前話の続きです
くしゃくしゃの封筒は手汗か涙かでほんのり温かくて湿ってて、
それだけでも乃々の思い詰めた心が伝わってくる気がする。
「……本気? 」
乃々は出会った頃に戻ったみたいに、視線を伏せたまま泳がせている。
だんだんと打ち解けて来て、杏にはこんな顔見せないようになってたのにな。
「あ、あの、その……森久保は……アイドルの器じゃありませんし……
これ以上は……むりですし……や、辞めさせてもらいたいんですけど……」
蚊の無くような声ってこういうのを言うんだなって、見本のような声で乃々が答える。
乃々は震えた手で水色のふくらんだスカートを握りしめてる。
乃々が辞めたいと言い出す心配はあった、
でもそれは新番組に出そうとした時の話。
乃々が一人前のアイドルになっていく姿を
ドキュメンタリーで追っかける企画を思いついた時、
もしかしたら辞めるとか逃げるとか言い出すかもとは思った。
それでも、やる価値のある企画だと思ったし
全力でフォローすれば大丈夫だとも思ったんだ。
実際、回を追うごとに怖がりながらも前を向けるようになって来てたし、
もう大丈夫だと思ってた。
なんで……なんで今なんだろう?
「乃々、座って。
杏も疲れてるから座らせてもらうし。
ごめん、智絵里何か飲み物取って。
かな子、アイスしまっといて」
杏と同じように固まってた二人が返事をして動き出す。
仲良くなってきた所だったもんね。
かな子も智絵里もショックだと思う。
「……中、見るね」
どう話をしたらいいか分からなくて、辞表の中を見てみる事にした。
日付と名前と「一身上の都合でアイドルを辞めさせて頂きます」の一文だけ。
乃々があらかじめ辞表の書き方なんか知ってるとは思えないし、
ネットかなんかで調べて書いたのかな。
これじゃ何の情報も伝わってこないね。
「一身上の都合って書いてあるけど、何? 」
「あ、え、えっと、森久保は……貧相ですし、可愛くもないですし…
歌も踊りもへたっぴですし……杏さん達にこれ以上ご迷惑おかけできませんし……」
今日の乃々は黄色いキャミの上に白い薄手のパーカーを羽織り、
水色のふわっとしたスカートを履いてる。
このままテレビに出てもステージに立っても良さそうな服を
私服で着こなしてて可愛くないって、通らない話だね、それは。
「……乃々が思う可愛い人って例えば誰?
あ、杏達は無しでね」
「え、あ、その…・…杏さん無しで……
春香さんとか……卯月さんとか……」
さすがだよね、乃々。
伝説クラスのアイドルと現役最強の怪物を挙げてくるなんて。
野球が下手って自虐する人がメジャー最多勝と比べてたって感じ。
そりゃ負けるよ。
でも、そういうトップと自分を比べられるのって素直に才能でもあるからね。
乃々はアイドルの才能があるって、語るに落ちたようなものだよ。
「うん、そりゃその二人は可愛いね。
日本中の人が可愛いって言うだろうね。
でも、杏は乃々ならその二人にも勝てるアイドルになれると思ってるよ」
「そっ、そんな……も、森久保がそんな訳……」
まぁ、頷かないよね。
あの二人と比較されて、勝てるなんて言われて
無邪気に「ですよねー」なんて頷ける人なんてそうそういないだろうし。
乃々が認めるはずないか。
「杏は本気で言ってるよ。
杏がプロデュースした乃々は日本中を虜に出来ると思ってる」
「あ、あぅぅ…………」
乃々がうつむいたまま涙目になった。
会話出来なくなってるから、アプローチ変えるか。
「今日、収録に行ったんだよね?」
「は、はい」
「それから、ずっと杏を待ってたの?」
こくん、と小さく頷く乃々。
嘘でしょ、だとしたらどんくらい待ってたの。
遅くても午前中には終わってたはずだよ。
少なくても六時間以上、ここで待ってた事になるよ。
「ずっと待ってたの?
ごめんね、遅くなって。
お腹すいてない?」
「あ、だ、大丈夫です……森久保が勝手に待ってただけですし……」
「ねえ、冷蔵庫になんか無いかな?
