東方忘却記   作:マツタケ

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その7

 

 

 

 

 

 

ドアノブを左へと半回転。その状態からぐいっと引く。

小さな扉はそのまま開かれる。

引き戸の多い幻想郷では珍しく洋風な作りの一軒家の扉。

 

「お邪魔しまーっす!」

 

勝手知ったるなんとやら。

実際はそこまで知っていないのだが、そういう勢いでずんずんと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、美味しそうなクッキー!」

 

「じゃないわよ」

 

「痛っ…」

 

古河音の頭に分厚い本が振り下ろされる。

力を込めなくてもその重さの分だけでそれなりに痛い。

 

 

「鍵が開いてるからってそのまま入って来ない。そういう図々しいとこ、どこかの魔法使いに似てきたんじゃない?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

ため息混じりに本を元の位置に戻す少女。

彼女の名はアリス・マーガトロイド。

魔理沙と同じく魔法の森に家を構える人形師にして魔法使いだ。

 

 

 

「やっほぉ上海!『あぁら、人間が気安く話しかけないでくれる。ジャンクにするわよ?』」

 

「上海に変なアテレコするのやめてくれる?毎回キャラが違うし……」

 

古河音がアリスと知り合ったのは霧雨魔理沙を経由しての事だった。

当時はまだ古河音も初々しく、アリスもまた彼女の変貌を残念に思う内の1人だったりする。

 

そーっとテーブルの上のクッキーに手を伸ばし、アリスに叩かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっっわぁ………!」

 

瞳を輝かせながら溜めに溜めた感嘆の声をもらす。

木製のハンガーに掛けられた『ソレ』の周りを回って前後左右、あらゆる方向から眺める。

 

「一応オーダー通りに作ってはみたけど、それで良いの?」

 

「バッチです、グ―です、グッチです!!はぁ………すっごーい!」

 

ぐるぐる回って改めて正面から。

それは黒い着物だった。

上下同色の黒に入った白いライン。更にその上からは背に『十』の一文字が入った白の羽衣。

見る人が見れば分かる、某死神隊長の衣装。

人形の衣服を縫うアリスの姿を見た古河音がもしやと思い軽い気持ちで頼んでみたのが事の始まりだった

 

「正直『六』と『三』も捨て難かったんですけど最終的にやっぱりこれかなぁ~!『零』とか『十四』は流石にイタイですもんね…」

 

「ごめん、何言ってるのか全然分からない……」

 

「良いんです。それでも言わずにはいられない人種なんです私達は!」

 

吊るされた着物を外し、両手に取ってくるくる回る。

それを堪能し終わると『では、さっそく…』と服を脱ぎ始め、それをアリスに止められる。

 

 

 

 

 

 

 

「ってあれ?これって………」

 

「あぁ、『分かる』んだっけ。デザインがシンプルで割と手間がいらなかったから。ついでにちょっとね」

 

アリスに止められ着替えを断念した古河音が再び元の位置へと戻す最中。

着物にかけられたある魔法に気づく。

簡単な防御魔法だった。

着るだけで防御力の上がる不思議な服、そんなRPGでいうところの装備品の様な魔法。

 

 

「繰り返すようだけど、ついでに施したような魔法だから無茶はしない事。せいぜい『骨折』を『打撲』に軽減する程度の魔法だから」

 

「全然構いませんって。大事なのはデザインですから!」

 

「それは魔法使いとしてどうなのよ?仮にも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、そろそろ………って欠片!」

 

古河音とアリス、お互いに向かい合ってのクッキーをお茶請けにしたティータイム。

紅茶を一口つけて落ちつく暇もなく、アリスの視界に映ったのはクッキーの欠片をボロボロと落とす古河音の姿。

魔理沙にもいえる事だが、基本アリスと古河音のやりとりはこんな調子だ。

礼を重んじるアリスに、礼を軽んじる魔理沙・古河音。

割と世話焼きな性格なのかもしれない。

 

 

「まったく…貴女仮にも人里の獣人の所で世話になっているんでしょ?それでどうしてこう教養がないのかしら………」

 

軽く濡らした布巾を使い、古河音の落とした欠片を拭う。

流石にその間お茶を飲む訳にもいかず、手持無沙汰。

 

「アレです。逆反面教師、みたいな?」

 

「そういうのを棚上げっていうのよ」

 

ため息をつきながら、仮に魔理沙が自分の妹だったならと想像してみて、もう一度ため息。

変に納得できてしまった。

例えどんな教育をしようとも、教養のある魔理沙というのがまるで浮かんでこない。

 

