「それで、何ですの?」
「獅童さんについてです」
薫と真庭本部長に外してもらったところで、明良は話し始めた。
内容は勿論、真希のことだ。
「貴女は先程、獅童さんが犯人ということはありえないと仰っていましたね。あれはどういう意味ですか?」
「質問の意味がわかりかねますわね」
軽くカマをかけてみたが、寿々花は動じずとぼけた表情で返してきた。もう少し詳しく聞いてみるか。
「……獅童さんが犯人ではない可能性は低い、という意味ですか? それとも、獅童さんが大切だから単純にそうであってほしくはないというだけですか?」
「た、大切って……邪推ですわ! そんなの……」
「?」
寿々花は顔を真っ赤にして視線をそらす。寿々花が真希に対して抱いている感情は以前から察していたため、別に驚きはしない。が、明良はそんなつもりで言ったわけではない。真希のこととなると、寿々花は多少冷静さが損なわれてしまうのか。
寿々花は咳払いをして気持ちを落ち着かせてから(実際に落ち着けているかはわからないが)質問に答えた。
「獅童さんがあなたに敗れてから行方を眩ますまでの間に、あの人と一度話をしたんですの」
「何の話をしていたんですか?」
「これからどうするのか、ですわ」
寿々花の言っている時期とは、舞草襲撃の際に現れた真希を明良が迎撃してすぐのことだろう。
その後に一人で行方を眩ましたことを考えると、彼女の中で何らかの変化があったことは間違いない。
「あなたに諭されて、自分のやるべきことをようやく見つけられたと言っていましたわ」
「やるべきこと……刀剣類管理局と敵対し、ノロを奪うこと……ではないのでしょうね」
「ええ。諭されて、と言っていた以上今までと似通った道に走ったとは思えませんわ」
確かに、あの夜に明良は真希の行動や思想を否定し、非難した。彼女のやっていることは間違っていると。
少なくとも、彼女の実直な性格から考えると何らかの影響を及ぼすことができた、という手応えはあった。
「なるほど。確かにそれならば、獅童さんの犯行というのは怪しくなりますね。しかしそうなると……」
「何故真希さんが犯行現場近くにいたのかわからない、そう言いたいのでしょう?」
そう。決め手はそこなのだ。真希が黒いフードを被って現場近くにいたことは事実。
犯人ではないのならば、その行動の説明がつかない。
「いえ、もしかすると……犯行現場近くだからこそということはありませんか?」
「どういうことですの?」
「獅童さんは何らかの方法で犯人を追跡していて、犯行を阻止するために現れていた。顔を隠していたのは、親衛隊がこの件に関わっていると思わせないため、というのは?」
「……! なるほど、それならば辻褄が合いますわね」
あくまで推測でしかないが、これまでの経緯や状況証拠、真希の性格から考えるとこれが最も自然な形だと思えた。
「では、私から真庭本部長に今の推理を伝えておきますね。貴重なご意見をありがとうございました」
「構いませんわ」
寿々花は心なしか柔らかい表情で答える。
明良はその場を去ろうとしたが、寿々花からの射貫くほどの視線に気づく。
「………」
「どうしました?」
「あなた、やはり真希さんに似ていますわね」
「私が? 獅童さんと……?」
そうだろうか。この口ぶりからすると寿々花は以前からそう思っていたということだろう。今はどうか知らないが、以前の真希と自分の人物像が似通っているとはあまり思えない。
「そうでしょうか?」
「そうですわよ。自分の目的のために手段を厭わず、自分の行った所業は自分で片をつける。あなたも真希さんも見ていてヒヤヒヤしますわ」
「……なるほど」
力を追い求め、時には横暴とも言える行動をとる両者。特に今の状況は春の頃の明良とよく似ている。
「ですから、真希さんにお会いしたら伝えてほしいのですわ。あなた一人だけが責任を感じているわけではない、と。きっとあなたの言葉なら届くと思います」
「……いえ、それはご遠慮させていただきます」
