杏達の所属している芸能事務所「ウサギ色プロダクション」は
数ある芸能事務所の中でもかなり大きな事務所だ。
結構長くやってるみたいだし、テレビで見る人も結構いる。
例えば五年前ぐらいに大流行りしたウサミン星人こと安部菜々さんや
シンガーソングライターの木村夏樹、
モデル兼アイドルの諸星きらり、
猫キャラの前川みくと憧れロッカーの多田李衣菜のユニット「*」とか。
業界トップは言い過ぎだけど、トップクラスとは言っていいんじゃないかと思う。
杏達もいるし。
当然、規模に相応しく五階建てのそこそこ大きな自社ビルがあるんだけど、
杏は今そのビルの三階の隅っこ、杏達の部屋にいる。
正式には第三多目的室とかなんとかだったと思うけど、
元から占拠してたのを杏がプロデューサーになったから貰ったの。
広さは十畳ぐらい?
元からあった応接テーブルに、それを囲むように皮張りのソファーがあって、
下にコロコロのついたホワイトボードと杏の持ってきたウサギクッション、
後はかな子と智恵理が持ってきたバランスボールとか加湿器とかに
ウォ―タ―サーバー、ポット、急須、珈琲、紅茶、カップなどなど。
そして、昨日運び込まれたデスク。
何これ、まさか杏に事務仕事でもしろって事なのかな。
冗談じゃないよ。
そんな事やらせる気なら今からでもプロデューサー辞めるよ。
まだ、世間には発表してないんだから、どうにか出来るはずだしね。
だらーっとソファーに寝転んでそんな事考えてるとノックの音が響いた。
「失礼します」
入ってきたのはカッチリとスーツを着た女の人。
この人、見た事あるな、どこでだっけ?
あぁ、そうか、たしか……
「あれ、トレーナーの…」
「あ、覚えてくれてたんですね。
トレーナー見習いだった谷地井です。
この度、キャンディアイランドさん付きのマネージャーに異動になりました。
よろしくお願いします」
寝転んでる杏のとこまで来て谷地井さんはビシッなんて音がするようなお辞儀をした。
しっかりした人だなぁ。
杏なんて小娘にそんなしっかりした挨拶するなんて。
杏の恰好なんていつものスパッツにTシャツだよ。
今日のシャツの字は「一攫兆金」
これが杏の正装だから、これでいいの。
「まだ名刺が出来てなくて申し訳ないです」
「あっ、うん。はい。
そんなかしこまらなくていいよー。
これからよろしくねー」
さすがに杏も身体を起こして挨拶を受けたよ。
いくらなんでも失礼だしね。
「トレーナーをマネに引っ張ってくるなんて本当に人足りてないんだね」
「あ、いえ、私は元々はこっちを志望していたんですよ。
だから元の希望が通った形になります。
トレーナーが嫌だった訳ではありませんが、嬉しく思ってますよ」
「そうなの?
それなら良かったけど無理矢理だったら怒ってもいいよ?
今日だってプロデューサー来ないし。
考えられないよね」
今日は杏がプロデューサー引き受けてまだ三日目。
プロデューサー、いなくなるの早すぎない?
マネージャーが付く日にもういないってどうなの?
もうすっかり肩の荷下ろしちゃって清々してるのかな?
まあいいや、過去を振り返る女じゃないよ、杏は。
「ん?どうかした?」
「いえ、引継ぎで聞いた事を思い出しまして…
すいません、雑談してる場合ではありませんでした。
あの、プロデュース希望者を連れて来てもよろしいですか」
「よろしいよー」
それでは、とマネージャーが部屋を出る。
今日は元Pが「杏に頼みたい」って言った子達との初顔合わせなのだ。
「キャハァっ、ミンミンウサミン。
菜々でーすっ!よろしくねっ」
ブイっと、ハイテンションにピースした手を顔に当ててウインクする女性。
見間違いようがない、この強烈な挨拶はウサミン星人こと安部菜々さんだ。
ご丁寧に衣装までおなじみのウサギ耳付けてメイド服を着てる。
プロフィール渡された時から「嘘でしょ」と思ってたけど、
目の前まで来られたらさすがに認めざるを得ないよね。
「ねえ、どういうこと?
なんで菜々さんを杏がプロデュースすんの?
