薄暗い森の中、少女は一人歩みを進めていた。
辺りには何もない。
いや、森なのだから当然辺りには木々がたくさん生えている。
そういう事ではなく、木々以外のものが何もないのだ。
森の中にお菓子の家がある訳でなく、とつぜん豪邸が目に入るでもなく、金の斧と銀の斧を持って泉の精が現れる訳でもない。
案外幻想郷なら本当に泉に斧か何か落とせばそういうのが出てくるのではないだろうか。
少女の頭に、そんな考えが過る。
今度泉を見かけたら試してみるのも良いかもしれない。
本当に小屋一つ何もない、殺風景な森だった。
『待て!』
辺りには何もない。 何もいない。
にも関わらず、突然少女を呼び止める声がした。
その声の事をあらかじめ予見していたのか……少女は大して驚いた様子もなく立ち止まる。
『合言葉を言え! 【山】!』
すぅ…っと息を吸い込み酸素を頭に巡らせる。
大丈夫。何度も復唱して覚えたはずだ。ここで間違えたりなんかしたら笑い話にもならない。
暗記の類はお世辞にも得意ではないが、大丈夫。できるはずだ。
「【天狗】!」
『【森】!』 「【魔法使い】!」
『【館】!』 「【吸血鬼】!」
『【神社】!』
「……………【巫女】!」
『………………正解だ』
緊張から解き放たれた少女の口元は釣り上がり、勝ち誇ったものへと変わる。
このくらい、先ほどまで自分が潜り抜けてきた地獄の門に比べれば大したものではない。
「いやぁ~…危なかったぁ……。途中いくつかド忘れしちゃってどうしようかと思った……」
「ほら、だからこういう役はルナに任せればいいって言ったのに」
「いいじゃん。結局は最後まで言えたんだから!終わり良ければ……なんとかよ!」
何もない森の中から突然姿を現したのは三人の妖精だった。
日・月・星の光から生まれた光の三妖精、サニーミルク。スターサファイア。ルナチャイルド。
基本的にいたずら好きの妖精の中でも率先的に人間を襲うのが、彼女らである。
「で、白黒もどき。例のものは持って来たんでしょうね?」
「そっちこそ、これで今度のいたずら……協力してもらえるんでしょうね?」
「もちろんもちろーん♪妖精ウソつかなーい☆」
指先を器用にわきわきと動かせながら古河音に向かって手のひらを差し出す。
約束は守るからさっさと例の物を寄こせ。手がそう言っている。
その態度にいまいち釈然としないながらも、そもそも妖精なんてそんなものかと頭の中で割り切る。
根拠のない口約束でも、ないよりはマシだ。
彼女たち光の三妖精の能力は、それだけ事いたずらにおいては強力な力を発揮する。
「ふふふ……感謝するがいいさ。
見よ!これが紅魔館特性咲夜さんの能力でいい感じに熟成されたチートヴィンテージワイン……どぁーーーっ!!」
「おぉーーっ!これがあの吸血鬼がいつも飲んでるっていうお手軽ヴィンテージワインっ!!」」
ご存知の通り、かの十六夜咲夜には時間を操るというとんでもない能力が備わっている。
彼女の能力をもってすれば、何十年と熟成が必要なヴィンテージワインもお手軽大量生産だ。
ちなみに安いワインをどれだけ熟成させようと、味は落ちる一方である。
高級ワインもインスタント感覚で大量生産されると……なんだか妙に安っぽくなるものだ。
「ふふーーんっ!これ一本盗み出すのに私がどれだけの苦労を重ねてきたか……。
私の武勇伝を聞かせてあげようっ!」
戦利品であるワインを誇らしげに掲げた後に、愛おし気に頬ずり。
当人は偉業を成し遂げたような顔をしているが、実際にやっている事はただのシーフ行為だ。
いよいよもってどこかの誰かの影響を濃く受け継ぎ始めている。
良くも悪くも、人とは環境によって大きな影響をうけるものである。
「そういうのいいから。早く早くっ!!」
「む……」
自分の成果を『そういうの』の一言で片づけられる事に納得のいかない表情をみせる。
が、そこはムリヤリ自分を納得させる。
すべては彼女の宿敵……因幡てゐを打倒するためだ。
