東方忘却記   作:マツタケ

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その5

 

 

 

 

膝をつく。

まさに今の彼を表すにこれ以上適当な言葉もないだろう。

膝をつき頭を抱え、まるで念仏を唱える様にぶつぶつと呟くその姿はこの世の全てに絶望したものだった。

 

ここでひとつの例を挙げよう。

酒癖の悪い人間が、はたまた酒に弱い人間が、盛大に酔い理性を失くし『やらかした』とする。

その場合大まかに2種類の人間がいる。

理性を失くした間の記憶が、ない者とある者だ。

もちろん両者共に苦痛が伴うだろう。ない者は後日真相を知り過去の自分を責め立てる。

ある者もまた人から聞くまでもなく過去の記憶に苛まれる。

だが、この場合どちらがより苦痛を伴うだろう。その意見は三者三様かもしれないが、知らぬが仏という言葉がある。

例え同じ過ちを知る者でも、記憶がない方が幸せな事もこの世にはある。

 

 

 

 

ここまででお気づきの方も多いかもしれないが、土樹良也は『覚えていた』。

何を、とは言わずもがな。

月詠鈴芽にその身体を支配され、あれやこれやとやらかした事をだ。

鈴芽に取り憑かれている間の言動や行動、それら全てを良也はリアルタイムで体感していたのだ。

 

「あの…良也さん?かすてらお持ちしましたよ……?」

 

そんな彼の様子を見ていられずに、妖夢がカステラとお茶をおぼんに乗せて良也の下へとやってきた。

 

「……ごめん。もうちょっと待ってくれないか?あと少ししたら多分食べ物も喉を通ると思うから………」

 

逆に言えば、今は食べ物が喉を通らない程落ち込んでいるという事だ。

そんな良也の様子に妖夢も思わず後ずさり。

 

 

 

 

『まったく情けない。年頃の娘に気を遣わせあまつさえそれを断るなど、ありえない事ですわ』

 

「誰のせいだよっ!!?」

 

初めて声を張り上げた彼の表情は、涙目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

白玉楼からの帰り道。

良也は空を飛びながらひとつ、またひとつ溜息を吐いていた。

 

『女々しいマスターですわね。良いじゃありませんの身体の一つや二つ。減るものじゃあるまいし』

 

「色んなものを失ったよ!!そしてなんか僕が喰われたみたいな言い方すんなよ!!」

 

しかし、その傷心すらもままならぬ程に、彼の魔剣は性質が悪かった。

これが彼女なりの励まし方だというならまだ救いはあるが、元より鈴芽にそんな気は一切ない。

結果としてなんとか元気を取り戻した良也は、妖夢のカステラを美味しく頂き白玉楼から帰る最中だった。

 

「……ん?」

 

そんな中、湖の辺りに何かが見えた。

遠目で分かり辛いが、それは氷の塊のように見えた。

良也の記憶が正しければ、そこは氷の妖精チルノの縄張りのはずだ。

察するにまた彼女が何かを凍らせたのだろうと推測できる。

 

いつもなら素通りするところだが、妙に氷のサイズが大きい点が気になった。

氷のサイズはもちろん凍らせた物の大きさに比例する。

花やカエルなら良い。だが今回は明らかにそれとは違う。

最悪の事態も想定して顔を青ざめながら湖へと降りたって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んなっ!?」

 

湖へと降りた良也の想像は思わぬ方向へ当っていた。

人間が丸ごと氷漬けにされていたのだ。

しかも彼の良く知る人物、上白沢古河音が。

 

「これ、ヤバいんじゃないか……?」

 

急いで懐から1枚のスペルカードを取り出した。

多少乱暴かもしれないが、そうも言っていられない。

 

が、そんな時

 

ピキッ という音を立てて氷に亀裂が生じる。

 

「さっ…  さっ…  さっ…    寒っ!!! ていうか死ぬっ!!」

 

桃から生まれた桃太郎よろしく、氷の中からは元気な女の子が生まれてきたではありませんか。

氷の中から現れた古河音がガタガタと身体を震わせ縮こまっていた。

そんな様子を呆然と眺めていた良也を見つけると、火っ!火をっ!火をください!! と懇願。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何があったんだよ?……ってどうせチルノ辺りにやられたんだろうけど」

 

尚も焚火の前で生き返った様な表情をする古河音は、さながら銭湯で一息つくおっさんだ。

実際氷漬けにされてそれで済む辺り、彼女もそろそろ人間を止め始めている。

 

