Vivid Outlaw   作:勇忌煉

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第23話「接触」

「この辺りでいいか」

「……お、緒方さん?」

「ちょうど雨宿りもできるしな」

「緒方さん?」

 

 杯を交わしてから二時間後。サツキとフーカはミッドチルダ南東部に到着し、街の外れにあった森の中を彷徨っていた。

 一人フーカが心の底から夢であってほしいと言わんばかりの表情で口を開くも、サツキはそれを気にすることなく樹上を見回していき――

 

 

「今日はここで一晩過ごすぞ」

「嘘じゃろ!? 嘘じゃとゆうてつかぁさい!」

 

 

 ――などと言ってのけた。しかも意外と本気の顔で。

 

 こればっかりは嘘だ。夢だ。そう思って首を横に振るフーカだが、サツキは大木にぽっかりと開いていた大きな穴の中に入り、中がどうなっているかを調べ始めた。ここに住む気満々である。

 フーカはそれを見てさらに困惑したのか、両手で頭を抱え空を見上げる。今にも叫びそうな勢いで。

 

「なしてこがいなことに……!」

 

 今すぐこの森から出たい。そう思ってしまうフーカだが、今は月が出ている時間。つまり夜。そんな時間に一人で森を出ようなんて無茶も良いところである。

 ここは切り替えが大事だ。フーカは深呼吸をして現状を受け入れると、やや恨みの籠った視線を、穴から出てきたサツキに向けた。

 

「……なんか恨みでもあんのか?」

 

 呆れるように目を細め、フーカの持つリュックから明かりを取り出すサツキ。どう考えても恨みしかないのだが、未だに口答えをすると殴られると思っているフーカは口に出そうとしない。

 サツキは穴の中で明かりを点けると、それを一番奥に置いてその場に座り込んだ。中は相当広く、二人くらいなら楽々と入れるほどの広さだった。

 いつまでも外にいるわけにはいかないので、フーカも穴の中に入って入り口の近くに座り込む。こんな体験、生涯で一度きりだろう。

 

「寝袋はあるか?」

「ありますけど……」

 

 サツキに言われてリュックから折り畳んでいた寝袋を取り出し、広げるフーカ。この寝袋もこれ一つだけで、サツキの分はない。

 フーカを穴の奥に入れ、自分が入り口の近くに座り込む。そしていつも通りタバコを取り出し、外に向かって紫煙を吐いた。

 

「あの、緒方さん」

「ん?」

「ずっと前から思うとったんじゃが、それ美味しいんですか?」

 

 それとはサツキが手に持つタバコのことだ。とうとう頭がイカれてしまったのか。サツキは呆れた目付きから呆れた表情になった。

 

「別に美味くねぇよ。お前は大人になっても吸うんじゃねぇぞ。ガンになる確率も上がるからな」

 

 タバコを吸うのはストレスが溜まっている人間が多い。しかも依存性が非常に強いため、一度ハマるとやめられなくなるのだ。

 真っ暗な外を眺めるサツキに対し、タバコは吸ってはいけないと改めて決意したフーカは、もう一つ気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「緒方さん」

「今度はなんだ」

「……あの、こまい金髪のお人はどうしたんですか?」

 

 金髪の人。その言葉を聞いた瞬間、サツキは思わず息を詰まらせ、持っていたタバコを落としそうになった。

 これまで見せることのなかった、明らかな動揺。頭に驚愕の色を浮かべていたサツキだったが、どこか痛めているかのように顔をしかめると、不本意そうに口を開く。

 

「……………………別れた」

 

 物凄い間があったものの、サツキはハッキリとそう答えた。タバコを携帯灰皿に押し付けながら。

 この言い方だと『恋人と別れた』と受け取られる可能性もあるが、サツキに限って恋愛はまずあり得ない。なので、フーカは言葉通りだと思うことにした。

 

「なして、別れたんですか?」

「…………」

 

 口の中に溜まっていた紫煙を外に向かって吐き出し、だんまりとするサツキ。さすがにこれは答えたくなかったようだ。

 外から聞こえてくる森の騒めきと動物の鳴き声に、思わずビビってしまうフーカ。とにかく不安を紛らわせようと次の質問を考えていると、サツキが不意に呟いた。

 

