全体的に統一感のない植物に満たされた薄暗い森の中。
メイド服に身を包んだ少女が洗濯物を干している。
手際良く一着一着の服を並べていくその姿は、まさしくそのメイド服に恥じない洗練されたものだった。
少年の名は琴吹未来。
そう、彼は姿通りの性別の持ち主ではない。
決して女装壁などではなく、生まれも育ちも歴とした少年である。
ならばなぜ彼がこのような姿をしているかといえば、止むに止まれぬ事情としか言いようがない。
そんな彼は“魔力を扱う程度の能力”の持ち主であり
その能力をきっかけに現在は普通の魔法使い霧雨魔理沙の弟子である。
「はじめまして。おつき合いを前提に結婚して下さい」
ある日未来は不思議な少女と出会った。
否、不思議ではない。変なのだ。
出会いと同時に突然の求婚。彼が男だと知るや否や奇声を上げて吐血した。
曰く、それは血ではなくケフィアなのだという。
「………誰だお前?」
「………はい?」
霧雨魔理沙の知り合いなのだという少女、古河音。
だが、当人である魔理沙から返ってきた言葉はそれを否定するものだった。
キョトン。
まさにそんな効果音が適当な表情で、二人揃って見つめ合う。
魔理沙が彼女を知らないというという事は、一見するとどちらかが嘘を言っているようにとれる。
古河音が彼女の知り合いという証言か、魔理沙が古河音をしらないという証言か。
しかし、二人の表情からはどちらも虚言の気配は感じられない。
ただただ、互いの顔を不思議そうな表情で見つめているのだ。
「いやだから、誰なんだお前は?」
「いやだから、何言ってんですか魔理沙さん?」
「いやだから、私はお前なんて知らないって」
「いやだから、記憶喪失キャラは私の十八番なんですってば」
互いに自らの主張を曲げずに平行線、話は一向に進展する気配を見せない。
次第にぶつかる意見はその場の空気を不穏なものへと変えていった。
「私はお前なんて知らないって言ってんのにしつこい奴だなお前も……!」
「こんな素敵な男の娘を手元に置いた上に人のキャラまで奪おうなんて……!!」
互いに箒を構えて火花を散らせる。
今にも弾幕ごっこの開始しそうな空気に未来も一歩引く。
彼の危機管理能力は人一倍ずば抜けている。
その一点に着目するなら某直感ぐーたら巫女にも匹敵するだろう。
「――魔符・『スターダストレヴァリエ』!!」
「――風水符・『自然のもたらすラッキースケベ』!!」
その予感やまさに的中。
瞬く間に口論は弾幕ごっこへと発展し魔法の森の上空を弾幕が覆った。
二人の弾幕がぶつかり合い、その結果――――……。
瞬 ☆ 殺!!
惨めに地を這い全身から煙を出している古河音の姿があった。
対する魔理沙はほぼ無傷である。
「なんだ、お前弱いな」
「いや……これでもこの前ルーミアちゃんに1勝したんですよ……?」
未だ身体を起こす事なく最期の力で反論。
一応譲れない何かが彼女にもあるのだろう。
身体はズタボロながらも、それが彼女の心を落ちつけていった。
冷静に考えれば魔理沙の様子は明らかにおかしい。
記憶を失っているというにはあまりにいつも通りの彼女だ。
なのに、自分という人間に関しての記憶のみが抜け落ちてしまっているようだ。
だがもし、記憶がないのではなく本当に『知らない』のだとしたら。
自らのヲタク脳をフル稼働して思い当たる仮説がある。
「未来さん、魔理沙さんに弟子入りしたのっていつです?」
「えぇと、まだ2週間ってとこかな?」
「……やっぱり」
魔理沙の家には3日前に訪れた。
その時に琴吹未来などという人物は見かけていない。
彼の様な見目麗しい男の娘を見かけたならば彼女の中の萌えセンサーが反応しない訳がない。
“この世界”には自分という存在がなくて琴吹未来という存在がいるのだ。
“元の世界”には未来という存在がなくて古河音という存在があるのだ。
「……イッツ あ パラレルワールド?」
「その通り」
どこからともなく空間が裂け、異様な空間が現れる。
まるでその空間の主と言わんばかりに、その中から一人の女性が現れた。
ご令嬢の様なドレスを身にまとい日傘を差しているその姿は、その異様な空間とはあまりに不釣り合いで逆にそれが彼女の妖艶さを引き立たせていた。
「紫姉っ!」
「え?未来さんのお姉さん?」
「うん、義理のだけどね。僕にとっては本当の姉さんかな」
