少し強めの日差し。そのお詫びと言わんばかりに心地の良い風がまるで自分に尽くしてくれているようだ。
悪くない気分である。それに免じて許したくなってしまう。
きっと彼らには彼らなりの事情があるのだろう。
何気ない天候にそんな感想を抱きながら、少女は一人お茶を啜る。
「ちっ……」
一口含んだそのお茶に、口元を歪めながら渾身の舌打ちが放たれた。
まずい訳ではない。逆だ。
文句のつけようのないくらい。完璧なのだ。
問題はその淹れ主とその過程にあった。
たゆまぬ努力を続けてようやく至ったのがこのお茶ならば、少女はこのお茶に心からの賛辞を送った事だろう。
だが現実はそうではない。
このお茶の淹れ主は気分によって適当な温度で適当なタイミングで適当にいれているのだ。
それで出来上がったものがクレーマーもびっくりの文句のつけどころのないような品が出来上がるのである。
舌打ちくらいしたくもなるというものだ。
「………………………」
そんな事を思いながら一口…三口……飲み干してしまう。
悔しい!…でも飲んじゃう。
字体だけ見ると妙にいやらしい。
「げっ!………………アンタまた出てきたの?
月詠鈴芽」
「あら霊夢さん。頂いておりますわよ?
お世辞にも褒められたものではないけれどまぁ飲めなくもないので仕方なく飲んであげられる程度の靈夢さんの淹れたお茶」
瞬間…小型の陰陽玉が鈴芽の後頭部に向かって剛速球となって投げつけられる。
投げつけたれた陰陽玉は彼女に当たる寸前で、シャボン玉のような泡に包まれしばらく上下左右と激しく振動し……やがて動きを止めてしまう。
静かになった陰陽玉はそのままパンと割れた泡の中からころりと畳の上に転がり落ちた。
「ちっ………」
「あらあらはしたない…」
「うっさい!……いいから早く良也さんに代わりなさいよ」
件の異変から数日……時系列としてはまだ古河音が紅魔館にて十字架に張りつけられている頃合いだ。
あれ以来、鈴芽は気が向けばすぐに良也の身体を我が物にする始末だ。
良也の姿のまま出てこないところが……辛うじてまだ救いである。色んなところから苦情がきているのだ。
再封印を試みるも、そこは腐りきっていても天才魔女。
二度も封印されるような真似はさせてはくれなかった。
「あら。 あらあらあら……。あらあらぁ……♪」
口元を手で隠しながら、けれども隠しきれていないニヤケ面を霊夢に近づけながら。
鬱陶しいので手で跳ね除けられてしまう。
「これは失礼…。霊夢さんがそこまで良也さんにご執心だとは気づきませんでしたわ…。そうですわよね。想いを寄せる殿方とはほんのわずかの間でも2人きりでいたいと願うのが道理というものですわ。
となれば、私もここはひと肌脱がせて頂きますわ。戻る前に縛りましょうか?どうぞ煮るなり焼くなり舐めまわすなり……」
「いや、夕飯良也さんに作らせようと思って……」
彼女の言葉を聞くが先か、霊夢の目の前にいた少女は瞬時に男性のものへと変化した。
中身が、彼の下から抜けたのである。
「とりあえず、今日は煮物系がいいわ。この前良也さんがとってきた魚。そろそろ片しとかないと傷んじゃうしね。じゃあお願い」
少女から青年へのビフォア・アフターにも一切動じることなく、博麗の巫女はクールに縁側に腰かけ煎餅をかじる。
その腰は重い。きっと何を言ったところでテコでも動かないのだろう。
女難の相。という言葉がある。
本来ならラブコメやらで多数の女性に好意を寄せられトラブルが起きる。という意味で使われる言葉である。
また、女に騙されたり女によって招かれる災いの意味もある。
女によって身体を好き勝手乗っ取られ、解放された次の瞬間には足で使われる……これもまた女難の相と言えなくもない。
「なに?アンタ料理作れないの?」
縁側でお茶を啜りながら、壁に置かれた一本の刀剣に霊夢が声をかける。
どうせ彼女の移動先など良也と…その剣しかないのだ。
勘などなくとも消去法でそこにいるのは分かる。
『作れないのではなく作らないのですわ。真の淑女とは大舞台以外に滅多とその腕を振るわないもの…。このような下賤の場で振舞う料理など持ち合わせておりません』
「………叩き折るわよ?」
『やってごらんなさいな!私今の身体は鬼でさえも折る事の敵わない伝説の刀剣ですのよ!?怖くないですわーっ!』
傍からは微動たりともする事のない刀剣なのでその姿は見えないが、語調からして舌でもだしているのだろうか。