寿々花の提案は悪くないが、最善とは思えなかった。明良が考える最善はこっちだ。
「私が必ず獅童さんをここにお連れします。今のお言葉はご自分でお伝えください。その方が良いのでしょう? 獅童さんにとっても、貴女にとっても」
「なっ……」
すっかり落ち着きを取り戻していたはずの寿々花だが、明良の一言でたちまち心が乱されてしまう。
――本当にこの人、獅童さんのことが好きなんですね。
「ま、まあ感謝しますわ。……お気遣い、ありがとうございます」
「ええ、どういたしまして」
「……それと、いつかその能面を剥がしてさしあげますから」
「ふふ、楽しみにしていますね」
――少なくとも、そうやって恥ずかしがっている内は到底無理ですよ。
表情だけでなく、心の中でも微笑んでおいた。
※※※※※
同時刻、綾小路武芸学舎――地下施設。
厳重に複数の認証装置をクリアした先にその部屋はある。
相楽結月はとある人物に呼び出され、尾行に警戒しながらその場所を訪れた。
「………」
「お待ちしていましたよ」
相楽学長を出迎えたのはやけに得意気な表情に満ちた高津学長だった。彼女がいるということは、と部屋の奥の方を見ると此方を無表情で見つめる皐月夜見の姿があった。
「では、こちらへどうぞ」
案内されるがままに部屋の中を移動すると、複数の機材と研究機材とコンピュータ機器。その中でも一際目立っているのが、壁面に設置されている細長い保存用棚――そこ入れられているアンプルだ。
「これは全て完成品か?」
「ええ、勿論」
高津学長は近くの机に置かれている注射器を手に取る。中身は棚に入れられているものと同じ、赤黒い液体で満たされている。言われるまでもない、これはノロだ。
「夜見、来なさい」
「はい」
高津学長に顎で呼ばれ、夜見は彼女の前に立つ。向き合った夜見の首に注射針を突き刺し、中身を注入する。その途端、夜見の瞳に紅い色が灯り、身体から黒い瘴気が立ち昇る。
「これは人をより上位の存在へと進化させるもの。これにより、人は老い、病、肉体的損傷、才能の優劣、あらゆる苦悩から解放される」
「……なるほどな」
「これを完成させられたのもあなたの資金援助があったお陰です、相楽学長」
ここまでの生産量、完成度は明らかに以前の結果を上回っている。高津学長が刀剣類管理局内に秘密裏に作っていた研究施設内では、現在の半分以下が関の山だった。
数ヶ月前に高津学長に話を持ち掛けられ、学院内の施設の一角と資金の提供を行ったのだ。
「……参考まで聞きたい、高津学長」
「何でしょうか?」
「これを何に使うつもりなんだ?」
この場にいる夜見もそうだが、親衛隊がノロを肉体に投与していたことは既に知られている。
今しがたの行為から見ても、高津学長の目的が公にできる類のものではないのは確実だ。そもそも、そうでないならこんな風にひた隠しにしたまま研究はしない。
「崇高な目的のためですよ」
「……?」
「私の手でこの世界は救われる。一度腐った存在を世界から根こそぎ摘発し、殲滅する必要があります」
予感は的中していた。彼女は冗談や妄言でこんなことを言っているのではない。
本気で自分が正しいと思い込み、本気で実現可能だと信じているのだ。
「待て、殲滅だと?」
「その通り。特にあの男……黒木明良は諸悪の根元です。あなたも知っているでしょう」
「ああ。確か、舞草に所属している荒金人だったか」
明良とは直接対面したことはない。十条姫和による事件の際に管理局に留まっていた彼を遠目に目撃した程度で、彼が行使した力の内容も伝聞で知っているだけだ。荒金人という言葉も彼の報告書から知ったほどだ。
「たとえ他の膿を全て排除したとしても、奴がいる限りは意味がない。まあ、この力をもってすればあんな下賎な男など羽虫同然です。醜く踏み潰されるのがお似合いだ」
「崇高な目的とやらのためか?」
「ええ。そのために多くの血が流れるでしょうが、致し方ないことです」
――その目的のために血を流すのは、お前なのか?