新人かと思ってたよ」
「新人とは一言も言ってない、という言伝です」
確かにプロデューサーは「力を貸して欲しい娘がいる」とか
「杏にプロデュースして欲しい」とか言っていて、
新人をなんて一言も言っていなかった。
杏を驚かせて何が楽しいのかねぇ。
「わざとだね。ったく、あのプロデューサー。
まぁ、それは後で抗議する事にするとして。
これ、なんかの間違いじゃないの?
菜々さん、本気なんですか?」
「菜々でいいですよ、杏ちゃん。
私達同じ年なんですから」
菜々さんはにっこりと微笑んできた。
確かに菜々さんは17歳だと公言している。
でも、ブレイクした五年前も17歳だったし、
杏がデビューする前から事務所にいた先輩だ。
ため口でいいのかな?
本人がいいならいいか。
こっちから同じ年って体を崩すのも悪いもんね。
「聞いてくださいよ、杏ちゃん。
菜々はもうどうすればいいのかわかんないんですぅ~」
「ま、まぁ、座ってよ」
菜々さんは泣き真似しながら身を乗り出すという器用な事やりだしたので
ソファーに座るように促す。
もう一人の子も困っちゃってるしね。
「これ、良かったらどうぞ。
かな子ちゃんが作ってきてくれたマカロン」
「わぁっ、キレイですねー」
「でしょう?
かな子ちゃんの手作りだから味も保証済みだよ」
かな子ちゃんは今日は午後からのレッスンしか無いのに
わざわざ朝から来て手作りマカロンを渡してくれたのだ。
「杏ちゃんのプロデューサーとしての初仕事だもんね」だって。
天使かな。
テーブルの上に置かれたバスケットに、
小さくカラフルなマカロンが奇麗に並べられている。
こういうのはホスト側が先に手を付けるべきだよね。
という事で勧めながら杏から先に一個食べさせてもらう。
しっとりふわっと甘くて香ばしい。
うーん、食レポって難しいね。
美味しいとしかいえないよ。
勉強不足を反省しつつ、様子を伺うと菜々さんももう一人の子も目を輝かせている。
やっぱ女の子だもんね。
ちょっとこの誘惑は抗いがたいよね。
あ、珈琲淹れてくれてたマネージャーまでも、目を奪われている。
いいよ、いいよ、みんなで食べよう。
「あっ、ほんと美味しいですね」
「三村さんのお菓子作りの腕前はプロ級だと聞いてましたが、これ程とは」
「……美味しい…………」
「でしょ?」
各々の高評価に、杏が代わりにどや顔しといた。
本人いても謙遜するから、杏がどやってやらないとね。
「って、なんで杏ちゃんが自慢げなんですかっ」
「そりゃ、このお菓子をしょっちゅう食べられる特権を有しているから?」
「確かに羨ましいですけどもっ」
「菜々さんはお菓子作らないの?」
「作らない事も無いですけど、こんな手の込んだのはですねー。
お料理と違って分量きっちりしないといけませんし……」
菜々さんがなんか主婦っぽい事言い出してる。
菜々さんってあんなブレイクしたのに、なんでこんな庶民派なんだろう。
驕る事もないし出来た人なんだよ。
杏達が売れる前から優しかったし。
「って、ちっがーう!
マカロンはどうでもよくて仕事の話をしに来たんですよっ」
両手を振り回して、菜々さんが叫ぶ。
この大きなリアクションはさすがだよね。
雑談モードになってたのに、吹き飛ばしてしまったもん。
「菜々、仕事がほとんど無いんですよぉ~。
ウサミンはもう飽きられてるとか言われて……
杏ちゃんなら!
今、うちで一番勢いに乗ってる杏ちゃんなら!
こう、ばしーんと菜々がアイドルに返り咲く方法を思いつかないかなーって!」
菜々さんはどうやら本気で杏のプロデュースを受ける気らしい。
前もプロデューサーいたはずだけど、どうしたんだろうか。
とりあえず、さっきも見たプロフィールの紙をもう一度見る。
安部菜々、自称17歳、実年齢27歳。
10歳って凄いね、サバ読み。
もっと凄いのは普通に17歳で通る見た目だけどね。
5年前のブレイク無かったら、ほんとに今でも17歳でいけると思う。
身長146㎝、40㎏、スリーサイズは84、57、84。
菜々さん、スタイル良すぎじゃない?
