「俺……先生の事が好きだっ!!」
絞り出す様な叫びにも似た少年の告白。
ぎゅっと閉じられた少年の瞼、強く握りしめられた拳、それらが一体どれだけの勇気を出してその言葉を口にしたのかを表していた。
沈黙が支配する二人きりの教室。差し込む夕日の光。
あまりの出来事に停止していた慧音の意識が徐々に回復していく。
目の前には、未だ答えを求めて待っている一人の少年。
本来なら答えを求める生徒にそれを教えるのが教師の役目だ。
だが、少年は教師として慧音に答えを求めているのではない。
一人の女性としての答えを待っているのだ。
どうすればいいのか。それは今回に限っては教師である慧音すら知り得ない。
大人として教師として答えるべきなのか、女として生まれた者として真摯に答えるべきなのか。
どちらも捉えようによっては正しくて、間違いでもある。
「………えっ!?」
どれだけ悩み抜いても答えは出ない。自分の気持ちを表す言葉が、見つからなかった。
だから行動で、身体で答えを示して見せた。
気がつけば慧音は少年の小さな身体を力いっぱい抱きしめていた。
それは誠意なのか、断るためなのか、はたまたOKのサインなのか、それは慧音自身ですら分かっていなかった。
唯々答えが見つからなくて、気がつけば自分でも判らぬままに行動していたのだ。
そんな状態で耳に聞こえる少年の心音。どくんどくんという心臓の動きが身体に直接伝わってくる。
先ほどまで意識すらしていなかった少年の鼓動が、まるで釣られる様に慧音の鼓動まで高鳴らせた。
少年の鼓動が慧音の鼓動を高鳴らせ、慧音の鼓動が更に少年の鼓動を高鳴らせる。
抱きしめた身体を一度手放し、お互いの顔を見る。
夕日のせいなどではなく、お互いの顔は真っ赤だ。
「私で……よければ……」
困った様に笑って見せて、やや手順違いの愛の返事。
その言葉に今まで溜まっていた気持ちがはち切れたかの様に、少年は慧音に力いっぱいのキスをする。
突然の事に驚きながらも慧音はそのまま受け入れ……
スパアアァァ―――――――ンっ! と突如2人の少女の頭部を衝撃が襲う。
「これは…………一体どういうつもりだ?事と次第によっては次は頭でいくぞ?」
丸めた新聞紙で2人の少女の頭を叩き今仁王立ちしている女性こそ、先ほどまで少年とちゅっちゅ(?)していたはずの上白沢慧音だ。
頭を強打され悶絶する2人の少女、稗田阿求と上白沢古河音である。
そのうちの一人阿求の描いていた小説こそ、先ほどまで上記されていた代物だった。
「え…え~とですね!?私は古河音に頼まれて……」
「いやいやいや…!?阿求ちゃんだって頼んだら二つ返事でノリノリで書いてくれたじゃん!!いや…だってね!?前回おね☆ショタを予告した身としてはやっぱりここでやらなきゃ誰がやるっていう責任感から……」
慌てふためく少女が2人。
慧音はそんな様子を満面の笑みで見守っていた。それはさながら――――……
「言い残す言葉はそれだけか?」
散りゆく花を見つめる慈悲の笑み……。
『ああぁぁ~~~~……』
「変な声だすなよ…」
ところ変わって現在旧地獄。現在なのに旧とはこれ如何に。
地霊殿に向かっていたところを途中で勇儀に捕まり、あとはもう言わずもがな。
ひとたび鬼に捕まれば潰れるまで飲まされる。
『そう思うのならこの封印を早くお解きなさいなっ!これのせいで味覚共有もできないからお酒の味も分かりませんわっ!!』
以前、パチュリー・ノーレッジが彼女に施した魔法。
色々と効果はあるのだが、早い話が意識のジャミング(通信妨害)である。
今まで草薙の剣(鈴芽)が一方的に行っていた視覚・思考の読み取りや身体の乗っ取りができない状態なのだ。
呪いの魔剣からただの喋る剣へと成り下がった訳である。
「しっかし……アンタがねぇ。あの八雲紫と張り合ってたのは本当なのかい?」
『張り合う?ご冗談はよしてくださいまし。争いとは同レベルの者同士でしか成立しないもの。私にしてみれば八雲紫などおでんの昆布同然ですわ。出汁ですわ出汁。おーっほっほ!』
あまりに小者臭漂う言動に流石の勇儀も言葉が出ない。
というのも、鬼という種族は『嘘』を嫌う性質がある。当然それは彼女にも当てはまる。
だが、彼女の言動には胡散臭さこそ感じれど不思議と嘘の気配がしない。
事実がどうかは別として、少なくとも彼女は本気で言っているのだ。八雲紫は自分には遠く及ばないと。
『それを証拠づけるためにも。さぁ、良也さん。さっさと封印をお解きくださいっ!』
「嫌だよ。確実に僕乗っ取られるじゃんその流れ……」
封印。乗っ取られる。会話だけを傍から聞いていれば、それはまるで静まれ俺の右腕…っ!
