「やっと着いたか……」
ゲートが開かれ、サハラッタという次元世界への第一歩を踏み入れる。
情報屋のおっさんが調べた情報通り、ここの入国審査はガバガバだった。ミッドの――田舎の次元港も同様だ。中央区画に比べると人がいないせいか、警備が疎かになっていたのだ。まぁ、そのおかげでアタシはここに来れたわけだが。資金もレヴェントンが回収してくれたし。
目の前に広がるは大都市。それも地球の、日本の首都である東京とさほど変わらない大都市。強いて言うならタワーの類いがなく、風景の一部が山や川などの自然になっている。
他にもすぐそばの道路で自動車が走っており、遠くの方をよく見ると電車のような乗り物もある。交通機関に関しては次元船以外、マジで地球と同レベルだなここ。バイクもあるに違いない。
「ここが、異世界……!」
周りを見渡して情報を集めるアタシをよそに、目を輝かせながら一人はしゃぐレヴェントン。
さすがに無理もないか。何せこのガキ、孤児院出身ということもあってか、旅行なんて一度も行ける機会がなかったみたいだしな。
だけどまぁ、これがレヴェントンにとって初めての異世界旅行になるわけだ。思い出にはならずとも、記憶には残してもらいたいね。
「にしてもお前、よくパスポート持ってたな」
「身分証明のために必要じゃと、院の先生に教えてもろうたもので」
どうせなら大晦日や初詣についても教えてもらえば良かったのに。そういうところは地球でもミッドチルダでも一緒なんだな。
サハラッタに着いた記念として取り出したタバコを口に咥え、久々のオイルライターで火を付ける。
「ふぅ~……」
さて、まずは宿とテレビとラジオだ。とりあえず寝床と情報の集まるものが欲しい。
「レヴェントン、行くぞ」
「お、押忍ッ」
はしゃぐあまり迷子になろうとしていたレヴェントンに声を掛け、紫煙を吐きながら歩み出す。一人だけ遠足気分とは良いご身分だな。
人よりも良い目で遠くを眺めるように、どこかに手頃な宿屋がないか探していると、レヴェントンがパンフレットのようなものを開きながら話しかけてきた。
「緒方さん」
「あァ?」
「ここに着く前から気になっとったんですが、どのホテルを予約しとるんでしょうか?」
そう言ってレヴェントンが見せてきたのは、この世界……いやこの都市にあるホテルの一覧だった。そういやコイツには言ってなかったわ。
「――そんなもんしてねぇよ」
「えっ」
アタシの言ったことが信じられなかったのか、今のは聞き間違いだと言わんばかりに間の抜けた声を出すレヴェントン。
先に言っておけば良かったとほんの少しだけ後悔するも、すぐに切り替えて彼女の知りたいことを口にする。もちろん、ストレートに。
「宿は今から探す。日没までに見つからなかったら野宿な」
「そがいなこたぁ先に言ってくださぁーい!!」
アタシがそう言った瞬間、レヴェントンの叫び声が響き渡った。
「緒方さん! ここは宿じゃありません! 廃墟じゃ!」
「ちったぁ黙ることを知れクソガキ」
怒気の籠った声で叫ぶレヴェントンの言う通り、アタシ達は街中にある宿ではなく、街の外れにあった廃墟に潜入している。
最初は無難に適当なホテルを予約しようかと思っていたが、この世界で過ごす日数が決まっていないのと資金のことを考えた結果、無料で人の目に付かない廃墟が一番だという結論に至った。
冷暖房とシャワー、そして心地の良い寝床がないことに目を瞑れば最適な宿だろう。変なとこに泊まってぼったくられるよりかはマシである。
「特に変わったものは……なし、と。おいレヴェントン」
「はい、まさかたぁ思いますが……」
おっ、コイツにしては察しが良いな。
「ここを拠点とする」
「ほ、ホテルじゃダメなんか……?」
「ダメだ」
本気で反論したそうなレヴェントンを一言で切り捨て、寝室として使われていたであろう部屋に入る。この世界における寝床はここで決定か。
このガキはともかく、家を丸ごと失ったことのあるアタシは宿無しには慣れてるからな。建造物の形をしている廃墟がありがたく思えるぜ。
……まぁ、清潔さを保つのは大事だよな。主に衛生的な意味で。
「あーわかったわかった。銭湯ぐらいは行ってやるよ。だからそんな目で見るのやめろ」
さすがに首を横に振りながらの涙目は効く――いや、ウザい。次やったら絶対に膝蹴り叩き込んでやる。
