ここで改めて、明良ってこんな奴だったなあって再認識できました。なんか最近シリアス詰めだったせいか、格好よく書こうとしていたので。久々にこっち方面の明良が書けました!
あと、全世界の執事の皆様ごめんなさいm(_ _)m
これは主人公の持論です、決して私の趣味とかではないので!
ジュワアアァァ
心地の良い、油の跳ねる音。その音の僅かな変化を逃さないよう、黒木明良は油を張った鍋の中に意識を集中させていた。
「……よし」
油の中に菜箸を入れ、たった今まで揚げていた食材を取り出す。一口大に切り分けられた鶏むね肉の唐揚げだ。
揚げ時間も、油の温度も完璧。色も芸術的なまでのきつね色に仕上がっている。
味付けは醤油、すりおろした玉葱、林檎、生姜。それらを昨晩から漬け込んでおいたのだ。現在は午前十一時であるため、漬け込んだのは合計で十時間ほどだ。
味付けは多少濃くしてあるが、これを食べてもらう相手は身体を動かすことが結構多い。最近はそれが頻繁なこととなっている。ならば、多少塩分が増している方が丁度良いだろう。
「さて、これで全部終わり――」
そう言いかけたところで、予期せぬ事態が発生した。
「――!?」
グオオアアッ!!
耳をつんざくような金切り声。よく知っている声だ。
昼夜問わず日本各地に頻出する怪物。数ヶ月前から彼らはその数と獰猛さで人々に猛威を振るっている。
「荒魂……」
明良が現在居座っているこの地にも、否応なく荒魂は出現する。それに疑問はない。驚きもしない。
だがしかし、彼は全く別の理由で胸の内から沸々と感情を沸き上がらせていた。
「荒魂のせいで……」
荒魂出現時の建物の振動。明良がいる部屋は耐震性が比較的低いため、荒魂出現の際は少し揺れるのだ。
「最後の一つ……が……」
そのせいで、菜箸で挟んでいた唐揚げが彼の元を離れ、床に落下した。
床は毎日掃除をしているため汚くはない。だが、少なくとも数分前は自分が足を踏みしめていた部分だ。これは決して許されない。こんなものを自身の主に提供するなど言語道断。
「チィッ……!!」
明良は菜箸を置き、エプロンを外す。この間0.5秒。そして、扉を勢いよく開け放って荒魂の元へと走る。
『緊急警報、本学付近で荒魂の出現を――』
明良が出発してから10秒。現場に到着する頃に学内の警報が響く。刀使の部隊が到着するよりもかなり早い。
幸い、出現地点が明良の部屋に近かったというのもある。
グオオッ! アアッ! ギシャアァッ!
出現したのは三体。いずれも高さ10メートルはあろうかという大きさだ。
一人ではまず対処できない。武装した刀使たちを待って共に対策を立てた方がいい。
本来なら、そうなのだが。
「もっと静かに……」
左の掌に意識を集中させ、そこから流動させたノロを腕に纏う。
一瞬で形成された『左腕』は相手の先手を許さなかった。
「現れて……」
手前に立つ一体の荒魂の頭に向かって巨大化した『左腕』は伸び、握り潰さんばかりに掴む。
掴まれた荒魂は悶え苦しみ、その身は『左腕』の握力に溶かされるように溶解していく。
残る二体が遅れて襲いかかるが、もはや無駄な足掻きだ。横凪ぎに『左腕』が振るわれ、二体の首と胴をお別れさせる。きっと何も理解できずに果てたに違いない。二体とも最初の一体と同様にただのノロへと分解させられた。
「くれませんかね」
明良が文句を垂れている間に事は為された。
『敷地内の刀使は直ちに――え?』
建物内に響いていたアナウンスの声が戸惑いに染まる。無理もない。荒魂が出現して十数秒で消滅したのだから。
『あ、荒魂の反応消失! ノロの回収班と刀使は念のため現場に急行してください』
「はあ………」
明良は盛大にため息をついた。今回の荒魂による人々への被害はなかったも同然だが、明良にとっては心に闇をもたらしたに等しい。
