「いやいや~。でも考えてもみてください」
悠月と、人の姿へと実体化した月美の座っているテーブルに紅茶が運ばれる。
どこか危うげではあるが、それでも素人にしてはなかなかである。
スタンバっていたこの1ヶ月。里の客を相手に鍛えられたのだろう。
「今時いませんよー?コラボ作品にメイド姿でやってきて、こうやってオリ主にご奉仕しようだなんてオリ主は」
「今時も何もたぶんお前が初だろうよ…」
「でしょ!?でしょ!?」
言わずもがな決して褒めている訳ではなく、その酔狂さに呆れているのだが
心底嬉しそうに得意げなその表情を見ているとその言葉も出てこない。
「にしてもだ……ひょっとしてお前この店ひとりで開いてるのか?」
辺りを見渡してみても他に従業員…メイドがいる様子もない。
冷静に考えてこんな突飛な企画に付き合うような暇な人間もそうそういないだろう。
店自体もそんなに人が入れるほどの規模も無い。
「ふふふ…と、思うじゃん?
たしかにメイドは私だけです。ただ料理担当の心強い助っ人がいるんだな~♪」
それはつまり自分は作っていないと自白しているようなものなのだが、なぜか今まで以上に得意気だ。
腰の辺りで手を組みゆったりと歩いてみせる。探偵気取り。
緻密で華麗な推理で犯人を追い詰めていく探偵のような気分で、小さな店のそのまた小さな調理スペースの扉の前まで歩みを進める。
「先生、お入りくださいっ!!」
「………っ!?」
「あなたは………!!」
『先生』の姿に思わず2人は立ち上がる。
華人服とチャイナドレスを合わせた様な淡い緑色の衣装。高い身長に腰まで伸ばされた赤い流れるような頭髪。
そう、彼女の言う『先生』とは―――――……。
「どうもはじめまして、紅美鈴です。
あ、みなさんの知っている美鈴とは別人ですよ?私は古河音に誘われてやってきた向こうの美鈴です」
調理中のためか普段の衣装の上から割烹着を身につけて、右手にはフライパン。
まさか自分までもが紹介されると思ってなかったのか、若干照れくさそうだ。
「コラボ回でまさかの別世界に原作人物を持ってくるというこの暴挙……もはや何でもありですね……」
唖然とする月美をよそに、本人たちはへーい、とハイタッチ。
そんな彼女らを横目に悠月は一口、古河音の運んだ紅茶を口にする。
「……ひょっとして、この紅茶もアンタが?」
「え…えぇ、一応は。これでもたまに咲夜さんに代わって給仕をしたりもしますから……まだまだですけどね」
褒められるのか、はたまた怒られるのか、そんなどぎまぎとした気持ちで気まずそうに笑う。
別世界とはいえ、こちらは向こうを知らずに向こうはこちらの事を知っていてる。
照れくさいやら恥ずかしいやら、なんとも妙な気分である。
「いや、『たまに』でここまで淹れられるなら大したもんだよ。旨かった」
「え……?は、はぁ……そ、そうですか…?えへへ……」
「流石は悠月さん。今日初対面のはずの美鈴さんを即効で落としおったよ…」
「悠月の何が怖いってアレ全部無自覚でやってますからね……?」
傍から見た姿はまるで彼女のバイト先に遊びに来た彼氏とのやりとり。
当人たちにその気はないのだろうが、2人の作り出す空気が完全に月美と古河音を蚊帳の外に追い出してしまっている。
女将とお客様の禁断の恋。しかしそれをメイドは見た!愛刀も見た!!
