東方忘却記   作:マツタケ

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その3

 

 

 

「…………実に遺憾だよ」

 

串に刺さった団子を頬張り、眉間にシワを寄せてもっちゃもっちゃと音を立てる。

珍しく真面目な表情をしていてもその音が全てを台無しにしている。

 

人里のだんご屋で、2人の少女が肩を並べて腰かけていた。

無作法な音を立てているのは言わずもがな古河音である。

その隣でいかにもこれがお手本ですと言わんばかりにお茶を啜るもう一人の少女。

稗田阿求だった。

 

元々は顔見知り程度だった2人だが、例の件で阿求に匿ってもらって以来お互いに話す機会も増えて今では良き友人となっていた。

その際に彼女が阿求の記憶を弄ってさえいなければ、実に微笑ましい美談が出来上がっていた事だろう。

 

「遺憾って……どうしてです?美味しいじゃないですかここのお団子」

 

遺憾、要約すれば残念に思うという意味の言葉だ。

博識の阿求ならまだしも古河音がなぜそんな言葉を使うかといえば、偏にヲタク知識の賜物である。

 

「いや、そこじゃないんだよ。いや、むしろそこなんだよっ!!」

 

ぐいっと阿求に顔を近づけ餡のついた口から唾が飛ぶ。

 

通りすがる里の者がそんな光景を不安げな視線で見つめていた。

稗田といえば里の中でも知らない者のいないお屋敷の主だ。

つまりは人里きっての正真正銘のお嬢様。

その隣に人里では知らぬ者のいない性質の悪いイタズラ娘との組み合わせは嫌でも里の者の不安感を煽ってしまう。

 

 

 

「いやね、私ここのだんご屋は昔からの行きつけな訳なんだよ。何より美味しい!なのにアレだよっ!」

 

まだ食べかけの団子の串で、里の男達で賑わう喫茶店を指し示す。

せめて食べ終わってから、と思いつつもヒートアップした古河音の姿に言葉を納めてしまう。

何より古河音にこの手の事をツッコんでいたらきりがない。

 

「アレって、成美さんの喫茶店が何か?」

 

古河音や良也と同じく”外”の世界出身者である女性の切り盛りする人里でも珍しい洋風の外観の建物だ。

もちろん外観だけでなくそのメニューもサンドイッチやケーキなど普段里では食べられない品がそろい踏み、足りない材料は土樹良也御用達である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「別に喫茶店が悪い訳じゃなくてね?ただ、最近そっちにお客さんが集中し過ぎてこのだんご屋の客層が減っちゃうのは常連としては寂しく思う訳なのよ」

 

なるほど、と顔にかかった唾を丁寧に拭う。

これが相手を間違えれば即スペカで地の果てまで吹き飛ばされる事だろう。

 

「でも、仕方のない事だと思いますよ?」

 

賑わう喫茶店に視線を向けて優しげに微笑む。

それはまるで親が子を眺める様な歳不相応でどこか儚げな光景だった。

 

 

 

 

「最初は敬遠されながらも少しずつ里に馴染んでいく。そうして今のあの賑わいがあるんです。

例えば良也さんのお菓子なんかがそうですよね?

みんな最初は見た事のない食べ物に戸惑っていたけど、今じゃすっかり子供達の人気者。

そうやって少しずつこの里に馴染んでいくんです。紫様の言葉を借りるなら『幻想卿は全てを受け入れる』」

 

空を仰いでいた顔を古河音に向けて、だから――…と続ける。

 

「あの人気は喫茶店が里に馴染んだっていう何よりの証なんです。古河音の気持ちも分かりますけどゆっくり待ってみませんか?

それに本当の常連さんはこの店を見限ったりしません。貴女だってそうでしょう?」

 

 

ね? とにっこりと古河音に微笑みかける阿求の笑顔は母性に溢れていた。

何代にも渡り培った知識によるものなのか、はたまた彼女自身のものなのか。

いずれにせよ、それは阿求がそれだけ古河音に心を許しているという事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、そういう気長な話じゃなくてね?要はパーっとこの店にお客さん連れて来れないかって話なの」

 

手を左右に振りながら阿求が散々語ってきた話を真っ二つに、それはもう見事にぶった切った。

情緒も何もあったものではない。

そこまで話を真っ向から全否定されては、自分の話はつまらなかったのだろうかと頭を抱えたくなる気持ちに駆られる。

話を振る相手を間違えただけではあるのだが、今彼女をフォローする者は誰もいない。

 