数分後、刀使の部隊とノロの回収班が到着し、明良は簡単な説明を済ませる。
「申し訳ありません、私はこれで失礼します」
「え、ええ。お疲れ様でした」
部隊の体調を務めている刀使の脇を通り、その場を後にする。
「私はきっと……自らの贖罪に奔走することになりますから……」
このやり取りを見ていた人たちは後に口を揃えて言ったという。
『あんなに哀愁の漂う背中は初めて見た』と。
※※※※※
「それで、なぜ呼び出されたのかはわかっているわよね?」
美濃関学院学長室。明良は荒魂を処理した後、元の部屋に戻る暇もなく学長室に呼び出されていた。
明良は現在、美濃関学院女子寮近くにある仮設住居に身を置いている。ゆえに、何かあればこうして学長室に呼び出されるのだ。
目の前には学長席に座って複雑そうな面持ちでこちらを見つめる羽島学長の姿が。
「……何の事でしょうか?」
「何の事も何も、さっきの騒動で荒魂を討伐したのはあなただと聞いたのだけれど?」
「はい」
「……あなたは荒魂の討伐任務に参加してはいけない、そう言ったはずでしょう」
羽島学長はますます困惑しながら明良を問い質す。
「確かにそう仰られました。ですがそれは、あくまで私が被害に遭わない場合に限って、という条件でです」
「それなら聞くけれど、あなたは何の被害にあったの?」
心なしか、羽島学長の頬がひきつっている。明良から見てもこれはわかる。怒る一歩手前なのだ。
「……私の不注意でもあったんです。ですが、あの荒魂たちがもたらした蛮行は決して許容できない。奴等は……奴等のせいで……」
「……」
羽島学長もようやく明良の真剣さに気づいたのか、固唾を呑んで話に耳を傾ける。
「私が舞衣様のために作った唐揚げを……奴らの叫び声のせいで床に……落としてしまったんですよ……」
「……………え?」
まるで静寂で空間が満たされたような瞬間が何秒か続いた。明良が精一杯の熱量を込めて事情を説明したのに対して、羽島学長はネットの釣り動画に引っ掛かったかのように呆然とした顔で高速の瞬きを繰り返していた。
「え、えーと、もしかして、それだけ?」
「それだけ……? それだけとはどういうことですか? 舞衣様に提供するはずの料理を少量とはいえ廃棄せざるを得ない状況に追い込んだ……これがどれだけ重大なことなのか、ご理解いただけないのですか、羽島学長!」
「いや、多分私じゃなくてもご理解はいただけないと思うわよ」
呆れるでも、怒るでもない。羽島学長の表情はまさしく『無』だった。
「というか、どう説明すればいいのよ。もしも今回の事情を聞かれたら」
「ありのままを話していただいて構いません」
「ありのままを話せないから言っているんだけど?」
羽島学長は頭を抱えて俯く。一体何がいけなかったのだろうか。明良としては純然たる事実を述べただけだというのに。
「……あのね、黒木さん」
「何でしょうか?」
「あなたは今、かなり不安定な立場にいるのよ」
羽島学長の声のトーンが変わる。さっきよりも真面目な話ということか。
「一応美濃関学院内の人間にはあなたの能力の概要は説明したけれど、それでもあなたの待遇を疑問視している人は少なくない。あの事件があって以来、世間だけじゃなく刀剣類管理局内でも荒魂への警戒心も強まっているから」
「お言葉ですが、私が向かわなければさらに被害があったのではないですか?」
「確かにそうね。でも、周囲の人々から信頼を得ることも大事よ。今のところ、あなたは我々の側について監視を受けているからそこまで危険視はされていないけれど。それでも、こんなことが続けばあなたを軟禁させようとする勢力だって現れてもおかしくない」
「……それは」
それは困る。非常に受け入れがたい事態だ。そんなことになれば……
――舞衣様にご奉仕する時間が減ってしまう……!