「見て見て!いかにも高級そうな色よ!」
「当たり前よ!高級なんだから!きっとおいしいにちがいないわ!!」
会話だけで分かる妖精特有の頭の悪そうなやりとりである。
よく頭の悪いという代名詞に氷の妖精チルノが使われたりなんかするが、そもそも妖精は基本知能がそんなに高くない。
もちろんそんな中でも例外あるし、むしろ彼女に関して言えばあれでも妖精の中では知能はかなり高い部類と言っても良いだろう。
ルナチャイルドや大妖精などは、その中でも例外中の例外だ。
「さぁさぁ!開けてみよう♪飲んでみよう♪」
子供が買ってもらったプレゼントの包装紙を破り捨てるように、サニーが何の躊躇もなく栓を抜く。
猫に小判。豚に真珠。
昔から伝えられることわざだが、まさしく今回のそれだ。
いくらチートとはいえ高級ワイン。本来は様式美だったり色々と飲むにあたって前準備があるだろう。
が、そんなもの妖精には関係ない。
彼女たちからすれば酒とは『美味しい』か『不味い』か…それだけでしかない。
「ちょちょちょ……ちょっと待って!人の戦利品をそんな今日のおやつ感覚でもう開けちゃうの!?
ってか私のいたずら手伝ってくれるって約束でしょ!?今から酒飲んでどうすんのっ!!」
「あとあと♪これ飲み終わったらちゃんと約束は守るから」
一升瓶を開けるほどの酒を飲んでまともに仕事なんて出来るはずないではないか。
いたずら舐めんな!!
そんな怒りが古河音の魔力を迸らせる。
「………………………っ」
周囲に弾幕を張り巡らせ、それらを一気に放とうとしたところで、手が止まる。
今ここで弾幕を放てば当然ながらワインも巻き添えだ。
自らの功績を自らで壊す……そんな真似はしたくない。
世の中には自分の作品を自分で壊すことに美意識を感じる者もいるらしいが、古河音にそんな芸術的な意識はない。
頑張った証は残しておきたい。ごく普通の考えだった。
「はぁぁぁ……」
焦りだとか苛立ちだとか……そういうものを一度全部吐き捨てるように、軽く一息。
ひとまずはこれで良しとしよう。約束は取りつけたのだ。
どうせ彼女らはこれからワインを飲み干し酔って使い物にならなくなるのは目に見えている。
今日のところは諦めよう。恩を着せた。ひとまずはそれだけでも今回は大収穫だ。
「にとりさんの所でも行こうっかなぁ…。あの人の道具けっこう使えそうなの多いし」
少しずれた帽子を被り直して、宙に浮いた箒に腰かける。
彼女の作る道具は奇怪なものも多い。当然だ。外の世界の知識などゼロの状態から始めているのだから。
が、『アタリ』『ハズレ』がある分、稀に『アタリ』の作品が生まれる事もある。
それはいたずらに使えそうだったり、単純に便利そうなものだったり。
「ちょっと…。どこに行こうっていうのよ?」
後日出直そう。 そう考えていた古河音のスカートが小さな手に掴まれる。
すでに若干顔を赤らめたサニーミルクのものだった。
顔を赤らめて上目づかいで衣服を掴まれる。
そんなシチュエーションに不覚にもときめいてしまうも、首を振って雑念を捨てる。
妖精相手に気を許すとロクな事にならない。過去何度も気を許して得た教訓である。
「あなたも飲みなさいよ。特別に分けてあげるから」
「いや、私お酒は苦手で……」
「何よっ!?私の酒が飲めないっていうの!?」
「酒臭…っ!?この短時間で酒臭っ!!」
ペース配分も何もあったものではない。妖精は死なない。死んでも蘇る。
そして病気にもかからない。
だから身体の事などおかまいなしに、ジュース感覚で酒が飲める。
ただし酔いは普通に回る。
幻想郷にはどういう訳か種族問わず酒飲みが多い。当然人間の里も然りだ。
彼女の姉である慧音ですら酒を嗜む。
ましてや幻想郷には飲酒を縛る法が存在しないのだから古河音も何度か飲酒の経験はあった。
だが未だに、そもそも酒というものを美味しく感じられない。
