Vivid Outlaw   作:勇忌煉

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第22話「目指せ南東部」

「緒方さんって放浪癖持っとりますよね?」

「いきなり何だクソガキ」

 

 筋肉痛で動けないフーカを米俵のように担ぎ、ビルからビルへ飛び移っていくサツキ。間違ってもおんぶや肩車はしない。

 フーカはそんな姿勢のまま、自分の分の日常用品が入ったリュックを両手で落とさないよう懸命に持つ。本当ならサツキの分も入れていたはずなのだが、サツキ自身がそれを拒否した。

 何でも野宿に慣れた自分はそういうものを持っていく必要がないらしく、自然にあるものだけで何とか生活はできるとのこと。

 

「それを持ってるのは黒髪のツインテールだ。アタシは持ってねぇ」

「黒髪? ツインテール?」

 

 黒髪のツインテール。誰かの特徴を言っているのだろうが、それだけを言われて誰が悪く言われているのかわかるフーカではない。

 この現在進行形で悪く言われている相手、サツキにとっては少し前までかなりの因縁があった相手なのだが、サツキ自身がそれを言ってくれるほど口が軽くないのだ。

 

「やっぱし戻りませんか? その体で行くなぁさすがに無茶じゃと思うんですが……」

「だったらわざわざ『ついてくる』なんてほざくんじゃねぇよ。ブチ殺すぞ」

 

 跳んでいる最中だからか、声に殺気を含ませるサツキ。フーカはフーカなりにサツキの体の心配をしているのだが、基本的に目先の目標を優先するサツキにはこれっぽっちも響かない。

 というかさすがのサツキでもその点は一応自覚しているため、フーカの忠告は何の意味もない。サツキからすれば耳障りなだけである。

 

 

 サツキとフーカは今、拠点のあるミッド北東部を離れて南東部へ向かっており、その途中にある中央区画の都市を上のルートから通過している。理由は言うまでもなく“魔の散弾”ことランナーの捜索だ。

 とはいえ、出会っていきなり戦闘は体調的に無理があるので、最低でも本人と接触するのが今回の目的。だからといって戦う気がないと言われるとそうでもなく、いざという時は戦うという可能性もしっかりと視野に入れている。

 なのでわざわざ遠征する必要はないのだが、フーカを冒険に出したい――フーカにできるだけ実践経験を積ませたいサツキは、あえて遠征するという選択をした。そうすればフーカもついてくる。そう思ったからだ。

 

 

「いやいや、ちぃたぁ自分の体の心配もした方がええかと思うんじゃけど……」

「そういうお前はバイトどうなんだよ? またクビになったらしいが」

「うぐっ」

 

 サツキの言う通り、フーカは二日前に接客のバイトをクビになっている。その原因は客とのトラブルだ。

 質の悪い客を成敗したところ、その客が仲間を連れて仕返しにやって来たので、フーカ自ら返り討ちにするべく単身で突っ込んだのだ。しかもこのパターン、フーカ自身は何度か経験していたりする。

 

「まァ、別に良いけどな。困るのはお前だし」

「うぐぐっ」

 

 全部その通りであるため何も言い返せず、何気なく言い放たれたサツキの言葉が棘となり、フーカの心に突き刺さっていく。

 フーカが言葉という棘に苦しめられていると、サツキが何かを見つけて立ち止まった。

 

「……居酒屋か」

「緒方さん――!?」

 

 サツキが一言呟いた瞬間、フーカの体をガクンと大きな揺さぶりが襲った。一瞬とはいえあまりにも唐突な揺れに思わず気分が悪くなり、吐き気がして口を押さえるフーカ。それでも手に持つリュックは離さない。

 そんなフーカを気遣ってか、もしくは嘔吐されると面倒だからか。サツキは空いている左の指をビルの壁に食い込ませ、落下速度を緩めた。

 食い込んだ指で壁が削れていき、削られる度にガリガリと大きな音を立てていく。

 

「っと。よし、目ぇ開けろ」

 

 両足が破砕音と共に地面につき、無事に着地できたことを確認し、両目を閉じてそれを両腕で隠していたフーカに呼び掛ける。

 

「も、もう降ってかんか……?」

 