軽く食べられるようなの」
「シュークリームあるよ。
乃々ちゃん、いい? 」
あわあわしてる乃々の前に、かな子がシュークリームを
智絵里が冷えた麦茶をグラスに注いで持ってきて、更にあわあわさせる。
仕草、動作がいちいち面白くて可愛いよね。
こういうとこ菜々さんに通じる所ある。
「話、長くなるかもしれないから食べてよ。
あ、時間……乃々はお母さんに帰る時間とか言った? 」
「あ、お、遅くなるかもって……」
「そう、ならいいんだ」
杏も未成年で親から事務所に預けられてる立場じゃあるけど、
乃々を預かってる立場でもあるからね。
心配かけないようにするのも義務だもんね。
さて、どう説得するかな。
杏の中には乃々の言う事聞いてアイドル辞めさせる選択肢無いからね。
なんでかな?
自分でも不思議だ。
単に乃々が逸材ってだけじゃない。
ライラのように逸材でも本人にやる気無いならしょうがないって思うだけだしね。
ライラは事務所違って手出し出来ないけど、乃々は違う。
でも、それだけが理由じゃなくて、
乃々が辞める事を杏はどうしても認められない。
自分で分からないものが杏の中にあるのが不思議だよ。
杏は自己分析が出来る事を自分の長所だと思ってるのにさ。
でも、そこ考えるのは後でいいや。
今はとにかく乃々を引き留める事が最優先だ。
「ねえ、今日、何かあったの? 」
乃々がシュークリーム食べ終わるのを待って、声をかける。
かな子も智絵里もそんな心配そうな顔しないでいいよ。
仲間が減るような悲しい思いさせないから。
「な、何もありませんけど……
ま、前から森久保にはアイドル無理じゃないかなって思ってて……」
「なんで? 」
「な、なんでって……その……」
とにかく自己評価低いからなー、乃々は。
分かってないよね、自分の価値を。
「も、森久保は見られるの怖いし……緊張するし……
恥ずかしくて……上手く歌えないし……身体も動かなくて……」
ふぐぅと涙をこぼし出した乃々の隣にかな子が座って、頭を撫で始めた。
慰めてるのか、可愛がってるのか分からないけど、
かな子の柔らかさは心を落ち着けさせると思う。
「……乃々が恥ずかしがり屋で緊張しいなのは知ってるよ。
でも、それが乃々の良い所じゃん。
それはアイドルとしてとっても大きな武器だよ」
「えっ……!?」
本当にびっくりした顔して乃々が顔を上げる。
「ちょっと待ってて」
確か机の上にまとめといたはず。
少しだけ乃々を待たせて目当ての物を探す。
…………よし、あった。
「乃々、これ何か分かる? 」
涙目で見上げる乃々に、杏は一つの封筒を見せる。
「これは乃々宛てのファンレターだよ」
「ふぁ、ふぁんれたー……も、森久保に……?」
「そうだよ。
手渡そうと思って、まだ渡してなかったんだ。
読むよ、聞いてて」
”森久保乃々ちゃん、初めまして。
ワタシは乃々ちゃんと同じ14才の女子です。
テレビで乃々ちゃんを見て、どうしてもオーエンしたくて手紙を出しました。
乃々ちゃんが人前に出るのが苦手で、恥ずかしいって言ってて
でもがんばってる姿を見てすごくはげまされたからです。
私も人前にでるのが苦手です。
授業で発表させられるのだって嫌だし、
恥ずかしくて、見られてたら声を出すのだって出来ません。
私は乃々ちゃんみたいにカワイクないけど、
あんなにカワイイ乃々ちゃんがガンバルって言ったから
ワタシもガンバローって思いました。
授業で前に出るのとアイドルは違うでしょうけど、
乃々ちゃんガンバってください。
オーエンしてます”
「これだけじゃないよ。
他にも手紙届いてる。
変なの入ってないか、マネさんがチェックしてたから遅くなったけど
初回放送してからすぐに来たのもあるんだよ」
呆然とした表情の乃々に、今読んだファンレターを渡す。
乃々はファンレターを何度も何度も読み返して、それでも信じられないような顔をしてる。
「乃々。
杏は緊張しない事を武器にしてるけどね、
緊張する事だって武器になるんだよ。
その子は、乃々が緊張するから、
恥ずかしがりだから応援したくなったんだよ」
緊張しない杏より、緊張しいの智絵里の方が応援しがいあるもんね。
可愛げがあるし。
「緊張するし、恥ずかしいし、怖いだろうけど。
だからこそ価値があるんだよ。
そういう乃々だからこそ、応援したくなるんだから」
じっーっと、ファンレターを見つめていた乃々が
顔を上げて、杏を見つめ返して来た。
「ご、ご迷惑じゃないんですか……?
