「クソ、厄介だな・・・」
俺はバックミラーに写る黒い影を見ながら呟いた。
相手さんが乗るバイクはヤマハのYZF-R3、軽量コンパクトな車体に320ccの空冷エンジン、鋭い加速と乗りやすさが特徴だと友人から聞いたことがある。
大通りは一般車が多くて不利、しかし路地に入ると相手の方が小回りが利く為不利・・・
アレ・・・俺達詰んでね?
「シムさん、作戦は?」
レンがVz61にマガジンを込めながら尋ねた。
作戦か・・・
そして俺はレンに答えた。
「ない!」
はっきりと、自信満々に言ってやった。そんな俺に対してレンが目を丸くする。
「今・・・なんて?」
よほど信じられないのか、レンは聞き返す。
「作戦は無い!ノープラン、アドリブだ。敵の動きを見て臨機応変に対処する」
と俺が言い放った途端、レンはドアハンドルに手を伸ばした。
「降りる!」
彼女がレバーを引こうとする直前、俺はドアをロックした。
必死にレバーをガチャガチャ引くがドアはびくともしない。
「ルール1、契約厳守。報酬を貰っている以上俺はアンタを送る義務がある」
「いや、もうそういうのいいから!」
「それに相手さんに俺のことも覚えられただろうからな、この町では俺も晴れてお尋ね者だ」
俺たちは一般車を縫うように進んでいく、体の小さいレンは後部座席で右へ左へとゴロゴロ転がり回っていた。
「あぁ、別の車に隠れてればよかった・・・」
レンは絶望に満ちた表情で呟く。
相手のバイクが横に広がると背中に掛けていた銃で俺たちに銃弾を浴びせ始めた。
かなりレートの高い銃声、ボディに当たる金属音から銃弾自体、あまり威力のあるものでは無いだろう。おそらく拳銃弾。
サイドミラーからわずかに見えたシルエットから察するに、H&K社のMP5Kだ。
速い射撃速度に取り回しやすいコンパクトなボディ、バイクに乗りながら撃つのにぴったりな銃だな。
「撃たれてるけどこの車は大丈夫なの?」
「多分大丈夫」
「多分って・・・」
「念のため前の席に座っておけよ。気休めくらいにしかならんが・・・」
レンは助手席へ移動した。小さい体のお陰で狭い車内でも特に不自由はしないようだ。
敵の攻撃は止まない、このままだとWRXの耐久が無くなってジ・エンドだ。
「こっちからも撃ってくれ、このままだと車が持たない!」
俺は助手席の窓を開けると、レンが身を乗り出して応戦した。
しかし敵は向かってくる銃弾が見えているかのように車体を左右に揺らして躱している。
当然だ、相手にもレンの持っているVz61から伸びるバレットラインが見えるのだ。
「ダメ、全然当たらない!」
「このまま撃ち続けろ、牽制にはなる筈だ」
俺の指示通りレンは撃ち続けるが、このまま防戦一方だと状況は好転しない。
大通りから曲がって住宅街へ入った。
道が細くなって相手も横に広がって撃てなくなる。これで火力を少しは減らせる筈・・・
「ねぇ、バイクの数が減ってるんだけど・・・」
レンに言われて俺もミラーで確認する。確かに半数ほどいなくなっていた。
後ろのバイクに向かってレンが発砲する。だがなかなか当たらない、自動車にとっては狭い道でもバイクにとってはまだ広い道のようだ。
路地を進むと前方にバイクの集団が見えた。おそらくさっき分散した別動隊、別の道から回り込んできたらしい。
レンも前を見てギョッとした。
「挟まれた!?どうするの?」
前方のバイクとの距離はどんどん詰まってくる。
どうするか・・・俺だって誰かに聞きたいくらいだ。
と思った時、ふとレンの方を見る、彼女は背中にもう1丁のVz61を背負っていたのだ。
そういえばピンクの悪魔はサブマシンガン2丁で襲ってくるっていう噂があったような・・・
「レン!もう1丁のVz61は使えるのか?」
「え?もちろん使えるけど・・・」
「だったら頼む!」
俺はサイドブレーキを思い切り引いた。
直後、後輪がロックしてリヤが流れ、WRXは道路に対して真横で滑り始めた。
両側の窓を開けるとレンも俺の作戦に気付く。
すかさずもう1丁のVz61を取り出して両腕を広げ、左右に構えた。
前後から来る敵にどちらともに攻撃する方法・・・
それは自らが横を向いて2丁で応戦すれば良いのだ。
レンが2丁のVz61で攻撃。
予期せぬ相手の動きに対応が遅れたライダー達、バレットラインを見る間もなく6人のうちの3人に命中、転倒したバイクに巻き込まれて更に2人が転倒。
十字路のど真ん中にWRXは停止した。
相手の着ていたライダースーツは破れ腕や腰には赤いメッシュのエフェクトが表示されていた。広い範囲を擦り剥いた証拠だ。
それに腕が変な方向に曲がっている人も居た。現実世界なだ重症である。
そう、二輪車の大きな欠点は相手に生身を晒している事と、事故をすると即大怪我になることだ。
「だから2輪は怖いんだよな・・・」
そう言って痛みに悶えるライダーたちに俺はケルテックPLRの5.56ミリライフル弾を撃ち込んであげた。
すると燃料タンクに数発か命中し、バイクは炎上、閑静な住宅街のど真ん中でバイクは大爆発した。
辺りに響く炎の燃える音と断末魔の叫び声、叫び声が止んだ頃、炎の中にDEADという表示が3つ現れた。
「シムさん、結構エグイ事するね・・・」
反対側の敵を片付け終わったレンが俺の起こした惨状を見てドン引きする。
「いや・・・焼夷弾を装填してたの忘れてたわ・・・」
せめてもの言い訳だった。
「さて・・・追っても片づけたから大通りに戻って荒野へ向かいますかね・・・」
WRXを再び発進させた。
もうすぐ住宅街を抜ける、幹線道路に出たら周りの流れに合わせて目立たないように街を抜けていけば―――――
「―――――ッ!」
幹線道路へ出る為曲がった直後、俺はブレーキを踏んだ。
ガツン!
というのは車がぶつかった音ではなくレンがダッシュボードに頭をぶつけた音だ。
「いてて・・・急ブレーキをするなら前もって言ってよ~」
「前もって分かるなら急ブレーキはしないんだよ、曲がった先に壁があったら誰だって急ブレーキ・・・を・・・する・・・」
俺は目の前のモノが壁でない事に気が付いた。と同時に後の言葉が継げなくなった。
「どうしたの?そんなにびっくりした顔をして・・・って、えっ?」
レンと俺はしばらく固まった。
壁だと思っていたモノは鋼鉄製で迷彩柄の車体だった。
そして、目の前にあったもの、それは・・・
「これはいくら何でもやりすぎじゃね?」
「私もそう思う・・・」
105ミリ戦車砲がこちらを向いていたのである。