「だから、よほどの事がない限りは荒魂への対処は刀使に任せて。そうでないと、立つ瀬がないわ」
「……はい、以後気をつけます」
「わかってくれればいいわ」
明良とて、自分の立場が悪くなることは避けたいし、今回の行動に問題があったことは理解している。
だが、明良にとってはそれを上回る理由だったということだ。
「ところで、朱音さん……いえ、局長代理は」
思わず朱音と話すときの呼び方で言ってしまい、慌てて訂正する。羽島学長は笑ってそれを受け流した。
「いつもの呼び方でいいわ。あなたにとっては妹さんなんでしょう?」
「……わかりました」
正直、明良からすれば自分よりも一回り年上の女性を妹として扱うのはかなり違和感があった。実年齢はこちらが上だが、十八年眠っていた自分にとってはどう足掻いても朱音の方が年上なのだ。
「朱音さんは今どうしているのですか?」
「それなら、丁度今見れるはずよ」
羽島学長は手元のリモコンを操作し、学長室に置かれたテレビ画面を起動させる。
映された画面からは男性の高圧的な声と、それに答える折神朱音の姿があった。
画面下の帯には『鎌倉特別危険廃棄物漏出問題で折神朱音氏に証人喚問』とある。
『刀剣類管理局で何が行われているのか、当事者の折神紫氏に詳細な説明を求めます!』
男性の声に応じて、朱音のワンショットが画面に映し出される。
『局長は現在療養中です』
『それで国民が納得すると思っているのですか!?』
朱音の毅然とした返答にますます声を荒らげる男性。男性が納得行かないのも無理はないが、これは仕方ない。
タギツヒメや親衛隊の人体実験のことを話すことは致命的だからだ。紫があれからどうなったか明良は知らないが、彼女を療養中という名目で雲隠れさせておけば当面の問題は回避できるだろう。
「朱音さんも、損な役回りですね」
「ええ。局長代理は朱音様しかいないとは皆も朱音様ご本人も思っているけれど、やっぱり心苦しいのは否めないわね」
朱音は紫の妹であるため、当然紫が不在となれば局長の椅子は朱音が埋めるしかない。折神家であるというのはやはりいいことばかりではない。
「!」
明良は『それ』に気づいた瞬間に全身の細胞が活性化するのを悟った。
足音、香り、空気の流れ、それらを耳で、鼻で、肌で感じ取る。
たとえ数十メートル先であろうと、彼女の接近に気づかないことなどない。ドアの向こう、廊下にいる。
「……どうしたの?」
「……舞衣様です」
「柳瀬さん? ここにはいないけど?」
「いえ、そうでないのです」
わざわざ姿や声を確認しないと存在を認知できないなど、執事としては下の下だ。一流の執事たるもの、何時であろうと迅速に主の元へと歩み寄る能力が求められる。
コンコン
控えめに二回ノックがされる。このノックの音もまさしく舞衣のものだ。
「失礼します」
聞き慣れた声と共に学長室の扉が開かれる。そして、彼女がその姿を見せた。
「来週、鎌倉に出向する者の名簿を――」
「舞衣様!」
敬愛し、恋心を抱いている我が主。柳瀬舞衣の姿を両目に捉えた瞬間、明良は感極まって彼女の両手を自身の両手で包み込むように握り締めていた。
遠く離れた地に生きる二人が奇跡的に再会したような、えもいわれぬ感動が胸の内に広がっていく。
「ちょ、ちょっと明良くん!?」
「はい、そうです! 舞衣様、ご無事だったのですね! 貴女と離ればなれになって長らく身体が引き裂かれる思いでした。私、貴女の御身に何かあったらどうしようかと……ずっと心配で……」
見たところ、舞衣の身体に外傷はない。顔色も悪くないし、落ち込んでいる様子もない。明良がいない間、何かに巻き込まれたということはなさそうだ。
「えっと……明良くん。ちょっといいかな?」
「はい、何でしょうか? 私、貴女の命令なら何でも遂行してみせます!」
固い意思表示。舞衣のためならば明良は全財産投げ売ってもいい。それくらいの覚悟で彼女の命令を待った。
だが、返ってきたのは何と、舞衣からの困ったような視線混じりの言葉だった。
「私たちって、今朝別れたばっかりだよね?」
「はい!」
意外や意外。舞衣は当たり前のことをさも不思議そうに尋ねてきた。
「六時間四十七分三十五.四三秒。私と舞衣様が離ればなれになっていた時間です。これが長くないと言えましょうか」
「言えると思うけど……」
「舞衣様、懐の広いお方なのですね……! たとえどれだけの時間であろうと、私たちの関係を引き裂くことなどできない。そういうことなのですね!」
