怪我が完治した洪城は電車通勤という朝の戦場から解放され、清々しい気分で出社した。対策室のある4階へ向かう。3階で降りる誰もが殺気立っており、逃げ込むように対策室へ急いだ。
対策室には柿原がおり、塚地はまだ出社していなかった。
「おはようございます。……なんか殺気立ってません?」
洪城の挨拶に返し、柿原は当たり前だろと洪城を睨む。
「例の女子中学生窒息殺害事件で相当行き詰っているんだろ」
「それなんですけど、ジャンクズって関わってないんですかね」
「そりゃねーだろ、たぶん」
柿原が洪城の発言を否定すると同時に塚地が挨拶をしながら入室してきた。丁度良いとばかりに柿原が塚地にふる。
「塚地お前からも言ってやれ。例の事件はジャンクズとの関連は低いってな」
「え? ああ、一課が総出で捜査してるアレですね」
例の事件で察しがついた塚地は少し考えてから、洪城に説明する。
「俺もあの事件はジャンクズ関係ではないと思うぞ。まず、失踪ではなく殺人だ。2つ目の理由は、博雪先生から連絡がない、つまりジャンクズ特有の反応が無いってことだ。これだけでも十分理由になっている」
さらに塚地は続ける。
「被害者らが姉妹等の血縁者だったら少しは可能性があったかもしれないが、ただ同じ中学、部活だ。女子中学生を狙い、窒息死させている犯人は、性的倒錯者の可能性が高い」
そこまで言うと、苦笑いで下の階を指す。
「今博雪先生の所にいた沖江さんが一課の鑑識官たちに連行されてて、すごい抵抗してたぞ」
「ちょっと、やめなさいよ! やーめーなーさーい」
「沖江さんの力が必要なんです! 来てください!」
3人が2階に降りると、渡り廊下の真ん中で2人の鑑識官に両腕を引っ張られている眼鏡の女性がいた。女性、
「たーすーけーなーさーいー!」
「呼び出しておいて、手荒い歓迎ですね、柿原さん」
塚地と洪城が鑑識官に頭を下げている中、沖江は柿原に詰め寄る。怒ってますと書かれた顔から眼をそらし、柿原は言いづらそうに、意味のなさない言葉を発した後、頭を掻く。
「あー、嫌がっているところ悪いが沖江さん、一課の鑑識の手伝いをしてくれ」
「……は?」
「被害者が窒息した原因の物質が、未確認知能体の、分泌物だったら?」
「調べるわ!」
沖江は先程まで拒否していたことが嘘の様に鑑識官を連れ、鑑識課へと消えていった。
「柿原さん、さっきジャンクズ関係ないって言ってたじゃないですか!」
「うるせっ。一応だよ、一応。お前らは一課から捜査資料拝借してこい」
喚く洪城を無視し、指示を出す。
「いいか、素直にいくなよ。使えるもの全て使え」
そう言うと、どこかへと足早に行ってしまった。
3階の刑事第一課へと塚地と洪城は向かい、ノックし、入る。
「失礼します。警備課の失踪事件兼未確認知能体対策班の塚地です」
「同じく洪城です」
「女子中学生窒息殺害事件の件で未確認知能体関連の可能性があるため、捜査資料を拝借したいのですが」
その場にいた刑事たちは突然来た塚地達に一斉に振り向く。その中の若い刑事、志木内が対応する。
「この事件は失踪ではないので、未確認知能体は関係ないのでは? それに警備課って、そもそも失踪などは生活安全課の仕事でしょ」
「いえ、窒息原因の謎の物質の調査が行き詰っているらしいじゃないですか」
「ええ、だから今、鑑識課の結果待ちなんです」
「その鑑識課から対策班に派遣された沖江さんに応援が入りまして、もし、鑑識の結果に未確認知能体関連がありましたら、すぐ対応しなければならないので、情報の共有は必須かと」
青筋を立てながら笑顔で話し合う塚地と志木内の顔を見た者から悲鳴が上がる。
その内、志木内が溜息をつき、新倉さんと中年の刑事に声を掛ける。
「捜査資料を彼らに渡してくれ」
「いいんですか」
「ああ。わかっていると思うが、鑑識結果で関連がなかったら返せよ」
そう言うと、ファイルを渡す。
「ご協力感謝します。失礼します」
「……失礼しまーす」
捜査資料を手に入れた塚地と洪城は部屋を後にした。
「……塚地お前やばいな」
「なにが?」
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「ひまわり畑に行こう!」
市内で起こった悲惨な事件で学校から外出を控えるよう喚起されているが、夏休み、暇を弄ぶ生徒たちが大人しく従うはずもなく、あずさはこよみから遊ぼうと誘われた。最初は拒否していたが、受験勉強から解放されたさから、折れる形で出かけることになった。
「すごい!」
「うん!」
2人は眼前に広がる、青空をバックに咲き誇るひまわりに歓声が上がる。
巣部本町にあるひまわり畑はバスが走っていることもありアクセスがよく、地元の人はもちろん観光客も多い。売店もあり、飲み物やアイス等のお菓子、向日葵の販売を行っている。2人は飲み物を購入すると、入口へと向かった。
