物をひとつ移動させるだけで、周囲の置物がガタゴトと音を立てる。
これでも棚は定期的に新しいものに変えているつもりではあるのだが、やはり置き方の問題なのだろうか。
妖怪に、体温調整の必要はない。
その血が半分彼にも流れているおかげか、日差しが強く室内に熱気が籠る店の中でも
彼は平然とした表情をしていた。
香霖堂店主 森近霖之助。
彼の店は、物が多い。
物と書いてガラクタと読んでも差異はほとんどない。
そのほとんどが“外”から流れ着き幻想郷では意味の成さない古びた道具ばかり。
が、彼はそのガラクタにこそその興味をそそられていた。
道具とは、始めからガラクタな訳ではない。
道具としての役目を終えて寿命を迎えて、そこでガラクタとなってしまうのだ。
彼は、そんな道具からガラクタへと至る過程に……そこに歴史を感じていた。
どんな役目で生まれどんな使われ方をして、どう忘れ去られていったのか。
彼の能力は、その一端を覗き見る事ができる。
ここはいわば、彼だけの歴史博物館だ。
それでも必要としている者がいれば金銭とともに提供するし、お気に入りの品は非売品にしてしまえばいい。まさに道楽の一言に尽きる。
それでいいと、本人は思っている。
道楽でいい。そこに生きる意味があるならば誰に迷惑をかけかけられる訳でもない。
ここは……彼だけの城なのだ。
「ホント相変わらずゴミばっかり置いてあるわねぇ…ここは」
『その発想は軽率ですわ。宝とはゴミの中にこそ紛れ込んでいるもの……こういう時こそ目を皿のように……』
……この城に、門番はいない。衛兵もいない。
いや、いたとしても彼女たちの前では意味をなさないのだろう。
どうせスキマで道中などなかったかの様に入ってくるのだから。
「冷やかしならお帰り願えるとうれしいんだけどねぇ…。それとも何かお買い求めで?」
極力平静を保ちつつ、頬杖をつきながら突然の来客に声をかける。
この手の輩に動揺を見せてはいけない。つけあがるからだ。
どうせ彼女らの真意など図れないのだ。なら、図ろうとするだけ時間の無駄だ。
話を早々に進めて帰ってもらうのが平穏への一番の近道だ。
「貴重な来客に対してそれはないでしょう?
この店の寂れっぷりは、案外その接客態度のせいもあるんじゃないかしら?
改善をお勧めするわ」
「………貴重なご意見痛み入るよ」
暖簾に腕押し。これ以上の問答など意味はない。
これ以上帰れと言ってもまた接客云々話を逸らされるのは目に見えている。
もうこの手は使えない。
『あら、そこの3番目の棚の黒い瓶……なかなかに良いお酒じゃありませんこと?』
「あら本当、まったく……相変わらずそういうのに目ざといんだからアナタは」
「待て待て待て……っ!それは非売品だ!何を当然のように手を伸ばしてるんだ貴女もっ!!?」
ある意味この女も魔理沙並みに手癖が悪かった。
手をつけた酒をもうすでに栓を開けようとしている。試食コーナーに一直線に向かい試食という名のタダ食いに何も躊躇わないおばちゃんのそれだ。
「非売品ってことはお代はいらないって事でしょう?その懐の広さに感謝いたしますわ」
まるでペットボトルのフタを開けるように、くるくるとコルクを指で回す。
境界を弄っているのか、それともこれが人間と妖怪の単純な膂力の差なのかは……分からない。
私物であるならば商品に紛れて置いておくべきではない。
紫自身の図々しさもあるが、霖之助にも非がないともいえない。仮にも商業者なら整理整頓はするべきである。
『霖之助さん、私この身体ではお酒が飲めませんので。
あなたが今読んでいる書物…私に見えるように最初から開いてくださいまし』
「君ら本当に何しにきだんだっ!!!?」
「あっはっはっは!それで霖之助の奴から酒をかっぱらって来たって訳かい!そりゃあ良いっ!!」
小さな身体とは不釣り合いなその喋り方と酒臭さを漂わせるその少女は、豪快に笑いながら足をバタつかせていた。
器など知った事か。直接瓶の先を加えて中の酒を流し込む。
ラッパ飲みと言われるやや風情・品に欠ける豪快ととるか下品ととるか賛否両論ある飲み方である。
「随分な言われようねぇ…。『貰って』きたのよ」
香霖堂で飲んできたため少し控えめに、口元を扇子で隠しながら…一口こくりと口へと運ぶ。
いわゆるはしご酒。
香霖堂から飲んできたその足(?)で次にやって来たのは玄武の沢。
正直、伊吹萃香を訪ねるのに場所はあまり関係ない。
密と疎を自在に操る彼女は自身の身体を幻想郷中に散りばめている。つまりどこにでもいるのだ。
「――――――で?さっきから随分と静かじゃないか。いつもの金切り声はどうしたい?」
草薙の剣を担ぐように顔に近づけ吐息を吐きかける。
酔っ払いがよくやる仕草である。
『酒臭いですわっ!その品のないお顔を近づけないでくださいましっ!!』
実際に今の彼女に嗅覚などないのだが、触覚は存在する。
明らかに酔った状態で息を吐きかければ酒臭い……ような気がする。
「お、喋った喋った。
なんだい久しぶりにこうやって面と向かって再会したっていうのに、お得意のお喋りはどこいったい?」
柄の部分に顔をすりつけながら、尚も酒臭い息を吐きかき続ける。
絡み酒は迷惑行為です。飲酒は人の迷惑にならない程度に嗜みましょう。
『まるで私のこれまでもご存じのような口ぶりですわね?
