さとりの淹れた紅茶を、各々が口へと運ぶ。
紅茶の味など分からないし、香りが良いと言われても普段嗅ぐ事のない匂いのため、それが『良い』と言われてもどう『良い』のか見当もつかない。
そんな事を思いながらも決して口には出さない。恥ずかしいからだ。
そんな紅茶知らずな者たちがとるべき手段。
それこそが、『知ったか振り』である。
本当はよく分からないのに分かっているような素振りをする事を指す。
ちょうど彼らのように。
「さすが…良い香りだよな」
「やっぱり香りですよね。紅茶といえば香りですよね。香りといえば紅茶ですよね?」
「あ、あぁ…風味もすごく良くて……やっぱり香りだよな?」
「そうそう、香りの中の香りが香りで香りというより香りさえあればもう紅茶なんてなくて良い!香りさえあれば良いっ!」
香りとは、何だったのか。
もはやさとりの能力を使うまでもなく、口を開けば開くほどにボロがぽろぽろとこぼれ落ちている。
さながらお菓子を食べながらその欠片がボロボロとこぼれるかの様に。こぼれ易いお菓子として例を挙げるならルマンドあたりか。
「そうそう、やっぱり香りだよね~♪」
「ですよねー!香りがなきゃ始まらないっていうか…………
…………誰っ!!?」
まるで最初から同席していたかの様に振舞う少女の登場に一同は驚きを隠せない。
良也に至っては剣に紅茶をこぼしてしまい、鈴芽から罵声を浴びる。
驚いているのは2人だけでなく、常に冷静沈着な古明地さとりも同様だ。
彼女は普段、周囲の心を読み取っているためよほどの事では驚いたりはしない。
するとすればそれは、心を読む事のできない事故や意図しない無意識の行動といった彼女の能力が通じない対象だ。
「こいし…アナタいつから戻ってきてたのっ!?」
その少女に関しては後者だった。
古明地こいし。さとりと性を同じくする彼女の実妹だ。
とある理由より彼女は自らの心を閉じており、そのため彼女の行動は全てが無意識によるものだ。
当人が認識していないその行動はさとりはもちろんの事、周囲の人間も認識できない。
まだ意識というものが確立していない赤ん坊の行動はとても読みづらい。それと同じである。
「そういえば、コレって何なのかな?」
「…………っ!!?」
そう言って彼女が取り出したのはヘキサグラムの刻まれた光の玉。
物質ではなく、それそのものが魔力で出来ている。
それはまるで支えを失くした建物のように、ひび割れ、そして砕け散っていった。
それを見て真っ先に見て驚いたのが良也だ。
それは間違いなく、パチュリー・ノーレッジが草薙の剣(レプリカ)に施した意識の伝達を阻害する魔術式。早い話が封印である。
解き方を知っていれば誰でも解けるが、逆に言えば知らなければ解く事は適わない。
にも関わらずそれが出来るのは、無意識の為せる業か。
しまった! そう思った時には彼の身体はすでに彼のものではなくなっていた。
視界は変わらない。だが思うように視線は動かせない。
手足も動かず声も出せず、何もおかしくないのに口元はニヤリと歪みだす。
「ふっふっふっふっふ…………」
男性らしからぬ笑いと共に良也の身体は光へと包まれた。
そこから現れたのは彼の姿ではなく、黒髪が長く揺らめき眼に優しくない赤い着物に身を包んでいた。
笑い声も途中から、明らかに女性のものへと変化している。
「おーーーーーーーーーーーーっほっほっっほっほ!!
天は常に我に味方を!否、私こそが天そのもの……。
さぁ、頭を垂れなさいな。沈んで私にひれ伏しなさい。元の形さえ分からなくなってしまえば良いのですわ!!
