○ ○ ○
朝日がもうすぐ寮を照らす時間帯、扉が開く音がする。
「こんな朝早くからどこに行くんだよ」
「まあまあ」
央路が理亜の手を引いてホールに出てきた。
「オレまだ眠たいんだけ…どォ!?」
驚いた理亜の目線の先にはソファーで毛布を被りながら寝転がっている境也がいた。
「…んあ? ああ、朝なのか」
目元をこすりながら境也は起き上がりソファーに腰掛ける。
「ビックリした、お前、こんなところで寝たのかよ」
理亜が信じられないような顔をして言う。
「そうだよ、すげーな、流石ノーブル学園の寮、ホールでも暖房がずっと作動してる」
「てっきり一旦家に帰ったと思ってたんだが」
今度は央路が言う。
しかし、この時央路と理亜の脳を過ったのは「え、ホールで寝たってことはもしかして、"あれ"の声聞かれた?」
流石にどれだけ仲の良い幼馴染であっても"あれ"の声を聞かれたということだけは避けたい。
「ボラルコーチェさんが送ってあげましょうかって言われたんだが時間も時間だったからな、毛布借りて、ここで寝させて貰った。 ところで二人はどっか行くのか?」
「あ、ああ、ちょっと外にな」
「そうか、まだ眠いから俺はもう少し寝るわ」
そう言い、毛布を被りソファーに寝転ぶ境也。
央路と理亜はこの時安堵した、「良かった、聞かれてなかったと」
「あ、そうだ」
が、しかし。
ふと、思い出したように境也が央路と理亜に言う。
「ゆうべは お楽しみでしたね」
一瞬の安堵を地獄に突き落とす。
「…なッ!」
「ちょっ…!」
一瞬で顔が赤くなる理亜と央路。
「お休み…」
「っちょい待てゴラァ!! 今のどういう意味だ!? 聞こえてたのか?聞こえてたのか!?」
「すぴー」
「寝るんじゃねえ!!」
○ ○ ○
「つーん、つーん、うふふ可愛い寝顔」
「止めてください姫様、はしたない…」
「いいじゃないの、ほらエルも可愛いと思うでしょ境也の寝顔」
「ま、まあ気持ちよさそうには寝てはいますが」
「つーん、つーん」
「姫様!!」
央路たちが寮から出て1時間程度、ホールのソファーで寝ている境也は起きてきたシルヴィとエルにいじられていた。
「全く、もう殿方にそんなみだらに接触するなどお止めくださいと何度も…」
「境也は特別だもーん」
「はぁ…」
「ほっほほ、良いではありませんか、こういう事を出来るのもこの時期だけなのですから」
「ですね、今の姫様の笑顔を邪魔しようとは思いません」
「エキスナ、ボラルコーチェまで…」
横から出てきたのはシルヴィの執事兼ボディーガードのエキスナとボラルコーチェ。
二人はシルヴィ達の団欒の輪を昨日から見守っていた。
「しかし、本当に姫様は坂巻殿を
「好い…!?」
「…ええ」
エルはエキスナの言葉に顔を赤くし、シルヴィは幸せそうに眼を閉じ手を胸に当てる。
「境也は… サキは私を連れだしてくれた人だから、引っ込み思案だった私の手を取ってオーロとソーマ君に引き合わせてくれて、私が知らなかった世界を教えてくれた人だから」
「ほっほほ、ならば坂巻殿はさしずめ、姫様にとっての王子様ですな」
「王子…ッ!?」
「ええ、本当にそうね、境也がいなかったら私は今ここにいないからサキは私にとっての王子様ね」
「ひ、姫様!?」
「ふふ、エルったら顔を真っ赤にして可愛い」
「なっ!! そんなことは…」
エルが抗議の声を上げようとしたが。
「でも、時々境也が遠くに行ってしまうと思う時があるの」
シルヴィが憂い顔で言う。
「遠く…ですか」
これにはエルも首をかしげる。