つまりは本人の性格。そんな根本的な結論に至ってしまう。

 

 

 

「あの獣人も大変ね……」

 

「それよく言われます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綺麗になったテーブルで再びお茶会。

古河音は欠片を落とさない様にと一口でクッキーを食べてしまう。

呆れながらも欠片を落とされるよりはマシと、アリスも口を挟まない。諦めたというニュアンスが大きいが。

 

「で、そろそろ魔法を学ぶ気はない訳?他人事ながら見てて危なっかしくて」

 

「うっ………」

 

アリスの一言で口元まで運んでいたクッキーぴたっと止まる。

自覚はあるのだ。

今の古河音は魔法を使いはしても学んではいない。

早い話が能力頼りで、魔法書の類にほとんど目を通していない。

全く読まない訳ではないが、二百ページ近い本を2~3ページ読んで即ダウン。

千里の道も一歩からとはいえ、ペース遅すぎである。

 

 

 

「前に紅魔館行った時、それ関係でパチュリーさんに思いっきり説教されたんですよね………。慧音お姉ちゃんみたく『怒る』じゃないんです、それはもうひたすら淡々と長々しく!あの人どうして喉弱いのにあれだけ喋れるんですか………?」

 

当時の事を思い出してか、若干げんなりとした様子で手元のクッキーを口に放り込む。

 

「私に聞かないでよ……。でも、大抵の魔法使いは彼女と同じこと思うんじゃない?他人事だから言う言わないは別として」

 

反論の余地もなかった。

さすがに古河音も彼女達の言い分が正しい事くらい分かる。

基礎は大事、その基礎を理解しようと思えばまずは読書。そこが最大の難関だった。

が、彼女の場合その難関を通らずとも能力によって魔法が使えてしまう。

それが、古河音の現状の原因ともいえた。

 

人に限らず、生物は本来効率の良い楽な手段があればそちらに走ってしまう。

古河音もまた、魔法を学ばずとも練習さえすれば使えるという能力を有しているが故に無意識下に『学習』を疎かにしてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「そうですよ!『漫画で学べる楽しい魔法』みたいなのないんですか!?私それなら1日で読破できる自信ありあすよ!?」

 

「ないわよ、そんなどこぞの聞屋が喜びそうな品。一部例外はいても魔法使いっていうのは総じて真面目だから、正しく正確に図や文章で記されるような物しかないの」

 

「じゃあ、『人形劇で学べる楽しい魔法』「やらないから……」

 

学ぼう、という意欲自体はあるのだが、ことごとく却下。

偉い人は言いました。パンがないならケーキを食べれば良いじゃない。

そういう品がないなら自分で造れば良いと考えつき、すぐに本末転倒だと気づく。

 

回り道も横道も、全ては優秀な警備員が完全ガード。

残る道は正攻法。 『まじめにコツコツ』という道のりしか残されていなかった。

 

 

 

 

「ま、これからも魔法に携わるつもりなら少しずつでも学習は怠らないことね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ありがたく重宝させてもらいま………何です?」

 

お茶会も終わり、例の着物を持ち帰ろうとするも動かない。

外せないのだ。

アリスが魔力糸で着物を固定しているせいだと、すぐに気づく。

 

「あら、無料なんて私言ったかしら?」

 

着物に手を伸ばした状態の古河音に対してイタズラっぽい笑み。

普段受け身な立場にあるだけに、少し楽しげだ。

 

「出世払いで♪」

 

「……一体何に出世するっていうのよ?」

 

「だって今月厳しくてぇ~~!」

 

古河音は元々貯金するタイプではない。おこづかいが入ればすぐお菓子へ投資。

そうでなくても月1のおこづかいの金額などで服が買える訳もなく。

 

 

 

「言われなくても期待してないわよ。身体で払ってもらうつもりだから」

 

「ひっ…!」

 

両手で自身の身体を抱えて、ばっと後方へと下がる。

借金の形にその身体を そんな女同士で百合の花 あーれーお代官様ー! 良いではないか良いではないか!

