あらすじを見ての通り、舞衣推しです。
あと、執事とかの詳しいことは知らないただの庶民ですので妄想が入ります。
第1話 御前試合の朝
寒い。寒気がする。
実際に今自分がいる空間も、自分の精神状態も、そういう感覚なのだろう。
この感覚はもはや味わいすぎて過食気味だが、一向に慣れる気配はない。
生まれてから十数年、太陽の光を浴びたのは片手の指で足りるほどだ。太陽光と部屋の光の何が違うのだと最初は思ったが、最近は何となく違いがわかるようになってきた。
無論、何となくではなく医学的にも問題があるらしいが。
青白色の蛍光灯の光に照らされた教本。それに記されている文字と添えられた図を基に内容を理解し、反芻して、定着させる。
こんな作業を何年しているだろうか。暇さえあれば体力が落ちないよう鍛練するか、このように本から知識を吸収するかのどちらかが日課になっている。
逆に言えば、それくらいしかすることがないのだ。私ほどの歳の少年なら、普通同年代の友人と仲睦まじく談笑したり、遊戯に興じて過ごすのが一般的なのだとか。部屋に置かれた蔵書の中の小説や手記にそんな文面があった。
しかし、私が最後に誰かと話したのは何時だっただろうか。一日に二回食事と清掃にやってくる係りの人たちは全員顔を隠して、一言も話さない。だとしたら、最後に話したのはもっと前だ。
そう、両親が私に姉妹を紹介したときだ。両親の正義感に満ちた表情と姉妹たちの気まずそうな表情がやけに新鮮で、印象に残ったのを覚えている。
理由はわかっている。自分の立場と、両親、姉妹との関係性を考えればあの構図になった理屈はわかる。
あくまで、理屈がわかるだけだが。
そういえば、あと一週間でこの地下室を離れることになっている。となれば、久し振りに家族と会うのだろうか。
両親とはなかなか反りが合わないが、姉妹とは未だ険悪な仲ではない。険悪な関係になる前に兄弟姉妹の関係というのを経験しておけば、今後何かの役に立つだろうか。
ある特殊な職に就いている彼女たち――
※※※※※
換気扇のスイッチを入れ、軽く空気の入れ換えを行う。
鍋をゆっくりとかき混ぜる銀髪の青年――
他の朝食の厚焼き玉子と鮭の塩焼きは先程作り、用意してある。明良は既に朝食を手早く済ませているので、今作っているのはこの家の他の住人のものだ。
時刻は午前六時半。そろそろ件の人物が食卓に降りてくる時間だ。失礼があってはいけないと、念のためネクタイを締め直し、髪型を軽く整える。
「おはよう、明良くん。今日も早いね」
「おはようございます、舞衣様」
食卓とリビングの併設された部屋のドアが開かれ、一人の美しい少女が顔を見せた。ゆったりとした寝間着に身を包み、長い黒髪を先の辺りで纏めている。
「あれ? もしかして……朝ごはん作ってくれたの?」
舞衣は料理の匂いに気づき、尋ねてくる。明良はそれに爽やかな笑顔で返答した。
「ええ。昨晩同様、当家での食事の用意は私の仕事ですから」
「もう、ちょっとくらい私がしてもいいのに」
「ですが、それでは私が勤めさせていただいている意味がありません。私は柳瀬家の執事ですよ?」
執事。それが明良と柳瀬家の関係だ。大企業である柳瀬グループの令嬢である舞衣と彼女の妹二人、当然両親も明良にとっては仕えるべき人間だ。とは言っても、明良はまだ正式には執事見習い。以前から柳瀬家の執事を勤めている先輩から教わることは多い。
「ちなみに聞くけど、昨日私が帰ってくるまでの間のご飯は誰が作ってたの?」
「全て私が」
「洗濯は?」
「私が」
「……掃除は?」
「私が」
途中から舞衣は少し頭を抱えていた。やがてゆっくりと口を開いた。
「いい、明良くん」
「はい、何でしょう」
