東方忘却記   作:マツタケ

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このお話は東方忘却記「おしまい」からの続きとなっております。
まだお話を読まれていない方はそちらを読んでからの方がお話を楽しめるかもしれません。

この物語には久櫛様の運営されている久遠天鈴(http://kuontenrin.ehoh.net/)の作品『東方奇縁譚』の主人公土樹 良也(つちき りょうや)くんが登場します。
そちらが気になる方はぜひ読んでみる事をおススメすます。


東方分岐道
その1


 

 

 

かりかり   かりかりかり

 

硬質なものが何かに当たる様な単調な音が一室のBGMを支配していた。

音と時間が比例する様に一枚、また一枚、小脇に置かれた紙の束が厚みを増していく。

 

「……ふむ」

 

作業がひと段落終えて、改めて自らの手にしていた物をしげしげと見つめる。

相も変わらず彼が外の世界から持ちだしてくる物には不思議な物が多い、と改めて認識した。

 

彼女、上白沢慧音の手にしていたのは『鉛筆』なる代物だ。

筆とは勝手が違い慣れるまで字が書き辛くはあるものの、慣れてしまえば墨が乾くのを待つ必要がなく作業時間が随分と短縮された。

加えて鉛筆で書かれた文字は『消しゴム』で消す事ができる。これも大きな利点だ。

筆で書かれた文字は一度ミスをしてしまうと修正が利き辛い。紙一枚無駄にするという事も少なくない。

 

どういう原理かは分かりかねるが、この2つの道具は便利の一言に尽きる。

しかし、それを子供たちにも勧めるかといえばやや躊躇われる。

子供達のみならずこの里の人間はやはり筆で文字を書くという事に馴染みがある。

それに筆には筆にしかない文字の美しさや書き辛さから生まれる綺麗に書けた時の達成感というものもある。

便利、その一言でそれを子供達に安易に勧めるのは何かが違うのではないか?

誰もいない一室で慧音は鉛筆を穴が空く程見つめながらそんな事を考えていた。

なかなかにシュールな図である。

 

「と、今それを使っている私がそれをいっても説得力がないな」

 

鉛筆を静かに置いて一旦思考を中断した。

どちらも一長一短だ。別に片方を全否定する必要はない。

どちらも使い道に分けて使って受け入れれば良い。

全てを受け入れる。それがこの幻想郷なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供達が元気に外を走り回っている。そんな光景を見てつい笑みがこぼれてしまう。

本日は里の寺子屋も休日だ。

それを見て勉強しなさいと咎めるつもりは毛頭ない。

遊びも大切な勉強のひとつであるという事を彼女はきちんと理解している。

 

「(宿題を忘れたら問答無用で頭突きだがな)」

 

直後、遊んでいた子供たちが一瞬硬直したのは、恐らく気のせいであろう。

 

 

 

 

「………そういえば、アイツもよく宿題を忘れていたっけな」

 

思い返す様に、慧音の表情から笑みが消えた。

 

1週間程前、この幻想郷にまたひとつの異変が起き、解決された。

自他共に認める『忘却異変』というものだ。

その首謀者は他でもない上白沢古河音。

慧音と同じく上白沢の性を持つ彼女の義理の妹だ。

 

異変解決の後、彼女は幻想郷を離れ外の世界へと帰っていった。

そう、彼女は外から来た外来人だった、

ただ他の外来人と違うのは博霊の巫女を介してではなく、自然と外の世界へと帰っていった事だ。

その違いはただひとつ、行く先が分からないという事。

現在、同じ外来人である良也に彼女の本当の名“星神すずめ”という名で彼女を捜索してもらっている。

それまでは手紙すら届かない。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

気晴らしに訪れた稗田と明記された家の前で一息吐いた。

友人を訪ねるのに暗い顔はできない。

心配事はあるものの、それはそれこれはこれである。

 

「阿求、私だ。今大丈夫か?」

 

扉を開いて自分の訪問を伝えた先に明らかに彼女のものではない靴が一足。

客人が訪ねているのだろうと思い、そこでふと疑問が沸いた。

 

「この靴、どこかで見覚えが……」

 

というか、自分と同じデザインのものだ。

以前彼女の家を訪れた時に忘れた物?

