「「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
2人の絶叫を前に、女性はキョトンと首をかしげてた。
何に対して彼女たちが驚いているのか分かりかねる。そんな表情だ。
ひとまず、彼女たちの叫びを妨げないように待つこと数秒。
そして2人が絶叫し終えたタイミングを見計らって優しく微笑みながら。
「どうか、なさいましたか?」
気遣いから立ち振る舞いまで、全てにおいて完璧である。
「いえっ!あなたがどうなさったんですかっ!!?
三蔵法師サマ!!!」
そう、あまりにその振る舞いが前回とは全く別物であったため、衣装が同じにもかかわらず彼女の口から『紅魔館』という言葉を聞くまで気づけずにいた。
曲がりなりにも彼女と一戦交え、文自身も撮影のため遠巻きながらも彼女の顔も振る舞いも知っている。
その声も、衣装も、明らかに前回の異変の中心人物・三蔵法師そのものなのだ。
「……そうですね。思えば以前あなたと出会った時の私は、少しばかり心が荒んでいたのかもしれません」
「いや、そんな心構え的なところじゃなくて。もう全体的にホントもう何があったので……???」
心境の変化だとか、そういう次元の変わりようではない。
中・高学生の夏休み変化ですら、ここまで別人へと変貌はしない。
もともと造形も整っていたし、声の通りも良かった。
それが今の立ち振る舞いを手に入れた事により、今まさに理想の三蔵法師象を表していた。
「と、いうよりも………どうなされたんですか? その髪の毛」
立ち振る舞い。
それともうひとつ。これが彼女たちを三蔵だと気づかせなかった原因のひとつだ。
生えているのだ。長く艶のある美しい頭髪が。
もともと以前より袈裟帽子で髪の有無を誤魔化していたのだが、あきらかに今は袈裟帽子越しでも分かるほど、長い髪の毛が今の彼女にはあった。
「…………そう。それは先日、この命蓮寺を我が物にしようと手当たり次第に関係者らしい妖怪を痛めつけていた時の事でした」
遠い昔を懐かしむような目で、つい先日の暴挙が彼女の口から語られる。
にわかには信じがたいが、やはりあの性格破綻者と同一人物なのだと証明されてしまう。
「私の愚かな行為に哀れみの目で私に殴りかかってきたその方こそ……白蓮様だったのです!」
何やら語調に敬愛のようなものすら感じさせるように語っているが、その実内容は妖怪を一方的に痛めつける不良坊主に、突然有無を言わせず殴りかかるバイオレンスな光景だ。
「半日に渡る争いの末……私は今までの苦しみを吐露しました!どれだけ信頼を得ようとも……才能に恵まれ努力し知識を得ようとも………決して髪の毛が生える事のないこの苦しみを………っ!!!」
「………………………」
そうなのだ。
この三蔵法師、髪を剃っているのではなく元々ないのだ。髪の毛が。
だからこそ髪を持つ女に憎悪を抱くし、相手の髪を死滅させるという呪いめいた能力も使える。
そんな設定に、たしかにしたのだ古河音は。割と面白半分で。
彼女の苦しみっぷりを目の前で見せられると、安易な気持ちでキャラクターなど作る者ではないなぁーと彼女のなけなしの良心がチクリと痛む。
思いもよらぬところで、ほんの少しだけ、大人になった古河音だった。
「ですが……っ!そんな愚かな私に白蓮様はなんと……その魔法のお力により生える事のなかった私に髪の毛をお与えくださったのです!!」
聖白蓮。この命蓮寺をまとめる人と妖怪を取り持つ僧侶。
身体能力の強化に特化した魔法を用い、文自身も認める大魔法使いだ。
おそらくはその魔法の延長線上による何かで、彼女の髪の毛の問題を解決した……という事なのだろう。
まさに神を称えるような瞳で熱く語る三蔵を前に、古河音も文も大体の経緯は察した。
つまりは彼女の唯一の劣等感にして人生最大の悩み。
そこから救い出した白蓮を神聖視し、荒み切っていたあの性格までもが180度転換した。
おそらく彼女は今『舞い上がっている』状態なのだ。
過度な性格の変貌は、そこが大きいだろう。
「さぁ…!この度はようこそ命蓮寺へ。今案内いたしますので、ぜひ白蓮様のありがたい説法をお聞きになってください」
キラキラと瞳を輝かせながら、今や彼女はすっかり聖白蓮に心酔しきっていた。
しかし、これは古河音達にとって良くない流れだ。
校長先生の演説然り。偉い人の語る言葉は、総じて長い。
ましてや実は仏教になどまったく興味の欠片もない文や古河音ならば尚更だ。
興味のない長話など、拷問以外の何物でもない。
「あ…いえ!私たちはそのぉ……そう!これから急用がありまして!!」
「残念だなー…。ま、また今度お願いしようかなー!?」
今の命蓮寺の現状は大体把握できた。
ならばあとは記事を作って必要な写真は後日また撮りにくれば良い。
今はまずこの場から逃げ去る事。
誰が好き好んで長時間正座して永い永い説法など聞くというのだ。
