東方忘却記   作:マツタケ

99 / 100
短編「先生」<後編>

 

 

 

 

「あ……あのっ!出来ればで良いんですけど……その……色々と聞いても良いですか?

魔法の事…とか。お2人の事…とか」

 

栞ちゃんにしては珍しく、しどろもどろではあるものの声を張り上げていた。

自主的に何かをしたいという彼女にしては、本当に珍しい事だと思う。

本来なら教師として、いやそれ抜きでもその自主性は尊重すべきだと思う。

 

思う…が、これに関しては事情が事情だ。

この件について話すとすれば必ず『幻想郷』について触れなければならない。

“外”のものを“中”に持ち込むのも“中”のものを“外”に持ち出すのも

すべてあのスキマ…八雲紫が目を光らせている。

 

アイツの聞き耳は尋常じゃない。

いつも聞いてほしくない。居てほしくない時に限って絶対にいる。

今ここでその話をしようものなら確実に割って入ってくる。

見える…その光景が手に取るように見える……。

 

 

「そうですねー。そもそも私が良也さんに出会ったのは、げんそ……もごっ!?」

 

そんな僕の考えを知ってか知らずか、さっそく羽よりも軽いその口から暴露されそうな言葉を急いで押さえて止めた。

コイツまさかこの調子で他の誰かに漏らしていないだろうな…?

ないな。

もし話したとならばあのスキマがまず黙ってはいないだろう。

 

 

「えと、ごめんなさい。聞いちゃいけなかった…ですよね」

 

どうやら今のやりとりでこちらの事情をなんとなく察したようだ。

彼女は決して馬鹿ではない。

知識だけならまだしも、観察や推察に関してなら僕なんかよりもずっと賢い。

 

このままなら僕が何を言うまでもなく、彼女はそのまま諦めるだろう……が。

あまりにそれは後味が悪い。

誤魔化すだけならそれでも良い。誤魔化せられるのであればそれが一番だ。

だか、彼女はこちらの事情を察した上で身を引こうとしている。

せっかく彼女自身の足で進めた歩みを、そのまま引かせる事になる。

 

教師としてどうだとか格好つけるつもりはないが、後味が悪い。

 

「あー…いやいや、そうじゃなくて。

ここじゃ話し難い事だからどこか場所を変えようかな、と思って」

 

彼女相手にこの言い訳でどこまで通じるか分らないが。

とにかく場所を移動している間に『幻想郷に触れずに事情を話す方法』を考えなくてはならない。

 

「それなら私ん家この近くですから。ウチ寄ってきません?」

 

時間を稼ぎたい。そんな時に限ってコイツはどうしてこんなにも間が悪いのだろう。

実は僕の心が読めていて、わざと嫌がらせしているんじゃないだろうか。そんな気さえしてくる。

 

「あの、急に押しかけても大丈夫なの?」

 

「……今日、親が仕事でいないんです///」

 

「なんで顔を赤らめながら言うんだよ?つき合って間もない彼氏を呼ぶ彼女かお前は」

 

もじもじと、身体をくねらせながら乙女なポーズ。

ちなみに僕は何度かコイツの家に行った事がある。

親のいない時もあったがコイツがこんなリアクションをした姿を見た事がない。

 

「ほら、雰囲気作りって大切じゃないですか」

 

「お前は一体栞ちゃん誘ってどんな雰囲気作ろうとしてんだよ?」

 

正直一息つける場所の提供はありがたいが、それ以上に不安が大きい。

この目の前の中学生、星神すずめ。

欲望に忠実で本能の赴くまま自制という言葉を宇宙の彼方にかなぐり捨てたような子だ。

いや、『子』と表現して良いのかすら疑わしい。

例えるならば、見た目は子供中身はおっさん的な。

我ながら仮にも女の子相手に失礼な例えではあるが、コイツの場合それくらいの心構えで挑まないと後々後悔する事になる。経験談だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の来客を引連れて、ただいま我が家に帰還。

ソロモンよ。私は帰ってきたァァ―――っ!!