それが実際に封印を解けば本当に乗っ取られるのだから性質が悪い。
「どうしたい。ほらほら手が止まってるよ?」
「ギブ…!もう無理だってば」
飲んでも飲んでも注がれる酒。さながら酒のわんこそば。
美女に注がれる酒は美酒とはいえ限度を超えればただの悪酒でしかない。
「だらしないねぇ。蓬莱人は病気にはならないんだろ?」
「それでも酒には酔うし普通に二日酔いにもなるんだってば……」
「…………でも死なないんだよね?あぁ、死んでも生き返るんだっけ?」
「死ぬまで飲めと!!?」
天狗と同様に鬼は総じて酒豪である。
それは人間はもちろんの事妖怪ですら相手にならないほど。
同じく蓬莱人である他三名。彼女らが人外じみた能力を手にしているのは蓬莱人だからではなくその永い年月によって培われたもの。
蓬莱人になって数年の良也は、まだ死なないだけの人間である。
その若い身をもってあと何十年も酒を死ぬほど飲み続ければあるいは……という可能性はあるが、そこまでして酒豪になる価値があるかどうかは疑問が残る。
「それはそうと、アンタの持ってたあの喋る剣。どこにやったんだい?」
「……………え?」
『あ…あれっ!?どこですのここ!?いつの間にこんな所にっ!?あなた誰ですの!!?』
剣特有の、鞘と刃の僅かな隙間がガチャガチャと音を立てながら。
えっほえっほと走る度にその音が断続的に鳴り続ける。
「え…?」
鈴芽の問いかけに走っていた足が止まる。
草薙の剣を持ちだしている人物は辺りをきょろきょろと見渡し、やがて草薙の剣に向かってその顔を限界近くまで近づけていた。
『近い!近い!近いですわっ!そうですわ。私ですわ!私をさらって一体どうするおつもりですの!?』
「あっれぇ~?どうして刀が喋ってるの?」
至極当然の疑問である。
剣を持ったまま少女は鞘から剣を抜いたり入れたり、一体どういう仕組みで喋っているのか気になって仕方がない様子だ。
『お止めなさい!人の身体を何だと思ってますの!?あなた、私を一体どこに連れて行くおつもりですの!!?』
その言葉に剣を弄る動作を止めて、瞳を閉じ人差し指を顎に当ててうーん…と何かを思い出そうとする仕草をする。
「分かんない」
『分からないって……あなたお名前は?』
見ればまだ10にも満たない幼い子供。
妖怪の多くは年齢と外見が比例しないとはいえ、言動からするに精神年齢は見た目通りなようである。
鈴芽は、この手の相手が苦手だ。理屈が通じず自分だけの世界を持ち駆け引きが成立しない子供、あるいはそういう精神の持ち主。
「私?私は古明地こいしだよ」
「古明地?どこかで聞いた気が……。まぁ良いですわ。
それよりも私を早く元の場所へ……」
言いかけて、ふと考える。
ここで良也の元へと戻ったとしても当分は飲んだくれてその場から動けないだろう。
味覚も共有できず酒の味も分からないのなら元に戻っても話し相手はあの鬼女1人だけ。
ならば、この目の前の少女を旧地獄にいる間の『足』として使うのも悪くはない。
『こいしさん…とおっしゃいましたわね?』
「そうだよ。こいしだよぉ~」
妙に間延びしたその口調に少し苛立ちを感じながら、心の中で子供相手だ自分は大人だと自制を強化する。
深く深呼吸…口がない。人という字を手に書いて…手がない。大丈夫、心の中でイメージすれば良いのだ。
『私この旧地獄の地理にあまり詳しくございませんの。よろしければ案内して頂けないでしょうか?』
語調を整えて極力お淑やかに、子供相手にも例を尽くす自分マジカリスマ。
外面での下から目線。心の中ではこれでもかと上から目線である。
「いいよー。じゃあどこから行こうか?」
『そうですわね…。では、やはり有名な観光スポットまでお願い致しますわ』
「りょーかーいっ♪」
鼻歌混じりに剣をぶんぶんと振り回して、その際に金切り声で文句が飛ぶ。
カリスマなんてなかった。
「あれー?こいし様じゃないですかっ!」
背中から生えた大きな翼をはためかせ、ばさばさと音を立てながら降り立つ少女。
古明地姉妹のペットという立ち位置であり、核の能力をその身に宿す八咫烏 。霊烏路空、通称お空である。
その高い身長に見合った大きな胸に軽く殺意を抱く鈴芽だった。