うふふ、叫んでも誰も来ない。それでもこの純潔だけは守り通したい。

 

 

「とりあえず、洗い物からお願いできる?終わったら言ってちょうだい」

 

 

 

 

「ついにスルーですか」

 

「同じような事5回もされればね……」

 

初めてやった時は真っ赤になってツッコんでくれたのに、とぼやきながら古河音はお茶会に使われた食器を集め出す。

 

 

 

 

その後も薬草集めや裁縫など、アリスの指示で色んな雑用こなしていった。

そんな様子を見ながら、決して頭が悪い訳ではないのだと再認識。

機転は利くし発想も柔軟、飲み込みも早い。そのくせ理論や計算になるとまるでダメ。

典型的な右脳先行型だった。

 

 

「あ、そろそろ生地のストックが危ないわね……」

 

アリスは人形師であると同時に人形の製作者でもある。

その製作作業はほぼ毎日と言って良いほどに。

当然、その際に消費される資材の量は尋常ではなかった。

 

「なくなってから慌てるのもなんだし、今の内に香霖堂にでも買い足しに行こうかしら。ご苦労さま、もう帰って良いわよ」

 

今日の作業はこれにてお終いという事なのか、道具を片付け始める。

 

「香霖堂ってたしかガラクタ屋、でしたっけ?」

 

「当たらずとも遠からずね……」

 

香霖堂。

店主、森近霧之助が営んでいる道具屋でその扱う商品は珍品からガラクタまで様々。

店主が用途も分からず品入れをする事も珍しくないので、ガラクタの割合がかなり高かったりもするが基本的には品ぞろえの良い店だったりする。

 

ちなみに『ガラクタ屋』というのは魔理沙からの情報。

 

 

「ま、魔法の道具なんかもあるし割と便利よ。行った事ないの?」

 

そんなアリスに古河音は無言で悲しい財布の中身を見せる。

なるほどね、と言いながら戸締りチェック。

 

「あっ、私も行きます!」

 

興味自体はあったため、『つきそい』という形でなら無一文でも大丈夫だろうと踏んだ古河音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……落ちつきなさいよ」

 

香霖堂に着いた古河音は入店したその瞬間からあちらへこちらへ、視界に入る全ての物に興味を持っていた。

未だ、古河音の記憶に回復の兆候はない。

そのため、よほどの日用品でない限り彼女には全ての物が新鮮に映っていた。

 

 

「ってこれ……!」

 

あらゆる物に興味を示していた古河音の視線が一点に集中する。

 

「あぁ、それかい?」

 

2人分のお茶を用意して現れた店主、森近霧之助。

 

「これは以前、良也くんの持ってきた『萌え』の資料でね。なんでも外の世界では侘び・寂びに加えて萌えという精神があるらしくて、これはその資料なんだ」

 

「精算してもらえるかしら?」

 

「お、すまないね」

 

どかっと置かれた大量の資材。

アリスにとってこの手の話題にはロクな思い出がない。

さっさと買い物を終わらせ帰りたいらしい。

 

 

「アリスさんっ!私、もう少し話続けたいので先に帰っててもらえますか!?」

 

「好きにすれば」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なるほど、良也さんが……」

 

古河音は霧之助が良也から外の世界について色々話を聞いている事、そして『萌え』について霧之助が興味を示した事などについて詳細を聞いていた。

 

「でも、なかなか理解が難しくてね。やはり相応に訓練された人間じゃないと難しいらしい」

 

「……っ!当たり前です!!」

 

古河音が身を乗り出し、ぐっと握りこぶしを突き上げる。

目つきが先ほどまでと明らかに違う。

 

 

「萌えを理解なんてできる訳ないです!理解なんてする必要ないんです!だって萌えとは愛なんですから!!どれだけ需要があろうと自分がそれを愛せなければそんなの萌えじゃないっ!

どれだけ周りから理解を得られなくたって自分がそれを愛しているならそれは萌えなんですっっ!!!」

 

どかーんっ!と、まるで背景に火山が噴火する描写があるかの様な勢いで。

古河音は燃えていた。 萌えているのではなく。

光に当たると黄金色に見えるその黒い瞳を、彼女は今メラメラと燃やしていた。

 

 

 

 

「霧之助さん、私があなたに萌えの新たな可能性を指示しましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

 

 

幻想郷ではどういう訳か女性の割合が圧倒的に多い。

そんな中で香霖堂、というより霧之助は良也にとって気兼ねなく話せる同性の話相手だった。

 

「時に良也くん」

 

霧之助の声に、軽く首を傾けそちらを見る。

口に含んでいるお茶が彼の声を妨げているためだった。

 

 

 

「『BL』という萌えの一種の詳しい資料が欲しいんだけど……」

 

「ぶぅふーーーっ!!」

 

全てのお茶を噴き出した良也が全身全霊で考え直すように霧之助を説得したのは、また別の話。

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