東方忘却記   作:マツタケ

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※この作品に登場する土樹良也(つちき りょうや)くんは久櫛様の作品『東方奇縁譚』の主人公であり、作者のオリ主ではありません。


プロローグ
はじまり


 

 

 

現代の日本では見られない“里”と呼ぶのがふさわしい村の中。

決して洗練された技術はないが、人々は不満ひとつなくその生活を充実させていた。

 

都会では決して見られない里の人達の生活感あふれる田舎特有の雰囲気。

 

 

 

 

 

そんな人里の一角に一人の青年の周りを囲む子供達の姿があった。

子供達の衣服に比べて青年の姿はあきらかに周りとはちがう。

里の人達がまるで戦国映画か何かのロケの様な衣服を身にまとっているのに対し、青年の服は現代日本でならどこででも見かけそうな男性の私服。

 

 

まるで映画のロケに迷い込んだ一般男性のように見えない事もない。

 

 

心優しい青年は子供達にアメを分け与え…  というかばら撒いていた。

子供達は無邪気にそれを拾い口へと運んでゆく。

さながら昼間の公園でハトにエサ撒くサラリーマン。PTAはきっと大激怒だ。

そこには角ばった眼鏡に塗りたくった様な化粧の中年女性達の姿が。

 

うちの子になんてマネさせるのよ! 子供達を何だと思ってるの!? 人権に対する冒涜だわ!

すみません、すみません、誠に申し訳ございません

 

怒れるおば様方に対してスーツ姿で頭のちょっと風化した熟年男性が平謝りだ。

責任者は誰だ!? おば様達のヒステリーは治まることなく悪化するばかり。

 

 

 

 

 

などという事はなく、周りの大人達はそんな光景を微笑ましそうに見守っていた。

 

むしろ子供達に混ざり大人も彼の周りを囲んでいる。

決してこれから彼を 兄ちゃんうちの子に何してくれてんだ!と、袋叩きにしようというのではない。

 

青年が食品を彼等に手渡し、青年はその代金を受け取る。

そして、世間話が盛り上がり周りの大人達と談笑する。

そこには商い、そしてコミュニケーションが成立していた。

里の人達は快く彼の存在を受け入れていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは、幻想の集う処   幻想郷

ここではごく自然に妖精・妖怪・鬼・幽霊etc そして人間が住まう不思議な世界。

 

そして彼、土樹良也はその“外”の人間だった。

いわゆる現代日本からこの幻想郷へと自由に行き来できる稀有な人物。

これはそんな物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばこの間、上白沢のねーちゃんが子供を拾ったそうだよ?」

 

「子供?慧音さんが?」

 

世間話の流れで不意にそんな話題が持ちあがる。

上白沢慧音 幻想郷の中でもこの人間の里の守護を担っている半人半妖の女性だ。

歴史にとても知識が深く子供達にも歴史を教えている。

 

「なんでも、里の外れで倒れてたところを上白沢のねーちゃんが介抱したらしい。聞いた話じゃ記憶がなくなってて自分の名前も分からないとか」

 

「へぇ~…、なんか大変そうですね」

 

良也の言う『大変』は両方に対してだ。

 

割とよく耳にする『ここはどこ?私は誰?』マンガやドラマなどにも幅広く使われるネタではあるが、実際当人からすればそれはネタでも何でもない。

良也が人並み外れた順応力で幻想郷に馴染めたのも、それはこれまでに培ってきたマンガなどの知識の賜物。それを賜物といって良いのかは別として、そのおかげだ。

しかし、これまでの知識も周りの環境も自身の記憶すらない状態。それはきっと大変なのだ。

 

慧音も然り。 医学が現代日本ほど発展していない状態で、加えて医師でもない彼女がそんな子供を拾い世話をする。それも大変だ。

 

 

 

 

 

「そちらのレモンキャンディーを貰えるかな?」

 

噂をすれば影とはよくいったものだ。

その声の主こそ人里の守護者にて寺子屋の教師、上白沢慧音だった。

 