「久しぶりですねー!前に会ったのいつでしたっけ?」
「ん~~…分かんない♪」
「そうなんですか?私も分からないです」
「ていうか、本当に久しぶり?」
「さぁ…?たぶん久しぶりです」
無意識と鳥頭が、今ここに化学反応を引き起こす。
常人には理解し難い会話に早くも鈴芽は逃げ出したいという衝動に駆られていた。
『お…お知り合いですの?』
「しゃ…喋った!?」
剣は喋らない。それくらいの常識は兼ね備えているのか、驚くように鈴芽に向かって右手の制御棒を向ける。
不審事物は排除、そういう使命感を彼女は持っている。
良くも悪くも古明地姉妹への忠誠心は人一倍だ。
『その物騒なものをお仕舞いなさいな。あなたの大好きな『こいし様』に当たってしまいますわよ?』
「え…!?あ、そっか……!ええと…ええと……」
不審人物の排除・主人の安全の確保、頭の中で矛盾した使命がごっちゃになり混乱している。
彼女なりに色々と考えているのだろう。
『ご安心ください。私は『こいし様』の無二の大親友ですわ』
「え…『海栗の大心中』!!?」
『誰が黒いトゲトゲ生物ですって!!?……そうではなく、一番のお友達という意味ですわ』
頭痛がする。頭などないが頭痛がしている気がした。
その容姿とは裏腹に中身はまったくの子供。見た目は大人・頭脳は子供だ。
まるで子守でもしている様な気分になり、早くもあのまま良也の下に帰っていればという後悔が生まれ始めていた。
「え…そうなんですか?」
「え?ちがうよ」
「嘘じゃないかっ!騙したな!!?」
再び制御棒をロックオン。エネルギー充填120%だ。
この様なすぐにバレる嘘をついてしまうのは彼女が人間だった頃からの、まだ能力を持っていた頃の癖だ。
彼女の持っていた能力をもってすればどのような嘘もあら不思議。事実へと変わってしまう。
人とは、一度手にしてしまった利便性をそう容易く手放す事の出来ない生き物だ。
『ですから、そのまま撃つとこいしさんにも当たってしまいますわよ?』
「あっ…!うにゅ~~……!!」
溜めたエネルギーを、やり場のない憤りをどこへ持っていけば良いのか分からず、お空は唯々唸り声を上げる。
その時、お空の頭に電球が灯る。本当に灯った訳ではなく、何かを思いついた時のピンポンサインだ。
「こいし様、その刀かしてください!」
「良いよー」
バトンタッチ。草薙の剣はこいしからお空へと手渡される。
人質救出大作戦、見事に成功である。
これがゲームの世界ならばきっと今頃ファンファーレの効果音が盛大に鳴り響いている事だろう。
『騙しましたわね!?あなた実は馬鹿キャラではありませんでしたのね!!?人の事を騙す様な卑劣な真似をして恥ずかしくありませんの!!?』
別にお空は一言も自身の事を馬鹿キャラなどと言ってはいないし、そもそも最初に息を吐くように嘘をついたのは鈴芽自身だ。
自らの立場を度外視して相手を責める。これを人は棚上げという。
「お前なんて――――――……」
制御棒ではない左手で刀を持ち、そのまま身体をしならせ振りかぶる。
そのまま全身を使って溜めた力を一気に解放して、流れるように手先へとその力を連動させていく。
「――――――こうだっ!!」
叫ぶと同時に刀はお空の手元から離れ、同時に鞘から抜けてクルクルと縦回転をしながら遥か遠くへと飛んで行った。
『お怨み致しますわ―――――――っ!!』
「………やっぱりないなぁ」
辺りをきょろきょろと見渡して、それでも見つからない月詠鈴芽IN草薙の剣。
ある程度探して酔いも醒めたところで再び勇儀との飲み会を再開した。
もともとそこまで探す価値のあるものでなく、連れて行かないと金切り声が鳴り響くので仕方なく持ち歩いていた様な品(?)である。
正直見つからなければいいなーくらいには心の中で思っている。
それでも恐らくは、最終的には探しに行くのだろう。理由はアレやコレやとつけながら何の事はない。ただのお人好しである。
そんな時だった。
「ぶへはぁっ!!?」
どこからともなく一振りの刀が良也の脳天に突き刺さった。
そんな状態で人が生きていられる訳もなく、良也は頭がら大量の血を流してその命を散らしていった。
「………おかえり」
『……ただいま』
今年もよろしくお願い致しますっ!