「アイツと東に行った時もこんな夜だったな」

 

 アイツ――件の金髪の人だろう。いや、一度直に会っているので性別が女性であることはわかっている。なのでここは金髪の女性と言うべきか。

 今日のサツキは杯を交わして以降、いつもの傲慢な態度を取らなくなり、代わりにどこかしんとした淋しさがみ込んでいるような、そんな雰囲気を纏うようになっている。

 自分の質問で昔の出来事でも思い出し、懐かしんでいるのか。もしくはその頃に戻りたいと思っているのか。そう思ったフーカは、失礼であることは承知の上で、ある事を言おうとサツキに三度話しかけた。

 

「緒方さん」

「さっきから何だテメェ。寝られないなら正直に――」

「過去は過去。今は今です」

 

 フーカは珍しく気を遣うようなサツキの言葉を遮り、非常に真剣な表情で、ありのままの言葉を淡々と、フーカなりに想いを込めて口にしていく。

 

「思い返すこたぁ悪いことじゃないです。じゃけど、そうしたところで何かが変わるわけでもありません。じゃけん――」

 

 一旦言葉を句切ると、フーカはハッキリと続きを告げる。

 

 

「――じゃけん、前を向いとってください。わしはその背中を追わせてもらいますんで」

 

 

 久々の、フーカからのストレートな発言。おそらく去年、フーカに『あんたについていっても良いでしょうか』と言われて以来の、真っ向から自分に歯向かうような発言。

 弟子のそんな姿が嬉しいのか、サツキは軽く微笑むと、元々鋭い目付きをさらに鋭くし、フーカの質問に対する答えを口にする。

 

「上等だコノヤロー。そこまで言うならずっと前を向いててやるよ。だから今まで通りで何とかなるとか、そんな甘えたこと思うんじゃねぇぞ?」

 

「……押忍っ」

 

 サツキの返答に満足し、静かに頷くフーカ。寝袋に入ると、サツキにそっぽを向くように壁の方に顔を向け、眠りの扉を開く。

 少ししてフーカが寝息を立て始めたところで、サツキは外を見ながら『やっちまった』と言いたげな表情になり、ため息をついた。

 

「はァ……これで良いのかねぇ……」

 

 少し強がってみたは良いものの、結果として『フーカの前では後ろを向かない』という、簡単にできそうで難しい約束をしてしまった。

 表面的な強さで勘違いされがちだが、サツキとて人間だ。強がっても不思議ではないし、弱さを見せても不思議ではない。

 とりあえずタバコを吸おうとするもポケットに手を突っ込んだところでその手を止め、何かを思いついた顔になって呟く。

 

「そういやこの森……魔法生物いなかったか?」

 

 さっきのフーカが聞いたように、サツキもまた動物の鳴き声をしっかりと聞いていた。それもフーカより鮮明に、複数の声を。

 サツキとしては今から声の主を狩りに行くのもアリだと思ってはいるが、仮に行ったとしても暗闇には慣れていないフーカがついてこれないだろう。

 対人戦にはある程度慣れているであろうフーカだが、それ以外のシチュエーションには慣れていない。なので、サツキは近いうちに対生物戦もやらせようと思っていたりする。

 

「まァ……明日のことは明日考えるか」

 

 投げ出すようにそう言うと、サツキは穴の外に出て、猿のように大木の樹上へよじ登っていく。指の力だけで登るという、ヤモリも真っ青な方法で。

 一番上――樹上まで登ったサツキだが、ここに来たところで一瞬人の気配を感じ取った。わずかだが、殺気の混じった気配を。

 

「……こんなところに住んでる奴でもいるのか?」

 

 念のために一晩警戒しておくか。暗闇と言っていい周囲を見回し始め、目を細めるサツキ。耳を澄ませ、目を凝らし、鼻を利かせる。

 

 

 

 

 

 ――今晩もまた、眠る暇はなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~……川があって助かったわ」

 

 翌日。サツキとフーカはたまたま近くにあった川で、急遽木の棒と釣り糸で作り上げた、お手製の釣竿を使って釣りをしていた。

 かつてのパートナーともこうして釣りに興じたことはあるが、半分ほど暇潰し目的だった前回とは違い、今回はちゃんと食べられる魚を狙っている。

 というのも、お金にケチなサツキが『ただで食料が手に入るならそれに越したことはない』と言い出したのが始まりであり、少なくともフーカの意思ではない。

 

