「――ッ!」
昨日までしていた自分の体への心配はどこへやら。ランナーを肉眼で確認するや否や、サツキは闘志を剥き出しにして地面を蹴り出した。その顔にはやはり余裕がなく、どこか焦っているように見える。
それなりにあった距離を一気に詰め、途中で跳び上がって左の後ろ蹴りを繰り出すサツキ。それを見てもランナーは動く気配すら見せなかったが――
「ぐがぁっ!?」
――特に動揺することもなく、引き金を引いた。するとその直後、銃口から一発分であろう独特の発砲音が聞こえ、
頭、肩、脇腹に全ての弾丸が直撃し、顔をしかめるサツキ。これといった外傷こそないが、どうやら内部に直撃した弾丸の衝撃が響き渡ったらしい。
引き摺られるように後退しながら着地し、犬のお座りのような姿勢になって弾丸が現れた場所へ視線を向けるサツキだが、そこには何もなかった。強いて言うなら少し球形に抉れた、木の幹があるだけだ。
「んなクソッ!」
サツキは気を取り直すように首を横に振ると、その場で右のハイキックを放ち、放った際に発生した衝撃――蹴圧をランナー目掛けて飛ばす。
が、そこにランナーの姿はなく、空を切った蹴圧はランナーがいた木を薙ぎ倒した。バキバキという音と共に倒れた木の大きな根が露わになる中、わずかに感じる気配を頼りに蹴圧を放ち、次から次へと木を倒していくサツキ。別に環境破壊とかそういうことがしたいわけではなく、あくまで姿の見えないランナーを追って攻撃しているだけである。
「見事な脚力だ。だが――」
「っ!?」
どこからともなくランナーの声が聞こえると同時に、サツキの背中と後頭部に拡散されたであろう無数の弾丸が直撃し、足場が良くないこともあって前のめりになってしまう。
「――当たらなければどうという事はない」
サツキを小馬鹿にするようにそう言うと、再び気配を消すランナー。どういう原理で消しているのかはわからないが、五感の優れたサツキでも感じ取れない辺り、何かしらの技術を使っているのは確かだろう。
そのまま俯せに倒れてしまわないよう、右足を前に踏み出し、その足が地面に少しめり込むほどの力で踏み込むサツキ。仰向けはまだしも、前に倒れるのはどうしてもお断りのようだ。
「すうぅぅぅぅぅ~……」
後を追うように攻撃するのは今はまだダメだと思ったサツキは、大きく息を吸い込み、
「□□□□□□□――ッ!!」
天に向かって獣の如き咆哮を上げ、その清々しいほどの大音量でランナーの動きを止めに掛かった。
「――ごぁ!?」
しかしそう上手くいくはずもなく、間もなくして正面からランナーの散弾を受けてしまい、雄叫びを強制終了されてしまった。一瞬なので動きを止められていたかはわからないが、強制終了させに掛かったということは、雄叫びはランナーに対して少なからず効果があるようだ。
顔面に三発、鳩尾に二発、喉元に一発食らったせいで、息が詰まって咳き込むサツキ。そんな隙だらけの状態だと言うのに、ランナーは撃って来ない。
サツキはそのことに疑問を持つも、息が整ったのですぐさま脱力した自然体の構えを取り、どこから弾丸が来ても良いようにするも――
「チィ……ッ!」
――今度は頭上から散弾を食らってしまい、地に付きそうになった膝を両手で必死に支える。
撃ち出された散弾は一発も外れることなく、全弾サツキの脳天と両肩と両腕に命中していた。それでも非殺傷設定なのか、それとも単に威力が低いのか。サツキの体に傷は付いていない。
とはいえダメージそのものは負っており、少し歪めた顔で撃たれた箇所を擦るサツキ。思わず手で押さえるほどの痛みではないようだが……。
「クソが……!」
戦いなら選択肢がいくらでも浮かぶはずなのに、今回に限っては全く浮かんでこない。いや、どの選択肢もことごとく潰されている。こんなことは初めてかもしれない。