ありえない、靴を忘れて帰る間抜けがどこにいよう。

更にはサイズが明らかに慧音のものより小さかった。

 

まさか…。

そんな疑問を裏付けする様に微かに、だが確かに聞き覚えのある声が慧音の耳に入った。

客人としての礼儀、それはとりあえず戸棚にでも置いて慧音は駆ける様に阿求宅の奥へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

進んだ先にはこちらの侵入に気づいたであろう見覚えのある姿が窓を介して脱出を試みていた。

が、遅い。 彼女の身体能力を以ってすればその程度の距離あってないようなものである。

脱出しようとするその少女の腕を掴み、その勢いのまま自らの頭を振り上げ―――……

 

「ちょっ……お姉ちゃんっ!?タンマ……っ」

 

 

過去最大級の音が阿求宅から里中に響き渡った。

 

 

 

 

「さぁ、なんでこんな所にいるのか教えてもらおうか。古河音?」

 

「あの…。たぶん今答えられる様な状態じゃないと思いますよ?」

 

頭から煙を出しながら仰向けのままぴくりとも動かない。

その姿はさながら修理不可の壊れた電化製品。

機器は叩けば直ると言われるが、所詮それは迷信である。

 

この壊れたテレビの様に横たわった少女こそ、彼女の妹であり現在行方不明中だったはずの忘却異変の首謀者・上白沢古河音である。

感動の姉妹の再会? そんなものは第一期でやってくれ。記念すべき第一話でそんな辛気臭い展開などあるはずもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~~、私もてっきりあのまま消えるものだと思ってたんだけどさ。気づいたら森の中で寝てて。そのあと紫さんに聞いたら私が“幻想郷の常識”に染まり過ぎたのが原因だとかなんとか……」

 

幻想入り。そして現代入り。

それらの境界を決めるのはその常識にある。

外の世界の者が幻想郷に入れないのはその者が外の世界の常識に染まっているからだ。

幻想郷の者が外の世界へいけないのはその者が幻想郷の常識に染まっているからなのだ。

 

本来、幻想入りするはずのなかった古河音は月詠鈴芽の消滅によりそのまま外の世界に戻るはずだった。

が、記憶を取り戻したとはいえ古河音という少女はこの1年であまりに幻想郷に馴染み過ぎた。

その幻想郷の常識が現代入りと拮抗し、結果現代入りを阻む形となった。 八雲紫談である。

 

 

 

 

 

 

「で、この1週間私や良也君に一切連絡がなかったのはどういう事だ?」

 

腕を組み、口元で笑い、目元は怒りで溢れている。

いつ第二の頭突きがきてもおかしくない状態だ、

最近慧音先生の頭突きの威力が増してきている様な気がする、というのは生徒達の情報だ。

 

「いや、そこはほら。あんな小っ恥ずかしい別れ方して帰るに帰れないじゃん?

で、その間阿求ちゃん家でお世話になろうかなぁーって……」

 

目を泳がせながら『料理豪勢だった』と小さく最後に一言。

人間、一度甘い蜜を吸ってしまうとなかなか止められないものなのだ。

 

 

「阿求…」 「あは…あははは……」

 

何か言いたげな慧音の視線に阿求の口元から乾いた笑い声が漏れる。

それはまるで無断で飼っていた野良猫が見つかった母と娘の様な展開を連想させる。

 

 

 

「まぁ、いい。もう十分恥はかいただろ?明日からちゃんと寺子屋にも顔を出しなさい」

 

「……怒ってないの!?」

 

口より手、手より頭が、硬質の慧音の頭部が古河音の額へと吸い込まれる様に音を立てて激突した。本日二度目の頭突きだ。

 

「いや、怒ってるけど?」

 

まさに肉体言語。

スキンシップというにはあまりにバイオレンスである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。どうしても連絡しないでくれと念を押されたもので……。あと古河音から聞く外の世界の話も面白くて、つい」

 

困った様に笑う阿求の言葉に慧音の心境は複雑だ。

そう、古河音は外の世界での記憶を取り戻したのだ。

何も知らずに生活をしていた1年前とは違い、手放しでは喜べない。

 

「そうだ、幻想郷縁起とは別に最近絵を描いているんですが見てもらえませんか?」

 

阿求の申し出は慧音にとって意外なものだった。

慧音にとって阿求という少女は基本受け身だ。

頼まれ事をされれば今回の様にNOとは言えずに引き受けてしまい、自分から何かをすると言えば本を読むか幻想郷縁起に関連した知識の収集くらい。

 

自ら絵を描きそれを人に見せるなど、少なくとも今までの阿求はしなかった事だ。

 

横目で、未だにうつ伏せで倒れている古河音を見た。

寺子屋でもあった事だ。

彼女と触れ合った人間は良くも悪くも変わっていく。自分にはない力だと慧音は思った。

 

 

「どうでしょう?」

 

「……………ッ!!!?」

 

上白沢慧音は硬直した。

その小柄な身の丈から遠慮気味の笑顔で「どうでしょうか?」などと尋ねられれば多少下手であろうとも褒めてしまうものだ。

それ程に下手なのか? いや、違う。

むしろ流石は幻想郷縁起を作者であり、その画力は相当のものだ。

ならば、問題は何もない。

 

それが細身の少年を青年が半裸にしてねっとりと愛撫している、という内容でなければ。

 

「あ、もう一枚あるのですが……」

 

「いやいやいやいやッ!!! ちょっと待て!!?」

 

取り乱す慧音に対して「はい?」と首をかしげる。

至って平然としているその態度とその絵の内容とのギャップが逆に怖い。

自覚がないのだ。自分の絵が世間一般では受け入れ難いものであるという事に。

 

 

 

 

 

「………ふっふっふふふ」

 

背後から、不気味な笑い声が聞こえた。

いや、そんな気は薄々していた。

何をしたかは知らないが、こういう展開が誰の仕業であるか位はなんとなく想像できていた。

 

「お姉ちゃんは覚えてるかな?