アタシの言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろすレヴェントンだが、まだ文句はあったようですぐに抗議の眼差しを向けてきた。
「ご飯はどうするんですか?」
「各々で調達に決まってんだろ」
なんでアタシがお前なんぞに合わせなきゃならんのだ。
「……もうそれでええです。ホテルも諦めます。なんか、これ以上文句を言うんは時間の無駄な気がしてきたけぇ」
「最初からそうしとけ」
レヴェントンが折れてくれたところで……次はテレビかラジオの確保か。廃墟で過ごす以上、前者は使えねぇ。なのでここは後者一択だ。
よし、そうと決まれば早速街へ繰り出すとしますか。情報集めも兼ねて一応観光したいしな。……おっとそうだ。忘れるところだったわ。
ポケットから取り出したタバコに火を付け、一口吸ってから口を開く。
「レヴェントン」
「は、はいっ」
合宿といった手前、ただ向こうのほとぼりが冷めるのを待つだけじゃダメだ。というか、コイツの教育は来る前から計画していたことだ。
「今からお前に一つ、大事なこと言っとくわ。こいつはお前の今後にも影響することだから、他の大事なことを忘れても絶対に忘れんじゃねぇぞ」
次元船の中での貴重な睡眠時間を割いてまで考えたことだ。コイツも納得してくれるだろう。
右の人差し指をレヴェントンの額に当て、真剣ながらも若干ポカンとした感じの顔の彼女に告げる。
「――常に考えろ。人間って生き物はそうやって次の道を見出すんだ」
ここに来てアレだが、先生らしい教育は一切してやんねぇ。アタシの柄じゃねぇし、ただ一方的に教えるだけじゃ教育とは言わねぇからな。少しはレヴェントン自身に経験を積ませないと。
それに……コイツは今が成長時だ。アタシの今後を考えておくと、ここで冒険に出しておくのが得策だろう。今回の合宿はコイツに『自分で考え、行動する』を達成してもらわねぇとな。
「どうしても一人で答えが出せなかったら、そんときは教えてやる。だから常に考えろ。そのうえで『テメェのやり方』を見つけ出せ」
そんなの誰でもできるだろ、って思うかもしれないが、意外とできてない奴もいたりする。このレヴェントンも間違いなくその一人だ。簡単にできると思えるものほど、難しいことはない。
「そんなん、わしでもできま――ッ!?」
天誅。
「な、何しよるんですか……!」
「何ができてるだバカヤロー。全然できてねぇからそうしろつってんだろうが」
お前にそれができているなら、仕事中に絡まれてやり返すという大ポカを何度もするはずがねぇんだよ。要は学習しろってこった。
なんで自分が拳骨されたのかわかっていないようで、レヴェントンは両手で脳天を押さえながら、アタシを睨みつけて抗議してきた。
「できとるんです! わしもそこまでバカじゃ――ッ!?」
バカなので天誅。
「はァ……じゃあ、今から簡単な問題を出す。正解できたら認めてやるよ」
「お……押忍……ッ!」
よし、まずは簡単な問題でいこう。
「では問題。あなたが仕事をしていると、チンピラが二人絡んできました。近くに味方は一人もいません。ここであなたはどういう行動を取りますか?」
「やり返すに決まっとるでしょう」
お前がアタシの言うことを理解していないのはよくわかった。
「正解は『適当にあしらう』だ。まぁ、通報するとでも言うか本当に通報すれば効果はあるだろ」
実を言うとアタシはレヴェントンのように、仕事中に絡まれたことは一度もない。……というのも、当時いた職場が結構ブラックだったからな。仕事上、こっちから絡んでいたの方が正しいだろう。
「なしてやり返したらダメなんですか!?」
「立場を考えろ立場を。お前の場合、やり返したら職を失うだろうが」
「じゃあ、緒方さんならどうしよるんですか!」
「やり返すに決まってんだろ」
「言ってることが矛盾しとる! 矛盾しとりますよそれ!」
レヴェントンはダメ、アタシはオーケー。ふむ、特におかしいところはないな。
ひとまず矛盾矛盾うるさいレヴェントンを三度目の拳骨で黙らせ、左手に持っていたタバコを一口吸って紫煙を吐く。
「いいか、よく聞けクソガキ。お前とアタシとじゃ現状が違うんだよ、現状が」
「現状……ですか……?」
頭を押さえて痛みを堪えながらも、どうにか言葉を発するレヴェントン。
窓だった場所から外の様子を確認しつつ、アタシは続ける。
「お前にはまだ失うもんがある。だけど、アタシにはもう失うもんがねぇ。それが現状だ」