「はは……」

 

 自分が垂らした釣り糸を見て苦笑いし、自分も寝不足だと言わんばかりに目を軽く擦るフーカ。どうやら風の音と動物の鳴き声で感じた不安を拭い切れなかったせいで眠れなかったようだ。

 ついさっきサツキから聞いたことだが、どうもこの森は人の手があまり加えられていないようで、生態系もありのままであるとのこと。それがどういう意味なのかはわからなかったが、サツキがろくでもないことを考えているのは確かだった。

 

「おっ、デケェな」

 

 サツキが竿を振り上げると、釣り針に付けた虫に魚が食いついていた。大きさは鮭くらいだろうか、川の魚にしてはかなり大きい。

 ちなみに釣り餌として使っている虫は今朝、サツキが木の根元を掘りまくって探し出したものだ。フーカも特別虫が嫌いというわけじゃないが、素手で土の中にいる虫を探し出したことはないので、最初はそこまでするかと驚かされた。

 釣った魚の頭を近くにあった石に思いっきりぶつけ、魚が動かなくなったのを確認してその石の上に置くサツキ。この釣り自体予定外だったので、魚を入れられるような容器は持ってきてないのだ。

 

 なるほど、釣り上げた魚はああやって処理するのか。見たことをそのまま学んでいると、フーカの竿にも動きがあった。

 

「あっ!」

 

 餌を付けて垂らしていた糸が、川の流れに逆らうという動きを見せたのだ。魚が餌に食らいついたという証拠である。

 近代的な釣り竿とは違い、この原始的な竿にはリールという便利な機能が付いていない。そのため糸が切れないよう慎重に引き上げるしかない。

 

「こ、こうか……?」

 

 初めての釣りで、しかもサツキからは何も教えられていないのでどうすればいいかわからず、とりあえず竿をグイっと引っ張るフーカ。が、

 

「ああっ!?」

 

 プチンと糸が切れた――のではなく、竿がバキッと音を立てて折れた。これにより竿の先端ごと、餌を持っていかれてしまう。

 まさかこんな簡単に折れるとは思っていなかったようで、折れた竿を見て呆然とするフーカ。サツキの方へ振り向くも、こっちのことなど知るかと言うように新たな釣り餌を付け、遠くに投げていた。

 壊してしまったものは自分で何とかしろ。サツキならそう言うと思ったフーカは、すぐ近くに落ちていた太めの枝を拾い上げ、先の方に釣り糸を括り付ける。なんだ、簡単ではないか。

 

「んしょ!」

 

 釣り針に餌の虫を付け、その糸をできるだけ遠くへ投げるフーカ。そうしてる間にも、サツキは四匹目の魚を釣り上げる。さっきよりも小さめの魚だが、逃がしはせずさっきと同じように処理していた。

 早くしないと自分は成果なしになってしまう。妙に体と心が固くなり、焦りながらサツキの方をチラチラと見るフーカ。

 それでも竿に反応はなく、そうそうと流れる川の音しか聞こえてこない。それ以外で聞こえてくる音と言えば、サツキが釣った魚の頭を石にぶつける音ぐらいだ。

 

「はよぉ……はよぉ……!」

 

 フーカはトチ狂ったかのように念仏を唱えるかの如く、同じ言葉を何度も呟きながら水に垂れる糸を見つめる。傍から見れば『大丈夫かコイツ』と思われそうな光景だが、本人は至って真面目である。

 太陽が真上に来たところで、五匹ほど釣ったサツキが「もういいだろ」と切り上げ始めた。これは本当にマズイ。そう思ったときだった。

 

「来たぁ!!」

 

 フーカの竿に大きな反応があったのは。

 

「こ、これでええじゃろ……」

 

 迅速に、かつ竿が折れたり糸が切れないよう慎重に竿を引き上げるフーカ。この動きはさっきの失敗をフーカなりに活かしたものだ。

 サツキが魚の鰓の中を見たり、魚の口の中を見たりする中、フーカは糸が浅瀬に来たところで、

 

「せいっ!」

 