私がいつの間にか神より授かった(その辺の記憶はない)記憶を操る能力がある事を」

 

「お前まさか……」

 

古河音曰く『小っ恥ずかしい別れ方』の際に彼女の前世・月詠鈴芽が彼女に与えた1回限りの能力だ。

それを知る者は一握りではあるものの慧音はその1人だった。

 

 

「そう、阿求ちゃんには“一度見た物を忘れない程度の能力”がある!

そこに私の“やおいの記憶”を上書きすればヴァンパイア方式で私の仲間が出来上がり!!」

 

かつて、彼女の前世である月詠鈴芽もその能力を使って好き放題だった。

その来世である上白沢古河音が、その能力を真っ当な使い方をするはずもなかった。

 

「いや、惜しむらくはこの能力記憶の一部しか書き換えられないって点だね。

できる事なら私の萌え知識全てを阿求ちゃんに継承したかった……」

 

 

 

 

 

ぽんっと静かに慧音の両の手が古河音の肩にかけられた。

 

深呼吸の後にその頭はゆっくりと振り上げられる――――――………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、上白沢古河音は数日の間再び記憶喪失に陥るのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まったく。なんで僕が倉の整理なんてしなくちゃいけないんだよ」

 

場所は博麗神社の倉の中。

土樹良也がぶつぶつとぼやきながら埃の被った置物やら箱を上げ降ろししていた。

文句を言いながらもその手際の良さは彼の天性の奴隷根性がうかがえた。

霊夢曰く「私はその間に境内の掃除をしてるから」だそうだが、まずやっていないだろう事は火を見るより明らかだ。

このあとその掃除もさせられるであろうちょっとした未来を想像すると自然とため息が漏れた。

 

せめてお茶くらい出なければ割に合わない。

正直お茶程度では割に合わないが、霊夢が淹れるのであれば話は別だ。

彼女の淹れるお茶は単純に美味しい。

特にこだわりがある訳でなく適当に入れているだけなのだが、それで実際誰が淹れるよりも美味しいのだから流石は博麗の巫女だ。

恐らく彼女はその天性の才能と引き換えに人格と金運を全て失っているのだろう。

そう考えると自然に納得がいった。

 

その時

 

後頭部に激しい衝撃が襲う。霊夢の陰陽玉だ。

思考の自由は、ないのだろうか。

そう考えた後無心で倉の整理に勤しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

倉の整理もほぼ終わり、額の汗を拭い一息ついた。

そんな時ふと一振りの剣が目についた。

魔理沙の持つミニ八卦炉と同じくヒヒイロカネで作られた草薙の剣。

の、レプリカだ。

森近霧之助から譲り受けた当時は男のロマンに柄にもなくテンションを上げたものだが、今となっては若干トラウマものだ。

相手が無事と分かっていても女の子を、それも知り合いに刃を通すというのは決して良い気分のするものではない。

 

そんな想いから霊夢の倉に置かせてもらっていたのだが、剣そのものに罪がある訳ではない。

錆びないし刃こぼれもしないが、埃くらい払おう。

 

 

 

『まったく!淑女をこんな埃だらけの倉に1週間も放ったらかしにするだなんて、信じられませんわ!!』

 

 

 

「…………うん?」

 

一瞬、どこかで聞いた様な声が聞こえた気がした。

辺りを見渡すが特に何もない。

こめかみに指を当てて瞳を閉じる。

思えば最近業務が過酷だった気がしないでもない。加えて霊夢からの半強制労働だ。

ダメ元で休ませてもらった方が良いのかもしれない。

 

 

 

『ちょっと!聞いてますの!?私の様な心の広い淑女ですから多少の無礼は許しますが、限度というものがありますわ!!』

 

永遠亭で診てもらった方が良いのかもしれない。流石に危ない。

けれどもし、これが幻聴でなかったとしたら?

聞き覚えのある珍妙な喋り方。これがもし現実のものだったとしたら?

 

もしそうだとしたら、どう受け取れば良いのだろう。

 

 

 

『まぁ言いたい事は色々とありますが、ここは様式美に従うべきですわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問いましょう。アナタが私のマスターですの?』

 

 

草薙ぎの剣のレプリカが流暢に声を発して喋っているという、この現実を。




という事で、始めちゃいました第2期!
楽しんで頂けたでしょうか?
正確には「もし古河音が帰らなかったら?」
なIFルートとなっておりますので「続き」と言って良いかどうかは分かりませんが、少しでも笑って頂けたら幸いです。
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