第21話「スパルタ」
「ふぅ……そろそろ止まってもらわないと困るな」
ミッドチルダ南東部に位置する、小さな都市の路地裏にて。一人の少女がライフルのような銃を構え、ビルの高層階にある窓から一人の男性を狙っていた。
男性は自分が狙われていることには全く気づいておらず、少女から見れば動く的でしかない。
黒の短髪に白のメッシュが入った少女は迷うことなく引き金に指を掛け、男性の頭部に照準を定める。そして――
――引き金を引いた。
独特の発砲音と共に銃口から、人間の頭部くらいの大きさの魔力弾が撃ち出され、軌道を変えぬまま途中で拡散して小さな魔力弾となり、射出された直後の速度を保ったまま男性に迫る。
今の銃声で自分の状況に気づいたらしく、男性はその場から逃げようとするも、一歩動いたところで拡散した弾の一つに頭部を貫通され、他の弾も男性の肩、首、膝、腹部、胸部を貫いた。
弾丸で空けられた穴から血が流れ出し、力なく倒れる男性。少女はそれを銃のスコープ越しに確認し、通信端末を取り出す。
「……私だ。依頼は成功したぞ」
たった一言。その一言だけ告げると通信を切り、その場から音を立てずに離れる少女。
彼女は人を殺すことを仕事としている、いわゆる殺し屋というものだ。今回も『組織の反乱分子を殺してほしい』という依頼を、少女とのコンタクト方法でもあるメールから受けたに過ぎない。
「むっ、もう次の依頼か」
振動する通信端末を再び取り出し、届いたメールの内容を確認する少女。どうやら休む暇はなさそうだ。
少女は端末をポケットに仕舞うと、依頼を執行するべく次の目的地へ向かった。
少女の名はランナー。
通り名――“魔の散弾”。
「緒方さん」
「あァ?」
雲一つない良い天気となったある日。サツキとフーカはミッドチルダ北東部にある小さなアパートという拠点で、フーカにとっては数少ない休日をのんびりと過ごしていた。
胡坐を掻きながらタバコを吸い、暇潰しに空き缶を粉々になるまで握り込んでいたサツキは、リモコンでテレビのチャンネルを変えるフーカに呼ばれて、めんどくさそうに視線だけをフーカに向ける。
「たまにゃぁ外食とかしてみませんか?」
「お前アタシの現状わかって言ってんのかゴラ」
そう言いながら、サツキは軽く舌打ちをした。その顔には火傷と切り傷の痕が残っており、フーカが初めて出会った時よりも痛々しく、勇ましくなっているようにも見える。
フーカは下手に外出できず、喧嘩もできないので体が動かせないという一種の軟禁状態にあるサツキを見て、そうなった理由について振り返っていく。
サハラッタで起きた大事件から一ヶ月。サツキとフーカを巻き込み、相応の死者も出したあの事件を機に、時空管理局がようやく本格的なサハラッタの現地調査を開始。
その調査により、サツキが利用していた裏の商店街も、黒幕が秘密裏にしていた実験場も、治安が非常に悪い一部の地方も、全て制圧されたのは想像に難くないだろう。
フーカはその時の戦いで左手の骨にヒビが入り、右手も酷く痛んでしまったが、幸いにもそれ以上には至らなかった。精々切り傷をいくつか負わされたくらいである。
だが、サツキはその限りではなかった。腹部の傷が癒えぬまま戦いに身を投じた結果、治りつつあった怪我が悪化してしまい、左腕と左脚の骨にもヒビが入ってしまった。
しかもそれを差し引いても、睡眠不足による疲労が重なり、火傷や切り傷などの小さな怪我も未だに治っていないという状態にある。
そして何より、サツキは現在進行形で失踪中の身だ。元々下手に表へ出るのは難しかったというのに、その時負った怪我のせいで表へ出ることがさらに困難になったのだ。
……尤も、サツキ自身は自分の置かれた状況をあまり気にしていないのか、タバコや酒目的でたまに外出していたりする。ある時は顔の傷が増えていたこともあるので、おそらくその辺のチンピラ達と喧嘩もしているだろう。
「そうは言っても緒方さん、あんた普通に外出しとるでしょうが」
「うっせ。ケンカもできねぇってのに、タバコも酒もなしに生きていけるか」
言っていることがダメ人間のそれである。フーカは呆れて大きくため息をつくと、サツキがさらっと言った嘘を指摘する。
「ケンカできんって……いっつもんようにケンカしとるじゃろ……」
「アホか。小競り合いなんざケンカの内に入らねぇんだよ」
小競り合いと喧嘩の何が違うのだろうか。サツキの影響で少しは賢くなったフーカだが、それでもサツキの言うことが時々わからない。
この手のやつはイチイチ言及しても無駄なので、冷蔵庫から水を取り出し、コップに注いでいくフーカ。
サツキは吸っていたタバコを灰皿に押し付けると、のっそりと立ち上がってハンガーに掛けてあったパーカーを着始めた。