思わずそう尋ねたくなった相楽学長だが、胸の中でしまっておいた。
もはや今の彼女に冷静な意見をぶつけたところで徒労にしかならない、そう知っているからだ。
※※※※※
寿々花との話を終え、薫と真庭本部長に報告を済ませた後。明良は施設内の別の部屋へと向かっていた。
「確かここの……ありました」
真庭本部長から聞いた部屋に辿り着いた。部屋のプレートにはよく知った少女の名が記されている。
明良はその名を確認し、控えめにノックをした。
「黒木です。入ってもよろしいですか?」
「え!? な、なんでここに!?」
「……何か、問題がありましたか?」
「いやいや、そんなことないよ! どーぞ入って」
「では、失礼します」
やたらと慌てた声が室内から聞こえたが、どうやら入っても大丈夫なようだ。
明良は一応、おそるおそる部屋の扉を開けて足を踏み入れた。
部屋に備え付けられたベッドに腰掛ける形で一人の少女が座っている。薄桃色の長髪に小柄な体躯。寿々花と同じく病衣を着ている。
最後に会ったときは痩せ細っていたが、今はかなり血色も良くなり肉付きも戻っている。
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです、燕さん」
「うん、もうすっかり元通りだよ、明良おにーさん!」
燕結芽。春の戦いの際に明良と戦い、一命をとりとめた少女だ。春から今までこの施設で治療を受けており、ようやく最近になって面会が許されるようになったのだ。
「病院での生活はどうですか? 何か不満などは……」
「あるよ、あるに決まってるじゃん。明良おにーさんとか千鳥のおねーさんとかと戦えないこと!」
「それはどうしようもありませんね……」
食事や自由時間について言われると思っていたが、どうやらかなり違ったようだ。彼女らしいと言えばそうだが、そもそも病人に激しい運動などさせられないのは当たり前だ。
「今は療養中なのですから、安静にしておいてください」
「やだ、今すぐにでも明良おにーさんに斬りかかりたいくらいだもん。御刀さえあったらなぁ……」
ベッドに腰掛けたまま、結芽は両手で何かを握る動作をしながら振る。本当に今ここになくて良かった。
「明良おにーさんのせいだからね。まだ私の御刀直ってないんだから」
「それに関しては申し訳ありません。確かにあれは、貴女にとっては荒療治でしたね」
「ま、あれのお陰で私はこうして生きていられるんだし……恨んでるわけじゃないけど。やっぱり……」
無理もない。結芽にとって御刀は自分の目的を達成するためには必要不可欠な道具だった。その上、生命線の役割まで兼ねていたとなればもはや半身と言ってもいいだろう。
「身体の調子はどうですか? 私の細胞の影響がどの程度出ているかわかりますか?」
「影響かあ……よくわかんないよ」
「まあ、本人がわからないと仰るのならば、そこまで干渉はしていないのでしょうね。安心しました」
延命のためにノロに汚染されていた彼女の身体は、明良の細胞を移植させることで穢れが浄化された。彼女の肉体は一旦健康な状態へと回復し、そこからさらにノロを抜くことで純粋な刀使へと戻りつつある。
「私が貴女に分け与えた細胞は、既に貴女自身の細胞に置き換えられています。後は残っているノロを除去するだけですね」
「ノロ……かあ……」
明良の説明を聞いたところで結芽は物憂げな表情でそう呟く。
「いかがなさいましたか?」
「何て言うかさ……ノロがなくなるのって、やっぱり寂しいのかな」
「どういうことですか? 確か貴女は戦いにノロの力は使っていなかったと記憶していますが」
親衛隊の面々は四人とも肉体にノロのアンプルを投与していた。真希、寿々花、夜見の三人は積極的にその力を戦闘に使用していたが、結芽は断固としてそれには頼らなかった。
だからこそ、明良にはわからなかった。何故そんな彼女がノロを失うことを憂いているのかが。
「ううん、そうじゃなくてさ。他の親衛隊の皆のこと……」
――……ああ、なるほど。
「……どうなのでしょうね、少なくとも、今の此花さんはそこまで執着しているわけではないようですが」
「寿々花おねーさんはそうかもしれないけど……多分、夜見おねーさんはまだノロを欲しがってる。それこそ、これでもかってくらい」
結芽は両腕をいっぱいに広げて空中に円を描く。
「皐月さん……彼女はどういう方なのですか?」
「ん? どうしたの急に」
「軽い雑談のようなものです。何しろ、私は皐月さんのことをあまり詳しく知りませんので」
「自分で調べなかったの? 私のこと初対面のときから知ってたじゃん」