森久保が足引っ張って……
失敗したら、杏さんまで失敗した事になるんじゃ……」
「何、言ってるの。
上手く出来ても出来なくても企画は成立するんだから
失敗しようがないよ。
それこそ、乃々がアイドル辞めない限りね。
乃々のような原石を失ったら、それだけが失敗って言えるかもね」
もしかして乃々が辞めるとか言い出したのはそういう事かな?
迷惑かけたくないって思っちゃった?
あり得る話だね。
乃々は臆病だけど勇気もある子だ。
ただ恥ずかしい、アイドルが嫌になったからって理由なら、
無言で逃げて連絡も取れなくなるよね。
こうして面と向かって「辞める」なんて言いに来ない。
「今日の収録の時、何か言われた? 」
「あ、その……今度の特番のステージが正念場って言ってるのを聞いて……
森久保の出来で、杏さんの手腕が問われるって……」
はぁ……もう溜息でちゃう。
関わる人間多いから、アホを一人も入れないって無理なんだろうけど
なんで乃々に聞こえる場所でそんな話をするかね?
さすがに杏も腹が立つよ。
「乃々、杏を信じて。
乃々が失敗したって大丈夫なようにするぐらい杏は出来るから。
心配しないでいい。
だから、全力でアイドルやろう? 」
「は、はいっ……」
うん、いい返事。
かな子も智絵里も喜んで乃々に抱き着いてる。
「……見事ですね、杏さん」
「あれ、マネさん、帰って来てたんだ」
「ええ、邪魔しないように後ろの方にいました」
どうやら、何かを察して控えてたみたい。
口出しして来なかったのは杏を信頼してかな?
だとしたら有難いね。
「今日はもう終わりだから、送ってくれる?
かな子と智絵里はどうする?
今日、泊まる? 」
「うん、お願い」
「ねえ、乃々ちゃんもおいでよ。
一緒に泊まろ? 」
智絵里に誘われて乃々がおろおろしてる。
そうだね。
まだ信頼関係が十分じゃなかったみたいだから、一緒に過ごすのはいい考えだ。
「乃々、お母さんには杏から連絡するから、おいで。
着替えもレッスン用のあるでしょ?
布団も買ってるからさ」
そう言うと乃々は嬉しそうに頷いてくれた。
迷惑かけるから辞めるなんて言い出すぐらいだから、
本当は杏達の事大好きなんだよね。
ただ、杏が心配される程度のプロデューサーだったのが問題だっただけ。
個室のある和食屋さんで、マネさん含めて五人で晩ご飯食べて。
「んー、この海老の味噌汁めっちゃ美味しい」
「鯛のお刺身にうにが乗ってますよ……こんな事していいんでしょうかっ」
「茶碗蒸し……美味しい……」
「飲めないのが辛い……」
「この炊き込みご飯お焦げがありますよっ、凄い」
マンション帰って順番にお風呂入りつつ、テレビ見て駄弁る。
「乃々は出てみたい番組とかある? 」
「でたくないのはいっぱいありますけど……
出たいのだと……ウサミミ一家とパーマパパとか平和なのが好きです……」
「人形劇とアニメ……」
「出ようが無いよね……」
いつ寝てもいいように布団を引いて、また駄弁る。
今日も一日終わりだね。
「ほ、ほんとに森久保の布団買ったんですか……」
業者に送って貰って、きらりに運んでもらった布団。
森の動物が描かれたカバーの乃々専用。
「うん、これ、いいでしょ。
それとも一緒に寝た方が良かった? 」
「あ、あぅ……そんな、森久保が独り占めするの悪いですし……」
あ、乃々がちょっと照れてる。
肌が白いから、すぐピンクに染まっちゃうね。
「じゃあ、電気消すよー」
「「はーい」」
布団の配置でちょっとあって、結局四組の布団が枕を突き合わせる感じになった。
お喋り用配置とも言う。
暗闇の中、ぼんやりとした視界の中で話をする。
仕事の事や、趣味の事、学校の事……
一緒にいない時間、そんなに無いけど
それでもそれぞれの時間があって、一人で何をしてるのか知れる。
智絵里のクローバー探しも、かな子のスイーツ食べ歩きも
聞いててタフだなぁと思うし、ファンにバレないようにしてねとも思うけど、
楽しく暮らしてるなら良かったとも思える。
こういうの聞いとくとラジオでのネタにもなるしね。
「乃々は家じゃ何してるの? 」
「家だと本を読んでます……」
前に泊まった時もそうだったけど、暗くなると
乃々は緊張が解けたようになって口も滑らかになる。
見られてないって思うと安心するのかな?