「………………行動を起こしたあとのリスクを考えろ、ってことですか?」
「そういうこった」
まぁ厳密には『お前の行動一つで大事なものが失われる』が完璧な正解だが、今のレヴェントンにそれを求めるのは野暮だろう。
ここでようやくレヴェントンがちゃんと考えて答えを出したことに安堵を覚えつつ、どこでラジオを確保するかを考えるのだった。
「……相変わらず面白みのねぇ世界だな」
サツキがフーカの指導に苦戦している頃。さっきまで彼女達が利用していた次元港にある一団が現れた。リーダー格であろう男は不審に思われない動きで周囲を警戒するように見回し、通信端末でどこかに連絡する。
「俺だ。今サハラッタ中央都市の次元港を出たところだ。街の様子に変わりはないか?」
『変わりはありません。ただ……』
「どうした? 何かあったのか?」
部下であろう男の、震えるような声を聞いて思わず眉をひそめるリーダー。
そして端末を通じて聞こえてきた情報に、不愉快そうに口元を歪める。
「そいつぁマジで言ってるのか?」
『う、嘘じゃないありません! さっき街中をぶらついてるところを見たんです!』
「……まぁいい。とりあえず念入りに警戒しとけ。少しでも動きがあったら報告するんだ。いいな?」
『りょ、了解しました!』
部下の返答を聞いたリーダーは通話を切り、独特の低い声でポツリと呟く。
「……この世界に“死戦女神”が……」
本来サハラッタにいるはずのない、次元世界最強と名高いヤンキーの異名を。
「資金調達、終わったぞ」
「は、はぁ……」
たまたま路地裏で遭遇した五人のチンピラをボコし、有り金を全部調達したことを呆れ顔のレヴェントンに報告する。アタシは何も悪くない。悪いのは絡んできたチンピラ共だ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ。これだけあればラジオを買うにゃ充分だ」
それどころか予想以上に貯まった。しかもラジオはおろか、液晶テレビを買えるくらいの額だ。こりゃ飯も四日分は買えそうだな。
さっそく電器店を探すべく、タバコを吸いながら歩みを進める。……せっかくだ。レヴェントンがいつの間にか持っていたパンフレットを利用するとしますか。
「レヴェントン。さっきのパンフレット見せろ」
「あっ、はい」
タバコを口に咥えてレヴェントンからパンフレットを受け取り、街の地図が載ってあるページを開く。えーっと電器店電器店……んん?
「一店だけ?」
「一店だけのようですね」
一店しか載っていなかった。一店はさすがに少なすぎだろ。もしかして地図に載ってないだけで何店かあったりするのか?
ひとまずその一店を目指すことにした。が、その前に……
「ちょっとそこで待ってろ」
「えっ――えぇ!?」
レヴェントンをその場で待たせ、アタシは高所から街の様子を確認するべく、一回のジャンプで二十メートルはあるビルの屋上へ飛び乗る。
……なんか思ったよりも低く感じるな。前に高層ビルの屋上で景色を眺めたことがあるせいか? あのビル百メートルは軽くあったもんなぁ。
そんなどうでもいいことを考えつつ、ビルからビルへと飛び移っていく。もうレヴェントンの姿は……まだ見えるわ。動いてないわアイツ。
「真面目過ぎんだろ、あのガキ……」
今でこそ普通にしていられるが、昔はこの優れた視覚が原因で、普通の距離感がわからなくなるという事態が何度も発生していた。優れているからといって、それが便利だとは限らないのだ。
「おっと、ここで良いか?」
この街で一番高いであろうビルの屋上で動きを止め、双眼鏡涙目の視力で街を眺める。
視界に映るは殺風景な建造物ばかりで、所々にある歓楽街や怪しげな商店街を除けば、お洒落の欠片もない……いや、一応看板はお洒落なものもあるからこの街の本番は夜だな。
当然だが、ここは都市なので人はたくさんいる。……半数ほどギャングやマフィアを連想させるような格好をしているけどな。
「……ん?」
一旦目を閉じ、すぐに開いてもう一度街を眺めていると、二、三キロ先にいる三人の物騒な黒服と目が合った。
三人とも黒いマスクで顔を隠しているが、体格で男だということは普通にわかる。しかも向こうの雰囲気からして、たまたま目が合ったとかじゃなさそうだ。
「最初から監視してたってか?」
だとしたら何のために? アタシがここにいると何かマズイことでもあるのか?
