→今までにためておいた虹珠鋼が火を吹くぜ!(55連)
→くっそー、出ない! なら課金じゃあ!(五千円課金からの22連)
→出ない、だとッ……!?
→本当の暴力を教えてやる必要があるようだな……(一万円スッ)
「………」
「………」
御刀を構え、対峙する二人の少女。衛藤可奈美と十条姫和は刀剣類管理局に併設されている剣術道場にて、手合わせを行っていた。
今年の夏に姫和が平城に戻り、しばらく任務でも会わなかったため、手合わせも数ヶ月ぶりだ。
「ねえ、もう一本する?」
「……いや、もうそろそろいいだろう」
これでもう五回は打ち合った。今日は七人で集まる約束になっているのだ。道場に差し込む陽光が夕焼け色に染まってきた。切り上げるには丁度いい。
「ここにいたんデスね、カナミン、ヒヨヨン」
「あれ? エレンちゃん」
可奈美の後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。振り返ると、道場の入口にエレンが立っていた。
「いつ来たの?」
「たった今デスよ。二人ならここかと思ってマシタから」
「もう、皆揃っているのか?」
「ノーノー、ワタシだけ早く着いただけデス。マイマイたちはもうちょっとかかると連絡がありマシタ」
この七人が揃うのは三ヶ月前の夏祭り以来だ。可奈美は勿論、姫和も楽しみにしている。
「そういえば可奈美、お前は聞いたか?」
「ん? 何を?」
「明良が会ったという男の話だ」
姫和は今回の顔合わせで話題に上がるであろう男について、先に二人に話し始めた。
「……薫とアキラリンから聞きマシタ。突然現れて好き放題言ってリターンしてるそうデス」
「今のところ正体は不明。しかも、三人は口を揃えてこう言ってる。『自分たちでは敵わない』と」
明良、薫、沙耶香は並の使い手ではない。ただの荒魂が彼らを圧倒したというのは正直、想像できない。
「単純に考えても、タギツヒメと同等の強さと考えるべきだな」
「その上、神出鬼没。いつどこに現れるかわからないらしいデスから、常に複数人で行動しまショウ」
「ああ、だからな可奈美。私たちも……可奈美?」
これから先の対策をエレンと一緒に話し合い、可奈美にも確認をとる。
姫和は可奈美の様子に違和感を覚えた。
「もしそうなら、その人……すごく強いんだよね?」
この場を和ませようとか、二人の話を笑い飛ばそうとか、そういう感じではなかった。
可奈美は自分の手合わせの相手を見定めるような顔で件の男のことを考えているようだった。
「全くお前は――いや、相変わらずだな、可奈美は」
「ネガティブシンキングよりは悪くないとは思いマスが、正直、カナミンたちでもどうなるかわかりマセン」
可奈美の変わらない姿勢に苦笑いしつつ、彼女を嗜める姫和とエレン。
「あはは、ごめんね、つい。でも、気になっちゃったからさー」
快活に笑う可奈美。だが、次の瞬間、その表情は真剣そのものへと変遷する。
「……」
「お、おい、今度はどうした?」
「姫和ちゃん、エレンちゃん、何か来るよ」
「何かって……何デスか?」
「わからないけど……何か、
可奈美は姫和とエレンから見て横――道場の壁際に向き、御刀を抜く。
何事かと思ったが、その疑問はすぐに氷解した。可奈美の視線の先、道場の壁近くの景色が歪み、円形の黒い穴が空中に生まれる。
「気づいていたとは勘が鋭いな。誉めてやる」
穴から姿を現したのは、一人の男だった。声と、その異様な登場からおおよその予想はついていた。
人を挑発し、嘲る口調。全身に纏った緋色の装束。
「だが、気づいた瞬間に逃走に徹しなかったのは不正解だ。誉めてはやれないな」
「………」
鼻で笑う緋装束の男。可奈美は彼に御刀を向けたまま対峙する。
姫和とエレンも御刀を抜き、可奈美の隣に立つ。
「お前に誉めてもらわなくても結構だ」
「それは残念。冷静に逃げていれば、今度会ったときに手加減くらいはしてやろうと思ったんだがな」
「今ここで手加減するのは……無理デスよね」
「当然だ」
姫和は目の前の男と向き合い、敵意を飛ばしているからわかる。この男は強い。それは他の皆から伝え聞いていた通りだ。
だが、それとは別の感覚。掴みきれない違和感が姫和の肌を刺す。
「お前は……荒魂、なのか。それとも……」
――いや、違う。こいつはもはや別の何かだ。
刀使でも、荒魂でもない。人間ですらない。この男は一体何だ?