「概ねその通りです。チルノちゃんに弾幕ごっこ挑まれて、最近調子良いしここらで勝ち星稼ごうかなーって思って……」

 

思い返すように苦い顔をする。

どうやら相当に一方的な負け方をした事がうかがえる。

 

「馬鹿だねー…。この時期のチルノと弾幕ごっこなんて自殺行為だぞ?」

 

妖精とは、まさに自然そのものだ。

氷の妖精であり冷気を操る程度の能力を持つチルノの強さはその“寒さ”に比例する。

夏場から冬場にかけて、その強さはイージーからルナティックまで。

 

「いや、まだ肌寒い程度だしいけるかなって思ったんですけどねー…」

 

化け物揃いの幻想卿。

比較的弱者に見られるチルノではあるが、それはあくまで上級者からの視点。

あたいさいきょー、はあながち間違いでもない。

 

 

 

「あ…」

 

焚火の前で手を摩りながら、古河音は何かに気づいたように良也の顔を見る。

 

「ようこそいらっしゃいました。カモさん♪」

 

「………お前。仮にも助けてもらった恩人カモ呼ばわりかよ?」

 

「ちがいますよ。ネギ背負ったカモさん」

 

「たいして変わんねえよ!!」

 

つまりはチルノ相手に敗戦した黒星を良也で帳消しにしようという魂胆だ。

氷漬けにされて尚弾幕ごっこをしようというその意欲は、偏に遊び盛りと幻想卿の娯楽の少なさによる賜物だ。

 

 

 

 

 

「いや~、実は私も一回やってみたかったんですよ。通りがかりの人をいきなり襲う一面ボス的なポジション。今の私なら一面ボスくらい張れそうな気がする!」

 

それは通り魔と一体なにが違うというのか。

仮にもかつてラスボスを務めておきながら、未だ黒歴史を繰り返そうとする辺り、これも因果なのかもしれない。

 

「ってあれ。どうしたんですその剣!?」

 

身体も温まったのか火の始末をしていると、良也の小脇に置かれた一振りの剣の存在に気がついた。

断りもなくそれを手に取ると、目を爛々と輝かせ始める。中二病患者に剣、これほど危うい組み合わせもない。

 

「お、けっこう重い…」

 

草薙の剣を上下に動かし、その重さを確かめる。

当然ながら金属でできた剣はそれなりに重い。普段剣術をしない者が持てばそれは尚更だ。

しかし、この発言が事態を悪化させる。

 

 

 

 

 

『失礼なっ!レディーに向かって重いとは何事ですの!?よろしいですか?そもそも重さなどいうものは気の持ちようで、その方の度量と言っても過言では

 

 

…………あ』

 

突然にペラペラと喋り出す魔剣に

ある者は呆然として、ある者は頭痛に苛まれ頭を抱える。

 

鈴芽自身、流石にこの場は黙って剣の振りをするつもりだったのだ。一応。

仮にも前世と現世の同一人物。

そこは事態をややこしくしてはいけないという鈴芽なりの配慮があったため、今まで無言を保っていたのだ。一応。

 

 

 

 

「ちょっ……

 

 

 

 

 

 

ちょっとなんですか!?剣持ちとかしかも喋るとか女性人格だとか!!

ファンタジーの世界にステップインですか!?主人公気取りですか!?いずれは実体化なんかして乱暴でもする気なんですか!?エロ同人みたいに! エロ同人みたいにっ!!」

 

唐突に座っていた良也の胸倉を掴みエロエロと叫び出す。

ほぼ、良也の予想通りのリアクションだった。

実際はそんなに簡単な話でもないが、事がバレた場合こういう反応をしてくるであろう事は良也の中では想定内だった。

あまりに予想通り過ぎて、それが良也の頭痛を更に悪化させる。

 

 

 

「よろしい、ならば戦争だ。そっちがそうくるなら―――……

私のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲が火を噴くぜ?」

 

突如、彼女が手首につけていたアクセサリーが巨大化した。

慣れた動作でそれパシっとをキャッチすると、それをしたり顔で良也に向ける。

 

どや顔で握られた彼女のそれは白銀の金属で出来ており、杖のようにも見える。

その先端にはガラス玉の様な球体が2つ。

棒一つに玉が二つ、それはまるで何か卑猥なものを連想させる形は知る人ぞ知る―――……。

 

 

 

「最低なネタじゃねーかっ!!」

 