舞衣は明良の方にやや早い足取りで近づき、鼻先に人差し指を向ける。
「ちょっとはあの二人にも家事をさせていいから。明良くんが全部やっちゃったら
「それでしたら心配されることはありません。これから一生私が家事をする所存ですので」
舞衣からのご指導にも笑顔でさらりと受け流す。が、舞衣も食い下がる。
「もし明良くんが怪我とか病気になっちゃったらどうするの?」
「ふむ、そうですね……」
明良は数秒考え、
「怪我や病気になろうとお手伝いします」
根性論を導き出した。
「ええ……」
さしもの舞衣も呆れている。
「熱が五十度出ようと全身が粉砕骨折になろうと、必ず」
「それ、下手すると……いや、下手しなくても大重体だから」
「大重体であろうと、です。舞衣様は
まあ、そうだけど、と舞衣は少し口ごもってしまう。
中学生になると同時に彼女は『刀使』と呼ばれる職に就いている。刀使とは
「確かに私は刀使だけど、今は荒魂の出現数も刀使の怪我の割合もかなり低いんだから。明良くんだって知ってるでしょ?」
「それでも、私にとっては決して無視できない問題です。万が一にも舞衣様に何かあったらと思うと……夜も眠れず」
「私のことはいいから、ちゃんと寝て。そうじゃないとこっちが心配になるから……」
適当に話が続いたところで少々時間が押していることに気づいた。
「その……舞衣様、申し訳ないのですが美結様と詩織様にご挨拶に向かいたいのですが」
「え? ああ、そうだね。もうこんな時間……じゃあ、私は朝ごはんの用意するから行ってきて」
舞衣の二人の妹を起こすべく、二階へと向かった。舞衣よりも少し寝起きが良くない妹たちを起こすのは、もはや恒例行事のようになっている。
いつも通り十分ほどかけて美結、詩織を食卓まで連れてくると、そこには既に赤のミニスカートと赤と白のブレザーの制服に着替え、髪を結わえた舞衣が朝食の配膳をしていた。
「舞衣姉、おはよー」
「おはよー」
「うん、おはよう」
中学生の妹の美結は気だるそうに、小学生の妹の詩織は朗らかな顔で朝の挨拶をしながらドアをくぐる。後ろに明良も続いて入ってきた。
「舞衣様、ご用意ありがとうございます」
「いいよ、むしろこれぐらいはさせてほしいから」
テーブルには明良が作っておいた朝食が三人分綺麗に並べられている。
「また明良さんはご飯食べないの?」
「はい、もう済ませておりますので」
美結から呆れたような顔で尋ねられ、そしていつものごとく返す。基本的に明良は柳瀬家の人間と共に卓につくことはない。執事、ひいては家の手伝いをする者は往々にしてそういうものだと考えているからだ。
「舞衣様、本日は岐阜羽島駅まで私がお送りいたしますので、先に準備の方を済ませておきます。御用の際はお申し付けください」
「あ、うん、ありがとう。私も早く済ませるから」
「無理をなさらななくて結構ですよ。まだ時間に余裕はありますから」
舞衣が妹たちと朝食を摂る間に明良は庭の車の点検と荷物の運び込みを済ませた。暫くすると舞衣が玄関から出てきた。
「お待たせ、明良くん。荷物も積んでくれたんだよね? ありがとう」
「いえいえ、私はそのためにおりますので」
舞衣の申し訳なさの混じった感謝に会釈して返事をする。きっと舞衣は自分である程度の準備をしたいのだろうが、それは執事である明良にとって主任せにしてしまうことになる。当然いただけない。譲れないのだ。
「じゃあ舞衣姉、いってらっしゃーい」
「いってらっしゃーい、がんばってねー」
「うん、行ってきます」
「はい、行って参ります。美結様、詩織様」
妹二人に見送られ、舞衣は後部座席、明良は運転席に座る。慣れた手つきで車を走らせ、公道へ出る。走り始めてすぐに後部座席の舞衣が話しかけてきた。