「そうだな……」
男は数秒ほど逡巡し、ため息混じりに答える。
「俺に掠り傷でも負わせたら答えてやる。一つだけ、どんな質問でもな」
「……どういうつもりだ」
「ただの種明かしだ。俺もいい加減、自分の素性をひた隠しにして話を進めるのは面倒だからな。それに……」
男は言葉を区切る。そして、フードの前端を左手で軽くつまむ。
「お前たちが知る、知らないに関わらず、俺の願いは止められない」
「……その願いとやらも、お前に傷を負わせれば答えるのか」
「勿論、ノーだ」
「約束が違うぞ」
「それなら、今度約束をするときは相手が素面かどうか確かめてからにするんだな」
「……その減らず口、今すぐ塞いでやる」
「できるのか? いや、というより……」
ふと、姫和の視界の横で何かが揺らぐ。景色や建物ではない。人――制服を着た何者か。姫和は目を疑った。
「エレン……」
「エレン、ちゃん……?」
隣に立つ――立っていたはずのエレンが糸が切れたように倒れる。
目の前の男が何かしたのか? ありえない。姫和は一瞬たりとも男から目をそらさなかった。攻撃どころか、彼はエレンに近寄ることさえしていないはずなのに。
「お仲間の口の方が先に塞がってしまったぞ」
「貴様……」
「さて、次はどっちが黙る番だ?」
「………!!」
何をしたのかはわからない。だが、このまま立っていればエレンの二の舞いになることは明白。
姫和は考える間もなく身体に写シを貼り、床を蹴った。
――真正面から攻撃しても勝機は薄い。だったら……!
迅移で己の移動速度を瞬時に引き上げ、目にも止まらぬ速度で男の背後をとった。
生物にとって背中は死角だ。この男がどんな熟練の戦士であっても、目で物を見ている以上、背中の側は見えていないはず。
たとえ直感的に察知できたとしても、一瞬の反応の遅れを作ることができる。その遅れが姫和にとっては十分な隙に成り得る――!
「まったく……」
姫和の手に伝わってきたのは肉を切る感触ではない。
分厚く固いゴムにカッターを突き立てたような鈍い感触。人間の身体や衣服に刃を立ててもこんなことにならない。
「意外と激情家なのは知っていたが、それに加えて単純な奴だな」
淡々とした声色。それと同時に姫和の御刀を受け止める男の姿があった。
男は左の前腕と御刀を交差させる形で受け止めていた。
「背後をとった
「……っ! このっ!!」
続けて二度、三度と剣を交える。本来なら男の腕は輪切りにされていてもおかしくないはずなのに、引っ掻き傷どころか本当に刃と接触したのかどうかすら疑わしい。
――だったら!
後退し、刺突の構えに切り替える。斬撃が通じなくとも、刺突ならば可能性は高い。必ずどこかに刀の通る点がある。
――間接部……右肩だ!
「はあぁっ!!」
右肩を負傷すれば利き腕を封じたも同然。相手はまだ油断している。本気を出そうとしていない。弱点を狙うならば今しかない!
「……がっ」
今度は防御はされなかった。確かに命中した。だが、それだけだ。
通用しなかった。御刀の鋒は一ミリも刺さっていない。
「……まあ、今のは『攻撃』と認めてやる。だからこそ、しっかりと『反撃』させてもらったが」
御刀を握る姫和の両手に鋭い痛みが走った。見ると、姫和の指や掌の皮膚が裂けて血が流れている。
握る力が強いせいで怪我をしたわけではない。頑丈な金属を殴ったときのようなものだ。二つの物体が衝突すれば、当然強度の低い方がダメージを負う。
「くっ……」
それでも、姫和は御刀を握る手を緩めない。御刀を手放せば絶対に負けだ。
姫和は床を蹴って男から跳び退き、距離をとる。
「先程、エレンを倒したのはその技か」
「ああ」
「触れずに攻撃するとは……何者なんだ、魔法使いか?」
「何が魔法だ。こんなものは練度次第で簡単に修得できる」
男は教え諭すように姫和に吐き捨てる。
「だが、今のお前に理解できる時間はない」
目の前の男の姿がぶれる。姫和が瞬きをする間に横合いから腹部へ強い衝撃が見舞われる。
「ごはっ……」
肺から空気が吐き出され、視界がぐるぐると移り変わる。その時点でようやく男に蹴り飛ばされたと気づいた。
床を二転三転し、壁に激突したところで動きが止まった。写シが剥がれ、全身に疲労感が押し寄せる。
「ごほっ……ごほっ!! はぁ……はぁ……」
激しく咳き込み、必死に肺に酸素を取り込もうとするが、蹴りを入れられた腹部と床からの反力で打たれた全身が痛い。
立ち上がろうとするものの、力がまるで入らない。
「そこで寝ていろ」
踞る姫和の前にいつの間にか立っている男。姫和を見下す形で冷淡に告げた。
「くそっ……」
「心配するな。俺は……」
男は姫和に追撃を加えようとするでもなく、目線だけで彼の左側を見る。
「お前の仲間の世話で手一杯になるからな」
「……姫和ちゃん!!」
「……っ!!」
男の左から可奈美が写シを貼った状態で突進し、上段から斬りかかる。
だが、いち早く察知した男は可奈美の御刀の刀身を掴んで受け止める。
「重いな。それに、鋭い。しかし――」
「うっ……!」
男の右手から可奈美の左肩に掌底を放たれ、可奈美の身体は後方へ吹き跳ぶ。
「この程度か」
――可奈美でも無理なのか……!