「ここはアレですかね?私がひとつ『何してるのよ泥棒猫!』って美鈴さんに罵声を浴びせるところですかね?」
「いや、それ確実に好感度下がるパターンですよ?むしろ美鈴さんの好感度が逆にぐーんと上がるパターンですよ?」
蚊帳の外にあった者同士なせいか、むしろこちらの2人が仲を深めてきている。
「メイド喫茶と聞いて、やって来ましたぁ~~♪」
ガチャリと開かれた扉の音と共に、ひとりの青年が姿を現した。
青年と呼ぶにはあまりに顔立ちや雰囲気が幼く見える。
少年…少女と形容しても違和感が無い。
が…間違いなく彼、天宮星哉は外の世界でも飲酒が許される紛う事無き青年である。
「「………あ」」
そんな彼と神無悠月は互いに気心の知り合う仲だ。
古河音と同じくおもしろい事大好きな彼が、もし普段仏頂面の友人がメイド喫茶に来店している姿など見かけた日には――――……。
「……神無悠月メイド喫茶なう」
「……何してやがるお前っ!!」
流れるような動作でスマートフォンを取り出し彼の姿を画像に収める星哉から、悠月はこれまでの冷静さが全て吹き飛んだかのごとく彼のスマートフォンを奪い取ろうとする。
「おっと!そう簡単にはいかないんだなコレが♪」
「……の野郎っ!」
メイドも女将(?)も愛刀も放ったらかしで、いつの間にやら男2人での鬼ごっこが開始されていた。
腐れ縁であるこの2人にとっては、これが日常だ。
幼馴染という訳でもなく深い因縁がある訳でもなく、博麗霊夢と霧雨魔理沙のような関係に似ているのかもしれない。
「……古河音?」
先ほどから妙に沈黙を保っている古河音を月美が心配そうに顔を覗き込む。
その『心配』とは彼女自身が心配なのか彼女が何か企んでいそうで心配なのか……悲しいかな後者である。
「…………………………………
ひひ…っ! ふっふっふっふ……ひっひっひっひ……ひゃひゃひゃひゃ……」
「ひいぃっ!!」
もはやホラーレベルで不気味に笑う古河音の姿に、さすがの彼女も全力で引いた。
もともとがホラー嫌いなだけに、余計堪えるものがあるのだろう。
そんな彼女の脳内では、星哉と悠月の鬼ごっこが
捕まえてごらんなさ~い うふふ あはは
な、姿として脳内変換されている。
現実世界ではバトル漫画よろしくな蹴りや突きの応酬にまで発展しているのだが、彼女のフィルターの前ではそれすらもがじゃれ合いに見えてしまう。
「……いい加減にっ!」
「およ…?」
悠月が星哉の手首を掴んだ次の瞬間、星哉の軸足がつるりとスベる。
清掃不備。今の世の中これだけでクレームものである。
後方に転ぶ星哉に彼の手首を掴んだ悠月も引っ張られ、結果2人ともその場に倒れこんでしまう。
「あいたた……」
仰向きに倒れる星哉。辛うじてバランスを保ち膝をつき態勢を保つ悠月。
その構図はラブコメなどでよくよく見かけられる『押し倒してるように見えちゃう』構図そのものだった。
「―――――――阿求ちゃんっ!!!」
「任されましたっ!」
古河音の叫びにも似た呼びかけに突如として床下が戸のように開き、そこから稗田阿求が姿を現した。
それと同時に彼女の能力が顕現。『一度見た物を忘れない程度の能力』だ。
その目にとどまった光景は彼女の記憶に永遠のものとして残る。一度その光景を見たが最後、阿求はもう2人を見向きもしない。
見る必要が無いからだ。
あとはひたすら紙と筆でその世界を表すのみだ。
心のシャッターはすでに切られている。
「ちょっと待て」
「な……っ!」
阿求の筆を持つ右手が何者かに遮られる。
つい先ほどまで倒れていたはずの神無悠月である。
「は………離してください!私には歴史を後世に残すという使命があるんです!!」
「そんなピンポイントな歴史この世に残しても確実に黒歴史になるだけだろうが……!ていうかアンタ前にも似たような事してくれたよな……!?」
ここでちょっとした余談。
実は彼女、割と力持ちだったりする。寿命が短いという点で非力と思われがちだが、ところがどっこい。
同年代は疎か畑仕事をえさこらとするおばちゃんにも決して引けはとっていない。
少なくとも古河音は、腕相撲で彼女に勝った事がない。
が、それはあくまで『一般』での範疇の話。
幼い頃から刀剣を振るい続けた彼に腕力で敵うはずもない。
しかし2人は均衡を保ったままだ。
それはつまり悠月が折ろうとしているのは彼女の筆ではなく、彼女の絵を描こうとしている意思の方だからだ。
力任せに筆を捨てる事もできる。文字通り折る事だってできる。
だが、それでは意味がない。
彼女の見た光景はもう何をしようと消える事はない。
彼女自身が絵を描くことを断念しない限り、この場で止めても意味がないのだ。
「私は止めません……例え腕を折られようとも!!