これだからどこぞのスキマ妖怪のように覗き癖のある女は……。私あなた方のようにデリカシーのない方とは口もききたくありませんの』
「にゃははははっ!そのなりでプライドの高さは相変わらずって訳だっ!いいねぇ、私はアンタのそういうところ嫌いじゃないよ?」
もともとの生まれの能力の高さも要因だろう。
鈴芽は昔から好き嫌いをはっきりと分ける性質だ。
それは相手が鬼だからとかではなく、自分の好みだから贔屓する。好みに合わないから邪険にする。と、実に分かり易い。
だから相手が鬼であろうとなかろうと、自分の好みに合わなければ躊躇なく敵愾心を抱くし逆もまた然り。
見栄や目的のためなら平気で嘘をつくし騙しもする。
けれど自分にだけは正直な彼女の性格は、少なくとも萃香は気に入っていた。
『ご生憎様。こちらは昔からあなたが好きになれませんでしたわ。何かある毎に鬼・鬼と…。生まれた種族を語らなければ自分を語れないような方を好きになれという方が無理な相談ですわ』
萃香の笑顔が……わずかに曇った。
心なしか剣を握る手に力が入る。
鬼は嘘を嫌う。ただしそれは正直者ならば誰でも好き……という事と同義ではない。
「アンタのそういう怖いもの知らずな性格嫌いじゃないはずなんだけどねぇ…。
なんでだろう……?
たまに調子に乗ってるんじゃないかと思う時があるんだよ」
『「人の振り見て…」という言葉をご存じで?ご存じないならぜひ調べてみる事をお勧めしますわ。きっと今後のあなたのためになる言葉でしょうから』
「こ………の…………っ!」
剣を握る力により一層力が入る。
その口元からは人外特有の鋭く尖った牙が姿を現し、見開かれた瞳はまさに鬼のそれだ……。
「はいはい、そこまで」
萃香の手の中にあったはずの剣は、いつの間にかその姿を消し去っていた。
見ると足元には剣一本分が縦に入る程度の小さなスキマ。
ひとつため息をつくと、一気に酒を流し込む。いつの間にやら素面になっていたらしい。
「まぁ、直に喋ってみて分かったよ。相変わらずだねぇ…」
「アレは成長がないって言うのよ…。残留思念に成長も何もあったものじゃないけど」
『そこで私は言ってやった訳ですわ。生まれた種族を語らなければ自分を語れないような方を好きになれという方が無理な相談ですわ……ってね!!
ていうか遠くありませんことっ!!?』
場所を落ち着けて、ただいま白玉楼。
ある意味始まりの場所。西行寺幽々子の住まう大屋敷。
紫と幽々子は隣に座って談笑し…………そのはるか数メートル先に置かれた一振りの剣。
イジメかっこ悪いですわー と、遠方から届くクレームにいっその事永久にスキマの中に封印した方が世のためではないかと本気で思えてくる。
遠くに離せば少しは静かになるかもしれないとわずかな期待をかけた紫の願いは……あっけなくもその空気の読めなさに打ち砕かれた。
「うふふ、ごめんなさいねぇ…。紫がどうしてもっていうものだから」
少し困ったように笑いながら鈴芽の下まで歩みを進めるとそっと腰をかける。
そんな幽々子についていきながら、なんとなく幽々子を取られたみたいで面白くない。
「心配しなくても紫から大体の話は聞いてるわ。あなたは凄いのねぇ」
『ふふふ……凄いなどと。そのような分かり切った事を仰られても何もでませんわよ?おーっほっほ!』
上機嫌の当人に気づかれないよう『ね?』と幽々子が縁に向かってささやいた。
これは幽々子が上手いのか、鈴芽が簡単すぎるのか。もはや考えるまでもない。
「…………紫、幽々子。私思いついてしまいましたわ」
突然静かになったかと思えば、唐突にそんな言葉がつぶやかれた。
何かしら? とニコニコと笑顔を絶やさない幽々子に対し、紫は心底嫌そうな顔をしていた。
『私、神になりますわっ!!』
当たってほしくない。外れてほしい嫌な予感ほど、なぜかよく当たるのが世の常である。
ゴールが見えない? あれ、奇遇ですね。私もですw