「それにしても、昨日久しぶりに帰ってきたと思ったら家があんなになってたなんて……」
「? あんなに、とは?」
言葉の意味がよく理解できず、明良は聞き返す。
「明良くんが料理とか洗濯とか、家事を全部してて……本当に執事になったんだなあって」
「ええ。二年前に拾っていただいてから、私は貴女方に尽くすことだけが望みでしたから」
運転中なので視線を後ろに向けるような馬鹿な真似はしない。ただ、後部からでもわかるように感情表現する。
「ですから実のところ、昨日舞衣様がご自宅にいらっしゃると聞いた際にはかなり緊張していたのですよ? 失敗でもしようものなら爪を剥がす覚悟で」
「そんな覚悟しなくていいから! というか、そのつもりで料理とかしてたの!?」
「はい。舞衣様のお口に合ったようで何よりです」
明良には振り向かずとも舞衣の驚いている様子が感じ取れた。それには思わず笑みがこぼれてしまう。
「それに、こうして車の運転をすることが出来れば送迎や荷物のお届けも可能ですし。何より、車内でお話をさせていただけるのですから、こういった最低限の技能を身に着けておいてよかったです」
「……えっと、そんなに楽しい? 私と話すの」
「勿論です。こうしているだけで三日は休まず過ごせてしまいそうです」
そんな他愛もないありふれた話(少なくとも明良にとっては)をしているうちに、目的地の岐阜羽島駅に到着する。車を駅の近くの駐車スペースに停め、舞衣が降車している間にトランクから荷物を取り出す。
「わわっ、何だか多くない? これが全部私の?」
明良が取り出した荷物は、大きめのキャリーバッグとリュクサック一つずつ、それにキャリーバッグが二つと明らかに一人が一泊二日するような量ではない。全部合わせれば三、四人分はあるだろう。
「いえ、舞衣様のお荷物はこちらのキャリーバッグのみです。残りは私のものでして」
「え? 明良くんも来るの?」
「はい。旦那様と奥様から『舞衣様の護衛』を仰せつかっておりますので。因みに、車の方は柴田さんが回収するので大丈夫ですよ」
柴田というのは明良の先輩執事のことだ。主に舞衣の両親の手伝いを務めているが、今回は明良の代わりに自宅の手伝いに回ってくれる手筈になっている。
「護衛って…試合しに行くだけだから。そんな危険なことじゃないのに」
「初めての大移動ですから。旅先で舞衣様がどんな目に遭うともわかりません」
「……ねえ、子供扱いしてる? もう私はそんな歳じゃないよ?」
拗ねたような、彼女にしては珍しい表情で聞いてくる。
「まさか」
そんな表情も可愛らしいと言わんばかりに明良は微笑んでみせた。
「私ごとき
妖しげな明良の雰囲気に驚いたのか、舞衣は口をポカンと開けている。
「単純に、ご両親から命令されたからというのが主な理由ではありますが」
言いながら明良は片膝を地面に突き、舞衣を見上げるような形になりながら彼女の左手を指先を優しく引くように自分の右手で握る。泡も潰せないのではないかと思えるほどの優しく繊細な力加減で。
「それと同じくらい、私が貴女の傍に立ち、何から何までお手伝いしたいと思っているからというのもあるのですよ? それこそ四六時中、不眠不休で」
明良の一片の曇りもない忠節心と奉仕の意思を感じた舞衣。彼の表情、仕草、声色に舞衣は頬を赤く染める。
「う、うん。私も別に嫌じゃないから……明良くんがいいなら、いいよ?」
「そうですか、ありがとうございます」
――ああ、この方には本当に……
前書きではああ言ったのですが、明良は普通の執事ではないですね。主に性格が( ̄▽ ̄;)
質問、感想はお気軽に!(*´∀`)つ