歴史を残す事が私の使命です!寿命の短い稗田家にとって……生きるという意味なのです!
……だから止めません。私はこの歴史を死んでも残します!」
言っている事は格好良いのだが、やろうとしている事は肖像権を完全に無視した軽い犯罪行為である。
しかしそれでも、阿求の瞳からは『意思』と『覚悟』が悠月にはたしかに見えた。
それは説得してどうこう出来るようなヤワなものではない。
今まで幾度となく見てきた強い瞳だった。
「……分かったよ。俺の負けだ」
「…………え?」
「アンタの覚悟は伝わった。不本意極まりないが……好きにしてくれ」
彼女の頭にぽんと手を置き、諦めたような表情で静かに微笑む。
それは決して彼女を下に見ているのではなく、むしろ経緯はどうあれ彼女の意思の強さに素直に敬意を評しているのだ。
「や………
止めます」
「…………は?」
「そ……そんな人が恥ずかしい思いをするような絵を描いたりなんて、私にはとてもとても……」
視線を合わさずうつむいて、表情を見られないように紙で顔を隠している。
その隙間から見える赤く染まった顔に急に恥ずかしそうにするその態度。
INメイド喫茶にて。フラグ2本目、建設完了である。
「阿求ちゃんの裏切り者ぉぉ~~~~~~~っ!!」
「い、いえ、そんな……私はやっぱり悠月さんに嫌な思いをされては、古河音の今回の目的に支障がでるかなぁ…と」
「嘘つけ!完全に顔から腐のオーラが洗い流されてるじゃん!!完全に顔が乙女になってるよ!これが本当の阿求乙女だよっ!!!」
「いや~、話には聞いてたけどここまで面白い子だとは。見に来て正解でした♪」
今回のひと騒動の当人。天宮星哉。
実は彼、情報収集に長けた現役の探偵である。
今回の案件も古河音が1ヶ月前にスタンバっていた時から、すでにおおよその事情は掴んでいた。
知った上でさも偶然出くわしたかの様に悠月と先ほどの騒動を起こしていたのだから、なかなかに良い性格をしている。
「先ほどはどうも。ごちそうさまでした。良いもの見れました」
合掌してごちそう様のポーズ。祈るように星哉に向かって礼の言葉を贈る。
阿求ほどではないにしろ、古河音もまた『あの光景』を心のシャッターに刻んだ内の一人だ。
メイド服姿なのでせっかくの文からもらったカメラを身につけてなかった事がものすごく悔やまれるが、仕方ない。
「あの難攻不落の駆逐艦を落とそうとしているご様子で。難易度高いですよ~アレは」
当人に聞こえないように、星哉は悠月を流し目で見つめる。
かつてそのルナティックの上をいく難易度に幾人もの者たちが今も苦戦している事を、彼は知っている。
「ふふふ…。残念ながら私はすでに今までのやりとりで攻略法を見出してしまったのですよ」
「ほほう?」
根拠がまるでさっぱり見当たらないが、それでも彼を相手にここまで強気でいられるのはある意味才能かもしれない。そんな風に彼は思った。
「剣を相手に銃で挑むなんて死亡フラグ。拳を相手に剣で挑もうなんて死亡フラグ。
そう、相手に挑むには相手と同じ武器で挑まないと対等に戦えない……なら
ツンデレにはツンデレを!!」
襟元で結ばれた髪を解きそれをサイドで2つに結び直す。
目元にぐっと力を入れてむっとした表情を作り出す。
心にツンデレの鎧を纏い、いざ出陣。向かうは戦場だ。
「……どうでもいいけど、早く何か頼みなさいよね。冷やかしなら帰ってくれない?」
悠月と月美の座っているテーブルに乱暴にメニュー表を置き、不機嫌そうな表情でそっぽを向く。
腕を組んで仁王立ちしたその姿は、どう考えても接客の態度ではない。
寄ってくださいと土下座までして頼み込んだのは、どこの誰だったのか。
「「…………………………………」」
さすがにこの豹変ぶりに、2人とも言葉が出ない。
何か始まったのだろうとは思いつつも、あまりに唐突すぎてツッコむ余裕もない。
「じゃ…じゃあ私はオムライスを」
「ミートスパひとつで」
「……分かったわよ。仕方ないわね!ドリンクはサービスしてあげるからちょっと待ってなさい!」
