仮面ライダーブレス   作:ぴな子

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「ねぇ? そろそろ話す気になったかしら」

 女性の白く冷たい指がすーっと男性の輪郭をなぞる。細められた眼は男、橘内邦健の顔を覗き込む。両手足を椅子に拘束され身動きが取れない橘内は、逃れられない感触の息苦しさに喘ぐ。女、シストの表情と仕草、動くたびに煌めき揺れるピアスにシニヨンから少し垂れた髪は、妖艶で色に酔ってしまいそうだが、橘内にとっては深い畏怖を感じる時だった。

 

 長年探し求めていたものが、今は亡き友たちと求めたものが目の前にいる。全てを話し、人間の尊厳を捨ててでも総てを知りたい衝動に駆られる。14年前にあんな事が遭ったというのに今だ探求心を捨てることのできない自身を恥じる。

 

「何を考えることがあるの。探求心は人間の特権であり、恥ずべきものじゃない」

 橘内の心を見透かす菖蒲色の怪物は、のったりと人の在り方の隙間に染み込むような口調で橘内を口説く。シストは撫でていた太ももが震えていることに笑みを深めた。

「お、教えるものか!」

「私は自分たちについて知りたいだけなの。そしてあなたはそれを把握している。なら、素直に答えるべきだと思うのだけど。そうすれば、あなたが知りたかったことにも答えられるわ」

「あなたの同僚たちも喜ぶわ。きっとね」

 同僚というシストの言葉に橘内は図星を突かれ、目の前の怪物があの実験について知っていることに震える。

「……尚更答えるものか」

 先程と打って変わり睨みつける橘内に、シストは仕方ないと吐き出す。

 

「本当はこんな事したくないのだけど、あなたがどうしても研究記録を差し出さないから」

 本当に申し訳なさそうに眉を下げ微笑むシストは、その美しい容姿を奇怪な姿に変える。ぎちぎちと様々な機械が噛みつきコードが絡みついたジャンクズは滑らかに動く。

「ひっ! っは、はっ」

 恐怖で可笑しくなる、橘内は身をもって知った。

『大丈夫。少し話せるようになるだけだから』

 虚勢は直ぐに崩れ落ち、泣き笑う橘内を宥めるように再度撫で始めた太ももに、思いっ切り手を突っ込む。痛みで絶叫する橘内にびっくりしたシストはすぐさま手を引き抜く。

『ああ、ごめんなさい! すっかり忘れていたわ。足、折らないとダメよね』

 凶悪な腕で叩かれた脚は簡単に曲がる。絶えず吐き出される絶叫を無視して、橘内の体内から少しの理性(カラーエナジー)を引き抜いた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 日鏡町の中心、大通りは夏祭りの屋台が立ち並び、人であふれかえっていた。昼間は大学や高校、民間のダンスチームが広場のステージでダンスを披露し、ゲストとして呼ばれたお笑い芸人のステージがイベントのメインとして開催されていた。地域音楽隊の演奏等ローカル感溢れるイベントが終了するころには日が暮れ、街灯が灯っていた。人々の声はスピーカーから流れるBGMすら飲み込み、広場に集まっていた観客も祭り特有の熱気を持って大通りに押し寄せる。

 

 

「人が多いから離れないでね」

 祭りの喧騒に負けないように大きい声で2人に声を掛ける。

「うん。わかってるよ!」

「代表ってば心配性ねー」

 代表と呼ばれた男に付いていく2人は、言葉とは裏腹に周りをキョロキョロと落ち着かない様子で夏祭りではしゃぐ人間を見ていた。通常とは違う装いに身を包む者、屋台にできた行列、仮面をかぶった子供。全てが新鮮で知らず知らずのうちに気分が高揚していた。

「フェイスフェイス‼ 俺アレ食べたい!」

 わかりやすくテンションの上がった16歳ほどの少年は、わたあめの屋台を指さす。人混みの中で突然止まる彼を慌てて引っ張り、再度歩き出すと、もう一人もアレが欲しいとふらふらと屋台の列に割り込もうとする。

 

「後で買ってあげるから大人しくしてくれ……」

 闇を払うように爛々と光が灯る中心部から人の少ない橋の土手道まで引き連れ、ため込んだ文句を溜息と共に吐き出す。頭を抱えたくなる2人の行動にまだ容姿が小学生だったらどうにかなるのに、と意味の無いことをつい考えてしまう。