そう、我こそが………我こそは月詠鈴芽なり!」
テンションが色々と突き抜けてはいけない何かを突き抜けてしまったのか。
もはや古河音の前で堂々と本名を名乗りだす始末である。
姿かたちは完全に前世のもの。一部分だけ妙にサイズ増し。
もちろんその身体は良也のものであり、変身魔法を使っているに過ぎない。
能力も地力も良也のそれ。あげくこの状態、『自分の世界に引き篭もる程度の能力』は扱えない。
「ふふふふふふふふふ……。しょせんにわか魔女の魔法などこの程度。
やはり久々に肉体があるというのは、なんだか目が回って頭がガンガンしておぶぉろろろろぉぉぉぉ~~~~………っ!!!」
どうやら良也の肉体、二日酔い気味だったらしい。
その症状に普段から慣れている人間ならまだしも、普段無機物を身体にしている意識が突然入り込み慣れない気持ち悪さにあっさりリバースしてしまったという訳だ。
『二日酔いなら二日酔いと仰ってくださいましっ!!』
「………なんで身体乗っ取られるの前提でお前に体調報告しなきゃいけないんだよ」
鈴芽の意識がたまらず剣の中に戻った後、吐いたものは良也が処理する事になった。
他人のものなのに同時に自分のものでもあって、ひどく複雑な気分だった。
良也は肉体が、鈴芽は精神が、ぶちまけた事によって両者共々疲弊している。
さすがのさとりも部屋を汚されたせいか、心なしか眉間にしわを寄せていた。
臭いもまだ、多少残っている。
「………話をまとめましょう」
飲食類を一度片付け終えたさとりがソファーに腰掛けた。
今の惨劇の後では食欲など沸かないであろうという彼女なりの配慮である。
「どういう訳か幻想郷に現れたそこの悟浄も含めた『西遊記』の登場人物。
これを『異変』として……今後の課題は消えた猪八戒とまだ確認できていない孫悟空、そしておそらくは三人が共通して探しているであろう三蔵法師を見つける事。
そして、どうして幻想郷に流れ着いたのかを解明してあわよくば元の世界に帰す。
こんなところかしら?」
「………アッハイ」
繰り返すようではあるが、良也たちはこの地霊殿に着いて以降一切事情を説明していない。
にも関わらず、この場で恐らくは誰よりも現状を把握のは彼女だ。
それはもちろんさとりの能力によるものが大きいが、それに加えてその能力の使い手が彼女である事も要因している。
極端な例を出すならば彼女のペットである霊烏路空。通称『お空』。
もし彼女がさとりと同じ能力を持っていたとして、今のさとりのように冷静な情報分析が果たしてできるだろうか。
つまりは、そういう事である。
「そして猪八戒は人の姿へと変身できたようなのだけど、あなたは出来ないのかしら?………そう。……そう。……そうだったの?………なるほど」
「という事で」
「どゆこと!!?」
おそらくは喋れない悟浄と心を読みながら会話していたのだろうが、傍目からは電話か何かで話しているようにしか見えない。
それで然も当然の様に話題を振ってくるのだから、会話など成り立つはずもない。
彼女との対話は、かの博麗霊夢ですら疲れるという。
「あなたの出会った猪八戒。そして人の姿に変身する現象。どうやらむしろそちらの方が本当の姿らしいわ。『この世界に来て気づいたらこの姿になってた』そう悟浄は言っているわ」
考えてみれば当然の話だ。
仮に今の姿が本当の姿だったとしたなら、子豚とリアル河童が天竺を目指す画はシュール以外の何物でもない。
「どうかしら?猪八戒と直接会って戦った身としては何か思い当たる節はない?」
事の顛末は古河音の心を読めば一目瞭然だ。
だが、同じ情報を持っていても感じ方はひとそれぞれ。
実際にその場に遭遇した者でなければ見えないものもある。上から見た視点と現場からみた視点とでは、その見え方が違う。
「ううぅぅ~~~~ん……。そういえばあの時子豚の鼻息が妙に荒かった気が………。ふんすっ!って感じの?」
ふんすっ!と口で言いながら指で鼻を押し上げる。
恐らくは豚の鼻をイメージしてのものだろう。年頃の娘のやる事ではない。
「感情の昂りによって変身する……という事かしら?」
少し興味が沸いたのか、さとりも同じく指を鼻に近づけ……寸前で止めた。
やらない方が良い、そう判断したらしい。
「感情の昂り………テンション……………上がる………」
古河音の口元がニヤリと歪む。先ほどの鈴芽と瓜二つだ。
くるりと振り返って、獲物を狙うハイエナのような目が良也の姿を捕らえた。
本能的に良也もたじろぐ。
さとりの様に相手の心が読める訳ではないし、実際に何を考えているかは分からない。
だが、何かを企んでいるのだけは分かる。そしてそれがロクでもない事であろう事も。
「良也さん、悟浄さんと愛のベーゼ(口づけ)をっ!」
「死ねっ!!」
「死ねてアンタ……」
予想の斜め上をいく提案に、いよいよ良也も遠慮がなくなってきた。
鈴芽の件もあってか若干苛立っているというのもあるだろう。
「私の中の女の勘が言ってます。悟浄さん絶対に良也さんに惚れてますよ?
もう良いじゃないっスか。どうせ初めて私に奪われてんだし(その14参照)」
「あ゛?」
「………すんません」
前世と現世の板ばさみで良也の限界も近い。
古河音としてもその件に関しては若干悪いとは思っている。反面キスくらいで女々しい男めとも思っているのだが。
ともあれ古河音としては良いアイディアだと思っていたのだが、今回ばかりは強要するにはなけなしの良心が少しだけ痛む。
『………よく見ておきなさい古河音。私の勇姿を』
どこからともなく、そんな言葉が響いた。
私の書く話はなんでこんなに展開がスローなんだろう?あ、ネタ挟みまくってるからだ。