そこは一面真っ白な空間だった。
上を見上げても下を見下げても、辺り一面白一色だ。
これが漫画やアニメの背景だったなら、手抜き云々とさぞクレームが発生するに違いない。
「どういう事なの咲夜?」
「私にも把握しかねます。先程時間を止めて周辺を調べましたが、ただ白い空間が広がっているだけのようです」
深々と頭を下げながら、紅魔館の瀟洒なメイド十六夜咲夜は冷静さを失わない。
事前に辺りの調査を終えているあたり流石の仕事ぶりだ。
腕を組みながら、レミリア・スカーレットは周りの面々に目を通した。
十六夜咲夜、紅美鈴、パチュリー・ノーレッジ、小悪魔。自らも含めてフランドール・スカーレットまで。
妖精メイドを除けば紅魔館のメンバーがもれなく大集合だった。
そこに加えて客人(笑)である土樹良也、名も知らぬ赤い着物の女。
どうしてこんな事になったのか、レミリアは分からずにいた。
正確に言えばこの空間に来る前後の記憶が曖昧なのもになっているのだ。
他の者の反応を見る限り、全員が『そう』なのだろう。
だからこそ、気に食わない。
全員がここに来た経緯を覚えていないという事はこの現象が事故の類ではないという事。
悪魔の館の主、レミリア・スカーレットが『誰か』に人為的に今の事態に陥れられた事を意味する。
陥れられた『自分』に対して、陥れた『誰か』に対して、レミリアの怒りは二重に燃え盛っていた。
「くっくっく……。お楽しみ頂けているようで何より」
白い空間の中心に1人の人物が現れた。
空を飛んできたでもなく、まさに突然その場に『発生』したのだ。
背丈はお世辞にも大きいとは言えず、声からして少年のようだ。
「……アナタがこのふざけた空間の主かしら?」
「いかにも。故あって名乗れませんが……X(エックス)とでもお呼びください」
黒いフードに身を纏い顔が見えない。
それでも語調から表情は容易に想像がつく。
笑っているのだ。見下すように。
加えてそのふざけた名称が更にレミリアの苛立たせていた。
「私は度量が深いから一度だけ命令してあげるわ。私達をここから出しなさい」
怒りを抑えて相手を睨みつける。
貴族である事の彼女のプライドが、相手を暴力で屈服させるという選択肢を避けさせたのだろう。
だが、それは彼女も言う通りたった一度だけの彼女なりの譲歩。
「それは出来ません」
次の言葉を待つことなく、紅い魔弾がX(エックス)に向かって止むことなく次々と浴びせられてゆく。
安否など確認する間もなく20発・50発・80発。弾幕が爆発し終わるよりも次から次へとより多くの数の弾幕が撃ち込まれていく。
相手の力量など関係ない。サンドバックと同じ原理だ。
相手が無防備な状態にその怒りを注ぎ込む事によってストレスが発散される。
立ち上る爆煙を背に、この空間からどう出るものか考える。
自称空間の主とやらを倒しても変化がないところを見る限り、考えられるケースは大きく3つ。
・何か空間から出るために条件がある。
・空間の主の能力によって出口が現れる。
・先程の奴は空間の主などではなく偽物だった。
この様な状況ではあるが、実はレミリアはそんなに深くこの事態を重く見ていない。
幸い魔法のスペシャリストであるパチュリー・ノーレッジもいる事だし、いざとなればこの空間そのものを破壊する事ができるフランドール・スカーレットもいる。
「怒りは、収めて頂けましたか?」
爆煙の中から聞こえる声に思わずバっと振り向いた。
煙の中からつかつかと、何事もなかったかのようにフードを深く被ったままその姿を現した。
驚愕で表情を硬直させるが、それもつかぬ間の事。
先程の弾幕で頭も冷えたのか、すぐに思考を次に移す事ができた。
生きているのなら脱出の方法を聞き出せば良い、それだけの事ではないか。
「そういえば、まだアナタの話の途中だったわね。続けて良いわよ」
「僕には皆さんを出す事はできない、その話の続きで良いですか?」
「脱線しなければ、許可しましょう」
話を聞き進めながらX(エックス)を観察する。
見れば見る程、妙な人物だ。
強者には、その特有の雰囲気がある。
もちろんあえて力を隠す者もいるが、それは場合が違う。
力を隠すのは自らの力を相手に悟られないため。
