「………ん」
「よかった…。気がついたんですね!?」
いつの間にか、双覇は意識を失っていた。
夢の中で知らない少女に出会った気がした。本当に夢だったのか今は本当なのか、それすらも曖昧だ。
見上げた先に一人の少女の顔があった。
彼がもっともよく知る……もっとも想いを寄せる顔だ。
「俺は………どうしたんだ、文?」
「どうしたじゃないですよ!蒼(そら)さんと神社に籠りっきりでなかなか出てこないと思ったら、中で双覇が一人倒れてるんですから!!蒼さんも心配してましたよ…?」
どうやら意識を失った原因は誰も知る由もないらしい。
そこで双覇は気づいた。
見上げた先に文の顔。後頭部に伝わる人肌の暖かさ。
今の彼は『膝枕』の態勢にあるという事に。
気だるい身体を半ば無理矢理起こして文に心配される。
たしかにまだ身体は重いが……それ以上に気恥ずかしかった。
「…………って、誰だ。蒼って?」
ふと、聞きなれない名前に質問が時間差になる。
無理矢理にでも身体を起こしたおかげか、そこから徐々に意識もはっきりしてきた。
「ちょっと本当に大丈夫ですか……?博麗蒼(はくれい そら)ですよ。あの気弱でその癖サボり癖のある……そもそも蒼さんが双覇が倒れてるって私たちに知らせにきたんですよ?」
まるで、びっしりと書かれたノートのページを一枚破り、白紙のページに新たに全く別の内容が書かれたように。
双覇の空白の記憶に、博麗蒼という少女の記憶が入り込んでくる。
そう、『知っている』のだ。
博麗蒼……黒髪がよく似合う色白の少女。気が弱く、その癖持ち前の『霊力を扱う程度の能力』のせいかのか修行をよくサボるという悪癖のある少女だ。
つい先ほども、2人で昼食をとり、気がつけば意識を失っていて……。
気持ち悪い。 まるで誰かに頭の中を取り換えられてしまったかの様だ。
不気味な程に『知らない』はずの博麗蒼という少女の事を、双覇は『知っていた』。
そしてそれは、目の前の少女・射命丸文もだ。
双覇の様に違和感に苦しんでいる様子もないが、彼女もまた記憶を丸ごと書き換えられてしまっている。
そう考えると怒りで我を忘れそうになるが…文を心配させるだけだと、一呼吸おいて胸の奥のボヤを鎮火させる。
「そっか……。悪いな心配かけちまって」
「そんな…。そりゃ、心配もしたし………嫉妬だってしましたよ?当たり前じゃないですか!双覇があんな何人ともデートして嫉妬しない訳ないじゃないですか!
………でも、こうして双覇の隣にいられれば、それで良いんです」
……本当に。 本当に満ち足りた笑顔を、双覇に向けていた。
双覇の隣にいる。それだけで彼女は、本当に満ち足りているのだ。
痛みは決して消えない。癒える事も和らぐ事もない。
けれどその笑顔は、痛み以上のものを彼に与えてくれる。
「……文には助けられてばかりだな。
これがお礼になるかどうか分からないけど、文に渡したいものがあるんだ」
そう言って双覇が取り出したのは小さな封筒。
中には1枚の更にちいさな紙が入っているようだ。
頭にクエスチョンマークを浮かべながら封を開ける。
こういう時に妖怪独特の鋭利な爪は便利だ。
『白雲文(しらぐも あや)』
ただ、一枚。それだけが書かれていた。
白雲文。知らない名前だ。だが知っている。文とは自分の名前の事だ。
そしてもう一つ知っている。彼の名前は白雲双覇だ。
「………………っっっ!!!
そそそそそそそ……ショウ……ふぁっ!?こここ……これ………は???」
あまりに動転して言葉に出来ていない。
顔は真っ赤で蒸気が頭から………出る訳はないのだが、出てもおかしくないくらいに熱の帯びた真っ赤な顔だ。
「……場所、変えようか」
あまりに動揺する文に苦笑いしながら、双覇は文の手を引いて玄武の沢へと向かう。
空を飛んで物理的に頭が冷えたのか、到着する頃には文もすっかり落ちついた様子だった。
「……あの、コレってつまり………そ、そういう事と受け取っていいんでしょうか?良いんですよね!?さすがに、これで冗談なんて言ったら私怒りますよ!?」
嬉しいような……それでいて少し不安なような、彼女にしてはめずらしく声を荒げていた。
「あぁ……。文に俺の名前を受け取ってほしい。
結婚してくれ」
一枚の紙をぎゅっと胸元に押しつけて……そのまま文は膝をついていた。
足に力が入らない様子だ。
目には涙が溢れ、声にならない泣き声をあげる。
「………はい! はい!! はい! ………はいっ!!!」
何度も、何度もイエスの返答を繰り返す。
『白雲文』と書かれた一枚の紙を、宝物のように抱きしめながら……。
何度も、何度も泣きながら……『ハイ!』と繰り返す。
「さて、どうせ見てんだろ? 古河音」
その呼びかけに召喚されたかのように、ふわりと箒に腰かけた少女が彼の背後に降り立った。
どことなく、いつものふざけた様子と雰囲気がちがう。
大きめの白い帽子を深く被り、表情を読み取らせまいとしているようだ。
「あ~~ぁ……。やっぱりヒロインは正ヒロインには敵わないッスね~~!