「お、緒方さん?」
「あん?」
「まさかたぁ思いますが……」
「そのまさかよ」
どう見ても外出する気満々である。しかも天気の良い昼間なのに。夜ならまだしも、明るいうちに外出するのは見つけてくださいと言っているようなものだ。
「だ、ダメですよ。夜になるまで大人しててつかぁさい」
「シバくぞコノヤロー」
フーカの口調がふざけたものに聞こえたのか、イラっとしたサツキは右の拳を握り込むも、まだ傷が癒えていないことを思い出してすぐさま拳を解く。
さすがに怪我が悪化している今、どんなに軽めだろうと無駄な力は使わない方が良いと判断したのだ。この場合、こういう力はここぞという時まで保存しておくものである。
「チッ、これでいいだろ」
「…………またそれですか?」
サツキが身に付けたものを見て、またしても呆れ返るフーカ。
それもそのはず。今サツキが身に付けたのはサングラスとキャップ帽。初詣に行った時と全く同じ変装である。マスクがないだけマシとはいえ、背の高い不審者にしか見えないのだ。
内心でそう思うフーカを意に介さず、玄関で靴を履くサツキ。普段なら体を張ってでも止めるところだが、サツキは一応、一応怪我人だ。なので止めようとはせず、
「あっ、わしも行きますっ」
自分もサツキについていく。そうしないとサツキが何をしでかすかわからないからだ。……自分がいたところで、それを止めるのは無理だろうが。
「ごぼぉ!?」
鳩尾に鋭い拳を打ち込まれ、血を吐きながら悶絶する男。拳を入れた張本人であるサツキは倒れた男には目も暮れず、男の上着ポケットに手を突っ込んでタバコとライターを奪い取る。
続いて男の財布を手に取り、現金だけを奪って空になった財布をやや乱暴に投げ捨てる。以前、金に纏わるトラブルに巻き込まれたというのに、全く懲りていないようだ。
男は呻き声を上げながらも犯人の顔を見ようとしたものの、顔を上げたところで鼻っ面を踏みつけられ、犯人の顔を見ることは叶わなかった。
「うっし、こんなもんか」
路地裏を後にしつつ、タバコを吸いながら袋の中身を確認するサツキ。そこに入っているのは、さっきの男も含むチンピラ共から奪取したタバコの箱と缶ビールだ。
外見こそ子供には見えないサツキだが、実際の年齢は16歳。れっきとした未成年のため、コンビニなどでタバコやビールを直接購入することは法律的にできない。なので今回のように、普段はそれらを持っているチンピラ達から奪取している。
酒に関しては自販機で買うこともあるが、比較的安いとはいえお金が掛かるので、意外と計画性のあるサツキにとっては何気に苦しい選択でもあるのだ。
「そろそろやめませんか? そげなやっちもないこと」
本当にここまでついてきたフーカがいつものように注意してくるも、サツキはフーカに視線すら向けずに足を進めていく。
一応は『先生と弟子』という関係となっているこの二人だが、サハラッタでサツキが『先生らしい教育はしない』と決意しているせいで、第三者から見れば全く別の関係に見えてしまっている。
だが、それはあくまで第三者から見た二人の関係。サツキにとっては今の状況が普通であり、フーカもそれを何となくではあるが理解している。
「どうだレヴェントン。全然バレてねぇだろ」
「そりゃ人がおらんけぇのう……」
フーカの言う通り、今二人がいる場所は街の中でも人気が最も少ない地域であり、かつ路地裏である。そのため人らしい人もサツキがボコボコにしたチンピラくらいしかいない。
サツキはもう慣れているので何とも思わないが、フーカはサツキのせいでロクな人間を見ていないため、そろそろ一般人の姿を見たいと思っていた。
家賃のためにバイトをし、その過程で一般人を見てはいるフーカだが、休日になるとこの有様である。最初は困惑していたものの、今ではすっかり慣れてしまい、無駄に度胸もついてしまった。
かつて自分の隣を歩いたパートナーを思い出し、その少女よりも高いフーカの順応性に内心目を見張りながらも、サツキはその事を決して口には出さないようにしていた。
自分よりも格下の少女を認めるのが癪だというのもあるが、自分が認めたことでフーカが調子に乗らないようにするためというのが一番の理由であり、サツキなりの教育方針でもある。
そういったサツキだけの事情もあり、フーカはちゃんと褒められたことがない。それでもめげることなく、サツキについていく姿は非常に健気なものであった。
「そんじゃ、帰るか――」
「あ、あのっ!」
いつものようにビルの屋上という独自のルートで帰ろうとしたサツキを、慌てて引き止めるフーカ。