太陽に向かいのびのびと成長した向日葵はあずさたちの頭の少し上で大きく咲き、彼女らを簡単に取り囲む。ひまわり畑を散策しているとき、横でこよみはぽつりと零した。
「あずさの色がいっぱいだね」
「え?」
隣を見るとこよみが見つめていた。
わからないが、取り敢えず笑うとこよみが微笑み返す。
こんな時がいつまでも続けばいいのに。あずさとこよみの想いが重なった。
ひまわり畑を営業している一家と高汐家は交友があったのだろう、彰悟から手伝いに行ってくれと頼まれた夏来と美波は、アルバイトとして売店や畑の監視等をこなしていた。
夏来はひまわり畑で危険なことがないか、パトロールをしていた。といっても特に問題もなく、向日葵が咲き誇っているだけで、とても平和だ。
頭の上でさんさんと熱を降り注ぐ太陽には、帽子を被っていても熱中症になりかねないため、すれ違う人で日除け対策をしていない人、飲み物を所持していない人に声を掛けていく。夏来自身も帽子を被り、スポーツドリンクを飲んでいる。
女の子、中学生ぐらいの2人組とすれ違う際、夏来は腹部にある痣が少し痛んだ気がした。気のせいかと思ったが、すれ違った2人組に一応声を掛けておく。
「君たちー、暑いから熱中症には気を付けて。ちゃんと水分補給するんだよ」
「は、はい! ありがとうございます、気を付けます」
後ろから声を掛けられた女の子たちは驚くが、おさげの子が律義にお礼を言った。もう一人は不思議そうな眼でこちらを見ていた。
去っていく2人組の黄色いシュシュを付けていた女の子に夏来は違和感を感じる。それが何かわからないまま休憩に入り、美波が担当している売店へ向かう。
冷房の効いた店内は数名のお客と店番をしているオーナーの妻、きみ子がいた。夏来に気づいたきみ子は手招く。
「夏来君ありがとうね。貧祖だけど昼ご飯用意してるから、美波ちゃんと食べてて」
「ありがとうございます」
きみ子にお礼を言うと奥の部屋へと引き下がる。今はスタッフルームになっている台所では、美波がフライパンを使って何かを懸命に炙っていた。ストップウォッチのタイマー機能を使っていたのか、鳴り響く音とガスの火を止め、やり切った表情の美波に夏来は声を掛ける。
「美波一緒にご飯食べよう」
「あ、夏来。聞いてるよ、このおにぎりだよ」
ラップに包まれた大きいおにぎりを2人で頬張る。漬物が入ったおにぎりは今日の様なバテそうな日にはぴったりの昼飯だろう。この部屋で唯一の冷房機である扇風機に当たり麦茶を飲みながら、夏来は美波に何をしていたか尋ねる。
「向日葵コーヒーってのを作ってたの」
「へぇ、それっておいしいの?」
美波は少し悩む。
「うーん、人それぞれって感じ」
美波の答えに苦笑いする夏来に飲んでみる? と勧めようとする。丁重に断る夏来に無理矢理飲ませようとする美波たちのじゃれ合いは、客を捌いたきみ子の登場まで続いた。
「夏来覚えてる? ここにさ、よく4人で来てたよね」
唐突に訊いてきた美波に夏来は素直に答える。
「そうだね。ここに来た時思い出したよ」
夏来の発言に美波は少しだけ悲しそうな表情になった。
「私はずっと覚えてたよ。最後に来たのは9年前、小学生以来」
「……そんな前かぁ」
声の沈んでいく美波と夏来にきみ子は話題を変えようと、声を掛ける。
「夏来君、畑では何もなかった?」
「特に何も……ぁ」
何もなかったのだが、夏来は気になっていた女の子を思い出す。あつーとうちわを仰ぐ美波を見て、違和感の正体に気づく。
「中学生くらいの女の子2人組で黄色いシュシュを付けていた子が、汗掻かず涼しい顔してたな。そういう体質なのかな」
「夏来も大概だけどね」
きみ子も印象に残っていたのか、そういえばと話す。
「あの子たち、今問題になってる中学校の生徒だったわ。被害者の子と同じ部活だって言ってたけど大丈夫かしら」
「犯人速く捕まるといいんですけどね」
きみ子の話す内容に夏来はもしかしてと、思考を巡らす。
痣の痛み、猛暑なのに涼しげな顔、失踪ではなく殺人。
ちょっと探ってみよう。そう考えた夏来は取り敢えずこれからの仕事に集中した。
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「はぁ」
「溜息をつくと幸運が逃げる、らしいぞ」
七色にぼんやりと光る大地を踏みしめる音が溜息に被さる。
「あら、迷信なのよ。それ」
振り返った女性の大きなイヤリングが揺れる。
「知っているさ。私は君より長生きだからね」
「なんの脅威も無く育ったものね、あなたたちは」
意味も価値もない会話をこれ以上必要ないと、男女、ギブア代表リレインとフィロ代表シストは、会話をやめ、祠の様な祭壇に黒い濁った球をそれぞれ1つずつ捧げる。置かれた球はドロドロと溶け落ち、祭壇のあたり一面にある地面から浮き出た大木の根に吸い込まれると、玉虫色に鈍く輝く葉が、大地が、一層濃く色づき艶やかに煌めいた気がした。