と叫びたいところではあるが、流石にそこは近所迷惑になる。

これでも一時は幻想郷時代に何度かそれをやっていた私だが、外の世界というのは何かと常識が必要な世の中。

まったくもって、この私も常識に囚われる普通の女の子になったものだ。

 

「ささ、どうぞ上がってください。お茶だしますよ?煎餅もありますよ?イヤホン推奨の人に聞かれたらマズいゲームも、ありますよ?うっひひひ…」

 

「やめんか。言っとくけど彼女生粋のお嬢様だからな?変な影響与えたら彼女のおじいさん黙っちゃいないぞ?」

 

そんな言葉と共に軽く小突かれる。

なぜか私は良也さんに限らず、布教活動の際にはよくこの手のツッコミを受ける。

疑問は募る一方だ。

自らの趣味を、この世が誇る偉大な発明を、他の人にも分け与えたいというこの精神のどこに文句のつけどころがあるというのか。

この世にはまだ眠る素晴らしいものがあるというのに、世の常識はそれをマイナーの一言で片づけてしまう。

そんなふざけた幻想は私がいつかぶち壊さなければならない。そう心に誓うのであった。

 

「何ですかその燃えるシチュは!?何も知らないお嬢様をこの手で自分色に染め上げる………興奮するじゃないですかっ!!!」

 

「お前もう帰れ」

 

「ここが私の帰る場所ですよ!?私が、私たちがガンダムだっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「記憶…喪失……本当にあるんですね」

 

「で、記憶を取り戻したコイツを日本まで送り届けて今に至る…って感じだな」

 

良也さんが栞ちゃんに話しているのは『幻想郷』の部分を『外国』に置き換えての半フィクション・半ノンフィクションの物語だった。

あの時私に事情を話してくれた女性…八雲紫さんが外と中の情報を極力遮断したいのだという。

 

……半分フィクションとはいえ、話を聞いてると色々と思い出してしまう。

 

「……ごめんね?その、軽々しくこんな話聞いちゃって」

 

整った前髪越しに潤んだ上目遣いが私に向けられる。

これはなんて役得だ。お人形さんみたいな顔した純正お嬢様が上目遣いでこっち見てるじゃないか。

堪んねえぜ…コレいいぜ……超いいぜ!!アンニュイ気分どっかいったぜ!!

 

「いえ、良いんです。辛くないっていえば嘘になります。

でも、向こうでの思い出は私にとってかけがえのないものでしたから」

 

なら、ここは過去を背負いながらも健気に前を向く乙女的なセリフでその視線をもう少し頂いても罰はあたらないというものだ。

うひゃあ…っ! この穢れを知らない無垢なお嬢様にエロゲとかやらせてみたいっ!!

 

 

 

「で、魔法だけど扱うには根気と才能…かな。持って生まれた魔力とかどうしても偏っちゃうしなー」

 

が、そんな視線は良也さんの面白げのない一言でさらっと攫われてしまった。

栞ちゃんの目は今や良也さんの『教えて!魔法先生』講座に一直線だ。

私に向いていたあの堪らん視線はどこえやら。

 

時に頷き、時にぼぉっと良也さんを見つめ、時に恥ずかしそうにうつむいて……。

パル… コレはつまり。 パル… アレだ。 パル… そういうことだ。 パル…

無口で大人しいお嬢様キャラが。 パルパル… 先生に想いを的な…。

 

パルパルパルパルパルパルパルパル……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、他にも言霊ってのがあって……」

 

「あの、良也さん」

 

先生に魔法について教わっていると、隣にいたすずめちゃんが挙手。

私ばかり先生が構っていたため退屈させてしまったのかもしれない。

顔がそこはかとなく不満げだ。

 

「爆発しろ」

 

「いきなり何だよ!?」

 

「いや、たぶん世の方々が思ってるであろう言葉を代弁しました。妬ましい」

 

もう何度目になるのか分らない先生とすずめちゃんの言い合い。

傍から見ていても分かる。きっと2人とも本気でケンカなどしていないのだろう。

聞いた話では、すずめちゃんは記憶を失っている間に随分と先生に世話をしてもらったらしい。

 

それはお兄さんの様な。あるいはお父さんの様な。

その気持ちが私にはよく分かる。

 

 

 

初めて私が先生に出会ったのが呪いをかけられて、まるで重度の風邪にかかったかの様な重苦しい日々を過ごしていた時だった。

いつまでこんな日々が続くのだろうか。ずっとこんな日々が続くのだろうか。

半分諦めにも似た感情を抱いていた中で、その人は現れた。

 

今まで幾人もの人達が現れ、何の進展もなく去っていって行った日々の中で。

その人は、文字通り魔法の様に…私の苦しみを拭い去ってくれた。

その時に抱いた気持は憧れだった。

呪いのせいもあってか、結局私はその日の記憶がほとんどなく『誰か』が助けてくれたという印象しかなかった。

 