姫和は踞りながら歯噛みする。この男がどれだけ強くとも、可奈美ならば何とか出来るという期待があったが、それすらも無謀だったと言うのか。
可奈美は吹き跳ばされながらも床に足を着けて踏み留まる。
「ねえ」
「……何だ?」
可奈美は踏み留まったところで、離れた位置に立つ男に話し掛ける。
「あなた、強いね」
「?」
「今まで会った誰よりも。多分、ううん、絶対に」
「そうだろうな。それが何だ?」
可奈美は顔を上げ、男に突進する。その表情は――満面の笑みだ。
「……?」
男は微かな疑問符を顔に浮かべつつ、可奈美の剣を手で受ける。何度も繰り出される可奈美の剣戟を防ぐ様は姫和のときと変わらない。が、男の雰囲気は違う。
「く……」
先程までの余裕に満ちた嘲笑のものではない。予想が外れたと言わんばかりの動揺と驚愕の色が見える。
「そろそろ……慣れてきたかな」
可奈美が剣戟の最中にそう呟く。勝ち目が見えずに錯乱しているわけではない。可奈美は本気で自分が勝つと信じて、本気でこの戦いを楽しんでいる。
「小賢しい真似を……!」
男は苛立たしげに呟き、その姿をくらます。次の瞬間には可奈美の身体は数度の打撃を受け、写シが剥がされその場に倒れ伏す。
「可奈美っ!!」
可奈美が伏せるのと同時に男はもう一度姿を現す。速度を上昇させて可奈美を打撃で昏倒させたのだろう。
「くそっ、可奈美ぃ……」
「いちいち五月蝿い奴だ、心配するなと言っているだろう」
男は可奈美を見下ろしながら姫和に言う。確かに可奈美に目立った外傷はないし、よく見ると肩が微かに上下に動いている。
「しかし、驚いたな。まさかこれほどとは……」
男は自分の両手を眺めている。可奈美の剣を受けていたその両手からに無数の細かい傷がつけられ、赤い血が滴り、傷口からは蒸気が立ち昇っている。
「大した障害にはならないと思っていたんだがな。認識を改めよう。衛藤可奈美、お前は俺が最も警戒すべき相手だ」
そう言う間に男の手の傷は元通りに修復する。姫和はこの光景に見覚えがあった。
この再生能力は明良――荒金人のものと同じだ。
「……待て」
「何だ、まだ何か用か?」
「聞かせろ。約束したはずだぞ」
「約束……? ああ、そうだったな」
男は今思い出したといった様子で大仰に身振りをする。姫和は踞ったまま男を見上げ、必死に声を絞り出して問い詰める。
「お前は……一体何なんだ?」
「………」
男は数秒無言になり、フードの下で笑う。喜びか、嘲りか、どちらにせよその雰囲気は不気味だった。
そして、その重たい口を開き、男は答える。
「俺はキドウマル。お前たちから全てを奪う者だ」
フードを目深に被り直し、その男――キドウマルは指を鳴らす。空中の景色が歪み、円形の空間の裂け目が生まれる。それに向かって歩いていった。
「震えろ。俺はお前たちの恐怖だ」
空間の裂け目に消えて行くキドウマルが去り際に捨てていった言葉は、木霊のように姫和の耳に残り続けた。
質問、感想はお気軽に!(*´∀`)つ