今まさにジャンプしようとしていたところを止められ、不機嫌そうにため息をつくも、サツキはフーカの言い分を聞くことにした。
「……なんだ」
「たまにゃぁ普通に帰りませんか?」
普通に帰る。それはビルからビルへ飛び移って帰るのではなく、歩いて帰ることを意味していた。
サツキは大勢の人に自分の姿を見られるというリスクを考え、基本的に地上ではなく上からのルートを使用している。なのでお願いしたフーカも断られると思っていたのだが……。
「……今回だけな」
さっきまでのお返しと言わんばかりに呆れた声でそう言うと、左手に持つタバコを一口吸い、拠点のアパートがある方向へ歩き始めるサツキ。その姿は、我が儘を言う子供に付き合う大人のようだ。
まさか了承されるとは思っておらず、少し驚いた表情になっていたフーカだが、置いていかれまいとすぐにサツキの後をついていく。
「別に驚くこたァねぇだろ。アタシだって人間なんだ。こういう時もあるさ」
そうは言うサツキだが、フーカのお願いを聞いたのはある事を確かめるためだった。それには一般人の会話を聞く必要があるのだ。
少し早足で歩いていると、ようやくまともな通行人が目に入り、思わず表情が緩みそうになるも、またサツキに殴られると思ってすぐに気を引き締めた顔になるフーカ。
『オイ聞いたか? 南東部でまた一人やられたって話だぜ』
『あぁ。それも同じ手口だったらしいな。全身穴だらけだったとか』
『本当にいるのかもしれないな、“魔の散弾”』
久しぶりに緊張気味のフーカをよそに、通行人の会話に耳を傾けるサツキ。その顔は珍しく真剣そのものだった。
今通行人が話していた、“魔の散弾”――ランナーに関する噂。それがサツキの確かめたかったことだ。噂を確かめるだけでも、推測ながら相手の動向を調べることができる。サツキはそう判断したのだ。
いざとなれば前に情報屋から聞き出したコンタクト方法で本人を呼び出すことができるが、サツキはまだ傷が癒えていないため、今呼び出してもあっさりと殺されてしまう可能性が高い。
なので戦える程度まで傷を癒したところでランナーを呼び出し、この手でブチのめす。それが今のサツキが考える、効率重視の作戦だ。……本当に効率が良いのかは怪しいが。
「…………なるほど」
今の話が本当なら、ランナーはミッド南東部にいる可能性がある。対してサツキとフーカが拠点を構えているのは、ミッド北東部。両者は完全に真逆の位置にいることになる。
「よし、もういいだろ」
「えっ? な、何が――」
何がもういいんだ。そう聞こうとしたところで、サツキに担がれ、そのまま建物の陰に連れ込まれるフーカ。
担がれた時点で嫌な予感しかしない。慌てることなくサツキをジト目で睨んでいると、
「よっと」
サツキが跳び上がった。これもフーカにとっては見慣れた光景である。
ビルの屋上に立つと、肉眼で数キロ先までの様子を確認するサツキ。人があまり来ない屋上で、そこまで警戒する必要はあるのだろうか。
担いでいたフーカを下ろすと、サツキは冗談にしか聞こえないことを口にした。
「向こうのビルまで跳んでみろ」
「はっ?」
本当に何を言っているのかわからない。フーカの間抜けそうな顔は、そう訴えているようにも見えた。
確かに以前、自分もサツキのように跳んで移動してみたいとは思っていた。だからといって、いきなり実践はどうかと思う。こういうのは普通、口頭や文による説明から始めるのが常識だろう。
さすがに無茶だとサツキに抗議しようとするも、お前の意見を聞く気はないと言わんばかりに、一人先に隣のビルへ飛び移るサツキ。無理なら置いていく。そんな意志がビンビンと伝わってきた。
「大きな声は出すんじゃねぇぞ。下の奴らに見つかると面倒だからな」
その前にまず跳び方を教えろ。敬語や相手がサツキであることも忘れてそう言いかけるも、言ったところで置いて行かれるだけだと悟り、グッと堪えるフーカ。
「うっ……」
高所恐怖症というわけではないが、あまり見ることのないビルの下を見てたじろぐフーカ。サツキに担がれたり、戦いの際にビルよりも高く跳んだときは目先のことに集中していたこともあって、あまり意識していなかったが、冷静になってみるとそれなりの高所にいたことを痛感させられる。
説明もなしにいきなり跳ばされるということもあり、膝もガクガクと震えている。見たところ、高さは三十メートルほど。落ちたら死にはしなくとも、上手く着地しないと大怪我は免れない高さだ。
「殴りたい……!」
サツキのことは尊敬しているし、自分なりに敬意も払っているつもりだ。それでもこの扱いはあんまりなので、普段なら決して口にすることのない言葉を思わず使ってしまう。
……ちなみに今の発言、聴覚にも異常に優れたサツキにはしっかりと聞こえていたりする。