 先ほどからビルの小さな破片が、上を見た自分の顔にパラパラと降ってきたので目を瞑っていたフーカは、顔を擦りながら目を開く。

 サツキはそんなフーカを見てため息をつき、いつの間にか取り出したタバコを一口吸い、吐いた紫煙が生物のようにうねる感じで立ち昇っていく。

 

「行くぞレヴェントン」

「えっ、どこに――」

「あそこだ」

 

 路地裏から普通の歩道に出て遠くを指差すサツキだが、視力が常人並みのフーカにはサツキが指差す先が全く見えない。

 というのも、サツキが見ている目的のものは二、三キロ先にあるからだ。しかも建造物が邪魔になっていて、余計に見えない。

 フーカがサツキにどこを指差しているのか聞こうとしたところで、二人のものではない第三者の声が耳に入ってきた。

 

「おいお嬢さんたち」

「……あ?」

「えっ?」

 

 二人揃って後ろを振り向くと、大柄な男性を筆頭に、四人の男が立っていた。サツキは一切動じることなく、フーカも見慣れたと言いたげにため息をつく。

 男達はそんな二人の態度に少し苛立つも、落ち着くように一息つくと、カッコつけて立てた親指である方向を指した。

 

「よくも人様の事務所に傷をつけてくれたな」

 

 そう言って先頭に立つ男が指差した先には、これ以上にないほどハッキリと残る、つい先ほどサツキが落下速度を緩めるために食い込ませた指の痕があった。

 

「えぇ……あれくらい別に良いだろ」

「いや、普通にいけんと思います」

 

 本当に自分以外のことはどうでも良さげなサツキに、しっかりとツッコミを入れるフーカ。

 自分がしっかりしていないと、この人が今よりもダメになる。そんな、サツキのかつてのパートナーと同じような思いを抱き、その決意を強めながら。

 しょうがねぇ、と一口吸ったタバコを足下に投げ捨て、フーカに「待ってろ」と一声掛けると、男達を誘導しながら路地裏へ引き返すサツキ。フーカはその背中を見て、一言呟く。

 

「あれで暴力的じゃなけりゃぁのお……」

 

 サツキという人間の欠点。その一つに『やたらと手が出る』というものがある。ヤンキーは基本的に拳による語り合いを好んでいるが、それを差し引いてもサツキのそれはやり過ぎな面がある。性格もとことんダメなサツキだが、それ以上にこの欠点の方が印象に残るだろう。

 普通の人間なら言葉で相手を宥めたり叱ったりするものだが、サツキの場合は話し合いじゃ解決できない問題にばかり巻き込まれているため、実力行使による解決を選ぶようになった。日常的な暴力が多いのもこれが原因である。

 もちろん、こんな事実をフーカが知るよしもない。ましてやだからと言って見過ごして良いわけでもない。本来なら止めるべきだろう。

 

 路地裏に行ったサツキに代わり、まだ火のついたタバコを踏み潰すフーカ。路地裏の方からは微かにだが、鋭い打撃音が聞こえてくる。これも今では聞き慣れたものだ。

 あまりにも暇なのでリュックの中身を確認していると、顔に返り血を浴びたサツキが、痰の混ざった唾を吐き捨てながら戻ってきた。

 

 

 ――その際、一瞬だけ顔を歪めて。

 

 

 フーカはその一瞬を見逃さなかったが、口に出すようなことはしない。今ここで出してもはぐらかされるか、意に介してもらえないかの二択になってしまうからだ。

 

「……終わったんですか?」

「あァ。そんじゃ行くぞ」

「じゃけん、どこに――」

 

 フーカの言葉を遮るように、顔の血を拭きつつ足を進めるサツキ。先ほど指を差した方角にどうしても行きたいところがある。それはフーカにもわかっていた。

 サツキがどこに向かっているのかはサッパリだが、足を動かさないと置いて行かれるので、急いでサツキの後に続くフーカ。リュックから取り出したボトルの水を一口飲み、口元を腕で拭く。

 いい加減どこに行こうとしているのか教えてもらいたいフーカだが、サツキはついさっき『居酒屋』と言っていたので、何らかの店に向かっていることもわかっている。問題はその店がどんな所であるかだ。

 

「おい、金はどれだけあるんだ?」

「え、えっと……」

 