童顔巨乳は男の理想とか聞いた事あるけど、まさに菜々さんがそれだよね。
そりゃウサミン星人とか訳わかんないキャラで大ブレイクするよ。
声も可愛いし、顔も可愛いし、スタイルも良くて、優しくて
メイドアイドルとか言ってたから家事も多分できる。
お婿さん募集したら世の男の大半が来るよね、きっと。
杏だってお嫁に欲しいぐらいだよ。
しかも、一発屋とはいえ大ブレイクしたからお金もある……と思う。
杏の事、養ってくれないかなー。
ダメ?
「菜々さん、あの時の売れ方凄かったでしょ。
CDもミリオンいってたし、テレビ出まくってたじゃない。
無駄遣いしなそうだし、そんな困る事ってないんじゃないの?」
「菜々は、アイドルですっ!
生活は貯金崩せば出来なくないですけど、
夢を叶えるまで菜々はウサミンなんですっ。
未だに応援してくれる人達の為にも、このまま終われないんですっ」
うーん、お金の為じゃないのか。
菜々さんってほんとにアイドルに憧れてる人なのか。
なんでもいいから売れたいってなら割と簡単なんだけどな。
「路線変更とかは考えなかったの?
正直、菜々さんぐらい可愛いなら普通にしてれば普通に需要あると思うし、
可愛い系で知名度あるからセクシー路線は絶対ウケるでしょ」
はっきりいって菜々さんってウサ耳メイド服剥いで
送り出したら勝手に売れてくと思う。
あ、あと、痛いキャラ辞めて年齢を公表する。
無理矢理17歳って言い張るより、正直に言った方がファン増えそう。
だけど、菜々さんは迷いなく首を振った。
「プロデューサーもそう言ってました。
というか、そればっかり言ってました。
ウサミン星人をやめればまた売れる、
素の安部菜々ならまた売り出せるって」
菜々さんは白いエプロンごとスカートを握りしめている。
やっぱり言うよね、そりゃ。
誰だって分かる。
痛いキャラが菜々さんの足を引っ張ってるって。
「でも、私はウサミンです。
ウサミンじゃない菜々は菜々じゃないんです。
ウサミンとしてトップアイドルになりたいんですっ」
菜々さんの顔は真剣そのものだ。
こりゃ説得は厳しいかな。
理屈じゃないもんね。
杏には分からない領域の話っぽいから、しょうがない。
「我儘言ってごめんなさい……」
熱くなった事を恥ずかしがるように菜々さんはうつむいちゃった。
熱くなるの悪い事じゃないと思うけどな。
お金の為にやってる杏には菜々さんは眩しいよ。
「セクシー系は?
菜々さんのスタイルなら絶対オファーあったでしょ」
「だ、だめですよぅ。
水着なんてお肌見られちゃいますし……
えっちな目で見られちゃいます……」
菜々さん、顔赤くしてもじもじしてるけど、何なのこの人。
可愛すぎない?
水着ぐらいでここまで恥ずかしがれる27歳、他にいないよ。
でも、絶対売れるよね。
普段から露出多い子よりガード固い子の方が水着の破壊力は上がるし、
菜々さんはいつもがっちりメイド服で鎖骨も見せない人だから
もし、水着姿見せたら相当反響あると思う。
胸大きいし。
「菜々さんめっちゃ肌奇麗じゃん。
どうやってるのか聞きたいアイドル多いと思うよ」
そうだ。
アンチエイジングアイドルとかどうだろう?
美容に詳しい女性タレントってそれなりにいるけど、大成功者はいない感じ。
「ねえ、菜々さん、お肌のお手入れどうやってるの?
昔からやってるやり方とかある?」
「ありますよ!
お肌は本当に気を付けないとすぐにバレちゃいますから!
色々やりましたけど、基本として早寝早起きですね。
あと糠でこするのはかなりお勧めです。
パックも化粧水も悪くないですが、肌に合うのを見つけるまで大変ですし
効果高いのは値段もお高いですね。
逆に値段が高ければ効く訳じゃないのが難しい所ですけどね。
それから気を付けないといけないのは首が―――」
美容に関しては菜々さんは一家言あるらしい。
怒涛の勢いでしゃべり始めた。
でも、十代と言い張れる肌を保つ方法とか、きっと女の人は食いつくよね。
菜々さんレベルの実例があればなおさら。
素材がいいだけとか言われなくて良かった。
「――――それからメイクしないでいい日はしない。
お肌の休暇を作る。
あと、潤いを――
「ちょっと待って、菜々さん!