「い、いくぞ……!」
自分のいるビルからサツキのいるビルまでの距離は約十メートル。魔力で肉体を強化すれば充分に跳べる距離だが、その間には三十メートルもの深い溝がある。普通に跳ぶと力加減を間違えて落ちてしまう可能性もある。
フーカは腹を括ると、下半身を魔力で強化し、
「とうっ!」
助走を付け全力で跳び上がった。
体が物凄い浮遊感に襲われるも、決して下を見ようとはしないフーカ。というのも、ここで着地点以外のものを見ると着地に失敗するかもしれないので、一時も目を離すことは許されないのだ。
隣のビルまであと少し。フーカはそのまま着地できると思って着地の体勢に入る。
「わわ――っ!」
が、そのあと少しというところでビルには届かず、そのまま落下し始めるフーカ。
ここで落ちると病院のベッドへ行くはめになる。そうなればサツキは一人になるため、何をするか本当にわからない。それだけは嫌だ。
フーカは咄嗟に手を伸ばし、ギリギリながらもビルの淵に手を掛けた。
「くぅぅ……!!」
そしてすぐさま掛けた手に魔力を集中させ、どうにかビルの屋上へ登ることに成功し、その場で仰向けになるフーカ。
サツキはそんなフーカの姿を見届けると、呑気に新しいタバコで一服し始めた。もちろん、労いの言葉すら掛けることなく。これくらい成功して当然だと、言わんばかりに。
「その調子ならあと二、三回は跳べるな? いや、跳べ」
「いやいや、さすがにそりゃぁ――」
「アタシを殴りたいんだろ? だったら跳んでみろよ」
先ほどの愚痴を聞かれていたことに気づき、ギョッとするフーカ。久しぶりの大失態である。
口内に溜まった痰を唾に混ぜて吐き捨てると、サツキはバテバテのフーカを置いて次のビルへ飛び移り始めた。怪我をしているとは思えないほど、軽々と。
フーカは仰向けになったまま離れていくサツキの背中を見て、一言呟いた。
「…………これがスパルタっちゅうやつか」
「あ、脚が……!」
「あと三分で起きろよ。自分で飯を作りたいって言ったのはテメェだろうが」
その日の夜。両脚が筋肉痛で動けず、今にも死にそうな感じで俯せになっているフーカを見て、呆れた表情になるサツキ。
こうなったのはサツキのせいだが、フーカもフーカで拒否は一切しなかったので、そういう意味ではフーカの自業自得とも言える。
「せ、せめてあと五分――ぐぇ!?」
「もういい。寝てろ」
時間がもったいないと判断したのか、フーカの後頭部を軽く踏みつけ、台所に向かうサツキ。
これまではサツキが料理を担当していたのだが、最近になってフーカが『自分も作りたい』と申し出てきたのだ。
その申し出を一応了承したサツキではあるが、料理経験がなく、その手の知識にも疎いフーカの指導はそれはもう大変なものだった。
包丁の持ち方が微妙に違う、材料を入れる順番を間違える、調味料の区別がつかない等々。幸いにも変なものを入れたり、独断行動を起こしたりはしなかったので、そこまで酷いものにはならなかった。
ただ、フーカは飲み込みというものが早かった。今でもまだちゃんとした料理は作れないものの、調理器具の使い方、調味料の区別はある程度できるようになっている。
当然、フーカが少しでも失敗したときには拳骨を食らわせており、褒めるようなこともしていない。
「今日は…………今日もカレーでいいか」
冷蔵庫からカレールーを取り出し、まな板に置いたニンジンを器用に切っていく。味はともかく、これでも一般的な料理は大体作れたりする。
ニンジンを切り終わり、ジャガイモの皮を剥いたところで、ある事について振り返る。
「……南東にランナーか……」
前に自分をもう一人の殺し屋・アシンごと殺そうとした、スナイパー。この一ヶ月、サツキはランナーの居場所を探っていたが、今日になってようやく手掛かりを掴むことができた。
今日の噂が正しければ、ランナーはミッドチルダの南東部にいる。すでに移動した可能性もあるが、それも想定済みだ。
口元を三日月のように歪めると、サツキは一旦手を止めて俯せになっているフーカを強引に起こし、そのまま台所へと連行した。
「うぇ?」
「オラ、昨日の続きだ。昨日はここでギブアップしたよなァ?」
やらなきゃぶん殴る。そんな意志が込められたサツキの目を見て、フーカは諦めたように乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
はい、前々からあった、というか本ルートだとちょこちょこ、IFルートでもわずかに言っていましたが、サツキは普通に料理が作れます。
それと今回から三人称で統一していきます。今作はその方が書きやすいと気づいたんで。