「いくつですか?」

 

「5~6個頼むよ」

 

代金は予め数えやすい様に並べて、レモンキャンディーは専用の小さな小袋へと入れられる。

こういう何気ない動作にも人の性格とは表れるものだった。

 

 

「珍しいですね。いつもはミルク味なのに」

 

“外”の世界からお菓子や本などこの幻想郷の文化に極力影響のない小物を里の人達に売る。

それが良也のこの幻想郷での日課の様なものとなっていた。

 

商売もある程度続けていると誰がどんな商品を好むのかも自然と把握できてくる。

顔の狭い人里では尚更だ。

それによって次にどんな品を持って来れば売れるのかが分かってくるからだ。

 

 

 

「今回は自分用だよ。疲れた時に軽く摘める柑橘系の味がちょうど良くてな」

 

まるで食べる時間を惜しんで携帯食に走るOLの様な発言だった。

良也は内心サービスしようとも思ったが

生真面目な彼女の事、断られるだろうと自粛した。サービスを自粛というのも妙な話だ。

 

 

 

 

 

「さて、悪いんだがキリの良いところで家まで来てもらえないか?」

 

「え、慧音さんの家にですか?」

 

若い女性が年頃の男を家にだなんて そんなっ!!

 

な、考えが一瞬彼の中に芽生えすぐに打ち消した。

どうせこの先に待っているのは何の色気もない依頼か何か。分かっている事なのだ。

それならば考えるだけならタダではないか。年頃の男の子(?)だもの。

しかし、あまり考えると顔に出るとよく言われるのでそこは程々にしておいた。

 

むしろソッチを自粛しろよと、どこからかツッコミを受けたような気がした良也だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「実は最近、里の近くで倒れていた子供を介抱したんだが」

 

「里の人にも聞きました。記憶がないとか……」

 

その会話の流れに良也は軽く物怖じする。

わざわざ家に呼ぶという事は、これから彼に何かしらの相談・もしくは依頼をするつもりなのだろう。

そして彼女の言動からして、それは記憶喪失の子供関連。

どう考えても自分の能力・性格とはとても相性が悪いのでは、と思えたからだ。

 

 

 

「なら話が早い。その子の衣服が少し変わっていて、もしかしたらだが外来人かもと思ってな。君ならその辺の判断がつくだろう?」

 

「………なるほど」

 

慧音の補足は、まるで良也の懸念を先読みしたかのように的確だった。

つまり彼女の意図するのは、外来人である良也に外来人“かもしれない”その子供の確認と更なる情報の期待 といったところだろう。

 

それならば良也もなんとか協力が可能だ。

つまりは、彼の分かりえる情報を提供するだけで良いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し、待っててくれ」

 

上白沢宅の玄関で、彼女は良也に一声かける。

さすがに言われるまでもなく家主、しかも女性の許しなしに居間までドカドカと入り込むつもりはない。更に言うなら度胸もない。

 

 

 

こがねー という凛とした声が響き渡る。

古河音、それが慧音が世話をしている子供の名前なのだろう。

 

「あれ?たしかその子って自分の名前も……」

 

「呼ぶのに不便でな…。仮名といったところだ」

 

慧音がその名前を読んでから1分ほど。一向にその子供が現れる気配はない。

眠っているのでは? 出かけているのでは? 何かあったのでは? そんな懸念が良也の頭の中を過りだした頃。

 

 

「古河音~っ 出てきなさい!」

 

慧音の視線の先に気づく。彼女はじっと柱を見つめながら喋っている。

 

 

記憶をたどれば誰も“人間の子供”などとは言っていない。

この混沌渦巻く幻想郷。

もしやあの柱こそがその子供ではないのか、と思った矢先

柱の隅で何かが動くのが彼の視界に入る。

わずかに見えるは人の肩であろう部分。もしその子が人間であるならば間違いなく肩の部分。

 

