初にお目にかかります。私、執事見習いの黒木と申します」

 

恭しい態度、そして微笑みを浮かべて舞衣に挨拶をする。

 

「えっと……はい、やっぱり黒木さん、ですよね」

 

「私のことをご存じなのですか?」

 

「はい、以前に何度かお父様と一緒にいるところを見たことがあって。それで……」

 

意外だった。こういう家のお嬢様となれば、庶民の存在など歯牙にもかけないのかと思っていたからだ。

 

「ありがとうございます。ところで、舞衣様はどういったご用でここにいらっしゃったのですか?」

 

「実は、今日は本邸に家族で集まる用事があって……それでお父様を迎えに来たんです」

 

「舞衣様がご自分で、ですか?」

 

「はい。その方がお父様も仕事を切り上げやすいだろうから、って」

 

きっと母親にでも入れ知恵されたのだろう。確かに自分の娘が直接足を運んだとなれば、孝則も折れると思う。

それにしても、そのために自分が行動する、というのは素直に感心できるところだ。

 

「ですが、わざわざ舞衣様の貴重な時間を割くわけにはいきません。伝言が必要でしたら、私の方から旦那様にお伝えしておきますので」

 

「で、でも……」

 

明良は気を利かせて言ったのだが、舞衣は返答に渋っている。明良に任せてもいい、やはり自分がやるべき、その二つで葛藤しているのだ。明良にとっては別にどちらでも良かったが、舞衣がこれ以上迷っている姿を見ているのは何だが後ろめたさを感じてしまう。

 

「……仕方ありません」

 

明良は手に持っていた紙袋を舞衣に差し出す。

 

「舞衣様にこれを差し上げます。よろしければ受け取ってください」

 

舞衣は面喰らっているが、恐る恐る紙袋を受け取り、中身を見て目を丸くする。

 

「あの、これって」

 

「本日は舞衣様のお誕生日だと存じております。ですから、これは私からの誕生日プレゼントです」

 

――……何をしている?

 

自分で自分の行動に疑問を持った。何故孝則の心証のために作ったものを舞衣に渡している?

舞衣に媚びたところで大きな得はないはずだ。何故、自分は今彼女にこれを渡したくなった?

 

「わあ……ありがとうございます!」

 

舞衣は袋の中のマフィンを見て目を輝かせる。

 

――……嬉しい。

 

まただ。だから何なんですか、これは。

 

「これ、黒木さんが作ったんですか?」

 

「え……はい、そうです」

 

「すごいです! 皆で食べますね」

 

「はい。お気に召していただけたようでよかったです」

 

――誉めてもらえた……

 

こんなのは社交辞令だ。腹の中では何を考えているかわからないでしょう?

 

「あれ、でもこれって……」

 

「いかがなさいましたか?」

 

「チョコレートってことは……」

 

どうやら別の考えに至ったようだ。

 

「バレンタイン……なん、ですか?」

 

「………」

 

――そう受け取っていただいていいですよ。

 

いや、何故そうなるのですか。

 

明良は頭に浮かんだ妄言を塗り潰し、普段と同じ仕事での笑みを浮かべて返事をした。

 

「ご冗談が得意なのですね。私のような者がそのような烏滸がましい真似を致すことはありません。ご安心ください」

 

「あ……そ、そうなんですね」

 

――これでいい、ですよね?

 

そう。これでいいんです。

 

そういった意味(、、、、、、、)でのチョコレートは、将来の大切な方のためにとっておいてください」

 

「……はい」

 

――痛い。

 

………そうですか。

 

「では舞衣様、伝言を私にお教えいただけませんか?」

 

――私はこれからも、嘘を吐き続けるのですか?

 

そうですよ。そうしなければ、失敗する。

 

――彼女にも?

 

彼女が受け入れるわけがありません。誰も、受け入れてくれるわけがない。私の苦悩も、怨嗟も。何もかも。

 

――そうですね。今は、それでいいかもしれません。

 

本心と、それに反する恐怖。明良は心の中で自身の願望と、それを否定するための悲願をぶつけ続ける。

彼女に――舞衣に絆されるな。隙を見せれば、本心を見せれば裏切られる。信じるな。

 

――私は、私の目的のために生きればいい。

 

最後にはそう結論づけてしまった。




明良はもうこの頃から舞衣を意識しとるんやなあ(しみじみ)

でも、このときの舞衣ってまだ小学六年生で……あっ(察し)

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