ふん、と口で言いながらそっぽを向いて美鈴のいる調理場まで不機嫌そうに歩いていく。
『ふん』なんて口でいう奴、初めて見た。それが2人の素直な感想だった。
「………で、何だこれは?」
明らかに大盛り…というよりは特盛りサイズのオムライスとミートスパ。
ドリンクもジョッキに水面張力だ。
サービスという何かを越えて、すでに嫌がらせの領域に達してしまっている。
「……勘違いしないでくれる?美鈴さんが作りすぎたっていうから仕方なくこうなったの。別にサービスでもなんでもないんだから。そう――――……
アンタのためじゃないんだからねっ!!!」
活き活きとした表情でビッと人差し指を突き出す。
ずっとその言葉が言いたかったのか、それが今日一番の彼女の満足気な表情だった。
「………っておよ?」
その時だった。突き出した人差し指が透ける様に透明になっていく。
その現象は徐々に身体中に広がってゆき、全身が半透明になっていく。
『それ』は阿求・美鈴の2人も同様で、つまりはこの世界にとっての異分子が元の状態に戻ろうとしているのだ。
ワンパターン乙とか言わないで頂けると幸いだ。
「………あ~ぁ、時間切れ、か」
「……おい、キャラが戻ってんぞ?」
「あはは、ぶっちゃけさっきのセリフ言えたんで満足です」
そう言って古河音はとある箱を悠月に差し出す。
かなり大きく、それでいて妙に軽い。衣服の類が入っているのだろうか。
「これは?」
「好感度どうこう関係なくコレは最初から渡すつもりでした。また会いましょうっていう約束の品的な?『さよならは言わないぜ?』的な」
「……そうかよ。受け取っておいてやるよ」
それと同時に、古河音・美鈴・阿求の姿は溶けるように消え去っていった。
※悠月の好感度が1p上がりました。
「いや~、面白い子でしたねぇ」
「今回もやってくれましたね」
箱を手にした悠月の背後に月美と星哉の言葉が届く。
騒音のなくなったメイド喫茶は妙に静かだった。
「で、何が入ってるんですかそれ!?さっそく開けてみましょう!!」
否、騒音はまだここにいた。
好奇心旺盛な月美は感慨などなく、その興味を全力で箱の中身に注いでいた。
「ったく…お前はもう少し余韻とかそういうのだな……」
そう言いつつも、さっそくその箱を開封する。
おそらくこのまま箱を開けなければ、その騒音は徐々に音量を上げていくであろう事は火を見るよりも明らかだからだ。
「………………………………」
「これはこれは♪」
「あ…あははは……」
その中身に、三者三様の反応を示している。
やはり箱の中には服が入っていた。
ひらひらのついた可愛らしいメイド服が。
問題なのはそのサイズ。明らかに女性物のサイズではない。
服と共に同封されていたのは一枚の手紙。
『写真出来たら送ってください』
というものだ。
つまりはこれを女性でない者が着て、それを写真に納めてくれというメッセージだ。
悠月はその手紙とメイド服を静かに丁寧に箱の中に再び納め、同時に蓋が開かないように紐でしっかりと固定する。
それを片手で振りかぶると、力いっぱい込めてそれをぶん投げた。
※悠月の好感度が5p下がりました。
えぇ~と……まずは………ごめんなさいっ!!
ご本人に『ラッキースケベはない』って言われた傍からこれだよ!やっちゃいましたよ!!馬鹿じゃないの!!?
えーとですね?男同士ならセーフですよね?え?むしろ男同士だからアウト?そんな事ないですよね?大丈夫ですよね!?
という事で、もしお気に召さなかったらちゃんと修正します。ごめんなさい。
やっぱりよそのお子さんを扱うっていうのは大変ですね。でもやっぱりその分楽しいです。
本当に今回2度に渡りコラボを許可して頂いた空亡さん、ありがとうございました。
前回番外編でうちの子を使って頂いて『これはうちでもなんかやるしかない!』と思って思いついたのが今回の企画でした。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。若干『恩を仇で返す』みたいになってる様な気がしないでもないけれども!!