そこで良也はようやく気づく。

随分と長い間現れないと思ったその子供は、慧音の呼び声にでて来ようとしたは良いが見知らぬ良也の姿を見て出るに出られなかったという事に。

 

 

 

 

 

「大丈夫だ、この人は男としてちょっと心配になるくらいに無害だから」

 

「慧音さん、それどういう……」

 

男のプライドがほろりと傷ついた良也が反論しようとした時

柱の後ろから子供がその姿を現した。

 

【挿絵表示】

 

 

「セーラー…!! ごほんっ」 「?」

 

暴走しそうになったその口をなんとか理性でおさえる。

真面目な慧音に記憶喪失患者

そんな2人の前であまりタガを外すと追い出されかねない、と思った彼なりの判断である。

 

自分を取り戻した良也は改めて子供、少女の姿を見て納得する。

なるほど、変わった服装だ。加えて慧音のいう彼女が外来人かもしれないという推察も外れてはなさそうだ。

 

セーラー服。

元来は海兵の服とされているが、その辺は置いとくとして。

現代日本では主に女子中学生が制服として身にまとい、マンガやアニメなどではヒロインなどがこれでもかという程に着こんでいるアレだ。

 

柱から現れた少女の姿はまさしくソレ。

外見からしてまだ中学に入って間もない年齢。身長に恵まれていないだけの可能性もあるが中学生である事は間違いなさそうだ。

残念ながら良也にはどこの中学の制服かまでは分からない。

当然だ。一口に“外”と言ってもその範囲が絞れるのはせいぜい“日本”という事くらい。

少女の言葉が標準語ならある程度は絞れるかもしれないが、それでも十分広い。

 

セーラー服で異世界トリップなんて、まるで某巫女の生まれ変わりが戦国時代にタイムスリップして犬耳少年と大冒険の様だ という考えが彼の頭で浮かんでは消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そうか」

 

「それに住所が分かったとしても、記憶がないんじゃ結局この子自身が不安な事には変わりないでしょうし」

 

場所は上白沢宅の居間。

良也は記憶喪失の少女、古河音について現在分かり得る情報を報告していた。

とはいったものの、肝心の当人が“中”も“外”も分からない状況下。

同じ外来人というだけでは有益な情報は得られなかった。

 

「っと、すまないが今から出かけないといけないんだ。

ついでの様で申し訳ないんだが、この子の事お願いできないか?話をするだけでもひょっとしたら何か掴めるかもしれないし。夕方頃には戻ってくる」

 

「分かりました」

 

 

 

 

――――青年少女沈黙中。

 

慧音が外出してから数刻。

会話のないなんとも気まずい空気が流れていた。

元々良也がこの家に訪れてから彼の前に姿を現すだけでも時間をかけている。

口数が少なく、典型的な人見知り。

今まで良也が相手取った事のないタイプの人間だった。

 

 

「あ、あの………」

 

「ん?」

 

そんな中うつむきながらもようやく彼女の口が開く。

というか初めて声を上げた。

 

 

「ほ、本日は………お日柄も良く……」

 

 

――――会話終了。

 

いや、会話と呼んで良いのかすら怪しいものだった。

いたたまれなくなった。良也はただただ……いたたまれなくなった。

ロクに会話もない中で中学生、しかも記憶喪失患者に気を遣われた事に。

 

「よしっ」

 

そう言って腰を上げる。

このままではキリがない、と判断した良也は外に出て商売の続きをしようと思いつく。

 

軽く外の空気を吸う事によって多少は口数も増えるかもしれない。

良也自身も、その間稼ぎも増える。まさに一石二鳥ではないか。

実際はそう上手くいくものではないだろうが、少なくとも彼はそう考えていた。

思いつくままに、まずは行動してみる。そこが彼の長所でもあるし短所でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その…良也さんは………」

 

里の広場に向かう道中、再び古河音が口を開く。

外の空気を吸ってリフレッシュ作戦もあながち外れではなかったらしい。

 

「“外”の世界の人間……なんですよね?その、私と同じ………」

 