そんなことを思うサツキだが、実際は『魔法』という選択肢を避けているせいで選択の幅を意図せずに狭めているに過ぎなかったりする。
「うぐ……!?」
握り込んだ右の拳を突き出して拳圧を飛ばそうと構えるも、
最初の狙撃と同じ攻撃。弾が飛んできた方へ視線を向けるも、そこにあるのは少し抉れた木の幹だけ。それ以外の痕跡は何一つ見られない。
自分が翻弄されているという事実。歯を食いしばって怒りを露わにするサツキだったが、いきなり樹上に現れたランナーに話しかけられたことで少しだけ落ち着くことになった。
「待て馬鹿者。私は其方と戦うつもりはない」
「だったら目的はなんだ。昨日から殺気交じりの気配を感じさせやがって」
「話がしたい。そう言っただろう? 何故死んだはずの者が、現世にいるのか。それが気になって仕方がなかったのでな」
戦うつもりはないと言っておきながらすでに小競り合いへと発展しているのだが、ランナーはそれを気にすることなくサツキへの説得を続ける。というのも、こうなったのは先に仕掛けてきたサツキが悪いからだ。
「話だァ?」
「そうだ。其方には聞きたい事が幾つかある」
地面に足を付け、構えるライフル型のデバイスを、サツキの眉間に照準を合わせながら話し始めるランナー。話そうと言っておきながら、警戒を解くつもりはないようだ。
サツキもサツキで悟られないよう身構えてはいるが、素人ではなくプロの殺し屋であるランナーを誤魔化すことはできないため、実際には何の意味もない。あくまで最低限の備えである。
試しに一歩下がるサツキだが、非常に警戒しているランナーは引き金を引く素振りを見せた。少しでも変な動きをすればさっきのように撃つ、というものだろう。
「チッ……話ってなんだ」
やむを得ず一応の警戒をしたまま、木の幹に背を預けて座り込むサツキ。このまま身構えても時間の無駄だと判断したようだ。
ランナーも多少は警戒を解いたようで、愛銃を構えたままサツキと同じように背を木の幹に預け、サツキと正面から向かい合う形で座り込む。警戒を和らげても、構えを解く気まではないらしい。
「先も言ったが、其方はあの日に死んだはずだ。何故生きている?」
「それを言うと思うか?」
土壇場でとある小説の主人公の蘇生技を一か八かで試したら何とかなりました、なんてバカ正直に言えるわけがない。あの方法は身体自動操作ありきで実現できたことだし、何よりできるとしてもここで言ってしまえば対策を取られる可能性がある。
サツキの目を睨むように見つめていたランナーだが、時間を掛けて待っても答えは得られないと判断したのか、次の質問に移った。
「……まぁ良い。では次に、何故ここにいる?」
「それはこっちが聞きてぇぐらいだ。こんな森林で何してやがった?」
お金の掛からない寝床を探すために森へ足を踏み入れたサツキやフーカはともかく、どうして殺し屋のランナーが森の中にいたのか。
ランナーは東の方角を一瞥すると、別に言っても大丈夫だろうという感じで淡々と答えた。
「近くに拠点の一つがあるのだよ。其方達にも同様のものがあるようにな」
「一つ……? つまりお前ら殺し屋は自分の隠れ家をいくつか持ってるってことか」
「さてな。他は知らぬ。私は持っている。それだけだ」
これで充分だろうと言いたげに――鬱陶しそうに切り上げたランナーは、まだ聞きたいことがあったようで、周囲の様子を探りながら話を続ける。
「もう一度聞くぞ。――何故この地へ足を踏み入れた?」
それだけで獲物を射抜けそうなほどの目付きになり、少し聞くだけで真剣さが伝わるような声で問い掛けるランナー。まるで自分のテリトリーを荒らされた野生動物のようだ。