 リュックから財布を取り出し、手に持っていたボトルを入れ替えるように仕舞うフーカ。そのまま財布を開き、中にあるお札と小銭の数を数えていく。今から行くお店でお金を使うのかと、少し軽い気持ちで。

 

「――これくらい、かのぅ」

 

 そして数え終えたフーカは、財布の中身をサツキに見せながら大体の額を口にした。自分じゃまず手に入れられないような数の、お札と小銭を見せながら。

 

「よし、なら大丈夫だな」

 

 今にもタバコを吸いたそうに手をポケットに入れ、止めていた足を再び動かすサツキ。さすがに我慢は出来るようだ。

 フーカも小さな音で鳴ったお腹を押さえながら、ご飯があることを願いつつサツキについていく。お腹が鳴ったことで恥ずかしくなり、誰にも見られないよう顔を赤く染める。

 このとき一瞬だけフーカの目に映ったサツキの顔は、まるで何かを懐かしむように穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おし、どうにか着けたな」

「警邏隊に追いかけられたときゃぁどうなるかと思いましたよ……」

 

 街の外れにある小さな屋台の前で立ち止まり、安堵の表情を浮かべるフーカと、周囲を警戒するサツキ。

 居酒屋を目指して街中を歩いていたところ、二人の前を歩いていた女性がひったくりに遭い、そのまま犯人が二人に向かってきたのだ。

 それをサツキが轢き返すように返り討ちにしてしまい、ちょうど駆け付けた警邏隊に目をつけられたので、ここまで逃げてきて今に至る。その途中でビルの屋上や下水道といったルートも利用しており、後者に関してはフーカにとって未知の体験となった。

 

「うえぇ……ぶち臭うんじゃけど……」

 

 体中の臭いを嗅ぎ、思わず顔を歪めるフーカ。そういうところはあまり気にしていないと思っていたが、さすがのフーカも女性として最低限の部分は気にしていたようだ。

 一方でフーカと同じように、体中から下水道の悪臭がするサツキだが、こちらは全く意に介しておらず、周囲に敵がいないことを確認し、屋台の席についた。

 

「らっしゃい嬢ちゃん。二人でいいかい?」

「あァ。コイツは未成年だからその辺頼むわ」

「あいよっ」

 

 気前の良さそうな中年の男性店主に軽く微笑み、フーカの配慮をするサツキ。席についたフーカはサツキの顔を見て、何か新鮮なものを見ている気分になった。

 

「それにしても随分と臭うねぇ。ゴミ捨て場にでも行ってたのか?」

「そ、それは……」

「訳あって下水道を通ったんだよ」

 

 お前何を言っているんだバカタレ。そう言いたげにフーカが振り向くも、店主は笑うだけで深く言及はしてこなかった。

 店主の反応にフーカがポカンとする中、サツキは店主に出された徳利という酒器を手に取り、盃に酒を注いでいき、それをグイっと飲んだ。

 その飲みっぷりを店主が称賛し、どこか照れ臭そうに再度盃に酒を注いでいくサツキ。普段の生活では絶対に見られないサツキの一面が、そこにはあった。

 

「これ、小っちゃい嬢ちゃんの分ね」

「あっ、どうも……」

 

 フーカには水とお茶の入った容器が一つずつと、それぞれの皿に入ったサラダと焼き鳥が出された。それもフーカの食欲が配慮されているかのように、同じものを出されたサツキよりも多めのものを。

 

「こんな店に子供が来ること自体珍しいからねぇ。サービスってやつさ」

「ありがとうございます……!」

 

 フーカが大食いだとは知らない店主の気前の良さに感謝し、美味しそうな料理に目を輝かせながら、いつものペースで口にしていくフーカ。

 その隣ではフーカとは対照的に、量が少なめの料理を口に運んでいき、盃に注いだ酒を飲んではほっこりとした顔になるサツキ。その好きなものに夢中になる姿は、まさに年相応の少女そのものであった。

 

「レヴェントン」

「は、はいっ」

 

 焼き鳥を食べつつコッソリとサツキを覗き見していたところで、いきなりそのサツキに呼ばれて喉を詰まらせそうになるフーカ。すぐに水を飲んで詰まったものを流し込んだ。

 

「これにテメェの分を注げ」

 

 そう言ってサツキが差し出してきたのは、当人が今も使っている盃だった。

 