その場から動かずにしばらく男達と睨み合っていたが、特に何事もなく向こうの方から去って行った。どうやら今はまだ様子見っぽいな。だけど厄介事に巻き込まれたのは確かだろう。
こうなるとアタシのそばにいるレヴェントンも巻き込まれる可能性があるが、そこはアイツも腹を括っているだろうし、問題はないな――
「――あっ」
ラジオ買わなくちゃ。
「結局、電器店はあそこの一店しかなかったな」
あれからレヴェントンを迎えに行くのが面倒になったアタシは、いつも通り一人で地図に載っていた電器店に訪れ、手頃なラジオを購入していた。これで目的達成だ。
今はさっきのようにビルからビルへと飛び移っている最中だ。特に見られている感じはしないし、変な気配もアレ以降、バッタリと途絶えている。
「…………なんで動いてないんだよ」
レヴェントンのいる場所までもうすぐで着くのだが、どうもあのクソガキさっきの場所から一歩も動いている様子がないのだ。
最初のビルに到着したところで気配を殺し、気づかれないよう下を覗き込んでみると、案の定辺りをキョロキョロしているレヴェントンの姿があった。
……いや待て。なんであんなにキョロキョロしてんだアイツ。まるで何かを警戒しているように見えるんだが。変な奴にでも絡まれたか?
「――おいクソガキ」
「は、はいっ!?」
とりあえずレヴェントンを呼びながら、気配を殺したまま彼女の背後へ着地する。
完全に不意を突かれたこともあり、何事だと言わんばかりのビックリ顔でこちらを振り向くレヴェントン。さすがに慣れたのか、驚きはしても腰は抜かさなかったなコイツ。
普通の人には聞こえないほどの小声で「な、なんじゃ、緒方さんか……」と呟き、安心したのかため息をつくレヴェントン。
「何かあったのか? 傍から見ると挙動不審だぞ、今のお前」
「じ、実はその、さっき黒い服を着たいなげな奴に絡まれまして……」
もう巻き込まれたか。
「何人いた?」
「二人です。どちらも緒方さんのことを聞いてきたけぇ、雰囲気も怪しかったんでちぃと懲らしめちゃろうかと思うたんじゃけど……」
「後のことを考えて、あしらったと?」
「は、はい」
おう、コイツにしては良い判断下してんじゃねぇか。あの連中、雰囲気を感じた限りではアタシよりかは雑魚だが、レヴェントンよりは腕が立つようだったしな。
一息つこうとポケットからタバコを取り出し、さっきゴロツキからパクったライターで火を付ける。手に入れたもんは有効活用しねぇと。
「ところで緒方さん」
「ん?」
「その手に持っとるんはなんでしょうか?」
そう言ってレヴェントンが指差していたのは、アタシが左手に掛けている、ラジオが入っている袋とはまた別の袋だった。
「アタシにとっては必要不可欠な代物だ。詳しいことは明日教えてやる」
太陽の位置からして、そろそろ隠れている月が上る時間だしな。晩飯も調達しなきゃなんねぇし、明かりも確保しなきゃならねぇ。
タバコを一口吸って紫煙を吐き、溜まった吸い殻をトントンと落とす。このタバコも、普通に買うと金が掛かるんだよなァ……。
「レヴェントン。明かりを確保しに行くぞ」
「へ? なんでに明かりなんか――あっ」
レヴェントンも事の重大さに気づき、思わず開いた口を右手で隠す。
アタシもついさっきまで完全に忘れていたが、廃墟を寝床にする以上、最低限の明かりは必要である。特に夜は目の効かなくなるレヴェントンにとっては死活問題だろう。
そうと決まれば、また来た道(空中コース)を戻る必要があるな。だがレヴェントンは間違いなくついてこれないし、アタシも普通の道は知らねぇから……。
「行くぞ。早くしねぇと店が閉まる」
「あ、あの、なんでわしを担ぎ上げとるんです――!?」
時間がないのでレヴェントンを米俵のように担ぎ上げ、もう一度ビルの屋上へ飛び乗る。
「な、なんじゃこりゃぁ!?」
「大人しくしてろ。死にたくなけりゃな」
牽制するようにレヴェントンを黙らせ、彼女を担ぎ上げているのが嘘のようなスピードで、ビルからビルへと飛び移っていく。
最初のビルから数えて四つ目のところで、レヴェントンが閉じていた口を開いた。
「こ、これ、普通に徒歩で行った方が早いんじゃ……!」
「そんな道は知らねぇ」
それにアタシからすれば、こっちの方が障害物も少なくて進みやすいんだよね。仮に落ちてもアタシは死なないわけだし。……このガキは別として。
これ以降、レヴェントンは電器店に着くまで黙り込んでいたが、アタシがイタズラでコイツの身体を揺らしたときだけ、面白い声を上げるのだった。
……明日は普通の道で行ってやるか。あのよくわからん連中の目もあるしな。
跳んでいるところを見るのと、自分まで跳ぶはめになるとでは訳が違うと思うんだよね。
Detonationを見たおかげでモチベーションが保たれ、若干早めに書けました。よければ感想、お願いします。