レミリアの弾幕を避けるでもなく真正面から受けた時点で、その力は証明されたようなもの。
にも関わらず今現在対面して、全く強そうに見えない。
何か仕掛けがあるのかとも考えたが、まずは脱出法を聞いてからでも遅くはない。
「……つまりその『すごろく』とかいうゲームでここにいる誰か1人がゴールすればこの空間から出られるってこと?」
「その通り、ただし僕がゴールした場合は最初からやり直しとなりますがね」
レミリアの中で答えが出た。この空間を壊して脱出する。
何か条件があるのであれば最低限手順は踏もうとしていたレミリアだったが、回りくど過ぎる。
もはや条件の域を超えてただの茶番だ。
「フラン、この空間を壊してちょうだい。さっさとお茶の続きを飲みましょう」
踵を返してつかつかとフランの下へと、X(エックス)に対して背を向ける。
どうやってレミリアの弾幕を受け切ったのか気にはなるが、今のやりとりで分かった事がある。
X(エックス)と名乗る人物は茶番好きだ。
人を集めゲームに誘い込み、自らを舞台の主を名乗る。
典型的な愉快犯の行動だ。ならば結果はどうあれ向こうの誘いに乗った時点で相手の思うつぼ。
舞台好きな相手を一番嫌がらせるにはどうすればいいか。舞台そのものを壊してしまえば良い。
「……えっ!?ちょっとウソ!?タンマ!!せっかくここまで準備したのにっ……」
フードを被った自称空間の主から、先程まで少年の様な声を発していたX(エックス)から、どこか聞き覚えのある声と口調が発せられた。
少なくともその声は少年のものではない。少女のものだ。
勘、その程度の憶測にも及ばないおぼろげなものではあるが、薄々レミリアは勘付いていた。
そうして、今少年(?)から発せられた発言と声によってレミリアの中でそれは確信へと変わっていった。
「まぁ、そんな事だろうと思っていたわ」
まるでそれは猫を思わせる勢いで、指先から伸びた鋭い爪がX(エックス)の羽織っていたフードを剥ぎ取った。
「どういうつもりか説明してもらおうかしら。X(エックス)さん?」
そもそも、なぜこのような事態になったのか。
物語は少し時間をさかのぼる。面々がこの空間に訪れる以前の話だ
紅魔館の地下に存在する大図書館。
そこではいつものようにパチュリーが静かに本を読み、パタパタと小悪魔が忙しそうに本の整理をしている。
そこから少し離れた位置では良也がフランに本を読んで聞かせていた。
意外にも、フランドールの趣味は読書である。
もちろん魔道書などの本にこそ手を出さないが、児童文学などの本に興味を示しており、良也が来る度に彼に本を読んで聞かせるようせがむ姿も珍しくない。
「うっわ…。良也さんその絵面とっても犯罪チックですよ?」
そんな微笑ましい光景にも良也と同じく紅魔館に訪れていた古河音は危惧の念を込めた視線を送っていた。
彼女もまた魔法使い見習いとして大図書館に通ううちの1人だ。
フランとは真逆で、古河音の場合読書に対してそこまで興味を示していない。
元々器用貧乏な性質があるらしく、最近では特に次々と魔法を用いた小技を身につけ始めている。
そのどれもが実践に使えるか微妙なものばかりだが、今はそういう魔法を覚えていくのが彼女のマイブームと化していた。
「……お前ら揃って本当同じ事言ってくるんだな」
「はい?」
「なんでもない」
「何がでるかな? 何がでるかな? テレテテレテン テレレレン♪」
鼻歌混じりに図書館をプチ冒険。
ようやく満足に魔道書を読めるようになってきて、すっかり浮かれているようだ。
何事も慣れ始めが一番危ない。
「おっ…?」
そんな中一冊の本に彼女の能力が発動した。
もはや覚えている方がいるかはなはだ疑問ではあるが、彼女には特有の能力がある。
それが【魔法を把握する程度の能力】だ。
目の前で発現している魔法、それらの特性を瞬時に把握する能力だ。
つまり魔法のかけられたアイテムが目の前にあれば、それにどんな魔法がかけられているのか把握することができる。そういう能力だ。
それにより本の内容を見る事なく、古河音は説明書を読むかの如く本にかけられた魔法を理解した。
次の瞬間その口元がいやらしく釣り上がる。
魔法の内容はこうだ。
・この本は対象者を本の中の空間に引き込み『すごろく』でゴールするまで出られない。