ブレスレッドが武器化というファンタジー展開を一瞬で塵と化す意味が、そこには込められていた。

 

「ヤダなあ、そこは『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねーか、完成度高けーなオイ』でしょ?元ネタ知ってるならちゃんと乗ってくれないと……」

 

「……なんで僕が呆れられる側なんだ?」

 

この無茶振りと話の通じなさ、自由さを見て良也は改めて確信した。

間違いなく鈴芽と古河音は同一人物であると。

 

「ちなみにコレをタグに入れる時は長すぎるのでネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲と表記しましょう。ほら、この様に」

 

「……どんどんいらんタグついてくなここ」

 

 

 

「で、どうしたんだよその最低なアイテム」

 

「最低言わんでください、元ネタファンにとってはこれも愛のこもった形なんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

良也の持つ草薙の剣に対抗する様に、それを掲げる。

 

「霧之助さんに作ってもらったんですよ。もちろんデザインも事細かく伝えてね?

あ、男性がコレを作るだなんてやらしい想像しました?ダメですよそういう発想をする人の方がやらしいんですからね?」

 

曰く、それは魔法のステッキだという。

魔力制御を苦手とする古河音は弾幕に細かな動きをさせる技術が拙い。

そこで、そのステッキさえあれば魔力のコントロールが飛躍的に上がるらしい。

 

嘘臭いと思いつつも霧之助がそこに関わってくるとなると突然その信憑性はぐっと上がる。

魔理沙の持つミニ八卦炉、良也の持つレプリカ草薙の剣。

全て彼が制作したものだ。

 

 

 

 

 

「ま、そんな訳で」

 

杖を掲げた彼女の前に光り輝く魔法陣がいくつも現れた。

 

「…………っ!!」

 

 

 

 

「私に白星、くださいな♪」

 

魔法陣から現れた弾幕が弾丸の様に地面に突き刺さる。

跳躍の力も加えて全速力で上空へと避難する。

 

古河音と弾幕ごっこをした事は数少ない。というか1回きりだ。

元々争い事を嫌う良也は弾幕ごっこ自体の数が少ない。

そんな彼でも今の弾幕を見て分かった。 成長している。

 

もちろん、突然幻想卿の大物達と渡り合えるほど急成長している訳ではない。

それでも良也にとっては、脅威になりうるだけの力を古河音は身に着けていた。

 

『あれでも私の生まれ変わりですのよ?甘く見ていると足元すくわれますわ』

 

まさに自慢、そう言いたげな鈴芽の声が良也を冷やかしていた。

 

 

 

 

 

 

上空へ逃げる良也に対して古河音がそれを追いかける。

単純なスピードなら向こうが上手だ。

だからこそ、そのスピードを逆手に取るために真正面から弾幕で反撃した。

突っ込んできてくれるなら好都合、そのまま弾幕に衝突してくれれば良い。

 

が、そこまで向こうも甘くなかった。

そのまま流れる様に方向転換。あろう事か良也を抜き去り更に上空へ。

 

 

「上からくるぞ!気をつけろォ!!」

 

――――華符・『咲き乱れる百合と薔薇』

 

上空へ上がった古河音はそのままスペルカードを発動。

そのセリフを言いたかったがために、わざわざ良也を抜き去ったようだ。

 

花弁を模った赤と白の弾幕がひらひらと不規則な動きを見せて良也へ向かって襲いかかる。

数えきれない舞い散る花の様なそれは、まさに咲き乱れる花をイメージして作られた弾幕だった。

 

「こ…んのぉっ!!」

 

鞘から抜かれた一振りの剣が、弾幕を一掃する。

全ての弾幕が消え去る訳ではないが、自分を囲う攻撃さえ払えればそれで良い。

脅威を払う。 それがこの剣の真髄だ。

故に、攻撃面ではあまり活用性がなかったりする。

 

開いた道筋へ全速力で突っ込み、そのまま古河音へ向かってスペルを発動。

 

―――水符・『アクアウンディネ』

 

大気中から集められた水分が弾幕を形作り、それらが一斉に飛んでゆく。

圧縮された水分は下手な弾幕よりも十分な攻撃力を秘めている。

 

 

 

 

「わはははっ!かァ――みィ――かァ――ぜェ――のォ――――じゅつぅ――!!」

 

―――嵐符・『神風の術』

 

「ちょ…っ!?古っ!!」

 