「ごめんフェイス。俺らこんなの初めてだからはしゃいじゃって」

「ここではフェイスじゃなくて、一星と呼んでくれと言っただろ」

 しゅんとした面持ちで謝る少年に、不燃焼していた怒りが鎮火していく。

「ちょ、代表! あれ何?」

 さっきまで少年と一緒に気落ちしていた真朱色の青年は、川を見て声を上げる。

 彼の目線の先は川を流れる灯篭に向いていた。

「川が光ってるんですけど!」

「うわぁ。すごい……!」

 内側に立つ蝋燭の炎が色紙を照らし、ぼうっと淡く優しいともし火が、暗がりでぽつりぽつりと主張している。

「……あれは灯篭っていうんだ。こっちの川でも流しているのか」

 大通りを貫く川は2つあり、大体は夏祭り会場の中心部に近い盛紙川で灯篭流しが行われるのだが、喧騒から少し離れた静かな場所で人知れず流れていく送り火に、一星は鉛を飲み込んだような気分になった。

「代表、怖い顔してたけどダイジョブ? まだ怒ってる?」

 覗き込んできた青年にもうない心臓が跳ねる。胸を抑えつつ大丈夫と返す。

「もう少し経てば、もっと綺麗なものが見れるよ」

 見たいと騒ぐ少年にあのビルの屋上で大人しく待っていてくれと指示を出し、一星は2人と別れた。

 

 

 

 大通りを貫く盛紙川にかかった橋のすぐ近くに屋台を出していた彰悟たちは、川に灯篭を流す人の流れもあり、それなりに繁盛していた。

「焼きそば1つとから揚げ2つください」

 あと数分で花火が打ち上がるとアナウンスが入るころ、最後尾に並んでいた男性が急いだ様子で注文する。セットされた茶髪の髪型とキャラクターがプリントされたわたあめ袋が印象的な男性は時間を気にしながら、美波がビニール袋に注文品を入れるところをじっと見ていた。会計を済ませると、一瞬夏来を見た後すぐさま立ち去って行った。

 

「……今の人」

「パシられてたね。イケメンなのに」

 美波は特に興味の無さそうに言い放つ。後ろからそんなこと言っちゃダメでしょ、と彰悟が美波の頭を軽くつつく。

「ちがくて。一瞬目が合ったんだけど、なんか驚いた顔、目されて」

 見開かれたたれ目に、知り合いだったかなと思い出そうと悩む夏来に美波は頭をさすりながら、それよりと話を変える。

「カウントダウンはじまるよ!」

 人々は今か今かと空を見上げている。

「俺、しだれ柳が一番好きだな」

「私も!」

 花火を見るたびに繰り返される2人の会話に彰悟もまた決まった言葉を返す。

「それは締めの大取りだからな。大人気だ」

 

 取り付けられたスピーカーを通して、広場のステージで行われているカウントダウンが夏祭り開場の大通りに響く。

 

 5、4、3、2、1!

 

 夜8時半ちょうどに大きな花火が打ち上った。

 

 

 

 一星は右にビニール袋、左にわたあめの袋を持ってビルの非常階段を早足で駆け上っていた。カンカンと派手な音が鳴るが、近くの大通りからのカウントダウンでかき消える。

 最上階まで上がり、本来閉まっているはずの屋上の扉を開いた瞬間、目の前に赤色の花火が広がった。

 

「ギリギリセーフ……?」

 そう呟いた一星の声は、今度は遅れてきた花火の残響でかき消される。

「おっそいよ代表!」

 ドアの開いた音に気付いた青年が一星に向かって叫ぶ。

「結構並んでてさ。ほら、買ってきたぞ」

 花火に夢中になっているポピーレッドの少年にわたあめを渡し、屋上の手すりに寄り掛かる。

「こういうの、きれいって言うんだね」

 自然と呟かれた少年の言葉に、一星は初めてここに連れてきてよかったと思った。

 夜空に大輪を咲かせる花火は、ズシンと響く爆発音とともに現れ人々を魅了する。朽ちた後のパチパチと少し物悲しい音も群衆が花火に魅かれる要因の一つだろう。

「きれーだけど、飽きてくるな」

「そお? あっちじゃこんな色とりどりな景色見れないよ」

「俺には眩しいだけだな……」

 楽しそうに花火を眺める少年と眩しそうに眼を細める青年の会話にそっと耳を傾けていた。

 

「からちゃんも見てんのかね、これ」

「韓紅には会わなかったけど赤橙はいたよ。カメラ持っていたからどこかで撮ってるのかな今」

 韓紅と言った一星は浅くため息を吐く。

「……からちゃんも誘えばよかった?」

「いや。俺はあの子に会う資格なんて無いし、嫌われてるからなぁ」

 悲しそうに笑う一星に真朱色はそれはないと言わなかった。

 

 

 

 

 