ランナーの気迫に反応し、反射的に目を細めるサツキ。向けられているのが殺気ではないこともあり、ビビってはいない様子。
どう答えてやろうか。少し考え込んでいたサツキだが、グチグチと説明交じりで目的を言うよりはマシだと思い、簡潔に答えることにした。
「――お礼参りだ」
たった一言。サツキはそのたった一言で、自分の目的を言い切った。これを聞いたランナーは右の眉をピクリと動かし、訝しげに口を開く。
「……誰にだ? まさかとは思うが、私か?」
「当たり前だコノヤロー。テメェとアシン以外に誰がいるよ」
あの日。サツキを殺すために参上したのは“蒼天の一閃”ことアシンと、ここにいる“魔の散弾”ことランナーの二人だけ。やられっぱなしでは気が済まないサツキにとって、この二人を自分の手で倒すことは当然とも言える。
殺気と怒りが交じった声で告げられたサツキの目的だが、ランナーはそれを無碍にするかの如く、半分笑い気味の声で話し出した。
「そういう事であったか。ならば諦めるが良い」
「……はァ?」
意味がわからない。捻りを入れることなくそう思って、首を傾げそうになるサツキ。今にも舌打ちしそうな表情で、ランナーに睨みを利かせる。
その睨みをランナーは意に介することなく、ある事を非常に真剣な表情で、強い意志が込められた凛とした声で話していく。
「私は殺し屋という職業に就いている。だから殺しを行うのは仕事の時だけだ。趣味や興味本位、面白半分で人を殺すような者達と一緒にしないでもらいたい」
依頼でもされない限り、サツキに殺しの銃口を向けることはないし、やりたくもない。直接言うのは嫌そうなランナーからの、そういうメッセージも込められているように感じ取れる台詞でもあった。
サツキは納得がいかないと舌打ちをするも、今やり合ってもさっきのように足払われるだけだと判断し、ひとまず落ち着こうとズボンのポケットからタバコを取り出し、ライターで火を付ける。
ランナーもその様子を見て構えを解こうとはしないものの、構えたまま左手で携帯食料を取り出すと、それを口の中に放り込んだ。
「ふぅ~……」
「んぐ……」
片やライフル型のデバイスを構えた殺し屋、片や最強クラスのヤンキー。そんな両者が、一服し、間食しているという、何とも言えない光景がそこにはあった。
ある程度吸ったタバコを投げ捨てるサツキと、食べ終えた携帯食料の袋を上着のポケットに仕舞うランナー。どちらも警戒したままなので、動作の一つ一つが慎重になっている。
「さて、もう良いだろう」
そう言うと愛銃を構えたまま、ゆっくりと立ち上がるランナー。どうやらサツキに聞きたいことは全て聞き終えたらしい。
サツキもランナーの返答に納得がいかないまま、そのランナーを睨みながら立ち上がる。これ以上は会話も続かないと判断したようだ。
「緒方サツキよ」
「あァ?」
「其方に一つ言い忘れたことがある」
何かを思い出したように切り出し、警戒心はそのままで、ここに来てようやく構えを解くランナー。一体何を基準にしているのかはわからないが、頃合いだと思ったのだろう。
「私は殺し屋だ。依頼がない限り、其方と会うこともないし、相まみえることもないだろう。だが――」
一旦言葉を句切ると、ランナーは鋭い視線を向けるサツキを睨み返し、堂々と背を向けながら、
「――依頼があれば話は別だ。どこにいようと、必ずその命もらい受けるぞ」
言葉で言い表せないほどの殺気と共に、そう告げた。
「っ――!?」
ランナーの殺し屋としての殺気に気圧され、思わず二歩下がってしまうサツキ。これまで様々な種類の殺気を感じてきたし、殺し屋の殺気も知っていた。が、ここまでの殺気はさすがに初めてだ。
