東方忘却記   作:マツタケ

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その26

 

 

 

 

 

 

『………よく見ておきなさい古河音。私の勇姿を』

 

 

肉声とはどこか違う。

テレパシーともまた違う声が誰の耳にも届いていた。

その声に込められていたのは、覚悟。

とても“心”のこもった声だった。

さとりの能力などなくても、その声は十分に心の伝わる声だった。

ましてや心の読めるさとりには、それが痛いほど伝わっていた。

 

 

 

「―――――土樹良也、いざ参る!!」

 

突然良也が、地を蹴り跳躍した。

左右の手のひらと両足の裏を合わせて河童に向かって頭から飛び込む。

お気づきの方もいるだろう。

そう、ルパンダイブと呼ばれる空中戦に特化した究極の戦闘術だ。

かの大泥棒が編み出したとされるその技は、高度な居合いの技術を要するという。

 

「おりゃぁぁ~~~~~~~っ!!」

 

柔を思わせる体捌きで河童に身体を絡ませ、頭を仰け反らせて天に吼える。

やる気なのだ。彼……彼女は!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

良也の腰元から、一振りの刀剣が抜け落ちた。

当人は     河童と唇(??)を合わせたまま微動たりともしなかった。

 

「く………く………

 

 

草ちゃぁぁ~~~~~~~~~~~~~~んっ!!!」

 

床に転がり落ちている草薙の剣に、古河音は駆けていった。

まるで戦死した仲間を拾い上げるように、大切に…大切に手に取った。

彼女にも、その覚悟はちゃんと伝わっていた。

 

『……ふふ…ふ。ご覧になりました?私の勇姿を』

 

「く……草ちゃん…っ!なんでこんな事を……?」

 

『なんで?私があなたのためにやったとでも?自惚れないでくださいまし。

 

 

 

 

 

 

面白展開のために身体を張るのは、芸人の常識でして……よ……』

 

その言葉を最後に、草薙の剣からは声が発せられる事はなかった。

気を失った……訳ではないのだが、精神的に喋れる状態ではなくなったのだろう。

そんな彼女の宿った剣に、一滴の水滴がぽつりと落ちる。

ここは地底で室内なのだから、雨などでは断じてない。

 

 

 

「草ちゃん………アンタ…………芸人の鑑だよっ!!!」

 

二滴三滴と、古河音の瞳から涙が零れ落ちる。

こんなにまで彼女が涙したのは、彼女が隠し撮りによって作り上げた『巫女の寝顔コレクション』を姉である慧音に捨てられた時以来だ。

その内容はただひたすらに早苗と霊夢の寝顔が千種類近くのパターンが写真に納められており、これを見つけた時慧音は狂気を感じたという。

 

 

 

 

 

 

 

さて、ここまでの茶番でひとつある事実に注目してみよう。

鈴芽は良也の身体を使い河童(悟浄)と情熱的な口づけを交わした。

そしてその精神的なダメージから再び草薙の剣(レプリカ)へとその意識を移した。本来そんなポンポン行ったり来たりできるものではないはずなのだが…。

 

ともあれ、では今現在良也の身体には誰が入っているのか。

決まっている。本来の身体の持ち主である土樹良也だ。

 

 

 

河童の身体に抱きついていた状態の良也がずるりと崩れ落ちた。

仰向きの状態で目は開いたまま、口はぽかんと開いている。

目が開いているのだから、意識がない訳ではない。

だが、その視線は一点を見つめたまま動く様子を見せない。

さとりが能力にて彼の心を覗き見ても何も読み取れずにいた。

 

文字通りの放心状態。  心が、死んでいるのだ。

 

 

 

各々が何かを失い混沌としたこの空間の中…沙悟浄の身体が輝きだした。

古河音には見覚えのある光景だ。

小さな子豚が光に包まれ少年へと姿を変えた時のように、眩い光が河童を包み込んでいた。

 

 

 

肩までかかるやや癖のかかった黒髪。

すらりと伸びた長い手足に整った小顔。

妖艶と呼ぶにふさわしい唇に指を当てる独特の仕草。

 

非常に見目麗しい        『男性』だった。

 

 

「もう………。

 

 

 

良ちゃんってば、大胆なんだから♪」

 

「がはっ……!!」

 

仰向き状態の良也が、突如天に向かって血を吐いた。

すると当然吐いた血は彼の顔面に戻ってくる。

その血の噴水を最後に、今度こそ彼は本当に意識を失った。

その方が……幸せなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた、男性だったのね悟浄。心の声を聞いていても女性とばかり思っていたわ」

 

そんな彼の前にさとりが立っていた。

彼の長身が相まって、もともと小柄なさとりが尚小さく見えてしまう。

その身長差でもまったく物怖じしないのは、偏に年季によるものか。

 

「こうして直接話すのは初めてね。あなたが私の心を読んで女だと思っていたのなら、つまりはそういう事じゃない?身体の有無なんて小さな問題だわ」

 

「……そういう捉え方もあるのね。奥が深いわ」

 

にっこりと微笑むその仕草は、まさに女性のそれだった。

身体はしっかりと男性なのに、女性と見紛うばかりである。

だからと言って、良也の心の傷が軽減される事は……ないだろう。

 

 

 

 

「はじめまして沙悟浄さんっ!ちょっとお時間よろしいでしょうかっ!?よろしいですよね!?よろしいに決まってますよねっ!!?」

 