「あの、わしは――」

「水で良いから注げ。酒なんか飲ませたらアタシが怒られるわ」

 

 本来なら注ぐべきは酒なのだが、生憎フーカは未成年だ。すでに未成年の飲酒や喫煙という違反に浸かっているサツキとは異なり、フーカはこういうことには疎いため、少しくらいなら大丈夫だろうと判断したのだ。

 

「安心しな小っちゃい嬢ちゃん。おっきな嬢ちゃんがそういうことした時は俺が止めるからよ」

「まァ、そういうこった」

 

 店主に念押しの釘を刺され、気まずそうにそっぽを向くという、いつもなら絶対にしない反応を見せるサツキ。今日はサツキの意外な面を見てばかりである。

 とはいえ、言い返さないのは酒を飲んで上機嫌なだけでなく、ここで突っ掛かればさっきのようにまた警邏隊に追いかけられるかもしれないからだ。

 言われた通りに水を盃に注いでいき、零さないよう慎重に持つフーカ。サツキはそれを見て頷くと、自身もまた酒の入った盃を持った。

 

「あー、こっからどうしようか……」

「??」

 

 自分から目を逸らして何かを呟くサツキを見て、首を傾げるフーカ。

 

 今から行うのは杯事という、血縁のない人間関係を確認し、強固にするための行事なのだが、本来ならここで形成するのは『兄弟や親子などの家族を模した関係』である。

 しかし、サツキの目的は『先生と弟子』という関係の強固であり、間違っても家族を模した関係ではない。さらにフーカの盃に注がれているのは水。詳しい人が見れば死に別れが予測される場面で行われる、水杯という行事と勘違いしてしまう可能性がある。

 ただ、この場にいるのは店主と二人の少女――サツキとフーカだけ。今回はその可能性の心配をする必要がない。フーカには本当のことを教えなければ何の問題もないのだ。

 

「はァ……おっさん。このこと誰にも言うなよ」

「はははっ、ここだけの秘密ってやつかい」

 

 何故か嬉しそうに笑う店主だったが、サツキのお願いそのものは快く承諾してくれた。

 その対応に満足したのか、サツキは再びフーカと向き合い、盃を持った手をフーカに向かって突き出す。

 

「……乾杯は知ってるか?」

「い、一応……」

「それと同じだ」

 

 サツキがそう言うと、フーカも少しおずおずとしながら、水の入った盃を持った手をサツキに向かって突き出した。

 店主が暖かい目で見守る中、サツキはこれから慣れないことを始めるように口を開く。

 

「い……今からやるのは杯事っていう、大事なことだ」

「サカ、ズキ……?」

 

 お前にわかりやすく言うと儀式のようなもんだ、と簡潔に説明を済ませるサツキ。説明するのが面倒でどこか逃げているようにも思える。

 やはりと言うべきか、フーカは杯事を知らないようだ。なら都合が良い。不本意ながらも、それでも悪くないと言った感じの表情で続ける。

 実のところ、サツキが本当に杯事をしたかった相手はかつてのパートナーだったりする。だけど、フーカとやるのも別に嫌ではないのだ。

 

 ……それでも不満点を上げるとすれば、まだ日が沈んでいないという点にある。こういうのは満月の夜にやった方が良い雰囲気を出せる。サツキはそう思っていた。

 

「そうだ。これをやることでアタシとお前の関係を強固なものにする。まァ、さっきも言ったが乾杯と同じようにやるぞ」

「お、押忍っ」

 

 初めてのことで緊張気味のフーカが持つ盃に、サツキが手慣れたように自分の盃を合わせた。

 

 

 

 

 

 沈みゆく夕日をバックに、何の変哲もない小さな屋台で、サツキとフーカの間に――杯が、交わされた。

 

 

 

 

 

 




 ようやっと書けました。やっぱり日常パートは難しいですね。
 今回はとある設定の名残を使ったネタになりました。その名残については完結後のあとがきで書きます。

 そのついでにサツキの日頃の行動の理由も書かせてもらいました。ですが、これに関しては「そーなのかー」ってくらいの認識で大丈夫です。重要なのはそこ――理由の内容じゃない。

 ただ、間違っても弁解と勘違いしないように。暴力はいかんよ、暴力は。




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