結芽の言うように、明良は以前管理局内で情報収集をして親衛隊のことも調べることができた。しかし、精々簡単なプロフィールや経歴、戦闘の型くらいのものだ。一人一人の詳しい過去は知らない。
「あのときの明良おにーさん、何か気持ち悪かったよ。ストーカーみたいな感じしてたし」
「またまたご冗談を。私が執拗に追い求めているのは舞衣様だけですよ」
「……それは別の意味でヤバい人じゃないの?」
――まあ、自分が危ない人物だという自覚はありますが。
「夜見おねーさんのことは……詳しいことはよくわかんない。ちょっと前まで鎌府で高津のおばちゃんにこき使われてた、とかなら知ってるけど」
「ええ、尤も高津学長は彼女のことを都合の良い手駒としか認識していないようですが」
高津学長にとって自分の教え子は道具も同然。意思を持たない人形のごとく乱雑に扱い、命令を忠実に実行できなければ失敗作の烙印を押される。
沙耶香に対しては愛情を注ぎつつも、腹の内では『たかが道具』と見下していた。
夜見に対しては徹底的に彼女の存在価値を蔑ろにしていた。
二人とも高津学長の被害者ではあるが、全く大切に扱われなかった分、夜見の方が比較的辛い目にあってきたのだろうと明良には思えた。
「……そういえば」
「?」
「前に沙耶香ちゃんが高津のおばちゃんのとこから逃げたことあったでしょ?」
「ええ、私と舞衣様も一緒でしたね。貴女と初めて戦いもしました」
結芽が言っているのは明良が高津学長と沙耶香を決別させたときのことだろう。
あのときは舞衣が沙耶香のために奔走していたのが印象に残っている。
「明良おにーさんは知ってるかわかんないけど、あのとき夜見おねーさん、高津のおばちゃんに思いっきり叩かれてたんだよ」
「……知りませんでした。何故そんなことに?」
「夜見おねーさんが沙耶香ちゃん捜しに自分の力使ってください、って言ったら『お前の力だなんて勘違いするな』って言って。それで……」
容易に想像できた。高津学長にとって夜見はその程度でしかないのだ。
というか、あの時点ではまだ夜見は戦闘不能だったはず。大方、事態を察してベッドから飛び起きてきたのだろう。
「なるほど。高津学長らしいです」
「それで、そのあとに夜見おねーさんに聞いたんだよ。全然言い返したり怒ったりしなかったからさ」
「皐月さんは何と?」
「『あの方のお陰で今の私がいるのですから、怒るつもりは毛頭ありません』だって」
「……それも、言いそうですね」
春に最後に彼女と会ったときも、そんなことを言っていた。彼女にとっての忠義とは『そういうもの』なのだ。相手から受けた理不尽がいかなるものであっても、それは受けた恩義を上回ることはない。
たとえ殺されることになろうと、夜見にとって高津学長は恩人なのだろう。
「そのとき、思っちゃったんだ。あの人は明良おにーさんと同じなんだって」
――……同じ……そうかもしれませんが、それは……
「今は違ってても、二人のやってきたこととか、自分の中のすがろうとしてる人は似てる。自分の居場所を作っくれた人のために、自分の思いを消そうとしてた」
「私は舞衣様に、皐月さんは高津学長に、ですか」
そうだ。明良とて、舞衣のために命を捨てることはできなくとも、懸ける覚悟はある。友情や責任感ではない。恩を返す、誰かに尽くすという想いは二人とも同じ。
「何となくだけどさ、次に夜見おねーさんと会うことになったら……そのときに夜見おねーさんと戦うかもしれないって思うんだよね」
「恐らくそうでしょうね。高津学長が今回の件に関係しているとすれば、皐月さんも彼女の側にいるはずです。あくまで推測ですが」
便宜上は推測と言っているが、明良の中では確定事項だ。高津学長も夜見もいつまでも黙っているわけがない。
「皐月さんの――あの人の想いは間違っていません。ですが、やろうとしていることは間違っています」
「どうするつもりなの?」
不安げな表情で結芽が問う。明良がどう考えているのか、結芽も大体予測しているのだ。
明良が夜見を殺そうとしている、と。
「捕まえて、説得します」
「……できるの? 夜見おねーさんが折れたりするかな?」
「折ります。いえ、折らせます。たとえどれだけ強固な忠義であろうと、付け入る弱点は存在します。私もそうでしたから」
明良はそう言って部屋の出入り口の扉を開ける。
「明良おにーさんの言葉とは思えないなあ。明良おにーさん、好きって気持ちが揺らいだりするの?」
「奇妙なことを仰りますね」
廊下へ左足を踏み入れ、首だけ結芽の方へ振り向かせる。
「揺らぐかもしれないからこそ、想い合う努力をするんですよ」
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