そんな2人の間に古河音は、空気?何それおいしいの?と言わんばかりに割って入る。

この『変身』には制限時間があるであろう事を猪八戒の件で知っているからだ。

片手にペンをもう片方の手にはメモ帳を。気分は完全に記者モードだ。

今回の異変。古河音の目的はあくあで異変を取り上げ自らの新聞の人気を上げる事。そして自ら異変を解決する事で自信への注目度を上げる事。

何の事はない。ただの目立ちたがりだ。

 

「……古河音だったかしら?うちの八戒がお世話になったみたいね」

 

多少彼女の勢いに唖然としながらも、すぐに自分のペースを取り戻す。

古河音としてもオネエさんキャラなどこれまで多くのゲームの中で出会ってきた。今更物怖じする道理もない。

 

「いえいえ、お宅の八戒くんマジ天使でした!ごちそうさまです。

そこでまず聞きたいのは、なんでこの幻想郷に来てしまったのか心当たりはないですか?

あとお仲間の居場所の心当たりなんかも教えてくれたりなんかしてもらうと尚グーかもしれません。あとついでに帰り方なんかももし心当たりがあればぜひぜひ!!」

 

「……できればひとつずつ質問してほしかったんだけどねえ」

 

記者にあるまじき下手くそな質問に仕方に苦笑を浮かべながら、そうねぇ…と顎に手を当てる。

対応も手慣れたもので、おそらくは猪八戒を相手に似たような問答を受けた経験があるのだろう。

 

 

「まず、幻想郷…だっけ?ここにどうやって来たかは分からない……というより覚えてないわ。気づいた時にはこの姿でこの地霊殿にいたんだもの。

何かに巻き込まれたのかもしれないし、敵の妖怪に別世界へ放り出されたのかもしれない。当然他の仲間の居場所の心当たりもないわ。あったら今頃自分で探してるもの」

 

「えぇぇ~~~……もうちょっとゆっくりでお願いします」

 

散々質問しておいて、いざ答えられたらこの様である。

元々読解力・理解力に欠ける古河音はひとつひとつ質問をしていき、なんとかメモ帳にまとめていった。

結果、ほぼ何も分かってないという事に後々気づく。

 

 

 

 

 

 

「まず、私たちの協力を仰ぎたいのなら悟空を見つける事ね。私たちが素直に言う事を聞くのは三蔵か悟空くらいだもの」

 

「へ?それじゃあ別に三蔵さんでも良いんじゃ?」

 

「ムリよ」

 

悟浄の表情が一変する。

今まで、どこか他人事のような…どこか曖昧さのような雰囲気を出していた彼の様子に変化が生じた。

ムリ、その一言には確信のような何かが込められていた。

 

 

 

「忠告しておくわ。悟空を味方につけないうちは三蔵を見つけても決して手をださない事ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それ』は目の前の光景に唖然としていた。

散乱した本の数々。ロクに洗われずに溜められた食器たち。

室内にも関わらず、所々に生えているキノコ。

用途不明の謎の道具。

敷かれたまま畳まれてもいない布団。溜められたゴミによる異臭。

 

汚い。

そんな言葉が『それ』の脳内に真っ先に浮かんだ。

元々縁もゆかりもない一軒家。

たまたま扉が開けっ放しだったため、ちょっとした出来心から中を覗き込んだ結果。

目の前の光景に遭遇したという訳だ。

 

汚い。改めて思う。汚い。

どうしてこんなになるまで放って置いたのか。

会った事もない家主にそんな言葉をぶつけたくなった。

 

少しだけ…少しだけなら良いのではないだろうか。

『それ』はそんな衝動に駆られてしまう。

少しくらいなら勝手に整理整頓したって文句も言われないのではないだろうか。

いや、褒められこそすれ文句を言われる言われなどないはずだ。

誰に言う訳でなく、心の中で論理武装。

そんな衝動に駆られた『それ』ほぼ無意識の内にふらふらと家の中へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ~~~……。なかなか上手くいかんもんだな」

 

肩に愛用の箒を担いで、大きくため息。

霧雨魔理沙が魔法の森を荒めの歩調でのしのしと歩いていた。

古河音と遭遇した後、魔理沙は異変の情報を集めるため妖怪の山へと赴いていた。

その結果…得られたものは少なく、せいぜい東風谷早苗から『西遊記』について詳しく教えてもらったくらいだ。

結局は一旦とんぼ返り。

家に戻って対策の練り直し。早苗に貰った西遊記の絵本でも読んでみる事にした。

 

 

 

 

「………ん??」

 

家の中からがさごそと物音が聞こえる。

家主でる魔理沙はここにいるのだから、必然的に部外者が勝手に家の中に入り込んでいる事を意味していた。

彼女の瞳が鋭く光り、口元はしわを寄せて釣りあがった。

笑っているのだ。不機嫌な意味の方向で。

許せない。人の家に無断で侵入して勝手に物を物色しようなど人にあるまじき行為。

 

懐から箒と同じく愛用の武器を取り出し壁を背に家の中を覗き込む。

心の中でカウントダウン 3…2…1……………0!!

 

「マスタァァァーー…………」

 

ミニ八卦路を構えて魔力を充填。

不法侵入者に向けて照準を合わせると………。

 

 

 

 

 

そこには一匹の猿がいた。

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