「…………」
普段なら、ここで弟さんを私にくださいとでも言っていただろう。
あるいは、彼女自身を口説いていたかもしれない。
しかし未来の言葉に思うところがあったのか、そんな気になれなかった。
「で、紫姉。パラレルワールドって?」
「別名、並行世界。世界の隣に立つもう一つの世界。
“外”の世界と幻想郷との関係とはまた別に、同じ環境・同じ人物がいる似て非なる世界。
今回の例で言えばその子とアナタの関係ね。
同じ世界でもそこには“可能性”が存在するわ。可能性があれば当然そこには誤差が……」
「へぇ~…」
ぽかん、まさにそんな言葉がふさわしい呆けた表情だった。
そんな未来の様子に気づいたのか、紫も話を中断する。
明らかに理解していないそんな表情の彼に紫も怪訝な視線で見つめていた。
「未来、今日はチャイナ服に挑戦してみましょうか?」
「へぇ~…」
「そうね、セーラー服なんかも良いわね」
「へぇ~…」
「もういっそ、色んな服を今日は着ちゃう?」
「へぇ~…」
「ふぅ~…」
「ひゃんっ!!?」
放心状態の未来の耳元に紫の吐息が吹きかかる。
少年とは思えない可愛らしい声が彼の口から飛び出した。
「ふふふ、相変わらず良い反応だわ……で、貴女は大丈夫?」
姉弟同士の他愛ないやりとり。
そんな傍らで古河音は一人うずくまっていた。
「どぁ…っ…だいじょ……っぶ、です! ちょっと過呼吸起こしただけ……なのでっ…!」
全然大丈夫ではなかった。
年頃の少女もびっくりなその愛らしい悲鳴は彼女の鳩尾をクリーンヒットしたらしい。
いわゆる伝説の『萌え死』寸前だ。
「あれ…?そういやなんで私が他の世界から来たって分かるんです?ってかやっぱりここパラレルワールドだったんですね」
「そうよ、貴女からは“別の幻想郷”の匂いがするわ。似て非なる、ね」
口元を扇子で隠してはいるものの、その表情は明らかに笑っていた。
面白いもの見つけた、公言せずとも目がそう語っていた。
「貴女を元の世界に返すのは簡単よ。でも、それじゃあ面白みがないわ」
ふわりと紫の身体が宙へ浮く。
必要もないのに飛ぶ意味はない。つまりは必要があるから飛ぶのだ。
空を飛ぶ理由、それは移動もしくは――――……
「未来、あなたその子と組んで私に一撃与えてみなさい。そうすれば、帰してあげても良いわよ?」
弾幕ごっこ。
紫からすれば弟の成長を促し、同時に古河音の観察もできる。
全てにおいて自分のためだけに設けられた条件だ。
「え、いや、なんで僕まで!?」
「なんとなくよ♪」
「だよねぇ……」
心なしか未来の瞳に涙が浮かぶ。
あはは…と笑うその姿が哀愁を漂わせていた。
「まぁまぁ、別に倒せなんて言ってないんですから♪」
魔女帽子を被り直しスペルカードに箒の準備。
未来とは対照的にこちらはやる気満々の様だ。魔理沙から受けたダメージもどこへやら。
「ちなみに未来さんのスペカはどんな感じ?」
「これと……あとこれと――…」
互いにスペカを見せ合い作戦会議。
チーム戦において情報の共有は基本中の基本だ。
紫に対して古河音と未来、計三人が上空で対峙している。
私も混じりたいとの魔理沙の申し出だったが、バランスが崩れると紫に断られた。
「さぁ、はじめるザマスヨ!」
威勢の良い声と共に古河音のスペルカードが輝きだす。
彼女の先制攻撃で相手の動きを少しでも遅らせる。予め決められていた作戦だ。
――華符・『咲き乱れる百合と薔薇』
赤い弾幕が真っ直ぐ相手へと向かい、白い弾幕はその周りをひらひらと不規則に舞う。
弾幕ごっこに置いて大切なのは避け辛さに他ならない。
しかし、対する紫はあろう事か瞳を閉じて弾幕を見る事もなくかわしていく。
「―――か~~ら~~のぉ……!!」
古河音が弾幕を放つ合間に紫の上空には未来の姿。
背後ではなく上空をとるのは、回避されれば同士討ちになる事が目に見えているからである。
―――流符・『弾幕の波』
波、まさにその言葉に相応しい洪水の様な弾幕が一斉に向かっていく。
未来の持ち味はその能力通りの高い魔力にある。
軌道はまっすぐだが、その分弾幕量・速度・威力共にバランスのとれたスペルカードだ。
2人の大技を同時に相手へぶつける。
卑怯と言うなかれ、その条件を出してきたのは八雲紫に他ならない。
瞬 ☆ 殺 Part2!!