 

 

 

「客引きのために何が必要か!?きゃわゆい女の子、だよ!!」

 

「きゃ……きゃわゆい…?」

 

ぐっと拳を掲げる古河音のテンションに阿求は1人置いてけぼりだ。

流行り廃りは別として、阿求にはあまり使ってほしくない言葉である。

 

「少なくともあそこの男性客、アレ絶対従業員目当てだよ?だって見てよあの慣れてない食べ辛そうな姿…。そう、若い女の子がいれば当然男はそこに集まるものですよ」

 

両の手で輪を作りそれを双眼鏡に模したその穴から喫茶店を覗き見る。

実際それで遠くが見えている。さりげに彼女の新魔法だ。

理に適っていなくもないが、阿求の話の後にそれを言うのはあまりに無粋である。

 

 

 

「つまり、このだんご屋に看板娘を立てようって話ですか?そんな急には……」

 

「何をおっしゃるウサギさんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいるじゃない、とっておきの美少女が2人も♪」

 

「……………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはそれは、奇妙な光景だった。

だんご屋の前に博霊の巫女服姿の少女が2人、片やポーズを決め片や呆然としていた。

博霊の巫女服とは、大きなリボンがついていて脇の部分が仕様で開いているあの巫女服に他ならない。

もちろん霊夢は一切関与していない。しているはずもない。

 

「え…?なんで!?どうして!? っていうかどうしたんですこの服!?いや、そもそもなんで巫女服……??」

 

もはやあまりの展開に阿求はツッコミが追いついていないようだ。

彼女の言いたい事を要約すれば

・どうして私まで客引きをしなければいけないのか

・なぜ客引きをするのに巫女服を着なければいけないのか

・博霊の巫女服をどこで手に入れたのか

などである。

 

 

「なんでってホラ、ダブル看板娘にきっと客は老若男女問わずメロメロよ?

そして喫茶店が洋服ならこっちは和服で勝負!メイド喫茶があるなら巫女だんご屋があったって良いじゃないっ!あ、ちなみにコレ作った」

 

「なんだか根本的に何かが間違って…えっ、作っ!?」

 

色々とおかしい超理論が語られる中でさらりと語られた事実。

片方の手で長めの裾を摘まんで眺める。

肌触りも良くきめ細かい。市販の物と比べても遜色ない逸品だ。

 

 

 

「いや~、アリスさんの所で雑用やってる内になんか基本覚えちゃってさ。『コレ自分でも出来るんじゃね?』と思い至ったところ、出来上がったものがコチラでございます」

 

「………時々古河音ってものすごい能力の無駄遣いしてるって思う時があるんですが」

 

何気に料理もそこそこ作れる。裁縫に至っては服を2着作ってしまう始末。

兼ね備えた女子力を台無しにしているのは、古河音の性格そのものなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「あの……。もう客引きに関しては諦めたんですけど、どうしても気になる事が…」

 

もはや古河音に何を言っても無駄と悟ったのか、色々と諦めた表情で最後のにひとつだけの質問を投げかけた。

どうしても、そこだけは聞かざるを得ないのだ。

 

 

 

「この服、さっきから妙にしっくりくるんですが

……まるでサイズを測ったかの様に……なんで目を逸らせるんですか?」

 

先程まで上がりに上がっていたテンションは突然の急下降。

身体に悪そうな汗を流し焦点の合わない目線を左右に泳がせていた。

 

「あ…アレだよ?うん、神が降りてきた…みたいな?あの……一目見ただけサイズ分かっちゃう、的な?」

 

それはそれで一歩間違えれば犯罪的な能力だ。

が、少なくとも本人の様子を見る限りではそんな能力は存在しない事が見てとれる。

そして、そんな古河音の反応が阿求の中の疑念を推測へ変えてゆく。

 

 

 

 

「まさか………うちに泊まっていた時、私の寝ている間に…?」

 

 

 

 

 

 

「てへっ☆」

 

「てへじゃないですよっ!何をしたんですか!?私の寝ている間に何をしたんですか!!?」

 