これじゃあ私の願い事叶ったんだか叶ってないんだか……」
「オイオイ!まさか今更また願い事のやり直しなんて言わないだろうな!?」
文の事があって一安心とはいえ、古河音の言葉に双覇も少し焦る。
もともと今回の件は彼女を元の世界に帰すために始めた事だ。
ここまで長々とやって帰れませんでは話にならない。
「大丈夫。ほら、私の身体光ってる。たぶんコレもうすぐ帰れる的なアレですよ?」
随分と抽象的な表現ではあるが、実際に身体に変化があるというのならそうなのだろう。
心なしか彼女の存在感が少し薄れている気がする。
「やっぱりルートからやり直して選択肢変えるしかないですね。入ったルートは途中から変更は出来ないから性質が悪い…。こうなったらリニューアル版で新たな選択肢とルートを追加してもらうしか……」
「………お前が何言ってるか少し理解できちまう自分が嫌になるよ」
「アラ、結神様ったら!ついに白状しましたね!?今度一緒にオレと語り合わないかい?」
顎に手を当て、まるで昭和のナンパのようなセリフを双覇に向ける。
どことなく嬉しげだ。
「そうだ。もしよかったら俺と契約しないか?」
「わわわわ……私に魔法少女になれって言うんですか!?そうやって騙くらかして最終的に私を魔女にするのが目的なんですねこのインキュベーターめっ!!!」
持っていた箒を双覇に向け、ぶんぶんと振り回す。
彼女が何を言っているのか分ってしまうのは、もはやご愛敬だ。
「……じゃなくて、それが俺の能力のひとつなんだよ。
契約する事によって俺は相手の能力が使えるようになり、契約した相手は魔力や霊力が増す仕組みだ」
もともと彼の結いを司る能力もその延長線上といって良い。
契約と昇華、これが彼の本来の能力だった。
それが神になる事で二つの能力が融合し、結果概念から物理に至るまであらゆるものを結びつける。
「ほほぉ…。私の〝魔法を把握する程度の能力”に目をつけるとはお目が高い……。
でも、すみません。私はいいや。そういうの」
少し、意外だった。
彼女の性格ならばそういうおいしい話には二つ返事で食いついてくるとばかり思っていた。
実際彼女の魔力の高さは弱くはないものの『そこそこ』レベル。
強くなろうとするならこれほどおいしい話もない。
「意外に思われるかもしれませんけど、私って『自分で強くなりたい派』なんですよね。ほら、某戦闘民族の人も劇場版で言ってた。
私って才能ある方だと思うんですよ。空飛ぶのも幻想郷でもけっこう早い方だし。魔法のバリエーションだって増えてきたし……
だから、私は『この才能』で強くなりたいんです。いつか靈夢さんにだって勝てるくらいに!」
惜しげもなく歯を見せてにかっと笑う。
本気なのだ。まるで疑っていないのだ。
いつか本当に自力で靈夢に勝てるという事を一欠けらも疑ってないし、自分には才能があると本気で思っている。
それはプライドでも意地でもなく、偏に過信にも似た自信。
「………そうかよ。頑張りな」
「いぇーす!」
二つの拳がコツンと合わさる。
別に古河音の能力が目当てという訳でもないし、本人が自力で強くなろうと言うのなら止めもしないしむしろ応援する。
「……と、その代わりって訳じゃないけど」
古河音の手が髪を結んだ首元にかけられ、そのまま一本に結んだ髪を解いていく。
結われた髪はそのまま広がり一瞬別人のような雰囲気を醸し出していた。
髪型一つで、女の印象は変わる。
「はいコレ。よくあるじゃないですか。別れ際に再会を約束してお互いの持ち物を交換的な。また会おうぜ的な?さよならは言わないぜみたいな。
私の思い出と汗と油とフケが染みついた私の髪紐です!」
「……お、おおう……」
実際はちゃんと洗っているし臭いもそこまではしないはずなのだが、そんな風に言われるとつい指先で摘まむように受け取ってしまう。
「じゃあ俺も何か渡さないと…………なんかあったっけな?」
交換というからにはこちらも何か差し出さなければならない。たとえ付属に嫌がらせの様な言葉が付け足されていようとも。
がさそごと懐を漁ってみるが、出てくるのは実戦に必要な武器ばかり。彼女の髪紐のように手渡しても支障のないような装飾品が、双覇にはなかった。