「つまんないな……」

 韓紅の少女はぎこちなく歩く両親に挟まれ、退屈そうにぼやく。

 頭上では色とりどりで美しいがうるさい光の粒が打ち上っている。

 思い描いたのはお祭りを両親と楽しく過ごすことだけだったのに、少女はもう何度目か分からない後悔に苛まれた。

 完成した両親は急いで作ったせいかちぐはぐで、動かしたり話したりするためにカラーエナジーを入れると狂乱しだすため、体だけ動けるようにした。そのため一切の意思疎通ができないものになってしまった。

「だいひょうにあいたい……」

 思い出すのは、あの日啖呵を切った自分だ。何故代表に怒られたのかわからなくて逆ギレして代表の前から立ち去った。今はどうして怒られたのか、どうしてあそこまで感情的になれたのかわからない。

「こんなときどうすればいいかなんて、きいてないよ……」

 両手から伝わる冷たさに悲しくなる。何でも教えてくれた代表にこの感情の対処法は教えられていない。

 

「ちょっと大丈夫。かなりふらついてるけど、もしかして飲んでるの?」

 誰かが失敗作(パパ)を引き留める。肩を叩かれた衝撃でぐらりと声を掛けた人物にのしかかる。少女は面倒くさそうにのろのろと振り返ると、短く無造作な茶髪で面倒見のよさそうな男が立っていた。

「ちょっとあんた、おい大丈夫か! 子供もいんのに両方共飲む、かよ……?」

 のしかかられた彰悟は、失敗作から酒の匂いがしないことに気づき、焦りだす。

「おいあんた達ほんとに大丈夫か。家まで送ろうか。それより病院に行くか!?」

「はなせないからいみないよ」

「はあ? 嬢ちゃんは大丈夫なんだな」

 彰悟は少女の言葉に耳を貸さず、意味の分からない状況に対応しようとしている。

「だからはなせないっていってるじゃん‼」

 少女は繋がっている手に力を籠め、2つの失敗作を後ろに投げ捨てる。

 男は目の前で起こったことに理解が追い付かず、固まった。

 

 

 

「お兄ちゃん遅いねー」

 花火が始まり客足が減った今、美波と夏来は周りと同じく次々と打ち上る花火を見ていたのだが、往復10分もかからない駐車場から15分前に出ていった彰悟が帰ってこないことに、美波はもう花火どころではなかった。

「……なんかあったのかも」

「酔いつぶれた人の面倒でも見てるのかもな」

 面倒見のいい彰悟がしそうなことを夏来は笑いながら話す。

「今電話したけど出なかったし、何かに巻き込まれてたり……」

 悪い方に考え出した美波に、これはやばいと感じた夏来はペットボトルの水を2つ持つ。

「わかったから。俺ちょっと様子見てくるから美波は店番してて」

 本当に介抱していた時の為に飲料水を持って、夏来は彰悟が行った路地に駆けた。

 

 

 

「もーどこ行ったんだよ」

 駐車場までの道のりで会うことのできなかった彰悟に電話をかけても応答がなく、焦りが出てくる。不安を紛らわそうと無意識に口が動く。

「すれ違ってたら嫌だなー」

 希望的観測を声に出しながらわき道をしらみつぶしに探していた。

 電話は相変わらず繋がらず、6コール目で切ろうとした時、花火の音を掻い潜って近くから確かに彰悟のスマホの着信音が聞こえてきた。無心で音のする方へと走る。

 

「う、そだろ……!」

 道を曲がった先にある民家の駐車場に倒れた手が見え、全身の血の気が引く。ペットボトルが手から滑り落ちアスファルトに打ちつけられるが、そんなことどうでもよかった。

 着信音は確かにそこから鳴っており、彰悟のスマホがあることを示している。

 立ち止まってしまった足に声を出して指示をする。

「確かめないと……」

 夏来の声は、笑ってしまうほど弱弱しく電話の待機音にさえかき消されそうなものだった。

 それでも足がしっかりと倒れている人物に向かっていけるのは、きっと慣れのお陰だろう。

 

「……よかった……」

 倒れていたのは彰悟ではない2人の男女だった。どちらももう生きていると言える姿ではなく、だらりと覗いた首はぞんざいに上半身に縫い合わされていた。見開かれた目は死の直前の驚愕の表情のようで気味が悪い。

 夏来は男性の顔に見覚えがあった。昨日ジャンクズのいた公園近くに落ちていた財布の中で見た免許証の写真とそっくりだった。

「昨日の奴か!」

 取り逃した2人組のジャンクズを思い出す。ぱぱはいないと言ったジャンクズの被害者達の残骸は2つあり、既にあの少女の目的は不甲斐ないことに達成されている。

 変に関わり巻き込まれてしまった。そう結論付けるするのは早かった。

 どこに行ったか手がかりを探そうとした時、痛みが走り、ジャンクズの場所が直感でわかる。

 考えるよりも先に身体はジャンクズのもとへ走っていた。

 