サツキは未だに癒えていない腹部を押さえるとその場から動こうとせず、こちらを一瞥して立ち去るランナーの背中をただただ見つめることしかできなかった。
「…………チッ」
ようやくランナーの殺気から解放され、腹部を押さえながら森の中を一人歩くサツキ。その顔には悔恨の色が表れ、古傷の痛みを堪えているかのように歯を食いしばっている。
今回はサハラッタの時とはまた違う屈辱を味わったものの、それに報いる収穫はあった。
まず、この森林地帯がランナーのテリトリーであったこと。つまりこの付近で不祥事を働けば、ランナーが出張ってくる可能性が僅かながらあるのだ。この情報は大きい。
次にランナーの手の内を見れたこと。サツキが味わった屈辱の大半はこれ関連だが、何の成果も得られないよりはマシだろう。あれで全部出したというわけでもないが、それでも充分と言える。
これで残る問題は体調だけとなった。完治とまではいかなくとも、当初の予定通り戦える程度にまで回復しなければならない。
「腹減ったなァ……」
胃袋がキュウーっと鳴り、呆れたようなジト目で呟くサツキ。朝から何も食べておらず、しかも朝食として食べる予定だった魚も全てフーカに譲ったからである。自業自得だろう。
空腹はダメだ、餓死は笑えない。前にも似たような経験をしているのか、サツキはそう思うと焦るように樹上へ跳び上がり、枝に実っていた赤い木の実を二つほど採集する。蹴って落とそうかとも考えたが、余計なものまで落ちてくる可能性を考えて断念した。
取った木の実の臭いを嗅ぎ、上下に振って中身があるかどうかを、凝視して虫が開けた穴がないか確認していく。何も音がしなかったので、食べられるところはちゃんとあるみたいだ。
「いただきますっと」
確認を終えると同時に、木の実の一つを丸かじりするサツキ。本来なら火を通すなり、消毒するなり、人工栽培したものを採集するなりして安全を確保するものだが、サツキには関係ない。
よく噛んで舌の上でゴロゴロさせてから飲み込み、少し間を置いてこの木の実が食べられることを確信すると、もう一つの木の実も餓鬼のようにガツガツと食べていく。
本来ならこれだけでもお腹が膨れるサツキだが、空腹ともなると話は別。再度樹上へ跳び上がり、さっきの木の実と同じものを腕一杯になるほど採集した。
……実は言うほど空腹ではないのだが、サツキはそのことに気づいていない。最近まではまともなご飯が食えなくても気にしなかったのだが、何故か今回だけは異様に気にしていた。
「ふぅ……美味かった」
満足そうにお腹を擦り、口元についた食べかすを舐め取るサツキ。再び取った木の実を、腕一杯に抱えていた木の実を、いつの間にか平らげていた。
食べ終わって歯と歯の間に挟まった食べかすを取るために爪楊枝で穿り出すような感覚で、タバコを一口吸って痰交じりの唾を吐き捨てる。
木の実を食べたことで気力が戻ったのか、三度樹上へ跳び上がると、今度は樹上から樹上へ跳び移るという、いつも行っている移動方法に切り替えた。
「これからどうするかねぇ……」
目的はどうにか達成された。ならば次の段階へ移らなければならない。とはいえ、今すぐ移るのはあまり良い選択とは言えない。回復するまで、フーカの教育に専念した方が良いだろう。
教育という選択を当たり前のようにする辺り、自分も変な方向に変わったな、と内心嘆くように思い、立ち止まることなくタバコを吸って、そのまま紫煙を吐き出す。
果てしない緑が広がり、動物の影すらない道中で、吐き出されたそれは一際目立っていた。
戦闘描写はスラスラ書けたのに、後半はかなり手こずった。
まぁ今回、ランナーが普通に主人公を足払いましたが、ぶっちゃけこれが当たり前。何せプロの殺し屋だからね。別に不思議でも何でもない。