「うん、『どれだけの時間』っていうほどの長さじゃないからね」
舞衣は結構冷静だ。やはり、主たるもの狼狽えない姿勢を持つことが大切ということか。舞衣が立派な人物だというのは知っていたが、今まで以上の成長を見せてくれるとは。
だがここで、テレビから響く声がこの場にいる人物たちを現実に引き戻す。
『頑なに情報開示をしないのは、何か後ろ暗いことがあるからではないですか!?』
『そのような事実はありません。我々は全力で今回の事態に対処を――』
証人喚問を受けている朱音が問い詰められているところだ。それを良い機会だと悟ったのか、羽島学長は大きく咳払いをする。
「ゴホン、ええと……柳瀬さん、ありがとう。そこに名簿を置いてもらえるかしら」
「は、はい。学長」
名残惜しいがここまでか、と明良は舞衣の手を解放する。舞衣は近くのテーブルに名簿を置くところで、横目にテレビに映る朱音を見る。
「やっぱり、まだ管理局の立場は悪いままですね……」
「ええ、今や刀剣類管理局は格好の的。世間にとっては、我々が新たに築いた新体制がどう違うのかなんてわかりようがないからね。ノロを大量に流出させ、土地を穢した杜撰な組織……」
「……事実だと思います」
ぼやく羽島学長に舞衣は正面から自分の意見を述べる。
「結果として、ノロの流出の原因となっていた。それは変えようのないことですから」
「……そうね。でも、命懸けで戦ってくれたあなたたちや朱音様が責められているとどうもね……」
意外そうな顔をした羽島学長だが、不機嫌そうな様子はなかった。むしろ、少し喜んでいるようにも……
「ところで、明良くんはどうしてここにいるの? 何か学長に用事でも……」
舞衣は『そういえば』と恐れていた質問を切り出してきた。
しかるべき場で伝えようと思っていたが、まさかこんな状態で真実を告げなければならないとは。
「そ、それは……」
もはや隠し通せない。包み隠さず懺悔をするしかない。せめて、彼女の側にいたいという願いを込めて。
「実は――」
明良は滔々と語った。
昨日の深夜から下拵えをし、舞衣の昼食として提供しようと調理を施していた唐揚げの一つを床に落としてしまったことを。自らの罪を余すところなく告白した。
「………え?」
「さあ、舞衣様。いかようにもなさってください! 舞衣様が自らのお手を煩わせたくないと願うのならば、切腹して自害する覚悟はできています」
「……何だろう。明良くんは切腹しても死なないよねって言ってもいいのかな?」
確かに死にはしない。いや、もしかしたら御刀を使えば死ぬかもしれないが。
「とにかく、私はそんなことで怒ったりしないよ? 明良くんは変なところで心配性なんだから」
「……許して、くださるのですか?」
「私のこと鬼か何かだと思ってる?」
「い、いえ、舞衣様は決してそのような……」
鬼だなんてとんでもない。明良にとって彼女ほど優しく、包容力に溢れた人はいないのだ。
「だったら、もうこの話はおしまい。後で一緒にお昼ご飯に食べよう。ね?」
「は、はい! 喜んで!」
羽島学長はこの光景を後にこう語っている。
『黒木さんも大概だけれど、それについてこれてる柳瀬さんもまあまあ普通じゃないと思うの』と。
※※※※※
その日の夜。辺りが暗闇に包まれた頃、明良は舞衣と別れ、仮設住居内で明日の舞衣の朝食の準備をしていた。
「ん…?」
黙々と下拵えをしていると、明良の携帯端末に電話が入った。こんな時間に誰だろう、と発信者の名前を確認する。『益子薫』とあった。
「薫さん……? 一体何が」
とにかく電話に出よう。そうしなければわからない。明良は応答のアイコンに触れ、端末を耳に当てる。
「はい、黒木です」
『おう、明良か。久しぶりだな』
「薫さん、何かご用でしょうか?」
『ああ、お前にちょっと聞きたいことがある。手を貸してほしいんだ』
「……聞きましょう」
薫の声は普段の気怠さや、頻繁に見せるイタズラ好きな声でもない。
時折見せる、真剣な声だった。ゆえに、明良にはこう思えた。普段から面倒事を嫌う彼女がこうして改まって頼み事をしてきた。
何かよからぬことが起こったのだ。そして、遠くない内にその予感は的中することとなる。
最後の薫からの電話は察しの良い方なら何なのか気づくと思います。そうです、アレです。
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