また、また今度聞くから」
「あ、はい……すみません」
めっちゃメモしてたマネージャーがこっち見てくる。
いや、食いつきすぎでしょ。
でも、まだ若いマネージャーがこう食いつくなら、イケるね。
「ねえ、菜々さん。
その路線どう?
菜々さんの容姿で美容を語ると女性は興味示すと思うんだ。
ウサミンのままでいいから、ウサミン星に伝わるお肌管理とか、
ウサミン式アンチエイジングテクニックとかを語るの」
「えっ、ウサミンのままでいいんですか?」
「むしろ、ウサミンのままがいいと思う。
五年前とまるで変ってない見た目が重要だからね」
わぁ、なんて喜んでいる菜々さんは年上とは思えない可愛らしさだ。
「露出としては飴ラジとシャワーと今度始まる新番組は約束できるし、
クイズの王様も多分大丈夫。
他にも声掛けたら出してもらえるテレビはあるから」
「出してもらえるんですか!
うわぁ、全国ネットとかいつ以来だろう……」
飴ラジってのはキャンディラジオっていう杏達CIがパーソナリティのラジオ。
土曜6時からの一時間で、杏達がいつもの感じでしゃべるだけの緩い番組だ。
トークの苦手な智恵理の修行の場にしてて、
さすがに訳わかんなくなり過ぎたら軌道修正したりオチつけたりするようにしてるけど
そのまま、ふわーっと終わる話も多い。
でも、それが意外と好評で癒されるなんて人達もいる。
スタッフからも特に注文の無い、やりやすくてありがたい番組だ。
シャワーはキャンディシャワーアイランドってテレビ番組。
杏達がMCの30分番組で火曜10時から放送。
こっちは好き勝手には出来ないけど、
企画から杏が関わってるから、口出しは出来る。
内容も毎回違ってて、ゲストもいたりいなかったり。
「ウサミン星人の生態調査」なんて企画で菜々さん特集しても良いかもしれない。
ともかく、杏が頼めばゲスト出演ぐらいはどうにかなる。
後は、出てからの話を考えないとね。
「ね、だから、ちょっと水着になってみない?」
なんか杏って取引して脱がせようとしてるヒヒじじいみたいだね。
でもしょうがない。
成功率は少しでもあげとかないと。
持ってる武器使わないで通用する程、この業界甘くないし。
「みっ、水着ですか、やっぱり?」
「絶対じゃないけど、しっかり肌見せとくと説得力が違うから。
水着写真集出す、
杏達の番組に呼んでお肌の話を振る、
菜々さんの美容の話を引き出して興味を持ってもらう、
この流れはどうかな?
場合によってはグッズや本も視野に入れられるよ」
お金の為に、じゃないならグッズとかには惹かれないか。
何が望みかな。
CDとか?
「勢い付けば新曲の話も考えられるし、ドラマ、映画の話もあるかも」
「や、やります!
やります、けど……あの、スクール水着とかじゃ駄目ですか?」
勢いよく立ち上がったかと思うと、
菜々さんは恥じらいながらまたソファーに座り込んだ。
でも、何故スクール水着?
そっちの方が恥ずかしいと思うんだけど、菜々さんってやっぱ感覚がズレてるよね。
ウサ耳の方が恥ずかしい気もするんだけど。
まあいいか。
スクール水着って逆にウケる気がするし。
「いいよ。
じゃあ、おおまかにはさっきの流れでね。
菜々さん、美容関連の事、文章に起こしといて。
出版するかも知れないし、
トークのネタにするにしても掴み使うの決めた方がいいからね」
「はいっ、頑張ります。
お願いしますね、プロデューサー!」
ぎゅっと両手でこぶしを握る菜々さんに「プロデューサー」なんて
言われると、なんかこそばゆい。
でも、杏ってほんとにプロデューサーになったんだね。
今頃だけど自覚は湧いてきたよ。
さて、菜々さんの話は取り合えずこれでいいかな。
もう一人、こっちは本当の新人がいるからね。
気合入れなおさないと。
菜々さんが27歳というのはこのSS独自の設定です
公式では、「飲酒が許される」「選挙権がある」事しか分かってません。
シン劇によると17歳である事に関して見破っているアイドルもいるし、
17歳だと信じているアイドルもいます。
公式ではネタでは無く、普通に17歳のアイドルとして活動してるみたいです。
一話目に出てきたプロデューサーや今回出てきたマネージャーぐらいの脇役でも
オリキャラタグは付けた方がいいんでしょうか