「それなら良いんです。結神様からはもう貰ってますから」
その言葉に、尚も何か渡すものがないか探していた手を止める。
自分は何か彼女に渡したのだろうか。考えてみるも心当たりがない。
もし今回の願い事のことを言っているのならば、それは別問題だ。
こうして仮にも『物』を渡されたのだから、こちらも何か『物』で返さないと彼の気が済まない。
「………………結神様。
昨夜お風呂に入っている間に、脱衣所から下着が一枚なくなりませんでした?」
……………………時が、止まった。
止まっているのは実際の時間ではなく、その場に居合わせている文も含めて双覇たちの思考が止まった。
真っ白な空白の時間。何も考えられずにいた。何を言っているのか理解できなかった。
そして時間と共に徐々に凍った思考が解けていく。
たしかに、なくなった。
昨夜椛の件もあってか心に深いもやもやを抱えたまま、いくら洗い流そうとも流れないもやもやを引きずりながら。
風呂に入り置いてあったはずの下着がなくなっていた事に気がついた。
しかし、その時はなくなった下着を探すほど余裕もなく、また男の下着を盗む馬鹿などいないだろうと………この時は考えていた。
そして何より重要なのは、この事を未だ誰にも話していないという事だ。
それを知りえるのは今双覇だけ。もし他に知っている人物がいるとすれば……。
「…………オイ」
「何でしょう?」
「俺は信じるぞ?お前がまさかそこまで人として堕ちていないと………」
双覇のその言葉に古河音は俯き……そしてくっくっくと喉で笑い始めた。
「残念でしたねぇ……。パンツはすでに我が手の中に!!」
「本当に残念だよっ!!!」
それは彼女が本当にそこまで人として堕ちていて残念という意味なのか、はたまた彼女自身が残念といういう意味なのか。おそらく両方である。
「勘違いしないで頂きたい。私がまさか人のパンツを盗んでクンカクンカしていたとでも?
私がそんな汚れやる訳ないじゃないですか」
「人のパンツ盗んでる時点で十分汚れだろうがっ!いいから今すぐ返せっ!!」
「おっと…。そいつは出来ない相談ですねぇ……。なにせこれは私の夢のために必要なものですから」
再びくっくっく…と喉で笑う。
仮にもたった今プロポーズの行われた場でパンツを片手に悪役のような笑い方をするその姿は変質者以外の何物でもなかった。
「私の夢……それはこのパンツを霖之助さんにプレゼンツする事。『神様の下着』とでも言って渡せば好奇心の旺盛な霖之助さんは喜んで受け取ってくれるでしょう…。
そしてその時私の夢は叶うのです。間接パンツの夢がっ!」
「間接パンツってなんだよっ!!なんで間接キスみたいな言い方してるんだよっ!!?」
「まぁ、ある意味では?間接キスと言えなくも… 「それ以上はいけないっ!!!」
これ以上の発言はそろそろR15タグでも庇いきれるものではない。
というか通報されても言い訳できないレベルである。
その時だった。彼女の身体を包んでいた光がより一層大きなものとなり今にも古河音を飲み込まんとしていた。
「おっともう時間のようだ!私の髪紐大切にしてくださいね結神様~♪
アデュー サヨナラ また会う日まで! サラダバーっ!!」
その日、一人の少女が一枚のパンツと共に幻想郷から消えた。
まるで置き土産と言わんばかりに彼の手元には少女が残した髪紐が握られていた。
彼女が起こしたデート祭りは、またいつものように日常に還る。
何事もなかったかのように…なくなったパンツも戻る事もなく……。
しかし、彼のパンツはつい先ほどまでたしかにあったのだとここに記す。
願わくば彼女たちがまた再会する日が…
「ていうか今すぐ戻って来いよっ!!あの野郎ぉぉっ!!!」
こ れ は ひ ど い…。
えっと……テヘ☆(←死んでしまえ
という事で、いかがでしたでしょうか?いや、いかがも何もサイテーとしか言いようがないわ…。
今回コラボ初の8回に渡る長期戦。楽しく書かせて頂きました。
白雲様の東方双雲録 とっても面白い作品です。興味を持った方がいらっしゃたら、ぜひいってみてはいかがでしょうか。
そして長々とおつき合い頂いた白雲様、本当にありがとうございました。