なぜあんな不味いものを目の前の妖精も含めて進んで飲みたがるのか、それは古河音の理解の外の領域だった。
「ううぅぅ~~~~ん………。じゃ、じゃあ。ちょっとだけ♪」
仮にもワインというと、それだけでなんだか格好良さそうだ。
グラスを傾けて回す仕草なんかもやってみたい。
それより何よりせっかくの戦利品。苦手と言えどまったく口にしないというのももったいない。
サニー達が用意していたのは、ガラス製のグラスではなく木製の器。
普段はスープなどを入れるのにも使っているのだろう。
頭の中の記憶を頼りに器に入れられたワイン円を描くようにくるくる回し、香りを嗅いでみる。
なんだかお洒落な気分だ。匂いも悪くない。ふつうに美味しそうだ。
いざ、飲んでみると…やはりお世辞にも美味しくはなかった。
日本酒とは違った独特の酸味…どの道美味しいという種類の味ではない。
けれど頭がぼぉ…とする。もう少し飲んでもいいかもしれないという気分になる。
そこからの記憶は、ひどく曖昧なものだった。
楽しかった…気がする。 大声で笑った…気がする。 大いに暴れまわった…気がする。
何やら色々とやってはいけない事をしてしまったような……
気がする。
「………………………あれ?」
気がつくとそこは、木の上だった。
決して特別大きな木という訳でもなく、不安定な態勢で身体が気に絡みついたような状態で、眠っていたのだ。
なんでそんなところで眠っていたのか…まるで見当がつかない。
そもそもいつの間に眠ってしまったのかも分からない。
不安定な態勢のまま眠っていたため身体中が痛む。
「頭………重い」
そしてそれ以上に特有の気だるさが古河音にのしかかっていた。
里の人達がこれと似た症状にかかっていたのを見かけたことがある。“二日酔い”と呼ばれる類のものだ。
普段風邪というものをあんまり引かないのだが、それに似た感覚かもしれない。
「……………………なんで?」
先ほどから手元に違和感を覚えて…見てみると布のようなものが握られていた。
いや布のようなものではなく、“スカート”だった。
それも見覚えがある。
サイズや色彩や模様から考えて……先ほどまでまさに話していたはずの三妖精の一人。
スターサファイアのものだ。
「……………………………」
然しもの古河音も、さすがに言葉に困る何と言っていいのか分からない複雑な表情になる。
ここにスカートがあるという事はつまり……そういう事だ。
よくよく見てみると、腕に小さな歯型がいくつもある。
彼女たちも必死に抵抗したのだろう。
正直、まったく記憶がない。
けれどそれはきっと記憶がないだけで、証拠が今まさに文字通り手の中にあるのだ。
何かの話で記憶はないけど酔った勢いで男女の仲で……というのを聞いた事があるが、彼らはまさにこんな気持ちだったのだろうか?そんな心底どーでもいい疑問が頭に浮かんだ。
「あは……あははははは………あっはっはっはっはっはっはっは!!
忘れよう! 忘れようっ! 覚えてないんだから、私は悪くない!悪くないはず!!」
わざとじゃないなら許される。
そんな紙装備の論理武装で、高らかに笑い声を上げながらそう言い聞かせる。他ならない自分に対してだ。
声を大にしてそう言うと、なんだか本当にそんな気がしてくる。
自分は悪くない。そう言ってもらえてるような気になる。
そんな気がする………だけである。
「もぉーーっ!うるさいなぁ!探し物くらい静かにさせなさいよっ!!」
高らかに笑う古河音の頭上で、二股の尾を揺らす少女の姿をした猫が一匹…。
東方禁書幻譚の作者の鈴華さんが、なんとうちの子のテーマ曲を当ててくれました。
古河音はSOUND HOLIC『乙女桜♡Graduation』。
鈴芽は幽閉サテライト『零度の微笑み』。
どちらもホントぴったりだなーって事でついつい曲を聴きながらイラストなんか描いてみたりw
【挿絵表示】
やっぱりテーマ曲っていったらそれとセットでイラストかなーって♪