いっそぬか漬けにでもしてやろうかとも思うが、わざわざぬかを用意するのも手間だし、何よりぬかがもったいない。
「まぁ、そもそも振るう腕がなくては、振るおうにも振るえないものね?」
「げっ………!」
声はすれども姿は見えず。
それでいて姿が見えずとも嫌という程に聞き飽きた声に、霊夢の眉間にしわが寄る。
ただでさえめんどくさいのが一人(?)いるというのに、そこに同等のめんどくさいのが更に一名追加すればどうなるというのか。
とてもめんどくさくなるのだ。
良くも悪くも、博麗霊夢という巫女の周りには多種多様の人妖神鬼が引き寄せられるように彼女の下へと訪れる。
それは種族や強さ問わず、彼女の人間性によるものか否かは定かではないが……文字通り色んな者に好かれる性質を持っている。
が、あくまでそれは体質だとか性質だとかそういう話。
それを本人が望んでいる訳でなく、どちらかといえばインドアで一人でいたい派の彼女にとっては迷惑この上ない話だった。
「人の記憶を弄って食べさせてもらう生まれ持ってのヒモ女のあなたが…誰かに作る機会があるだなんて思えないのだけど?」
どこから聞いていたのか、はたまた最初からいたのか。
だとしたらとんでもない暇人だ。
開かれた“スキマ”から上半身だけを覗かせる…八雲紫。
『ヒモなどと…随分と品のないお言葉を使うようになりましたわねあなたも。歳はとりたくないものですわ』
「うる……さいわねこの寄生女っ!!」
『あらやだ怖い!BBAが怒ってますわー!とっても怖いですわーっ!おほほほっ!』
「お前ら外でやれえぇぇぇ~~~~~~~~っ!!」
「………………………………………」
『………………………………………』
何が起こったのか把握できず、ぽつねんと神社の前でたたずむ妖怪の賢者とかつては記憶の魔女の名をほしいままにした呪いの魔剣。
「追い出されちゃったじゃないの」
『あなたのせいでしょう!?』
かの妖怪の賢者が刀剣に向かって話しかけている図は、なかなかにシュールなものだった。
普段良也は腰に差した状態で鈴芽と会話しているのでまだマシな方なのだが、今の紫のように両手でしっかりと持って面と向かって話しかけていると……傍からは完全に痛い人だ。
『困りましたわね…。あーなった霊夢さんは時間をおかないと機嫌を直してくれませんわ。今良也さんの身体を使うと夕食を中断させて火に油ですもの……』
「そうねぇ…。霊夢は下手に謝るよりも怒りが納まるのを素直に待つのが一番有効だし……」
信じられるだろうか。仮にもこれが妖怪の賢者と記憶の魔女の会話である。
どちらもその実力は神にも劣らない……その2人が十代の人間の巫女相手に、完全に頭が上がらない。
「仕方ない。邪魔したわね……ってあなたに言うセリフでもなかったか」
下手に中に入るとまた霊夢が怒るので、テキトーに壁に持っていた刀剣を置いてスキマを開く。
『ちょっと……っ!?お待ちなさいな!あなた私を一人(?)ここに置いていくつもりですの!?このままだと一人で歩けないし良也さんの身体は使う訳にもいかなし、どうしろというおつもりで!!?』
閉じかけたスキマから顔だけを覗かせ、何言ってんだこの女?とでも言いたげな視線を一振りの刀剣に向ける。
わざわざ神社に入っていけば機嫌の悪い巫女に遭遇することは必然だし
スキマを使って『中』に運ぶ事もできるが、それをしては紫が運んだことが明確になるのは火を見るよりも明らかだ。更に言うならそこまでしてやる義理もない。
となれば、むしろどうしろというのだ……?
「なに?アナタまさか連れて行ってほしいとかそういう気の触れた事言うんじゃないでしょうね?」
気心の知れた相手のせいか、紫の口調からは普段の気取ったような雰囲気が抜け落ちていた。
心底、面倒臭そうに問う。
『世迷言を…。私が? あなたに?
世界がひっくり返ろうともありえない事ですわね。私を誰と心得ておりますの?
ましてやあなたの様に覗きと長生きだけが取り柄の下賤な妖怪風情に、この私が…』
「じゃあ、そういう事で」
『お願いします連れて行ってくださいまし!一人は寂しいですの!こんなところで置き去りは嫌ですわ!!』
表情は見えないが……明らかに涙声だった。
自尊心の高い者が見せる弱気な姿に、少なからず需要というものが世間にはあるが……これは明らかにそういうアレとはまた別の何かだ。
もはや顔どころか閉じかけたスキマから目だけを覗かせている紫は、めんどくせー!だとか、もうちょっとプライド持てよ…だとか
そんな心境だった。