そして私が高校に上がった時に、よりにもよって私に呪いをかけた呪術師の団体に誘拐される。

その時に“また”助けてくれたのが当時私の高校に教育実習生として来ていた先生だった。

決して華麗とは言えなかったが、だからこそ必死に、私を助けてくれたその姿が印象的だった。

 

それまでの『誰か』に対する憧れと、その時の感謝や嬉しさやが色々入り混じって……。

その後も薄れることなく募る今のこの気持を、好き……というだろう。

 

 

 

だから、先生に助けられて懐くすずめちゃんの気持ちが私にはとても分かる。

もしかしたらこの子も先生の事が好きなのか、単純に懐いているだけなのか分からないが

彼女は私と、とても似ているのだと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうね、すずめちゃん。先生も、ありがとうございました」

 

彼女の家の玄関先で今日のお礼を2人に伝える。

特に色々と話せる場所と機会を与えてくれた彼女には本当に感謝だ。

 

「いえいえ、栞ちゃん夜道には気をつけてくださいよ?良也さん、爆発しろ」

 

「……まだ言うかお前」

 

星神すずめ。

藤崎先輩によく似ていてとにかくハイテンション。

それでいて人懐っこくてどこか小動物的。

少し程度にかじっていた漫画知識にとても食いつかれ、すっかり気に入られてしまった。

たまに少しついていけない発言が入り混じるが、彼女とは仲良くなれそうな気がする。

 

先生曰く、気を許すと後々後悔する、との事だが

きっと照れ隠しなのだろう。

 

 

 

辺りもすっかり暗くなって、夜道に先生と並んで2人で帰る。

夕日が月明かりになっただけなのに、それだけで気分というか雰囲気がちがう…気がする。

彼女の家では色々と話せていた事が、こうして2人きりだと途端言葉がでなくなる。

 

「なんていうか、お疲れさん。アイツの相手疲れるだろ?」

 

「いえ、なんていうか…慣れてますから」

 

少し困った風に笑う私に、同じく苦笑気味に先生はなるほど、と返す。

その『慣れ』の意味を先生も察したらしい。

今のは我ながらちょっとした冗談を上手く言えたのではないだろうかと、心の中で丸印。

自惚れだろうか。

 

 

 

「まぁ――――……」

 

それからしばらく話した後、空を見上げて、先生の雰囲気が少し変わる。

そんな空気に思わず身構える。

 

「アイツもたぶん、色々と抱えてはいるんだろうな。さっきも話したけどさ」

 

浮かれた気分が、浮かれていた分、なんだか申し訳ない気分になった。

そう、あの子は記憶を失くしていた間に向こうで色々な友達ができたのだという。

あの性格だ。想像に難くない。

そして、姉の様に慕っていた人と別れる事になったらしい。

生みの親より育ての親、とはこの場合そういう訳にはいかない。

慕っていた分、その別れは誰よりも辛いはずだ。

 

 

 

 

 

「だからまぁ…、たまにで良いから話し相手程度になってやってくれないかな。

決して良い奴じゃないけど悪い奴じゃ……たぶんない、と思うから」

 

「はい…」

 

人によっては、これは怒るところだろうか。

2人きりで別の女の子の話をされれば、気分を害する子もいるだろう。

別に私が例外だとか特別だとか言いたい訳じゃない。

もしかしたら私も場合によっては不機嫌になる事があるかもしれない。

 

けれど…。

 

私は、この人のそういうところを、きっと好きになったのだと思う。

誰かのために全力を尽くしたりだとか特別熱い訳じゃない。

人が悩んでいたらなんとなく気になって、どうしたものかといつの間にか自分も悩んで。

こーでもない。あーでもないと。“誰かのため”に悩める人なのだ。

 

今もこうして、すずめちゃんのために後ろ髪を引かれている。

悩み続けている。

そう、相手のために。誰かのために。

 

そんなあなたの優しさに救われたから。

そんなあなたの事が好きだから。

我儘だと分かっていても、ご都合主義だと分かっていても、願わずにはいられない。

 

「……あの、先生」

 

「うん?」

 

いつかこの想いをあなたに届けられるその日まで、待っていてほしいと。

 

 

 

 

「……何でもありません」




なんとか前・後編で形にする事ができました。
アイディアくださった鈴華さん、本当にありがとうございましたっ!!m(_ _)m
一人称の小説なんて書いたの久し振りだから上手く書けたか不安でしたが、どうでしたでしょう?
うん、アレですね。やっぱり恋愛もの書くと……ポエムになるねっ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。