「本って、漫画? 」
「漫画も読みます。
あと、小説とか絵本とか」
「へー、絵本かー。
大人向けのもあるって言うしね」
「そうなんだ」
「らしいよ」
「凄く怖い絵本もあるって学校の友達が言ってました」
「あ、そういうのじゃなくて、もっと普通の……平和なのが好きです」
乃々って心が優しいんだろうね。
とにかく平和な話が好きみたい。
自分じゃなくても、誰かが傷つくのが嫌なんだろうな。
さっきだって、杏に迷惑かかるって理由だったし。
「乃々の将来の夢って何かある? 」
「え、将来の夢……ですか……?」
「そう、印税と不労所得で寝て暮らせるようになりたいとかさ」
「それ、杏ちゃんの夢でしょ」
暗闇の中に笑い声が重なる。
「私はねー、アイドル続けるのも素敵だけど
パティシエになりたいって夢もあるの。
いくつでなれるか分かんないけど、甘いお菓子って笑顔になれるから」
「かな子らしいね」
「いいでしょ?
夢なんて見るのは自由じゃない?
アイドルやりながらパティシエも出来たら最高なんだけど」
パティシエって難しそうなイメージあるけど、かな子なら出来そうだね。
腕前だけなら今でもプロ級だし。
「私はみんなと仲良く暮らしたいですっ。
穏やかで幸せな生活をしたいです」
「智絵里のは杏の夢と一緒だよね」
「私はお仕事好きですよ?」
「杏は智絵里の暮らしから仕事を抜いたのがいいな」
杏だって楽に稼げる仕事なら嫌いじゃないけどね。
「乃々は何か無いの? 」
「……も、森久保は……え、絵本を……」
「絵本?」
小さな返事が聞こえた。
恥ずかしいのかな、リラックスしてたのに言い淀んでる。
「絵本作家になりたかったんです……」
「へー、でも、似合うね。
なんか分かる気がする」
「うんうん、乃々ちゃんなら優しいお話作りそうだし」
「可愛いお話書きそうだね」
絵本作家か……確かに似合うね。
絵本に詳しい訳じゃないから、簡単に言えないけど
イメージはピッタリだ。
「ねえ、乃々」
「はい」
「やったらいいんじゃないの?
何もアイドルだったら絵本作家になれない訳じゃないじゃない。
今すぐじゃなくてもいいしさ」
乃々が杏の方を向いた音がする。
「杏に迷惑なんて考えなくていいからさ。
本当にアイドル辞めなくちゃ夢が叶えられないなら、
その時はアイドル辞めても良いよ。
その時は引き留めないから」
「杏さん……」
「アイドル辞めたら会えなくなる訳じゃないしね。
なりたい自分になろう。
乃々がシンデレラなら杏は魔法使いだから」
ちょっと格好つけたかな?
嘘じゃないからいいよね。
もう、乃々もそんな簡単に泣くんじゃないよ。
「さあ、もう寝るよ。
明日も仕事あるんだからね」
「あーっ、杏ちゃん照れてるっ」
「杏ちゃん可愛いっ」
「照れてないよ、別に。
杏は人生で照れた事なんか一回も無いし」
馬鹿な、杏が照れるなんて事あるはずが無い。
ええい、可愛いのは生まれつきだっ。
「さあ、寝るったら寝る。
プロデューサー命令だかんね」
「わぁっ、横暴っ」
「鬼P鬼P」
結局、こっから寝るまでにどれくらいかかっただろ?
少なくとも一時間以上は喋ってた気がする。
最後の方はうとうとしながら話してて寝落ちしたから、あんまり覚えてないけど
乃々が嬉しそうにお礼を言ってたような気がする。
頼りないプロデューサーでごめんね、乃々。
ファンレターは実際には絵とか記号とかで装飾されてると思ってください。
最初はきゃぴきゃぴした感じを出そうと書いてましたが
環境依存文字使いまくるのどうなんだろうと思ってやめました。
脳内補完よろしくお願いします。