「あなたの所は大丈夫だと思うけど、心配なのよ、他が」
「フェイスは心配ないだろ。……アルーブとメットが果たして協力など出来るかどうか」
リレインのめったに動かない眉間のシワがさらに深く刻まれる。
「アルーブは言えば素直に聞くわよ? 問題なのはフェイスとメットよ」
他の同族に不満があるのか、愚痴の言い合いになった2人は、完全に溶けた球、カラーエナジーが吸い込まれた事を見守ると、そそくさと別れを告げ別々の方向へ歩き出した。
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クーラーで冷やされた部屋に長時間いたことが理由では決してない。
明確な恐怖からだ。
井口妃華莉、内藤茉子を殺した犯人が確実に自分かまだ生きている
なんで、なんで、なんで! 混乱した脳は使い物にならず、感情だけが先走る。茉子が殺されたと聞いたとき、次は自分たちだと直感した。話せるような理由なんてない。話せるはずがない。
どうせなら、菅井あずさが殺されればよかったのに。咄嗟に出てきた人物と殺された友人に共通点を見出す。そうだ、あずさが自分たちを殺しているんだ。虐めていた自分たちに復讐している。錯乱した梨沙は、たどり着いた解から抜け出すことが出来ない。両親なんてどうせ相手にしてくれないし、先生や警察に自分がいじめをやっていたなんて言えない。そんなことありえるはずないのに、取り返しのつかない現実に梨沙は涙を流す。
ピンポーン
訪問者を知らせるチャイムが鳴る。
自室から出る気のない梨沙はそれを無視するが、玄関のドアが開く音と話し声が聞こえてくる。ドアの閉まる音と階段を上る足音が聞こえる。ノックをせずに入ってきたのは梨沙の姉である。いらだったように梨沙へと紙を渡す。見ると部活の課題だった。
「あんたの部活の子がわざわざ来てたのよ。いるんだったら出なさいよ、暇人」
当たりがきついのはいつものことだった。むしろ易しい方だ。母親だったらもっとひどいことを梨沙はわかっていた。
「……誰が来たの」
「チッ、礼ぐらい言えよ。あー、苗木こよみって子。漫画のヒロインと同じ名前って奇跡ね」
そう言うとすぐに出ていってしまった。
「……こよみちゃん」
意外な人物の登場に思考が鈍る。
梨沙は何も考えず家を飛び出した。こよみを追って。
ついさっき通った道をこよみは歩く。本当はとても面倒だったけど、あずさの役に立ちたい、その思いだけでここまで来た。もう少し先の十字路を曲がった先の公園であずさが待っている。今日はどこに行こうか、こよみの思考はそれだけに使われていた。
「こよみちゃん、待って!」
後ろから誰かが名前を呼びながら走ってくる。あずさ以外に興味関心のないこよみはその声を無視し歩くことをやめないが、走ってきた梨沙に腕を掴まれる。
「離して、あずさが待ってる」
梨沙の方に振り向こうともせず、単調な声で存在を拒否する。しかし、梨沙は離さない。
「やっぱり菅井と一緒なの! ねえ、こよみちゃん。菅井がひーちゃんや茉子ちゃんを殺しているんだよ! 一緒にいたら危な」
梨沙が言い終える前にこよみにおもいっきり腕を振り払われる。15歳女子とは思えない力で振り払われた梨沙はアスファルトに尻を強打する。
「いったぁ。なっ」
突然のことに梨沙は何か言おうとこよみを見上げるが、こよみの表情に金縛りに合ったように全身が動かなくなる。
こよみの顔は妃華莉を殺した時と同じ、無表情で人形の様な光も濁りもない眼で梨沙を見下ろしていた。
「価値のない愚かな存在とは分かっていたけど、ここまでとは思ってなかった」
感情の感じられない平淡な声に梨沙はびくりと体を震わせる。
「な、何言って……」
こよみの言ったことが理解できず、梨沙は思わず訊き返してしまう。それにこよみは話し出す。
「私にとってあずさはこの世界に存在する唯一色付いた宝石なの。キラキラしていて儚くて、とっても大事な宝物なの」
「宝物が傷つかないように守るのは当たり前でしょ?」
当然の言い分の様に告げられる言葉の数々に人間の梨沙は理解することを拒否し始める。口元を上げ、人のよさそうな顔で一歩、また一歩近づく。梨沙は尻もちをついたまま後ずさろうとするが、こよみから感じる人間ではない恐ろしい者の空気に圧倒され、思うように体が動かない。
「だからね。わかるでしょ。あずさ以外は価値の無い癖にあずさを壊そうとすることが許せないの。だからね」
「先に壊しといたよ。あとはあなただけ」
笑ったこよみの顔は醜く歪んでいた。
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※ジャンクズの名前である苗木こよみは、仮面ライダーウィザードの笛木こよみがモデルとなっています。この世界では、ウィザードは漫画という設定です。