「ええ、手の届かないとても遠い所へ、この前だってそう」
「……」
一瞬の沈黙
「では、そうなったら今度は姫様が手を取って連れ出せばいいのでは?」
ボラルコーチェが何気なく言う。
「…ボラルコーチェ?」
「姫様が坂巻殿に何をお感じになったのかはこのボラルコーチェ、分かりませんが、遠くに行ってしまうのであれば方法は簡単です。手を掴み、こう言えばいいのです「いかないで」と、それでも行こうとするのであれば、今度は姫様が無理やり引っ張り上げたら良いのです」
「……」
「ええ、ボラルコーチェの言う通り、シルヴィ様は姫様なのです、わがままの一つ通さずして何が姫様でしょうか」
「エキスナ…」
シルヴィは目を閉じ、ボラルコーチェとエキスナの言葉を心の中で反芻させる。
そして目を開き。
「ええ、ええ、そうね、もし境也が遠くに行くというのならその手を取って今度は私が引っ張ってあげないと。うん、ありがとうエキスナ、ボラルコーチェ」
「ほっほほ、この老骨でも姫様の役に立てたのならば本望でございますよ」
「ええ、全ては姫様の御心のままに」
「も、勿論私も何かあればこの身をもってお助けいたしますからね、姫様」
「ふふ、エルもありがとう。 さて今日はお正月よお節が私を待っているわ!!」
シルヴィの顔に憂いはもう無く、そこにあるのは笑顔。
央路たちが帰ってくる10分前の出来事であった。
○ ○ ○
「はむはむパクパクふわあ~、お節って美味しいのね~」
そう言いながらシルヴィは凄いスピードでお節を頬張っていた。
「言うほど美味いか?」
央路がそれに疑問の声を上げる。
「甘い、しょっぱい、酢の味って感じだよな」
「正直毎年食べてるからな、大量に食いたいとは思わないな」
「そうですか? 物珍しさもありますが、美味しいですよ」
そう言いながらも重箱をつつく、境也たち。
お節を食べ終わり、ひと段落した後。
「さてそれで、本日のご予定なんですが」
エルが今日の予定を確認してきた。
「夕方、車を使わせてくれるんだよね」
「はい、丁度我々もそのくらいの時間に日本を発ちますので」
「今の理亜が外に出歩くとパニックになるからな」
忘れがちだが今の理亜は世紀の歌姫マリア・ビショップの姿だ。
大変なことになるのは目に見えているだろう。
「はぁ、ソーマくんと初詣に行きたかったのに」
「流石に自重してください、姫様」
「ちぇー」
ぷくーっと頬を膨らませるシルヴィ。
「まあまあ、のんびり寝正月ってのもいいもんだぞ」
「そうそう」
そう言いながら央路と理亜は膨れたシルヴィの頬をつつき始めた。
「ぷひゅー」
そして空気が抜ける。
「お二人とも、姫様の頬をつついて中の空気を押し出すのはお止めください」
するとシルヴィが境也の方に向かってきた。そして頬を膨らませる。
「むふー」
そして突き出す、まるでつついてくれと言わんばかりに。
「ストップシルヴィ俺がつついてしまうとエルさんに剣でつつかれる」
境也はちらりとエルの方を見ると。
案の定、これ以上やるとどうなるか分かってんだろうな、という感じのオーラを発しながら睨んでいた。
「むー」
「や、だからシルヴィ」
「むー」
どないしろと!? 頬を膨らませて迫ってくるシルヴィ、殺気を高めるエル。
「さ、サラダバー!!」
境也が選んだのは逃走だった。
「あ、逃げた」
「ヘタレめ」
央路と理亜が何か言っているが取りあえず逃走する境也。
そんなこんなで、元日はのんびり過ごすことになった。
境也「逃げるんだよォ!シルヴィーーーッ!! どけーっヤジ馬どもーッ!!」