現れた5つの竜巻が水の弾幕を散らしてゆく。

おまけにその竜巻が古河音の姿さえも隠し、標準が合わない。

 

 

 

 

 

 

 

「いけるっ!やれるっ!今日の私は絶好調!!」

 

休む間もなく、弾幕が次々と良也を襲う。

狙いをロクに定めていない大雑把な弾幕ではあるが、速く数が多い。

能力の成長と頭の不成長を同時に感じさせる弾幕だった。

 

しっかりと見極め、じっくりと進んでいく。

そうやって距離を詰め剣で弾幕を切り裂き古河音の眼前でその目を奪う。

 

―――光符・『スタンライト』

 

「目が、目がぁ~~!!」

 

スペルカードから放たれる眩い光が古河音の視界を覆った。

光を操る、対ルーミア用に作られた魔法だ。

闇を操るルーミアは光に弱い。人を主食とする彼女から逃れるために作られたのが、このスペルカードだ。

当時は『太○拳』という名称だったが、流石に自粛して今に至る。

 

 

 

 

『さぁ、今ですわ良也さん!キックですわ、パンチですわ、必殺技ですわ!!』

 

「そんな訳あるかっ!」

 

古河音の視界を奪った良也は反転、そのまま猛スピードで飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まったく、あのまま攻撃していたら勝てていたでしょうに』

 

「お前…、仮にもアイツの前世だろ?」

 

『弾幕ごっこに情けは無用。仮にも私のマスターなのですから、もう少ししっかりして頂きませんと』

 

向かう先は博麗神社。

紅魔館では魔法関連という接点で古河音と鉢合わせになりかねない。

元々、良也の実力で弾幕ごっこに勝てる相手は多くない。

だからといって勝てる相手に必ず勝つかといえばそうでもない。

良也にとっての弾幕ごっこはあくまで自衛であり、勝つ事が目的ではない。

 

だからこそ、成長も遅いし勝率も少ない。

けれど、それが土樹良也なのだ。

 

 

『そうそう、言い忘れておりましたが

 

 

 

 

追いつかれてますわよ?』

 

「……ッ!?」

 

―――水符・『一緒に暗殺しなイカ?』

 

水が、まるで生き物の様に良也の手足を縛りつけた。

水中では力が入り辛い、それを上手く利用した水の縄…否、触手だ。

 

「ヌルフフフ……、先生のマッハを甘くみてもらっちゃ困るんじゃなイカ?」

 

破っても破っても再生し、再び手足を締めつける。

その優秀さから古今に至るまで緊縛の世界で崇められる、それこそが触手先生だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞳を閉じて集中。 スペルカードが今までにない輝きを見せる。

そこに現れたのは一つの小さな光の玉。

弾幕と呼ぶにはあまりに少なく、そして小さい。

だが、良也は分かっている。その一つの光の玉にどれだけの魔力が込められているか。

 

「これが、私の全力全開っ!」

 

放たれた弾幕は分裂もせず、変化もせず、ただ真っ直ぐに向かっていく。

そして――――――………。

 

 

 

 

―――愛符・『萌えぇぇぇ~~~~っ!!!』

 

轟音を立てて激しく発光し辺りを巻き込み、爆発した。

 

 

 

 

 

 

「わ――っはっは!萌えとは愛だっ!弾幕は爆発だっ!!わ――っはっは!」

 

 

 

 

 

「――――――上から来ますわ。ご注意を」

 

 

どこからともなく聞こえる声に反射的に空を仰ぐがそこには何も見えない。

が、見えないからと言って何もない訳ではなかった。

 

「ぎぇぴいいぃぃ~~~………っ!?」

 

目に見えない数十もの風の弾幕が一斉に古河音を襲う。

本日2度目の敗戦だ。

 

人にとって真上はどうしても反応の遅れてしまう死角だ。どんなに意識しても、通常の時よりも反応が鈍くなってしまう。

そこに不可視の弾幕が襲いかかれば、よほどの者でない限り古河音のようになってしまう。

 

 

 

 

「おほほほ…。弾幕とは爆発に非ず。パワーでもありませんわ。

弾幕とは―――――………

 

 

 

 

感性(センス)ですわっ!おぉ~~~っほっほっほっほっ!!!」

 

一人勝ちによる鈴芽の声が高らかに響き渡り、木霊していた。

土樹良也の声で。




という訳で今回久々の弾幕回。やっぱり弾幕回って難しい。たぶんしばらくやらない。
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