 

 目に飛び込んできたのは韓紅の怪物の後ろ姿とそれから逃げる彰悟だった。

 自分でも気づかない内に変身していた夏来は後ろからジャンクズに殴り掛かった。

『きゃっ‼』

 横に吹き飛んだジャンクズに彰悟は目を見開き立ち止まる。

 

 夏来は剣を生み出し、ガラガラと瓦礫から立ち上がるジャンクズに容赦なく斬りかかる。

『きのうのにんげんさんね』

 しかしジャンクズは糸の通った針を壁に刺し、上へ悠々と避ける。

『あはは! きのうみたいにおはなししよ!』

「お前みたいな怪物と話すことなんて無い」

 夏来は剣で糸を切りジャンクズを地面へと落す。着地にできる隙を見逃すことはせず、確実に胴体に剣を突き刺すと、刺さった箇所の韓紅は灰色へと変色していく。つんざく悲鳴は花火の音と打ち消し合う。

『ひっどい! わたしのいろを、こんな、なんで』

 ジャンクズは針を夏来に向けて叩きつける。

「っ」

 がむしゃらな攻撃に避けきれずまともに受けてしまう。

 

 直撃し転がる夏来にジャンクズは駆け足で近寄った。

『おなまえはなんていうの。すきなものは? すきないろはやっぱりみどり?』

 しゃがみ込み夏来に話しかける内容は、幼い子が友達を作るために質問攻めにするものだ。

『だいひょうがね、おしえてくれたんだ。あいてをしることがともだちをつくるコツなんだって‼』

 

『ねえおしえてくれたら、さっきわたしからとったからーえなじーのこと、ゆるしてあげるから』

 少女の図々しい態度にあ然とする。

 向日葵の少女も自分勝手だったがあの行動は全て親友のためのだったのに。先日のジャンクズとは違う、目の前で傍若無人の限りを尽くすジャンクズに怒りが沸々と湧き上がる。

「……それじゃ教えるよ、俺のこと」

 油断しきったジャンクズの真下から槍を生み出す。悲鳴を上げ後ずさっている間に態勢を整える。

「俺は命を粗末に扱う奴が大嫌いだ!」

 

『ぁっ』

 韓紅のジャンクズは夏来の言葉に思い出した。

 

 

 

 代表に公園という、自身と同じぐらいの容姿をした人間の集まるところに連れられたことがあった。

 行っておいでと背中を押され、私は公園で知らない人間と遊んだ。振り向くと代表は笑って手を振ってくれた。楽しかった。たくさんの色彩に溢れた場所で、代表がずっとそばにいて、見てくれて。

 

 ある時から代表は何かをしだした。それから代表は私を見てくれなくなった。つまらなくて、目の前をぴょこぴょこと通っていく生き物を苛立ちのまま潰した。そしたら代表が駆け寄ってきて、何かを言った。何を言っていたかは覚えてない。私を見てくれたことが嬉しくて聞いていなかった。

 私はこの行為を繰り返した。列をなす小さい虫からニャーと鳴く大きい生き物まで。そうすれば代表がかまってくれると覚えたからだ。

 

 最後に公園へ行った日、代表に叩かれて別れた。あの時代表に言われた言葉と重なる。

 私はあの時、同じことを言われたんだ。

「なんでこんなことをするんだ。どんな小さいものでも同じ命だ。俺は命を粗末に扱う奴が嫌いだ」

 どんな感情でそうなるのか、眉間にしわを寄せ、眉を下げるあの顔に私は啖呵を切ったのだ。

 

 

 

 動きが鈍くなったジャンクズに夏来はとどめを刺そうと動き出す。

 転倒した際に転がった剣を拾い、足へと融合させる。

 

 息を吐き出しながら足に力をため始めた夏来に、ジャンクズは危機を直感し阻止しようと動き出すが、既に遅かった。力の入った夏来の蹴りはジャンクズを捉え、猛烈な一撃は韓紅を貫通する。

 防御は意味を成さず、ジャンクズは黒く変色していく。

 

 剣が融合した右足は韓紅に染まっていた。

 

 

 黒い木屑が辺り一面に散らばる中、夏来は彰悟の前で変身を解いた。

 

 

 

 

 

「……今」

 ポピーレッドのジャンクズの少年はふと花火を見ることをやめ、遠くをじっと見つめる。

 同時にフェイスも感じ取ってしまった。

 韓紅が消滅したことを。

 




韓紅色のジャンクズ(足踏みミシン)

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