阿求が人の胸倉を掴んで揺さぶるというとてもとても珍しい絵面だ。

傍目から見れば古河音がいじめられている様に見えなくもないが、少なくともこの人里でその様に思う者は一人たりともいないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の看板巫女娘計画はそれなりに成功していた。

あきらかに普段と比べてその客足はだんご屋に集中し始めている。

ただし、その客層はといえば――――……。

 

「古河音ーっ、みたらし団子追加な」 「古河音ちゃんこっちにもー」

 

「おい、こっちまだ来てないんだけど?」

 

ほぼみんな子供達、というか寺子屋の顔見知りばかりだった。

巫女服効果というよりも知り合いがおかしな格好をしているので見に行こう、そんなノリだ。

働いた分はきちんとバイト代も発生する。そのため顔見知りが相手でも労働に手を抜く訳にもいかない。

 

こんなはずじゃなかった。

少なくとも古河音の中で描いていた展開は現状とは全くの別物だ。

巫女服に身を包んだ美少女2人に男性客からのチヤホヤ逆接待、そんな光景を夢見ていた。

 

 

 

 

「稗田様、一緒にお団子食べません?」 「稗田様疲れてないですか?」

 

「稗田様も古河音お姉ちゃんにつき合わされて大変だね……」

 

そう、まさにこんな感じの。

 

 

「待てゴルァぁぁ――っ!!何なのこの差は!?扱いの差は!?みんなあっきゅん大好きか!?作者も大好きあっきゅんか!!?このロリコン共めっ!!」

 

見ればいつの間にやら古河音が子供達の相手をしている間に徐々に里の者が集まってきているではないか。

その人気はまさに老若男女、性別年齢問わず色んな人たちが阿求の周りを取り囲んでいた。

周りに気遣われながらも、きちんと仕事を仕事をこなす姿勢に巫女服も心なしか輝いて見える。

 

 

 

 

 

「ちょっと平助さん、どうしてこうなった!?」

 

来客の1人である顔見知りの男性に阿求に群がる人達を指さし怒声を上げる。

客に向かって指を指すなという話だ。

 

「どうしてって…阿求様とお前が同じ舞台に立ったらそりゃそーなるだろ……」

 

至極真っ当な意見だった。

同じ舞台会場に芸人と女優が並び立てばどちらに軍配上がるのか、つまりはそういう事だ。

 

「えぇ~…もっとちゃんと見てくださいよ。巫女といえばこの世が誇る3大萌え神器のひとつですよ!?ほら、こんなに可愛いゾ☆」

 

「百歩譲って可愛いのは認めるとして、お前の場合どうしてそんなに胡散臭いんだろうな…?」

 

キラッ☆と、どこからともなく効果音でも聞こえてきそうなポーズを決めてアピールするその姿に可愛らしさを求めるには少々無理がある。

決して容姿が整っていない訳でもないのに、全身から溢れるその残念なオーラがこの人気の落差の最たる要因なのだろう。

 

 

 

 

「おい古河音こっちにも団子くれー」 「古河音、お茶おかわりなー」

 

狭い世間の狭い里、来客の大半と古河音は顔見知りだった。

気づけばだんご屋はフル回転。当初の目的は達成されたといえるだろう。

しかしそうなっては萌えだのチヤホヤだの気にしている場合ではない。

だんご屋の主人も加わって3人揃って心を接客マシーンへと変えていた。

 

 

労働に汗を流し、笑顔をもってお客様をもてなし、頭と身体をフル稼働。

労働。まさにそのために心も身体も全てを費やし全力で働いた。

 

その笑顔に躊躇いも邪念もなく、全てはお客様のために。

 

 

 

「いらっしゃいませ~~♪」

 

「………………ぷっ!」

 

最大級の笑顔を向けた先に、彼女のよく知る人物が必死に笑いを堪えていた。

彼女もまたこのだんご屋の常連。こうなる事は予測できたはずなのだ。

 

霧雨魔理沙に知り合いの巫女服姿で働いているところを目撃されるという事は。

 

 

 

想像してもらいたい。

例えば着ぐるみで、あるいはサンタの衣装で、必死に子供達を喜ばせようとするその姿を―――――………

友人に目撃されるという羞恥心を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺せよォォ~~~っ!! もういっそ私を殺せよおォォ~~~~~~っ!!!」

 

珍しく羞恥に身悶える古河音の姿に、どことなく気の晴れた阿求だった。

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