全身から煙を出しながら地を這うメイドと魔女。
散々盛り上げるだけ盛り上げておいても、妖怪の賢者・八雲紫にかかればこのザマである。
悲しいけどこれ現実なのよね、まさにそんな言葉が相応しい光景だった。
「うんうん。未来の今の実力も再確認できたし、なかなか面白かったわよ」
「え、じゃあ帰してくれるんですか?」
「ダメ♪」
わずかな希望も笑顔でばっさりなます切り。
ルールはルールとの事だが、実際はこうやって相手の反応を楽しむのが主な目的なのだろう。
「でも、そうね…。少し条件を変えましょうか」
開いていた扇子をぱっと閉じる。
彼女の目的は古河音を帰さない事ではない。試練を与える事でもない。
ただ、異世界の幻想郷からきた彼女で面白可笑しくする事だ。
閉じた扇子で空間を撫でるようにさーっと線を描く。
すると、そこからファスナーを開けたかの様に再び例の異空間が現れた。
前回と違う点を上げるとすれば、その空間に本人ではなくいくつもの衣服が入っている事だろう。
古今東西多種多様なものがいくつもあるが、それらに共通しているのが全て女物という点。
「これからは貴女のセンスを試させてもらうわ。これらの服を使って私の満足する様な未来にぴったりの服を選びなさい」
「なんでぇ!!?」
未だ弾幕ごっこのダメージの残る身体を無理矢理起こす。
そんな事を気にしている様な事態ではなくなったのだ。
「あら、言ったでしょう?その子のセンスを試すためよ♪」
誰がどう聞いても建前にすらなっていない嘘臭い事この上ないセリフを紫は満面の笑みで言い切った。
心なしか背後からうきうきという文字が見え隠れしている気すらしてくる。
「………い…………さ………」
小さく、古河音の口元が動く。
何かを言った様に見えるがその内容はとても聞き取れない。
「任せてくださいお姉さまッ!!!」
彼女の瞳が怪しく光る。
「う……うぅ……。もうお婿にいけない……!!」
色々とあった。 色々とあったのだ。
何があったかは彼の瞳から溢れる涙で察してほしい。
それはもうR18タグをつけざるを得ない悲劇が襲いかかったとしか表現しようがない。
「何言ってんですか。お婿にいけないならお嫁にいけば良いじゃないですか♪ 私がもらいますよ?」
「あら、なかなか上手い事言うわね。座布団一枚☆ あげないわよ?」
そんな精神に傷を負った少年とは裏腹に二人の悪魔は満足げな笑みを浮かべていた。
共同作業をした事によって二人の間に妙な絆が生まれたようだ。 同時に妙な亀裂も感じるが。
「そうね、試験としては文句なしの合格だわ。これからもその道を極めなさい」
「はい、お姉さま!」
硬く握手を交わす二人。
だが忘れてはいけない。この二人の絆は一人の少年の尊い犠牲によって築かれたものだという事を。
「あはは……もう笑うしかないや」
「あー…。なんつーか、ドンマイ」
「あの………」
紫が生み出す人ひとり分の空間を前に古河音は立ち止っていた。
曰く、その空間が彼女の元いた世界へ通じているらしい。
「私とお姉さまって、どこかで会ってません?」
「会っていないわ。もし会っているのだとしたら、それは“向こう”の私よ」
話は閉め切られた。
後ろ髪引かれる気持ちで一歩、異空間へと足を踏み出し――……
「ぴぎゃああぁぁ~~~………!!」
そのまま落下していった。
扉の様な異空間を用意しておきながら、その実落ちて世界を渡る仕組みだったらしい。
最期の最期で相手を落とす。イタズラ心なら彼女の方が上手だった。
「あぁ~…、痛ぁ……!」
古河音が落ちた異空間の先は地上一メートル。
箒で飛んで対処も出来ず地味に痛い絶妙な高さだった。
「あぁ~~、最期の最期でやられた……この私ともあろうものが」
「オイ」
痛む鼻先をさすりながら、不意に背後から男性の声。
聞き覚えのない声だと思いながらも振り返ると、それは和服姿の男性だった。
クセのある金色の髪とその衣服の組み合わせが妙に特徴的だった。
誰だろう? そう思う反面どこかで見たとようなという既視感が彼女を襲う。
「コレはお前のせいって事で間違いないな?」
「…………………あ」
男性の手にある特徴的な小さなは八方形の炉。
とある人物がその必殺技に用いるとても見覚えのあるものだった。
その日、魔法の森にひとつの轟音と激しい閃光が放たれた。
心なしか、いつもの閃光よりも激しさを増していたという。
という事でシャオルーンさんの「東方琴吹録」を交えた番外編はこれにて終了です。
もう少し未来くんとの絡みを前面に活かせたらなぁという反省点を残しつつ少しでもお楽しみ頂けたら幸いかと思います。