「まぁ…、そういう事になるな」

 

私と同じ、という言葉に自分が不老不死である事をつけ加えようとして 止めた。

今そんな事を言っても話の腰を折るだけだし、何より余計に彼女を混乱させるだけだろうと思ったからだ。

 

 

 

 

 

「よそ者……    なんですよね…?」

 

「………………」

 

面倒な質問キタコレ。

今の良也の心境はまさしくそんな感じだった。

彼女の言葉の意図する所はなんとなくではあるが、見当はついている。

 

 

 

結局、人里に馴染んでいるって言っても、よ・そ・も・のなんでしょう? げらげらげら

 

里の人達の笑顔の中には彼を疎ましく思う感情が常につきまとう。

それでも彼等は良也に対してとても親切。それはなぜか

楽しんでいるのだ。

よそ者として疎まれながらもその事に気づかない彼をまるで籠の外からモルモットを覗きこむかの様に観察しながらげらげらと笑っていたのだ。

 

と、いうような嘲笑の類ではないだろう。

 

 

 

 

不安なのだ。

自身の名前も自分がどこから来たのかすら分からない。

そんな中、自分を助けてくれた慧音は自分にとって唯一頼れる存在。

極端な話、身内の様な存在。

 

しかし、自分がどこか別の世界の人間、異分子だと分かった今

古河音の中で自分と慧音との距離がどこか遠い物に感じてしまっているのだろう。

外来人。聞こえは良いが彼女の言うところの『よそ者』も決して間違いではないのだ。

 

 

 

が、問題はそんな事ではない。

問題なのは彼女の問いにどう答えるか、だ。

 

肯定する「そうだお前はよそ者だ。ただの居候なんだ」

完全な悪役である。

否定する「そんな事ないさ。君はもう幻想郷の仲間サ!」

気持ち悪い。

 

か、どうかは別問題として一般的には否定する事が好ましく思えるだろう。

しかし、彼女が“外”の世界の人間である事も動かしようのない事実。

いずれ記憶の戻った彼女は“外”へと帰らなければならない。

その時、彼女の中では確実に迷いが生じるだろう。

 

 

 

 

「そんなに深く考えても仕方ないだろ。細かい事は記憶が戻ってから考えれば良いし」

 

「………はい」

 

問題の先延ばし。 結局それくらいしか浮かばなかった。

もっと頭の回転の早い人は、もっと口の上手い人は、もっとこの場を上手くまとめられたのだろうか。

そんな事を考えながら、良也は里の広場へと到着していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ……おぉ~!マジかっ!!」

 

商売を再開した良也のテンションは高かった。

いや、正確には商売を終えたのだ。

 

完売。 彼がこの幻想郷へと持ち込んだその商品の全てが売り切れたのだ。

みかんやりんご、ぶどう等。お菓子に比べると多少値の張る果実類まですべて完売。

一定周期でたまにある事なのだ。

並の売り上げの日から何の前振りもなく突然売り上げがあがる時が。

 

「いやぁ~~、テンションあがるわ!圧倒的じゃないか―――……」

 

「我が軍は」

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

テンションが上がっていたためか気づくのが遅れた良也だったが

たしかに今、誰かが彼のセリフに続いた。

その声は決して良也のものではなく、どちらかと言えば10代前半の少女のよう。

 

「……はい?」

 

良也の視線が自分の隣にいる少女、古河音へと向けられる。彼女もその視線に気づいたようだ。

彼の耳が確かなら、先ほどの声の主は彼女という事になる。

 

そこで違和感。

 

彼女は今記憶喪失のはず。

更には例え記憶があったとしても目の前の少女が彼のよく知る某アニメのネタを知っているとはとても考えづらい。

 

 

だからこれは勘違い前提。 試すだけならばタダ。

そんな思いで、良也はとある言葉を口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ザクとは違うのだよ」

 

「ザクとは」

 

 

 

 

 

 

違和感は、予感へと変わっていった。

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