 竿を思いっきり引き上げた。釣り糸の先には鮭の成魚に匹敵するほど大きな魚が餌に食らいついており、元気よく体を動かしている。

 ようやく、しかも大きい奴が釣れた。喜びのあまり、釣った魚をそのままの状態で、自分が釣った魚の状態を確認し終えたサツキに、どうだと言わんばかりに見せつけるフーカ。

 その魚の大きさにサツキは少し感心するも、すぐさま鬱陶しそうに魚を払い除けた。目と鼻の先に活きが良く、生臭い魚がいれば当然の反応である。

 

「まァ、こんだけ釣れたら充分だろ。火を点けるぞ」

「魔法でも使うんですか?」

「んなもん使ってたまるか。これで点けるんだよ」

 

 そう言ってポケットからマッチ棒を取り出し、先端を箱に擦って火を付け、あらかじめ積んでおいた木の棒の中へ放り投げるサツキ。本当ならもっと原始的な方法でやろうとしていたのだが、何かを警戒しているサツキは手っ取り早い方法を取ることにしたのだ。

 珍しく口頭で、フーカに珍しく口頭でその原始的な火のつけ方を説明しながら、サツキは焚き火となった炎で、串刺しにした魚を焼いていく。身にしっかりと火が通るよう、小さな傷をつけた魚を。

 フーカもそれを手伝うように、自分が釣った魚を串刺しにすると、サツキを見習って魚に小さな傷をつけ、火炙りにしていく。

 

「…………レヴェントン」

「はい?」

 

 魚を三本まとめて焼いていたサツキだが、いきなり何かを感じ取ったかのように、森の方――その樹上に鋭い視線を向け始めた。

 不意を突かれる形で呼ばれ、思わず首を傾げるフーカ。サツキはそれに構うことなく、自分の魚を全部フーカに押し付けて淡々と話す。

 

「魚、全部食っとけ。それと火の後始末もやっといてくれ」

「えっ、じゃけど緒方さんの分――」

 

 自分の分はどうなるんだ。そう言おうとしたフーカの言葉を最後まで聞くことなく、森の奥へ入っていくサツキ。どこかで同じ状況を経験したことがあるのか、非常に落ち着いている。

 森の中をある程度歩いたところで、地面を蹴って樹上に跳び乗り、周囲の様子を見渡す。サツキが探しているのは、昨日から感じていた気配の主だ。

 ときどき樹上から樹上へと跳び移り、鼻、目、耳を使って探しに探しまくる。だが、さっきまで微かに感じ取っていた気配が今は微塵も感じられなくなっていた。

 

「ん……?」

 

 どこへ消えた。僅かな驚愕の色を顔に浮かべ、辺りをキョロキョロと見回すサツキ。たった今周囲を見渡していたときの動きと比べると、明らかに焦っている。

 これはマズイと判断し、樹上を伝ってフーカのいる川から離れていく。まるで猿や忍者のような移動方法だが、足下が不安定な森の中を走るよりはマシだと思っている。欠点があるとすれば足場が安定しない点だろう。

 川から約二キロほど離れたところで地上に下り、背中を見せないよう木の幹に密着させる。できるだけ後ろを取られないようにするためだ。

 

 

「――ここがガラ空きだぞ」

 

 

 だが次の瞬間、凛とした女性の声と共に脳天へ何かを突き付けられ、反射的に硬直してしまうサツキ。まさか頭上から来るとは思ってもみなかったようだ。

 バッと上を向き、突き付けられたものが銃口であることを確認する。そして銃の主は木の幹に跨る形で脚を上手く絡め、見事な体勢を取っていた。

 すぐさま銃の主――黒の短髪に白のメッシュが入った少女から距離を取り、警戒して身構える。その顔からは余裕というものが感じられない。

 

 動物並みの五感を持つ自分にすら、気配を感じさせなかった少女。サツキがわざわざ北東部から南東部にまで来て、接触したかった相手――

 

 

「……テメェがランナーか」

「少し話そうか。亡霊よ」

 

 

 

 

 

 ――“魔の散弾”ことランナーであった。

 

 

 

 

 




 やっと書け……あれ? 前よりも三日ほど早く書けてる……。
 はい、書けました。もう少しで速度的な山場は越えられそうです。
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