・この本の所持者(ルールマスター)としての登録を行う。
それによりいかなる場合も所持者に危害を加える事はできなくなり
ゲーム進行を行う権限を持つ。
・この本の102ページ目を開き対象者に向ける事で『ゲーム参加者』を本の中に
引き込む事ができる。対象者はその前後の記憶を失う。
つまりはルールマスターとしての登録さえ行ってしまえば、参加者に対して思うがまま。
某お金を賭けた嘘つきゲーム然り。某黒い球体が死人を集めて星人をやっつけるゲーム然り。
まさに参加者を集めてゲームの支配者となれるのだ。
この破格の条件にに古河音の中の中二病が疼かない訳もなかった。
思い立ったが吉日。
プランを思いついてからの古河音の行動は素早かった。
何せ本を開いて相手に向けるだけでゲームに強制参加させられるのだから。
最後に自分が本の中に入りゲームを進行させれば良い。
この時点で彼女は重度の中二病を患わせていた。
上がりに上がったテンションでフードを被り謎の人物を気取り、魔法によって声を少年のように変え、『謎の少年・X(エックス)』というキャラを自分の中で設定付けた。
もはや悪戯の域を完全に脱し、ただただ痛々しい姿だ。
「――――という訳です。
残念でしたねぇ。レミリア『さん』この世界では僕こそがルール。
例え貴女でも僕に傷一つつける事は……」
フードを剥がされて尚、彼女の中でX(エックス)というキャラは息づいていた。
そろそろ本当に止めてあげないと、本当にウチの主人公イタい子になってしまう。
「………知ってる?ルールってね、破るためにあるものなのよ?フラン」
姉の呼びかけに、フランの掌が前方へと掲げられた。
何かを握るような仕草で開いていた掌が閉じられると、同時にガラスが割れる様な音と共に何かが崩れさる。
フランドール・スカーレット。
彼女の最凶にして最強の能力【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】だ。
文字通りそれはありとあらゆるものを破壊してしまう。
――――たとえそれが、ルールであろうとも。
突然ではあるが、アイアンクローというプロレス技をご存じだろうか。
掌全体で相手の顔面を掴み、指先の握力をもって相手の頭を締めあげるという相手のギブアップを目的とした技だ。
まさに、今現在レミリアが古河音にかけているのがそれだった。
吸血鬼特有の怪力を用い繰り出されるそれは、プロレスなどに使うものではない。
「ちょちょちょ……っ!頭の骨ミシミシ逝ってる!私の頭がぎゅっとしてドカーン(物理)しちゃう!お姉ちゃんなのにドカーンしちゃう!!申し訳ありません私が悪うございましたレミリア様ァァ――――っ!!」
全魔力を頭に集中して防御を図るも、彼女相手では焼け石に水。
興が覚めたのか、彼女の手から古河音の身体がべしゃっと間抜けな音を立てて落ちる。
「……まったく。それよりもずっと気になっていたんだけど」
レミリアの紅い瞳がまっすぐに良也達を捕えた。
正確には彼らのうちの見知らぬ女に対してだ。
フリルのついた紅い着物。対照的に黒く艶のある前髪を真ん中分けにされた黒髪。
ずっと感じていた不信感。見知らぬという理由だけではない。
この空間に訪れてから、X(エックス)と対話している時から、彼女の中でその女の存在がまとわりつく様に、常に気にかかっていた。
「貴女は、一体誰なのかしら?」
「………………へ?」
しかし、返ってくるのは状況が分からない。そんな間抜けな声だった。
右へ左へ、首を振って辺りを見渡して、女はそれが自分に対してであると理解する。
すると今度は自らの存在を確かめるように掌をじっと見つめる。
無言の時間がしばらく続くと、女の口元がニヤリと歪んだ。
「ふ……
ふふふふふふふ……。あら、まだお気づきになりませんの?」
先程までの呆けていた顔が嘘の様に、その瞳は全てのものを見下し、その表情は愉悦に染められていた。
自分を“下”に見るその瞳がレミリアのプライドを不快にさせる。
「私が……私こそがこのゲームの真の支配者……。真・X(エックス)とでもお呼び頂きましょう」
ちなみにフランの能力って物限定みたいね。その辺はもうウチのオリジナル設定って事でお願いします…。