「かっ……!?」
「身体が……っ!!?」
だが、飛び去ろうとする二人の身体を二つの数珠が邪魔をしていた。
その数珠は身体を物理的に縛り付け、力そのものがその数珠によって阻害されてしまっている。飛ぶことすら、適わない。
「急用……? それは……白蓮様のありがたいお言葉を無下にしてまで、優先させるような用事なのでしょうか?」
飛び去ろうと彼女に背中を向けてしまったため、三蔵の表情がよく見えない。
が、明らかに声の温度が違う。
先ほどまでが人の心を照らす陽気のような声だったとすると、今彼女から聞こえる声は水たまりすら瞬時に凍りつきそうな程に冷え切っている。
動けない2人の間を、ゆったりと抜き去りそのまま彼女たちに向かって振り向いた。
数珠で縛られた2人と顔を向き合って話すためだ。
「そんな用事。この世に存在するわきゃねーだろ?なぁ…?」
悲しいかな。どんなに変わったように見えても、人間の本質などそう変わるものではない。
改心したという事実に、おそらく間違いはないのだろう。
今の彼女は心底白蓮を心酔している。
事実あのまま素直に白蓮の説法を受け入れていたなら、彼女は快く古河音たちを受け入れもてないしていただろう。
逆鱗に触れた時こそ、人間の本性とは浮き彫りになるものだ。
「あ……足が……!!と…飛ぼうにも地面が……蹴れ…ないっ!」
「お……置いてかないで文さんっ! 私……足の感覚が今おかしな事に……!!」
数時間に渡る説法を、その間正座の状態で聞き終えた彼女たちの足は、すでに限界を迎えていた。
普段正座などしない者が長時間に渡り正座をして、出来上がったものがこちらだ。
まさに2人とも、生まれたての小鹿状態。
2人して人里のど真ん中で地を這う姿はさながらホラー映画のゾンビのような状況だった。
「あ……文さんちょっと待っ…………て!!」
藁にもすがる思いで、決して他意はなくただ手を伸ばした。
足を封じられた生物とはこうも脆い。
ただ必死にてを伸ばした先に……文の足があった。ただそれだけの話なのだ。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
反射、それ故に加減はない。
本人も意図したところではなく、ただ反射のみで。古河音を手加減抜きでぶん殴った。
今まで文は人間を相手に本気を出すことはなかった。
天狗と人間とでは、そもそもその地力そのものが違うからだ。
だが反射の行動に、加減の入る余地はない。
比喩ではなく古河音の身体は天高く舞い上がり……そのまま地に堕ちた。
また殴った文自身も、痺れた足を思い切り掴まれ満身創痍の状態だ
共に身動き一つとれない……まさに地獄絵図の状態が出来上がっていた。
「そもそもっ!誰ですか命蓮寺に行こうなんて軽はずみな事言ったのっ!!?」
「誰もそんな事言ってないでしょう!?だいたいアレはあなたが作り出したものでしょう!自業自得ですよ!!」
「そのおかげで自分はおいしい思いしておいてよくもそんな事が言えますねっ!!だいたい文さんってけっこう天狗の中じゃ偉いんでしょう!?気配で気づくとかできなかったんですかっ!!?」
「それが出来なかったからこうしてひどい目に遇ったんでしょう!!?誰ですか妖怪退治のスペシャリストとか訳の分からない設定にしたの!!馬鹿でしょうあなた!!!」
責任の押し付け合い。罵り合い。
人は自分が辛い境遇にあった時、何かのせいにしたがるものである。
『復讐』と呼ばれる類のものも言ってしまえばそれの延長線上にあるものだ。
何かを失った辛い気持ちを真正面から受けきることが出来ずに、結果それを『誰か』のせいにして『辛さ』を『怒り』で誤魔化す。
それは人間はもちろん人の感情から生まれる妖怪もまた同じことが言える。
「………良いでしょう。お互いこれで手札は揃いました。
お互いに同じネタを書き、その上で編集能力で競い合おうじゃないですか!!」
「はぁ…。ついこの間新聞を書き始めたド新人が言うじゃないですか……。
良いでしょう。文字通り格の差を思い知らせてあげますよ!!」
仲直りした訳でもない。お互いを許したわけでも妥協した訳でもない。
ただ、争いの舞台をお互いの土俵に変えただけだ。
口で罵り合っても埒が明かない。力づくで押さえつけてもそれは勝利とは呼べない。
ならば記者同士、争いの場は自然と決まってくる。相手の心を折るにはそれが一番の近道だ。
ちなみに、お互いのプライドを賭けたこの戦い。
結局ネタの二番煎じという事でお互いにどんぐりの背比べ……下位争いという結末を迎える。
そんな二人の不毛な争いを始終念写で撮り続けていた姫海棠はたてが上位にのし上がるという事実を、2人は後日知る事となる。
という事で今回は西遊記メンバーの現状報告回でした。またしばらくはぐだぐだな日常をだらーっとやっていこうかなと思っております。